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第7章

第198話

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 溢れ出ていた魔力が、壁面にめり込んだままのアステロの身体に、一気に圧縮されていく。次の瞬間には、崖を大きく砕いて、壁面にめり込んでいたはずのアステロと、傍に突き刺さっていた片手半剣の姿が、同時に掻き消える。だが私の視界には、壁面を足場にして加速し、私に向かって一直線に迫りくるアステロの動きを、しっかりと捉えていた。
 片手半剣を大きく後ろに振りかぶり、右薙ぎの一振りを放ってくる。その一振りは、的確、正確に、私の胴体を切断しようと迫る。その一振りに対して、上空に跳び上がり、縦に一回転して避け、着地と同時に距離を詰めて、左拳を腹部に向けて放つ。

「――――――‼」(アステロ)

 アステロは回避ではなく、カイトシールドによる防御を選択した。左腕を動かし、左拳の真ん前にカイトシールドを構え、見事に受けきられる。そこから左拳を外側に受け流されて、体勢が少しだけ崩される。アステロは、私の懐に入り込む様に前に出て、右脇腹から左脇腹にかけて、斜め状に切り裂く様に、左薙ぎの一振りを放ってくる。

「――――――」

 放たれた一振りを、超加速して避けるも僅かに遅く、左脇腹を薄く切られる。しかしその傷も、紅き炎が現れて傷口を覆い、修復され、跡形もなくなって綺麗な肌に戻る。

〈今度は、こちらから攻める‼〉

 レオ様の力である、火の力を極限まで高めていき、身体能力・身体機能を、大幅に強化させる。私は、火の力を外向きに放つのではなく、内向きに集中させる事にした。炎を生み出すのは、ここぞという場面のみに定め、それ以外は、武具となる己の身体を、さらに研ぎ澄ませるために、力を集中させる。
 重力を軽減した事による超加速に、火の力である、破壊力を上乗せして強化する。大地を踏み砕き、超加速して跳び跳ねる。大気を踏み締めながら、空間を跳び跳ねて移動し、一瞬でアステロの上空にたどり着く。クルリと、身体の向きを上下反転させ、力強く大気を踏み締めて、アステロに向かって急降下。

「ラァアアアア‼」

 右腕を、後ろに大きく引いて力を溜め、右拳を胸部に放つ。

「―――――フンッ‼」(アステロ)

 放たれた右拳に対して、高密度の魔刃を纏わせた片手半剣を、唐竹割りで振るう。
 互いに放った攻撃が、真正面からぶつかり合う。濃密な魔力同士が反発し合い、バチバチと周囲に放電する。ぶつかり合った大きな力によって、地面が陥没し、砕けていく。

「ウラァアアア‼」
「ウォオオオオ‼」(アステロ)

 互いに一歩も退かず、気迫の咆哮を上げる。拳と刃に、さらに魔力を籠めて強化し、威力を上昇させる。やがて、魔力の反発が抑えきれない程に強くなった時、互いの身体が後ろに吹き飛んでいく。お互いすぐに体勢を整え直し、すぐさま相手に向かって駆ける。

〈ここだ‼〉

 アステロの体重が、完全に前に傾き、踵が浮き上がった瞬間。アステロに圧し掛かる重力と、身に纏うプレートアーマーの重量を増加させる。完全に体重移動が終わり、身体の重心が移動しきっていた所に、重量が急激に増加した事で、身体のバランスが崩れ、両膝が地面に崩れ落ちる。

「しまっ――――、ガァ‼」(アステロ)

 地面に両膝をついた状態のアステロに、超加速で駆けて近づき、その顎を右脚で蹴り砕く。流れる様に、右脚をそのまま高々と振り上げて、踵落としを、アステロの右肩に振り下ろす。その際に、踵の部分の重力を瞬間的に増加させ、加速を上乗せする事で、威力を上昇させる。

「――――グッ‼」(アステロ)

 振り下ろした踵落としは、プレートアーマを大きくへこませ、その下の生身の身体に到達し、骨をポッキリと綺麗に折り、筋肉に深いダメージを与える。さらに追撃を仕掛けようとするも、アステロに先に動かれる。
 カイトシールドを手放して、左手で私の右脚を掴み、圧し掛かる重力をものともせず立ち上がり、私の身体を上に持ち上げる。そのまま地面に叩きつけようと、右脚を持つ左腕を真っ直ぐに振り下ろそうとする。

「…………‼――――ガァッ‼」(アステロ)

 アステロの、痛みの呻き声が響く。振り下ろそうとしていた左腕に、私の左脚の一撃が肘にめり込み、曲がってはいけない方向に、肘が曲げられてしまっている。それでも、アステロは気力だけで痛みを抑え、私の右脚を手放す事なく、気迫の咆哮を上げて、私の身体を地面に叩きつける。

