上 下
105 / 252
第6章

第146話

しおりを挟む
イーサルさんの言葉と共に、この部屋で準備していた、魔文字による記録係の人が、ペンに魔力を籠め始める。まずはナバーロさんが、改めてイーサルさんに、事の始まりともいえる、ガレンさんたちの、漁師さんたちの戦力増強の件について話していく。

「その話は、正式にガレンの方からも聞いている。ナバーロが用意してくれた計画書も、問題のないものだったからな」(イーサル)
「ありがとうございます。今回は、それらが完成したので、実地での実験を行う段階まできました」(ナバーロ)
「実験は成功。凶暴化している海の魔物にも、十分通用しました」(ガレン)
「そうか。それは、朗報だな。……冒険者ギルドの方は?」(イーサル)
「こっちとしても、今後は、都市内の依頼を受ける冒険者と、海側の依頼を受ける冒険者とを、分けていきたいと思っています。ナバーロを通じて、同じ様に、魔道具を作ってもらおうと思います」(ユノックギルドマスター)
「そうか。ギルドに関しては、こちらから口を挟むことはない。ナバーロの方は?」(イーサル)

イーサルさんに問われたナバーロさんは、顎に手を当てて、少し考え込んでいる。暫くしてから、答えが出たのか、ギルマス、ガレンさんと順番に視線を巡らせた後に、イーサルさんに視線を合わせて答える。

「魔道具を作ることに関しては、問題はないと思われます。ただギルド側で、使用する者に対して、何かしらの魔術契約もしくは、魔術契約書の発行を行ってもらいたいと思います」(ナバーロ)
「それは当然だ。貸し出した魔道具で、人や物を傷つけましたなんて、ギルドとしても、元冒険者としても、恥でしかねえ。そういった所は、俺の方からも、徹底させるつもりだ。抜け道一つも残さない様にするつもりだ」(ユノックギルドマスター)
「何かしらの問題が起きそうなら、直ぐにこちらにも情報を流してくれ。こちらからも、ギルドと協力する為の人を出すからな」(イーサル)
『はい、ありがとうございます』

ここで一旦、会話が途切れる。皆が、用意されていた紅茶や、お菓子を摘まんでいく。そのまま、ナバーロさんが実験終了までの話をし終わると、ホッとした様子で、紅茶で喉を潤す。次は、俺が話をしていくかな。

「次は俺ですね。俺は実験中に、周囲の警戒のために、魔力探知をしていました。すると、海底に大量の魔力反応がある場所がありました。そして、ガレンさんたちに聞いた、人魚や魚人の方々がよく姿を見せていた、という点から、もしかしてと思いまして」
「なるほど。それで実際に向かってみたら、という事か?」(イーサル)
「はい。そこには、こちらにもいらっしゃる、人魚や魚人の方々に、常に実体化している精霊様たちも暮らしている国でした。詳しく話を聞くと、ガレンさんたちの親の世代と、確かに交流があったという事でした」
「続けてくれ」(イーサル)

イーサルさんに促されたので、そのまま続けていく。

「そこで、メルジーナ国が、なぜこの海から姿を消したのかを、知らされました。これに関しては、ご本人たちに、語ってもらった方がよいと思います」

俺の言葉に合わせて、隣にいる、上位の水精霊様が軽く会釈する。

「私が知らされたのは、一体の魔物との戦闘によって、水竜が怪我を負い、呪に侵食されているという事でした。私も実際に、水竜の様子を目にしましたが、行動が少しでも遅ければ、水竜にとって致命的な遅れになっていたと、今でも思っています」
「それが、タイラントクラブの襲撃に繋がるのか?」(イーサル)
「はい。実は精霊様によると、襲撃をしてきた魔物に、呪を組み上げた術士が呪を侵食させていたようでした。しかし、術士が祖国によって処刑されました」
「ほう?それで?」(イーサル)
「術士は、それを予想していた様で、呪に自らの魂を組み込むという、あまり知られてはいませんが、凶悪な手段を事前にその魔物に仕込んでいました。そして、その呪の効果は、他者を喰らい、その存在を、自らに取り込むというものでした」

