引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis

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第7章

第183話

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 演習場の中心で、幾たびも、クレータのロングソードと、俺の拳がぶつかり合う。目の前の、クレータのクソ野郎の、ロングソードをし折ってやるつもりで殴っているが、折れるどころか、罅一つ入らん。
 クレータのクソ野郎が使っているものではあるが、ロングソードそのものは、我が国シュターデルの中では、上位クラスに位置する業物の一振りだ。かつて小国であった、シュターデル王国に立ち寄った一人のドワーフが、今よりも領土が小さく、国力も弱かった我が国の為に、ドワーフと獣人の友好の証として、その腕を揮い、作り上げたものの内の一本だ。

 当時は今よりも、種族間の差別意識が高ったそうだ。近年になって、改めて様々な意味での力を付けている、人間族至上主義の連中との対立が、各種族と起きていた。数という側面で、我々を圧倒していた人間族に対抗するために、亜人と呼ばれ、差別された我々の様な種族たちは、互いに手を組み、協力し合う事で、人間族たちの弾圧に対して、質という側面で勝負した。
 さらに各種族で学び合い、個人個人で暴れていた者たちが、集団戦という考え方や、戦術というものを戦い方を手に入れ、数対数という構図にする事が出来た。すると、質という側面で勝っている者たちが、数で戦う方法を得れば、結果は分かり切っている。
 亜人と呼んでいた者たちに、手痛い反撃を受けた人間族。特に、人間族至上主義を掲げていた者たちは、その結果を受け止められず暴走。多くの人間族の者たちを戦場に送り出し、無駄にといってはいけないが、老いも若きも、命を散らせていった。
 その結果起きたのは、身内同士の争い。泥沼に陥った国家の中には、内乱・革命が各所で起こった。最終的に、当時の人間族の中で、過激な思想は種を滅ぼすと教訓になり、そういった思想を持つ者たちを危険視し、人間族同士で監視し合う様になり、他の種族にちょっかいをかける事がなくなった。

〈やっぱり厄介だな、魔剣というものは。剣としての基本的な強度は元より、切れ味・魔力伝達率・能力なんかの方も凶悪だしな〉

 クレータの持つロングソードは、外見上は一般的なロングソードと変わらない。クレータはその愛剣と共に、無数の屍を積み上げてきた。人間族・魔物・魔獣などの生きている者から、屍鬼グール・スケルトン・死霊ゴーストなどの死者まで、様々な‟もの”たちを切り倒してきた。
 その結果、切れ味・耐久力が高いだけの上質なロングソードが、凶悪な能力を持つ、本当の意味での‟魔をびた剣”として変質した。
 その剣に傷を付けられた箇所は、回復魔術などの癒しの効果が低くなり、傷の痛みが徐々に強くなっていく。これは、浄化などでしか効果を打ち消せない。
 さらに、傷を付けるたびに、相手の魔力や生命力を少し奪う事ができ、それを自身の魔力として取り込んだり、生命力を高める事で、傷を癒して塞ぐことが出来る。その能力は、重傷を受けた際にも、直ぐに出血を止める事が出来るなど、高速治癒も出来る程の力を持つ。

「儂の剣の力を恐れておるな。獣王といえども、所詮は人の身の範疇はんちゅうの存在だ。こいつの力を無効化する事が出来るのは、人という枠組みを超えている存在である高位存在や、そのまた上の、超高位存在という一握りの者たちだけだ。グース、貴様の実力は知っている。その実力は、それらの者たちと比べれば、遥かに下の次元であると言わざるを得ない」(クレータ)
「俺の全てを知っているわけでもあるまいし。何を根拠に、俺の力の底を決めつけている?」
「………儂自らが、高位の存在や、そのまた上を、直接見て、その強大な力を体感したからだ」(クレータ)

 クレータは、目の前にいる俺という存在を忘れたかの様に、かつて見て感じた、その強大な力とやらを思い出し、身体を震わせている。それは、恐れによるものなのか、高みを目指す、戦士としての喜びからなのかは分からんが。