「ガハッ‼」

 地面に叩きつけられた私は、何度も地面をぶつかりながら吹き飛ぶ。吹き飛びながら体勢を整えるが、その間も、アステロから目を離さない。そこに、アステロの追撃が迫る。
 両腕が使えなくとも、両脚と頭が使える。身体全体に魔力を循環させ、両脚と頭部に、高密度の魔力が集中し、圧縮させて強化する。
 アステロは、両膝を曲げて腰を落とし、姿勢を低くする。両脚に力を籠めて溜める。それだけで地面が陥没し、大きく砕ける。そしてその身を、一発の弾丸に変えて、空気を切り裂き、音を置き去りして駆ける。
 駆けるアステロの側頭部の角に、急速に魔力が圧縮され、魔刃と同じ性質をもつ、長大な魔力の角が、二本生み出される。そこから、その二本の魔力角まりょくかくの魔力が混じり合い、一つの巨大な魔力角となる。
 右拳に、火の側面の一つである、破壊の力を圧縮する。その力は凄まじく、拳からユラユラとオーラが溢れ出し、炎の様に揺らめく。身体に圧し掛かる重力を、可能な限り軽減する。さらに、両脚にも破壊の力を圧縮する。拳と同じように、両脚からもオーラが溢れ出し、両脚がオーラの炎に包まれる。
 右脚を一歩前に踏み込み、両膝を曲げて腰を落とし、姿勢を低くし、両脚に力を極限まで高めて溜める。溢れ出る破壊の力、オーラの炎によって、両脚を中心に、蜘蛛の巣状に地面が砕ける。
 一度、ゆっくりと深呼吸を繰り返し、心と身体の状態を整えて、迫り来るアステロと、巨大な魔力角を静かに見据えて、爆発的な加速で空気の壁を突き抜け、音を置き去りにして、一直線に駆ける。

「――――――――‼」
「――――――――‼」(アステロ)

 互いの距離が、一瞬でゼロになる。アステロの巨大な魔力角と、私の右拳の一撃が、真正面からぶつかり合う。それだけで、強烈な衝撃波が周囲に吹き荒れ、地面が砕けてめくれ上がり、木々が折れて吹き飛び、岩石がフワッと浮いて吹き飛ぶ。
 私の右拳と、アステロの巨大な魔力角がせめぎ合う。互角の威力によって、その場で拮抗状態になり、一瞬でも気の抜けない状況だ。その状況を打破するために、先に仕掛けたのはアステロだ。
 踏ん張っている両脚に、急激に力と魔力が集まっていき、ゆっくりとだが、私の右拳が押されていく。しかし、その力と魔力を、獣の因子から無理やり引き出したのか、アステロの口から、真っ赤な血が流れ出る。

〈私も、その覚悟に応えましょう‼〉

 右拳に圧縮していた破壊の力を、さらに上昇させる。右拳から、意識が飛びかける程の激痛が走り、圧倒的な魔力と熱が拳に宿る。それと同時に、オーラの炎が大きく、濃くなっている。激痛を歯を食いしばって耐えながら、咆哮を上げて右拳を振り抜く。巨大な魔力角にピキリピキリと罅が入り、パリンという音を響かせて、欠片となって砕け散っていく。私の右拳は一切減速せず、アステロの顔面に突き刺さる。
 しかし、アステロの身体が、吹き飛ぶ事なくその場に残る。一瞬何故?と疑問に思うも、アステロの全身を冷静に見ていくと、足元を固定する様に、土が両脚を包んでいた。

〈土を固め、その場に固定する事で、吹き飛ばない様にしたのか‼〉

 してやったりと、ニヤリと笑うアステロの右手には、愛剣である、片手半が握られている。一度死に瀕した時と同じ様に、右腕一本で上段に構え、私の身体を切り裂こうと、袈裟切りで振り下ろす。スーッと、綺麗に私の身体が切り裂かれる。もう既に、その場にはいない、残像の私が。切られた私の身体が、ユラリと揺らめき、フッと消えていく。私は次の攻撃に備えて、既に後方に距離を取っていた。
 アステロの、前方の空間の重力に干渉する。極限まで密度を高め、極小の、漆黒の真円を生み出す。生み出された漆黒の真円を中心に、ものすごい勢いで、私とアステロの身体が吸い込まれていく。アステロは、漆黒の真円に、急激に吸い込まれた事で身体のバランスを崩し、体勢が崩れる。
 私は左拳に、極限まで高めた破壊の力を圧縮し、血を吐きながら、漆黒の真円に向かって、自分から前に踏み出す。そして、アステロと私、互いの身体がギリギリまで近づいた時に、漆黒の真円を消し去る。
 目の前に、アステロが無防備な状態で立っている。切られたあの時と同じ様に、全ての景色が、ゆっくりと流れていく。あの時と違うのは、アステロが一撃を受ける側で、私が一撃を放つ側である事。アステロも、残る力を振り絞り、体勢を立て直そうとするが、私の一撃の方が速い‼

〈この一撃で、終わりにする‼〉
「ウラァアアアアアア‼」
「………………見事」(アステロ)

 放った左拳の一撃が、アステロの胸部の中心に、ゆっくりと吸い込まれていく。その威力と衝撃は凄まじく、プレートアーマーを突き破って胸部に突き刺さり、胸骨きょうこつを砕き、心臓に到達する。
 アステロの全身から力が抜け、ゆっくりと仰向けに倒れこみ、地に崩れ落ちていく。

「そんな満足げな表情で死ぬな、馬鹿者が」

 仰向けで倒れこんでいるアステロ。負の感情を抱いていた私に、負けたにも関わらず、この戦いに心残りが無いかの様に、笑みを浮かべて息を引き取っていた。
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