俺の発言に、一瞬場が静かになるが、ガンダロフさんたちや、ネストールさんたち親子の、戦闘を専門としている人たちは、その意味を理解する。

「おいおい、まさか!?」(ガンダロフ)
「カイル君が、あれだけ焦ってたのは、そういう事なの?」(シフィ)
「なるほど。それなら、俺たちだけに対応させたのには、納得できる」(シュナイダー)
「………時間が過ぎれば過ぎるほど、相手は強大になっていく。カイルの判断は、正しかった。俺でもそうしただろう」(ラムダ)

ナバーロさんや、ガレンさん。そして、イーサルさんは、いまいちピンときていないようだ。

「カイルさん、その水竜はどうなったのですか?」(ネストール)
「それについては、心配要りません。完全に、侵食されていたわけではないので、術士を消滅させた段階で、水竜も元の状態に戻っています」
「………カイルと言ったか。もしかして、その水竜の名は、ヨートスと言うのではないか?」(ステイル)

ステイルさんの質問に、ネストールさんや、イーサルさんが真剣な表情で、俺を見る。俺としても、気になっていた事を、先に聞いておく事にした。

「ネストールさんのその鎧は、もしかして、ヨートス殿の縁の品ですか?」
「……そうだ。この鎧は、我らの先祖が、ヨートス殿から、友好の証として譲られたものだ」(ステイル)
「先祖から、代々受け継いできた鎧です。特別な素材で出来ているらしく、今までに傷らしい傷は、ついた事がないというのが、先祖から伝わっています」(ネストール)
「もしかして、その鎧が何で出来ているのか、ご存じないんですか?」
「ああ、そうだ。先祖からも、特別な素材で出来てる、ということ以外は何も伝わっていない」(ステイル)
「カイルさんは、この鎧が何で出来ているのか、分かるんですか?」(ネストール)
「その前にもう一つだけ。その鎧は、ここ五十年以上、まともに使うことが出来なかったのでは?」

俺がそう聞くと、ネストールさんは驚き、ステイルさんは視線が鋭くなる。イーサルさんも、知らなかった様で、驚きの表情をしている。

「なぜ、そんな事が分かる?もしかして、お前は他国の間者か?」(ステイル)
「いえ、違いますよ。その鎧に使われている素材の事を、理解しているからですよ」
「どういう事ですか?知っているなら、教えて下さい!!」(ネストール)

全員の視線が、俺に集まる。俺は、ゆっくり語る。

「まずは、俺の話をゆっくりとでいいんで、聞いていてください。いいですか?」

皆は、俺の言葉に頷いてくれる。

「まず前提として、竜種という存在は、生命体として、最強種に分類されています。肉体の再生能力も高く、………鱗や爪は簡単に再生します」

俺の言葉に、全員が驚き、ネストールさんの着込んでいる鎧に、視線を向けている。ネストールさんも、驚きつつも、自らの鎧に触れている。

「そして、竜種の素材で作られたものは何であれ、高性能なものであり、生きた素材と言われています」
「生きた……」(ステイル)
「………素材」(ネストール)
「そうです。そして、その元になった竜種が生きている場合、その素材で作られたものは、竜種によって起きる現象が変わります」

俺は、全員が会話についていけている事を確認しながら、会話を続ける。

「一つは、竜種が完全に自分との繋がりを絶ち、独立した素材とする事。そしてもう一つは、自らとの繋がりを残したままで、素材として譲る場合です。今回のジェレミア家に引き継がれたその鎧は、後者になります。なので、この五十年ほどは、まともに使うことが出来なかったんです」
「つまり、ヨートス殿が呪に侵食されている事から、繋がりの残っている素材で作られた、この鎧にも呪の影響が出ていたという事か?」(ステイル)
「そういう事です。術士も、性格が歪んではいましたが、呪に関しては一流でした。もし、無理して鎧を着ていたら、呪が一気に流れ込んできて、侵食されてしまったのは、まず間違いないです」

