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第7章

第182話

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 異空間倉庫から、新たな打刀を取り出す。狼人族の軍人との、ロングソードとの斬り合いでは、刀身が、一合しかたもたなかった事をかんがみて、闇属性・土属性・重力属性の、各属性の魔鉱石を混ぜ合わせた、打刀の中では、現段階で最高硬度を誇る一振りを選んだ。
 周囲を囲む軍人たちは、少しだけ興奮している様にも見える。象人族の軍人を、倒された事による怒りなのか、強者と出会えたことによる喜びなのか、どういった感情を持っているのかは、正直な所分からない。
 目の前に迫る、象人族と共に仕掛けてきた、狼人族の軍人以外は。

「ハハハハッ‼」(狼人族の軍人)

 高らかに笑いながら、全身から喜びの感情を溢れさせ、興奮した様子で、高速で俺に迫ってくる。ロングソードの剣身には、一合で刀身を切断された時と同じ様に、高密度・高純度の水属性の魔力を纏わせている。

「ハハハハ‼―――フッ‼」(狼人族の軍人)
「―――――‼」

 俺の打刀と、狼人族の軍人のロングソードが、再びぶつかり合う。金属同士がぶつかり合う音が、響き渡る。今度は、一合で刀身を切断される事はなかった。

「凄いな、その剣‼さっきは簡単に切れたのに、今度は受け止められた‼見た目は一緒だが、中身は別物だな‼――――もっと上げていくぞ‼」(狼人族の軍人)

 狼人族の軍人の動きが、さらに加速していく。雷属性の魔力による身体強化をした様で、身体からバチバチと放電しており、雷の如く一瞬で移動し、俺の背後から、正確に首を狙って、ロングソードを振るう。雷速による一振りと、水属性の魔力によって、切れ味の上がった刃が合わさった、何ものをも切り裂ける様な一撃だ。
 首に吸い込まれる様な一撃は、誰の目から見ても、確実に決まったと思っただろう。

「…………積層魔力障壁。そんな小さく、限定的に展開できる魔術師は、初めて見たぞ」(狼人族の軍人)

 狼人族の軍人の振るったロングソードは、首を守るために展開した、無駄なく、何重にも重なっている、積層魔力障壁に阻まれた。狼人族の軍人は、戦士として、強者との戦闘という昂ぶりを保ちながらも、軍人としての冷静な部分が、俺の魔術師としての技量に驚嘆きょうたんしながらも、積層魔力障壁を分析している。どこを、どの様に攻撃すれば、この障壁を抜いて、俺を切れるのかを。

「お前とやり合いたいのは、こいつだけじゃねえぞ‼」(熊人族の軍人)
「俺らとも、やり合おうぜ‼」(河馬人族の軍人)

 熊人族の軍人は、身の丈と同じ大きさの、漆黒の剣身をした大剣で、右斜め上から下に向かっての、袈裟切りの一撃を放ってくる。河馬人族の軍人は、巨大な藍色の戦斧で、熊人族の軍人とは逆向きの、左斜め上から下に向かっての、袈裟切りの一撃を放ってくる。
 完璧に息の合った、大剣と戦斧の連続攻撃に対して、俺も打刀を強化して対応する。ここから先は、俺も初めての試みだ。打刀に、闇属性・土属性・重力属性の、三つの異なる魔力を籠め、刀身の芯まで染み込ませていく。すると、今までの戦闘時の様な、一つの魔力属性を染み込ませた時とは違い、刀身は各属性の色に変わる事はない。
 打刀の刀身に染み込ませた、闇属性・土属性・重力属性の魔力が、混じり合って、一つの魔力になっていく。それに合わせる様に、刀身の色が変化していく。その混じり合った一つの魔力に影響され、刀身の芯から滲み出てくる様に、灰色が刀身を染め上げていく。全てを塗りつぶす、漆黒でも純白でもなく、それらが二つが混じった様な灰色。三つの魔力属性が混ざっている事もあるが、俺にはその灰色が、どこか混沌を表している様にも見えた。
 斜め十字に迫りくる剛力の連撃の刃と、灰色の刃による高速の二連撃が、真正面からぶつかり合い、二人の軍人が、俺の背後に駆け抜けていく。地面を滑りながら、俺の方に身体を向き直し、ニヤリと笑う。

