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第7章

第165話

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ポッキリと折れてしまった刀身を見て、シュリ第二王女とエルバさんが、少し慌てた様子で、小走りになって近寄ってきた。

「だ、大丈夫ですか⁉………エルバ、予備の剣を」(シュリ)
「はい、こちらに」(エルバ)

エルバさんが持っている、空間拡張された袋から、ショートソードを取り出して、俺に手渡そうとしてくれる。

「いえ、大丈夫ですよ。鍛冶の方にも、少しだけ手を出してまして、折れてしまったこれも数打ちの一本で、自分で打ったものなんですよ。なので、予備は大量に備えてあるんですよ」
「そうでしたか。それを聞いて、安心しました」(シュリ)
「しかし、その剣は、業物ではなかったのですね。てっきり、名のある鍛冶師の作品だと思っていました」(エルバ)
「それは私も思っていました。まさか、数打ちの一本だったなんて。カイルさんは、戦士としてだけでなく、鍛冶師としても、素晴らしい腕をお持ちなんですね」(シュリ)
「いえいえ。俺に、鍛冶の基礎を叩き込んでくれた師に比べたら………ひよっこもひよっこですよ。まだまだ、師には遠く及びませんしね。ちなみに、これが故郷にいた時にくれた、数打ちの一本ですよ」

俺は、空間拡張されたポーチから、一本の打刀を取り出す。取り出して、二人に見せる。ただそれだけの事で、シュリ第二王女とエルバさんは、兎と狼の耳をぶわっと膨らまして、バッと後ろに跳んで距離をとる。

「分かるでしょ?たった一本の数打ちでも、ここまで違う」

二人がジッと、師の数打ちを見続けている。自らの血に流れる、獣の因子の本能に従って、緊張状態のまま、警戒態勢をとり続けている。二人に、精神的な負担をかけたくないので、師の数打ちを、ポーチの中に仕舞う。二人は、師の数打ちがポーチの中に完全に仕舞われるまで、最大限の警戒を解く事はなかった。シュリ第二王女も、エルバさんも、俺がポーチの口を閉じた瞬間に、ドッと疲れた様に、深く息を吐いている。

「………フゥ~。確かに、数打ちでこれなら、本気で打った業物は、私たちでは耐えられないかもしれませんね」(シュリ)
「…………ハァ~。‟あれ”で、数打ちですか。私も、この国の、名のある鍛冶師の作品を実際に見たりしてきました。その方々には申し訳ないですが、今見たものは、正直に言って、格が違いました。姫様の言う通り、業物を見た時に、どうなってしまうのか………」(エルバ)

シュリ第二王女もエルバさんも、恐れていながらも、何処か、それを見てみたいという好奇心が、垣間見える様な様子だ。だがこの世界にも、好奇心は猫をも殺す、という言葉がある。過度な好奇心は身を滅ぼす、その言葉通りの事が、この世界でも容易に起こる。もし本当に、師の打った業物や、それを超える良業物よきわざもの・大業物・最上大業物といったものを見た時に、どういった事になるのか、想像も出来ない。ちなみに俺の場合は、段階を経てだが、初めて見せてもらった時には、一瞬で気絶した。その領域に、師が至る事が出来たのは、ヘクトル爺が、刀か、と呟いた事から、日本刀製作の段階が、一気に進展したというのがある。

最初の頃は、師と二人して試行錯誤していたが、やはり数世紀も先に生きている先輩は、きっかけというものを得ると、どんどんと研鑽を積んでいき、ある程度の形にはなっていた。だが、まだ足りなかった。そこに、最後の決め手になったのが、ヘクトル爺の呟きであり、ラノベでお馴染み、異世界版日本の存在だった。ヘクトル爺が、旅の中で出会った‟侍”という者たちと仲良くなり、故郷に連れて行ってもらった様だ。そして、そこが異世界版日本だったわけだ。そこに、日本の鍛冶師が転移した事があった様で、その者から正式な日本刀の生み出し方を学び、連綿と引き継いでいった鍛冶師達がおり、その鍛冶師の教えを胸に、毎日腕を揮っているそうだ。だから、ヘクトル爺は、俺と師が試行錯誤していた刀モドキを見て、懐かしさから、刀という言葉が出た様だ。そして俺も、何時かはそこに行って、学んでみたいとは思っている。