ステイルさんとネストールさんの表情が、少しだけ青ざめている。

「今のその鎧には、全くの問題はありません。ただ後で、ヨートス殿と、改めて相談はする必要はあります。再び同じ様な事があった時に、対処できるように」

俺の言葉に、ステイルさんもネストールさんも、ただ黙って頷く。話が逸れてしまったしまったので、元に戻す。

「話を戻します。術士の呪に完全に侵食されると、その生き物は、術士という存在に、上書きされてしまいます」
「つまり、今回の災害とも言える様な、タイラントクラブの群れは、術士そのものが、攻めてきたということか?」(イーサル)
「そうです。恐らくはですが、戦っていた俺との戦力差を、無意識に感じてしまい、それを覆せるほどの戦力を得るために……といった所だと思います」
「もっとも近くにあり、襲いやすい場所である、このユノックを標的に選んだわけか」(イーサル)

ここまで語った俺の説明に、全員が納得の表情をしている。そのままの流れで、タイラントクラブとの戦闘開始からの、戦いの様子を、ガンダロフさんたちが語っていく。その中でも、人魚や魚人の戦士たちが、いかに自分たちを救ってくれたかを語る。

人魚や魚人の戦士たちも、ガンダロフさんたちの頑張りを、同じ様に語っていく。そして、俺の話を裏付けるように、タイラントクラブたちの動きが、急に鈍ったように感じたそうだ。さらに、統一されていたような動きが、バラバラになりはじめて、一体一体の動きが雑になっていったそうだ。

「最終的には、ただただ興奮して、俺たちには見向きもしないで、ユノックに走り出してたからな」(ガンダロフ)
「恐らくは、相当カイルに追い詰められていたのね。どの個体も、必死だったもの」(シフィ)

ガンダロフさんたちには、感謝しかない。一歩でも間違えたら、死ぬ様な場所での戦闘をお願いしたのだ。後で、秘蔵の酒や食材で、持て成しをしなければ。

「カイル。呪も、その術士も、完全に消滅したと見ていいんだな?」(イーサル)
「はい、構いません。念入りに確認もしました」

俺の答えに、満足そうにして、安堵しているイーサルさん。ステイルさんも安堵しているが、ネストールさんはあの群れを体験しているので、楽観視は出来ない様で、少しだけ深刻な顔をしている。なので、ネストールさんの為にも、第三者として、俺が率先して、伝える事は伝えておかなければ。

「イーサル様、ステイルさんも、安心するのは、まだ早いです。今回で、完全に侵食されたタイラントクラブは、討伐出来ましたが、呪に侵食途中だった個体が、まだ興奮状態です。暫くすれば、落ち着く個体も出てきますが、今はまだ、完全に警戒を解くべきではありません」
「………すまんな。つい、一大事が過ぎ去ったと、安堵から緩んでしまった」(イーサル)
「いえ、こちらこそ、不躾ぶしつけで申し訳ありませんでした」
「いや、いい。我々の事を思っての事だろう?むしろ、緩んだ事を指摘してくれた事に、感謝しかない」(イーサル)
「ありがとうございます」

そこから、呪というものが、どの様なものかを簡単に、要点を纏めて説明していく。そこから、なぜまだ警戒しなくてはいけないのか、何時まで続くのかなどを、予想として語っていく。

「だが、こちらとしても、様々な面での事に影響が出る事から、出せる戦力に限りがある。さて、どうしたものか」(イーサル)

イーサルさんの悩みに、俺の隣にいる上位の水精霊様が、口を開く。

「イーサルさん、私共から提案があります。お互いに、損のない話だと思いますよ」(上位の精霊)

自信のある、上位の水精霊様の言葉に、悩ましげな顔が消え、領主としての顔に戻る。

「聞かせてください。我らが盟友よ」(イーサル)

イーサルさんの返しに、上位の水精霊様や、人魚や魚人の戦士たちもまた、真剣になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。