「―――まだまだ‼」(熊人族の軍人)
「――――次、いくぞ‼」(河馬人族の軍人)

 熊人族の軍人は、大剣を肩に担ぎながら、急加速して駆ける。一歩一歩踏み出すごとに、地を砕きながら、俺に迫ってくる。
 河馬人族の軍人は、戦斧を両手持ちに変え、象人族の軍人と同じ様に、戦斧に高純度・高密度の、水属性の魔力を籠めて、刃に圧縮していく。

「………俺の事を、忘れるなよ」(狼人族の軍人)

 息を殺し、気配を殺し、存在感を消し、自らの動きを読ませぬ様に、極限まで自分という存在を薄めた狼人族の軍人が、突然正面に現れたかの様に超高速移動し、ロングソードの突きを、心臓目掛けて放ってくる。
 先程と同じ様に、限定的に展開した、積層魔力障壁で防ごうと考えたが、直ぐにその考えを修正する。迫りくるロングソードの剣先には、高密度の水属性の魔力が圧縮されており、積層魔力障壁への対策をしているのが分かる。さらに、圧縮した高密度の魔力を上手く隠しており、魔力感知の精度・範囲を高めているにも関わらず、直ぐ傍に迫りくるまで、気づく事が出来なかった程だ。
 狼人族の軍人は、後ろに跳んで回避する俺に驚きながらも、そのまま突きを放ち終わる。その姿に、頭の中の本能が、ガンガンに警告を鳴らしてくる。その瞬間に、ロングソードの剣先から、水属性の魔力が形を変えて、剣先の形を模して真っ直ぐに伸び、後ろに跳んで回避した俺に向かって迫る。
 自分の左側に足場代わりの魔力障壁を生みだし、急速に迫ってくる水の剣先を避けようとする。だが、水の剣先の速度が予想よりも早く、完全に回避する事が出来ない。苦し紛れの積層魔力障壁を展開し、何とか水の剣先を防ごうとする。

「――――――貫け」(狼人族の軍人)

 水の剣先が、積層魔力障壁を全て貫き、左腕の上腕部分を捉えられた。狼人族の軍人は、そのままロングソードを振るい、左腕を切断しようとするが、その前に打刀を振るい、水の剣先や、それを構成する魔力を含めて、ロングソードから切り離す。切り離された水の剣先は、ただの水に戻り、ポチャリポチャリと、腕から滴り落ちていく。
 穿たれた左腕の穴が、高速で塞がっていく。だが、完全に再生しきるのに、数秒かかる。歴戦の戦士たちである軍人たちには、その数秒でも隙になりえる。
 地面に着地した俺の頭上に、影が落ちる。獰猛な笑みを浮かべた、熊人族の軍人が、上空から落下しながら、大剣を無造作に振るう。その一振りは、無造作でありながらも、熊人族としての剛力を活かした、叩き切るという表現がピッタリな一振りだ。
 剣身に纏われているのは、高密度・高純度の闇属性の魔力だ。その魔力が圧縮された剣身には、生半可なまはんかな魔力では、触れただけで中和されるか、純粋な魔力に戻されてしまうだろう。

〈それなら、純粋に剣士としての技量で圧倒する〉

 無造作に振られた一振りとは、対になる軌道で、打刀を振り抜く。その一振りは、狼人族の軍人が俺にやった様に、大剣の剣身を上下で半分に切断する。そのまま流れる様に、左から右に向かって水平に振るい、ニヤリと笑う、熊人族の軍人の腹を深く斬り裂く。
 まだ、熊人族の軍人の目が、死んではいない。何か仕掛けてくる‼

「冥府まで付き合えや」(熊人族の軍人)

 その直感の通りに、熊人族の軍人は、太い両腕で俺の身体を掴み、動かない様に羽交はがめにしようとしてくる。そこに、狼人族の軍人が、全魔力をロングソードに籠めて、突撃してくる。

「俺たちと一緒にな‼」(狼人族の軍人)
「すまんが断る。―――――先に行って、冥府の神に挨拶しておいてくれ」

 羽交い締めにしようとしてくる、熊人族の軍人の両腕を斬り落とす。熊人族の軍人は、やはりダメかと笑いながら、後ろに倒れこんでいく。俺は、倒れこんでいく熊人族の軍人の身体を、足場にして上に跳び、狼人族の軍人の突撃を避けようとする。

