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第8章

第265話

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 ミストラルたちや子供たちの様子を確認した俺たちは、教会でエマさんたちのお手伝いをしている。天星祭期間中は、各宗派の教会や神殿において回復魔術をかけるという事で、このダモナ神の教会にもメリオスの住人が多く訪れる。普段は回復魔術をかけてもらうのに少しばかりの寄進きしんが必要となるが、天星祭期間中は無料で回復魔術をかけてもらえるので、老若男女問わず教会へ足を運んでくる。そのため、天星祭期間中の宗教関係者は大忙しなのだ。
 俺や姉さんたちは全員回復魔術を使う事が出来るし、魔力量も非常に豊富だ。忙しく動き回るエマさんたちを見て、何も手伝わずにじゃあねとその場を去る程、薄情者じゃない。少しでも力になれたらとエマさんに手伝いを申し出て、教会を訪れた怪我人や病人に回復魔術をかける事にしたのだ。

「この方はラトスさん。メリオスの建築をになってくれている大工さんです。慢性的な腰痛があり、それがここ数日酷くなってきているそうです」(シスター)
「仕事中に腰をやっちまってから、毎日の様に鈍い痛みが続く様になってな。その痛みは何年も続いているから、慣れて付き合い方も分かっているんだがな。こうして偶に痛みが酷くなるんだよ」(ラトス)

 シスターの案内で教会の治療室に入ってきたのは、日に焼けた健康的な五十代くらいのベテラン大工さんだ。大工の親方であるシゲさんと同年代の大工さんともなれば、長年第一線で身体を張って来た事による疲労や怪我などによるダメージが、その身体に大分蓄積されているだろう。慢性的な腰痛となれば、背骨と骨盤の歪みや、腰回りの筋肉のシコリが主な原因だと考えられるな。

〈ならまずは、身体全体を調べてみる事から始めるか〉
「身体の状態を詳しく知りたいので、魔術をかけても宜しいでしょうか?」
「魔術を?一体どういったものなんだ?」(ラトス)
「えっと、ラトスさんはシゲさんのお知り合いですか?」
「シゲ?あの大工の親方のシゲか?もしかしてあんたの名前、カイルって名前か?」(ラトス)
「そうです。俺の名前はカイルと言います」
「そうか、そうか!!あんたが教えてくれた魔術は、俺たちにとって凄い便利で助かってるよ。あんな凄い魔術を教えてくれた恩人であるあんたのする事に、俺は嫌とは言わねえぇよ。あんたの好きな様にやってくれ」(ラトス)

 ラトスさんはそう言って、俺にニカリと笑顔を向けてくれる。俺がシゲさんたちのためにと新たに組み上げた建築作業用の術式によって、建築業界の現場で働く大工さんたちの病気や怪我が激減したというのは聞いていた。そして工事中の大きな病気や怪我が激減した事で、若手やベテラン問わず大工の人口が減る事がなくなり、後進の育成にも本格的に力を入れる事が出来る様になってきたとも聞いている。ラトスさんはそれらの事に関して、魔術を新たに組み上げて教えてくれた俺に、恩義を感じてくれている様だ。

「分かりました。それじゃあ、今から魔術をかけます。少しの間ジッとしていてください」
「おう」(ラトス)

 ラトスさんの身体に負担が掛からない様にしながら、魔術をかけてラトスさんの身体全体の状態を調べていく。ラトスさんの身体にかけた魔術は、≪解析≫の魔術術式と測量や設計などに特化した術式の二つを組み合わせて生み出した、CTスキャンの様に身体の内部を調べてくれる魔術だ。
 そしてこの魔術を生み出すにおいて最も力を注いだのは、身体の内部を調べ終わった後に、結果が空間ディスプレイみたいに空中に投影される様にした事だ。この様な仕組みにしたのは、身体の内部を調べた結果を魔術をかけた自分だけ知るのではなく、かけられた対象者やその付き添いの方にも見てもらえるようにと考えたからだ。

「はい、もう大丈夫ですよ。楽にしてください」
「ほんとに少しだけだったな。それで魔術をかけて、なんか分かったのか?」(ラトス)
「ええ、まずはラトスさんの身体の中の状態が分かりましたよ」

