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第7章

第206話

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 猛烈な痛みに耐えながら、両脚で踏ん張って、その場に立ち続ける。
 パックリと傷口が深く開き、血が大量に流れ出た状態のまま、仰向けに倒れこんでいるとはいえ、まだ息がある。だが流石は、大戦の最初期、神代の時代に生み出された、原種の一つだけはある。アッシュの身に流れる、その特殊な血筋の力なのか、魔力が傷口に集中していき、ゆっくりとではあるが、再生が始まっている。
 この歴戦の強者を仕留めるのならば、今この時こそがチャンスだ。これだけの戦闘力を持ち、真正面からの戦闘も出来る上に、ローブの力や時空間属性の魔術を使い、敵国や敵対勢力への潜入や、それらに対する様々な工作も行える、裏方としても非常に優秀な存在。
 ここまで鮮やかな手並みで、クーデターを起こせる様な存在が、生きてこの場から逃げきってしまえば、ウルカーシュ帝国にも、メリオスにも、害を及ぼす可能性もある。もしかしたら、もうその計画を練っていたり、準備を始めている可能性も、否定はできない。
 そこで、ふと思い出す。帝都での、邪教徒たちが起こしたあの事件。敵対勢力の中心地に潜入し、敵対勢力の権力者に接触して裏切らせ、内側から国を崩壊させようとする。そして、新たな王を、自分たちの都合の良い様に操れる王を擁立し、陰から操ろうと画策していた、学生たちを巻き込んだ大事件。

〈あの時と今回、類似点が多い。まさか………〉

 そんな事を頭の中で考えながらも、一歩一歩、ゆっくりとアッシュに向かって歩み始める。しかし、半分程距離を詰めた時に、状況が変化する。
 プルプルと身体全体を震わせながら、アッシュが上体を起こす。口から大量に血を吐き出し、荒々しい呼吸でありながらも、ニヤリと笑いながら、ゆっくりと立ち上がろうとする。
 立たせてはいけないと思いつつも、俺もまた満身創痍まんしんそういなため、走る事もままならず、距離を詰めきれない。アッシュも同じく満身創痍であり、両脚に力が入らない様で、金砕棒を杖代わりにして起き上がろうとするが、何度も何度も地面に倒れ込む。しかし、立ち上がろうとする度に、体幹が安定していき、完全に立ち上がれる状態に、確実に近づいているのが分かる。
 俺とアッシュの距離が、残り三分の一の所まで縮まった。今だ左肩が再生せず、激痛を絶え間なく感じならがらも、打刀の柄を離さない様に、しっかりと掴みながら、一歩一歩確実に前に進んでいた。
 対するアッシュも、両脚をプルプルと震わせ、金砕棒に身体を預けつつも、中腰の状態を維持して、立ち上がる事に成功している。その顔に笑みを浮かべながら、地面に倒れこむ前と同じ様に、鋭い眼光で俺を見続けて、一切目を離す事はない。だが、アッシュの身体が回復しきれておらず、金砕棒を持ち上げる事や、振るう事が出来ないのは、その弱々しい動きからも明白だ。

〈俺の身体も、あと一振りでもすれば限界がくる。その一振りに、今持てる全ての力を籠めて、アッシュを斬る〉

 刀身の刃先には、一点集中させた魔力が、圧縮された状態のままだ。先程の一振りに比べたら、子供のチャンバラごっこの様な、荒く拙い一振りになるだろう。だがそれでも、アッシュを斬る事は出来るはずだ。そして、斬る事が出来るのならば、確実に仕留める自信がある。
 アッシュとの距離が、残り数十歩という位置にまできた。互いにこれが、この戦いの最後の一撃になると、自然に理解し合っている。そして、互いの背中に、死神が、死が迫り来ているのを、全身の細胞が感じ取っている。だからこそ、脚を止める事なく前に進み、アッシュもふらつきながらも、一歩ずつ前に進み始める。
 そこで、アッシュに大きな変化が起こる。死を覚悟した事でなのか、呼吸が安定していき、身体から余分な力が抜けていく。杖代わりにしていた金砕棒を、両手でしっかりと掴み、先端を地面に引き摺りながら、確かな足取りで歩き出す。
 一歩一歩互いに詰め寄り、ついに両者互いの射程圏内に、目の前の敵が入り込む。アッシュは、ゆっくりと両腕を上に上げて、金砕棒を上段で構える。対する俺も、ゆっくりと右腕を上に上げて、打刀を上段に構える。残った僅かな力を振り絞り、最後の一撃を放つ。

「「ウォオオオオオオオオ!!」」
「――――そこまでだ」(?)