鍛冶の師は、ヘクトル爺の伝手を使って、その異世界版の日本に転移で移動し、日本刀の生み出し方を学んで帰ってきた。帰ってきてからの一ヶ月は、ひたすら工房に籠り、日本刀を打ち続けていた。技術を完全にものにした時に、晴れ晴れとした顔で、工房から出てきた姿を、今でも覚えている。そして、数世紀の経験と技術の蓄積は、特殊でも何でもない、普通の鋼で打たれた、ただの数打ちですらも、業物を超えてしまえる程にまでなった。

俺も、故郷の隠れ里を出るギリギリまで、色々な師に、詰め込む様に教えを叩き込まれた。その中でも、自らの得物を自らで作るという事から、鍛冶の師には鬼の様に厳しく叩き込まれた。その中で、今まで秘密にされていた、免許皆伝の様な技術や知識も、一部ではあるが教わった。隠れ里を出てから今日まで、時間をとって続けて来た事の一つが、鍛冶の研鑽である。何時かは俺も、ただの数打ちで、鳥肌を立たせるような領域にいってみたいと思う。

「さて、次は最終階層、十五階層です。この階層まで、特に仕掛けらしい仕掛けを、相手がしてきませんでした。もしかしたら、最終階層で現れる、ダンジョンボスに対して、細工を仕掛けている可能性があります」
「確かに、その可能性が高そうですね」(シュリ)
「ここまでは、普通のダンジョン探索でしたからね。むしろ、このまま終わる方が、不気味に感じてしまいます」(エルバ)

俺たちは、そんな会話をしながら、十五階層に向かう。たどり着いた先は、十四階層よりも広大な空間だ。ただ、見た目的には、十四階層とほとんど変わらない。さらに、違う点がもう一つ。中央に、黒いフードを被った人物が一人立っていた。そいつは、俺たちを待っていたかの様に、そこにただ立っている。俺たちが、十五階層にたどり着いたのを確認すると、黒いフードの人物は、空気に溶ける様に消えていく。黒いフードの人物が、完全にこの場から消えると同時に、ダンジョンボスの召喚が始まる。

「今は、消えた不審な者よりも、ダンジョンボスに………」
「どうしたん………え?」(シュリ)
「これは…………召喚術式⁉」(エルバ)

エルバさんの言う通り、ダンジョンボスを召喚する術式以外の召喚術式が、この空間一面を、埋め尽くす様に現れる。これは正しく、魔の空間モンスターハウスと呼ばれる、魔物や魔獣が、無限に襲い掛かって来るかの様な、物量で攻めてくる場所だ。低階層のダンジョンには、基本的には存在しない。こういった場所が存在するのは、中規模・大規模の階層の多いダンジョンだけだ。つまり、これは人為的なもの。間違いなく、あの黒いローブの人物が仕掛けたのだろう。正体は分からなかったが、反王族派の者か、その協力者といった所か。

無数とも思える術式から現れるのは、全て、このダンジョンに出現する、魔物や魔獣のみだ。こういった所にも、計画者の慎重さがうかがえる。

ダンジョンには、規模や階層を広く多くする、拡充期かくじゅうきという現象が稀に起こる。ダンジョンが生きているという定説があるが、この現象が、それを裏付けるものだと、色々なダンジョンを研究している学者が言っている。そして、拡充期が起こると、ダンジョン内に魔物や魔獣が大量に召喚されていく。位を上げるダンジョンを守る、兵隊を追加するために。恐らく、反王族派は、拡充期に思わせる様な現象を、俺たちが最終階層にたどり着くまで待って、そのタイミングで人為的に再現する事で、俺の冒険者としての判断などの諸々もろもろを、咎める材料にしたいのだろう。

それに、召喚されていく魔物や魔獣の様子がおかしい。どの個体も、興奮状態というか、狂乱状態になっている。

〈最善は、全員ここで始末出来れば良し。逃げ切れば、王女様たちの保護を名目にして何処かに連れていき、俺に関しては、二人を危険な目に合わせたという事で拘束・拷問、といったシナリオかもな~〉

召喚された魔物や魔獣たちが、俺たちを標的に定めると、一斉に走り出した。俺たちも、それぞれの獲物を構えて、魔物や魔獣たちに向かって、走り出す。とりあえずは、この危機を乗り越えてから、先の事を考えようか。
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