 俺がそう言うと同時に、ラトスさんの身体全体のスキャン結果が空中に投影される。ラトスさんやシスターが、空中に投影されたスキャン結果に驚き固まる。そんな二人を一旦放置して、スキャン結果を幾つか複製して、身体の各部分を見やすい様に拡大する。
 最初に身体全体のスキャン結果をじっくりと確認した後、頭部・両腕・胸部といった身体の各部を拡大したスキャン結果の方も確認していく。結果から言うと、ラトスさんの身体に異常があったのは背骨と骨盤の歪みだけで、それ以外は特に問題となる様な箇所はなかった。細かい所まで見ていくと、身体全体で疲労が溜まっている箇所が幾つかあるが、そちらは回復魔術の方だけで何とかなるな。
 だが今現在ラトスさんの一番の問題となっている、慢性的な腰痛の症状を根本的に改善するためには、回復魔術のみでの対処では難しい。二日酔い醒ましの術式を応用し、自然治癒力を上昇させて身体全体を癒しながら、背骨と骨盤の関節のズレを調整する施術、それから腰回りのシコリをほぐす施術を行い、慢性的な腰痛による痛みを改善してみよう。

「ラトスさん、シスターも、まずはこれを見て……ああ、驚きましたよね。すいません」
「空中にいきなり変なもんが出て来たもんだからよ。ちっとばかし、驚きすぎちまったよ」(ラトス)
「私も急に色々と出てきましたから、驚いて固まってしまいました。……もしかしてこれは、ラトスさんの身体ですか?」(シスター)
「はい、シスターの言う通りです。これらは、今現在のラトスさんの身体全体が、どういった状態であるのかを示してくれています。まずはこれ。これは頭から足先までの全身の状態を確認する事が出来ます」
「これが、俺の身体の中って事か」(ラトス)
「所々、歪んでいる所がありますね」(シスター)
「恐らくこれらの歪みは、長年のお仕事による影響や、日常生活によって積み重なったものですね。そして特に酷いのが……」

 俺は腰の部分を拡大したスキャン結果を手に取り、ラトスさんとシスターの前に移動させる。そこからラトスさんとシスターが細部まで見やすくなる様にと、スキャン結果のサイズを大きく変更する。そしてスキャン結果を見てもらいながら、慢性的な腰痛の原因となっている部分を説明していく。ラトスさんとシスターは、実際の身体の中というスキャン結果を見ながら説明を聞いていたので、何故慢性的な腰痛が起きているのか理解してくれた様だ。

「これを見ながらの説明だから、あんたの言ってる事が理解出来たぜ。しっかし、俺の背骨や骨盤がこんなに歪んでるとはな~。それに腰回りの筋肉が凝り固まってるってんだろ。自分の身体ながら驚きだぜ」(ラトス)
「ラトスさんの慢性的な腰痛を改善するには、この歪みを何とかしないといけないんですね?」(シスター)
「そうです。なので今から背骨と骨盤の歪みを調整して、腰回りの凝り固まった筋肉をほぐしていきます。腰痛の完治とまではいきませんが、少なくとも今回の様な激しい痛みに苦しむ事はなくなると思います」
「そりゃあいいな!!よし、やってくれ!!」(ラトス)
「分かりました。では、ゆっくりと横になってください」
「傍で見学させてもらってもいいですか?」(シスター)
「ええ、大丈夫ですよ」

 長い間里に引き籠っていたが、狩り以外で何もしなかったわけではない。前世では親孝行や祖父母孝行が満足に出来なかったので、今世では里の外に出る以外の事は積極的にやってきたし、家族サービスも若干ウザがられるくらいには沢山した。
 その家族サービスの中の一つが、身体の歪みや痛みを改善する整体だ。はじめはマッサージくらいの緩いものだったが、ヘクトル爺やルイス姉さんたち師匠たちから人体の構造を詳しく学び、壊し方から癒し方まで色々と叩き込まれた。そのお蔭で家族からの評判は上々で、特に祖父母に至っては、整体の日にはニコニコ笑顔になるくらいには満足してくれていた。
 それから腰痛の施術に関しても、里にいるご老人たちの腰痛改善のためにと、何度も施術をして経験も沢山積んでいる。ラトスさんの今後の生活がより良いものになってほしいので、施術においても回復魔術においても全力でのぞませてもらおう。
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