「それを見た時は、全身から鳥肌が立った。超越者同士の戦いが、あれ程までに凄いとは。知識として知っているのと、実際に体感するというのは、雲泥うんでいの差だ。あれを見て、体感した儂と、平和な国を維持するだけの貴様とは、見ている世界も、考えている先も、何もかもが違う」(クレータ)
「何を見て、体感したのかは知らんが、それが、今回の大それた行動の、根底にあるものか?」
「そうだ。この大陸、果ては世界には、無数の強者がひしめき合っている。この国は、今は平和であり、若い世代も健やかに育つ事が出来るだろう。だが、この先は?この大陸内での戦争、他大陸の国々の思惑、国に属さない隠れた強者たち。これらに、この国が巻き込まれるという事が、絶対に有り得ない事ではない。………それらが、我が国に降りかかろうという時の為にも、今からでも、この国は変わらなければならない‼」(クレータ)
「そのために、今生きている者たちの命が、散っていったとしてもか?」

 俺の返答に、クレータは真剣な表情で口を開き、自らの思いを言葉にして答える。

「それは死んだ者が、弱かったからだ。………この世は弱肉強食。強ければ勝って生き残り、弱ければ死んで打ち捨てられる。自らの力を高めて強者に至り、弱き者たちを淘汰とうたする。そうする事で、シュターデル獣王国が、シュターデル獣王国として生き残っていける」(クレータ)

 弱肉強食。なるほど、確かにこの世界は、強い者が生き残り、弱い者は簡単に死んでいく。確かにそれは厳しい現実の一つであり、この世界で生きる者たちの、逃れられない定めでもある。
 俺は幸運にも、生まれながらに血筋が良く、力を持ち、権力を持つ、強者として、恵まれた生まれで、この世界で生きてきた。そんな俺でも、その生の中で、クレータの言う様に、強き力があれば、と思う様な時はいくらでもあった。
 それでも、弱者無辜なる民を見捨てるなどという、強者にあるまじき思いも、選択も、一度として俺の心に芽生える事はなかった。弱者が一人だろうが、十人だろうが、百人だろうが、千人だろうが、万人だろうが、俺という強者が一番前に出て、まとめて背負って守っていく。
 それに、弱者が弱者のままだと、何故言える?誰でも、最初は弱者だ。俺も、クレータも。弱者の中にも、色々な思いを抱えて生きている者もいる。強くなりたいと願う者もいれば、平穏な日々を過ごしたいと思う者もいる。そして、俺やクレータも、強者であり、国を守ってきた歴戦の戦士である、軍人や騎士といった者たち、父や母、祖母に祖父に徹底的に鍛えられ、見守られ、導かれてきた。目の前にいる愚か者は、自身も最初は弱者であった事も忘れ、先人たちという強者に、精神的にも肉体的にも、長い時間をかけて、守られながら育ててもらった事も、忘却ぼうきゃく彼方かなたに消え去ってしまったのだろう。

 何よりも気に食わんのが、強者がどうだ、弱者がああだと、さも自分の意見が、絶対に正しいと言わんばかりに、声高々に主張している所だ。
 クレータにはクレータの正義や考えがある様に、俺にも俺の正義や考えがある。現状クレータは、俺の言葉の一切を聞く価値無しと断じて、一切取り合わない。それでは、意見や考えの押し付けだ。何かに取り憑かれた様に、弱者不要論を俺に語るクレータを冷ややかに見つめながら、振られるロングソードの剣身に、魔力を纏わせた拳をぶつけていく。
 
〈背負う弱者を守るために、死に物狂いで鍛錬した。鍛錬した力でも及ばないのならば、身体・精神・魂すらすり減らしてでも、自身を苛め抜き、徹底的に追い詰め、実戦経験をこなしてきた〉

 三割ほどだった獣の因子の開放を、七割程までに、一気に引き上げる。俺の放つ圧が増した事に気づいたクレータも、同じ様に獣の因子を解放し、力を高めていく。

 俺が考え、体現すべき強者とは、どれだけの不利な状況だろうと、背に無数の守るべき弱者が震えていようとも、その場に現れただけで、戦況も、震える弱者の恐怖をも打ち消し、笑顔に変える存在。迫りくる脅威の全てを、圧倒的な力によって打ち払い、安寧をもたらす者。
 それが、俺の目指してきた境地であり、貫き通してきた信念だ。

 お前が掲げる理想諸共、俺がねじ伏せさせてもらう。
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