「そう来るよな‼」(狼人族の軍人)

 俺の行動を先読みしていた狼人族の軍人は、同じく上に跳び上がり、ロングソードを水平に振るう。今度は剣身を伸ばしてくるかと予想していたが、その予想は外れ、ロングソードから巨大な水の魔刃が放たれた。その大きさは、この距離では避ける事は出来ない大きさだ。
 直感と思考、染みついた動きと経験、それらが噛み合い、急速に魔力を練り上げ、刀身に纏わせて、狼人族の軍人が放った魔刃と、同じ威力・同じ魔力量、質・大きさの灰色の魔刃を放ち、ぶつけ合わせて相殺する。

「―――――‼」(狼人族の軍人)
「―――――‼」

 俺と狼人族の軍人が、互いにロングソードと打刀を一振りし、すれ違う。俺に傷はなく、狼人族の軍人は左肩から腹にかけて、縦に深く斬り裂かれている。その手に持つロングソードは、熊人族の軍人の大剣と同じく、剣身が上下で半分に切断されている。狼人族の軍人もまた、熊人族の軍人と同様に、笑みを浮かべて地面に落下していく。

「………俺が仕留めよう。――――ハァッ‼」(河馬人族の軍人)

 河馬人族の軍人が、巨大な藍色の戦斧を振り下ろす。戦斧の振り下ろした軌道に合わせて、巨大な藍色の魔刃が放たれる。その魔刃は、上が太く、下に行くにしたがって、段々と、細く鋭く尖っている。その魔刃に続く様に、河馬人族の軍人が、俺に向かって駆ける。
 最初に放った魔刃と、河馬人族の軍人が、俺の元に到達するのは、同時だった。河馬人族の軍人が、右肩を下に落とし、姿勢を低くして、戦斧をすくい上げる様に振り上げる。
 上からは魔刃、下から戦斧、上下から挟むような攻撃はまるで、河馬の強力な牙による、噛み砕きの様であった。
 その攻撃に、河馬が大きく口を開けて、俺を喰らおうと、迫ってくる幻影を見た。河馬の幻影の気迫に、一瞬だけまれそうになるが、それに負けじと剣鬼けんきの威圧を放ち、大上段から、一切の歪みもズレもない、静かなる一太刀を振り下ろす。

「――――――ヌゥオオオオオ‼」(河馬人族の軍人)
「――――――ハァアアアアア‼」

 互いが互いの一撃を喰い破り、相手を斬り裂かんとぶつかり合う。だが無常にも、どちらがめいで、どちらがあんかは、ハッキリと現れていく。俺の打刀には、一切の傷も刃毀れもないが、河馬人族の軍人の戦斧と、放った魔刃には罅が入り、今も広がっている。

「…………楽しかったぞ、エルフの戦士よ」(河馬人族の軍人)
「……………さらばです。強き獣人の戦士よ」

 戦斧と魔刃に広がっていた罅が、致命的な状態に達した時、河馬人族の軍人が、先に逝った者たちと同じ様に、笑顔を浮かべて俺に感謝を伝えてくる。俺も、強き戦士であり、国を守ってきた軍人として、敬意を抱きながら別れの言葉を告げる。
 それと同時に、戦斧と魔刃が完全に砕け散り、打刀の灰色の刃が、河馬人族の軍人の、首の右側面から腹にかけてを深く斬り裂いていく。その一太刀は、獣人の強靭な骨・筋肉を抵抗なく斬り裂き、さらに臓器に至るまで傷を与えていた。ここまでの傷を受けると、いかに生命力の高い獣人であっても、致命傷なのは間違いない。

「…では………また、冥府で………会おう」(河馬人族の軍人)
「……………はい。まだまだ長い時間がかかるかもしれませんが、それまで、ゆっくりとお待ちください」

 俺の言葉に返事はない。しかし、河馬人族の軍人もまた、俺の目をしっかりと見つめ、満足そうな笑顔を浮かべながら、その身体がゆっくりと地に倒れこんでいく。
 また一人、勇猛であり、強き戦士の命が消えた。彼らとは、冥府で再会した際には、肩を組み、笑顔を浮かべながら、語り合いたいものだ。
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