 アッシュの金砕棒の振り下ろしと、俺の唐竹割りの一振りが、ぶつかり合うといった所に、俺とアッシュの間に、第三者が乱入してくる。その乱入者は、アッシュと同じ様に、フード付きのローブを纏っている。乱入者は、右手でアッシュの金砕棒を掴んで、受け止めようとし、左手で俺の打刀を掴んで、受け止めようとする。乱入者は、自身の身体能力や防御力に、相当な自信があるのか、身体に魔力を纏わせたり、身体強化をする事なく、素の状態のままでいる。
 乱入者は、アッシュの金砕棒を、右手で見事に受け止めた。そして、俺の打刀の刀身を、左手の掌で受け止め、そのまま掴んで止めようとした。

〈誰だが分からんが、そう簡単に受け止めれると思うなよ!!〉

 乱入者の左手の掌に、打刀の刀身が振れる。乱入者は、自らの思い描いた光景になる様に、打刀の刀身の、勢いと威力を完全に殺そうとする。しかし、乱入者の思い描いた光景に、なる事はなかった。

「――――グァッ!!」(?)

 打刀の刀身が、乱入者の左手の掌を滑っていき、深く斬り裂いていく。その瞬間に、自身の想像を超える威力であると、乱入者は一瞬で認識を改め、左手を後ろに引いて、手を切断されるのを回避する。乱入者は、金砕棒を受け止めた右手を離し、そのままアッシュに近寄り、アッシュの身体を抱え、左手の掌から大量の血を流しながら、俺との距離を広く開ける様に、後方に大きく跳んで、最大限の警戒をとる。
 乱入者の脇に抱えられているアッシュは、先程の一撃で、残っていた気力の全てを使い果たしてしまったのか、ピクリとも動くことなく、身体から力が抜け、ぐったりとしている。今もなお、胸の傷口から血が流れ続けているし、気力の枯渇と、大量の血を失った事で、もはや動く事も出来ないのだろう。
 だが同時に、先程の一撃を放ったことで、俺もギリギリの状態だ。今の俺に残っている武器は、打刀一本と、魂から溢れ続けている魔力だけ。万全の状態ならまだしも、今の身体の状態で振るうどの様な一振りも、目の前の乱入者に通用しないのは、どう考えても明らかだ。

「……アッシュを、ここまで追い詰めるだけはある。真面に傷を付けられるなど、何時以来だろうか……。森人よ、ここは一時休戦としよう。私は仲間を救いたい。お前は自分の命が助かる。互いに、得るものがあると思うのだが?」(?)
「…………」
「異論はない様だな。では、我々は退かせてもらう」(?)

 乱入者が、低い声でそう言い、時空間魔術で転移しようとした時、アッシュが顔を上げてニヤリと笑い、口を開く。

「ウルカーシュ帝国、帝都アルバでの計画を妨害してきたのは、お前だったのか、強き森人よ」(アッシュ)
「………ほう。なる程、これ程の強さを持つのならば、あの程度の連中では、ひとたまりもないか」(?)
「ハハハ!!一度ならず二度までも、お前に邪魔されるとはな。もしかすると、我らが主が仰っていたのは、お前の事だったかもな」(アッシュ)
「…………」
「再び相見あいまみえる時にこそ、雌雄を決しよう。そして、私が殺してやるその時までは、どこぞで野垂のたれ死ぬ事は、決して許さん」(アッシュ)
「…………」
「次もまた、心躍る殺し合いをしようではないか。楽しみに待っているぞ、強き森人よ。では、さらばだ。――また会おう」(アッシュ)
「では、失礼する」(?)

 乱入者は、転移するまでの短い間だが、俺の顔を覚えるかの様に、ジッと見つめ続けてくる。そしてアッシュは、顔に笑みを浮かべたまま、二つの瞳に、強き剣呑な光を宿して、その場から消え去るまで、俺を見続けていた。
 そして、二人の姿が一瞬で掻き消える様に、その場から消え去る。魔力感知にも、二人の魔力は感じられない。本当にこの戦場から、自分たちの拠点まで撤退した様だ。
 アッシュが居なくなったと同時に、周囲の景色がガラリと変わる。アッシュによって生み出されていた異空間が、解除された事で元の空間に戻ってきたのだ。あれ程の戦闘を行い、傷ついていた自然は、何事も無かったかの様に、綺麗なままの状態だ。
 打刀の刀身を下に向けて、地面に突き刺し、杖代わりにして身体を預ける。そして、大きく、深く、ゆっくりと深呼吸を繰り返して、精神状態を整えていく。
 ズキリ、ズキリと、左肩に負った傷の痛みが、襲い掛かって来る。まだまだ、この戦場でやらなければならない事がある。そう頭では分かっていても、怪我と疲労によって襲い掛かる、強い睡魔に抗う事が出来ず、その場にゆっくりと倒れこんでいく。
 瞼が閉じていき、スーッと意識が遠のいていく。身体全体が、急速に再生されていくのを感じながら、暗き闇の微睡まどろみに身を任せると、プツリと意識が途切れた。
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