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第6章

第133話

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まだ日も昇るか昇らないかの時間帯に、俺は海辺に来ていた。最初に、俺は昨日と同じように、探知を最大限強化して周囲を調べる。主のタイラントクラブを討伐した事で、砂浜にも一時の平穏が戻っていた。警戒をしつつも、海の中に入っていく。俺の身体は、青の精霊様との契約によって、保護されているため、濡れる事はない。まあ、意識すれば、切り替える事も可能だ。一生濡れない様になるのは、流石に問題だったから、青の精霊様に頼んで切り替えられる様にしてもらったというのが、正しいが。海の中は静かで、日が昇っていない事もあって、真っ暗闇だ。俺は眼に魔力を集中させて、眼という器官の能力を底上げする。能力が上っていくごとに、真っ暗闇だった海の中が、ゆっくりと明るくなり、ハッキリと見渡せる様になっていく。

『まずは、探知した人魚と魚人の国………国の名前を知ってますか?』
『あ~、え~、……メルジーナ。そう、メルジーナよ‼思い出せて良かったわ』(青の精霊)
『なるほど、メルジーナですね。了解です。その国との接触方法はありますか?』
『それなら、私がやってあげるわ』(青の精霊)
『お願いできますか?』
『そのくらいなら、お任せよ』(青の精霊)

青の精霊様が、真剣な様子で、目を瞑りながら、指先に魔力をポッと灯す様に、ほんの少しだけ、青の精霊様の魔力を放った。たったそれだけの魔力にも関わらず、空間そのものが悲鳴を上げるかの様に震えた。すると、その後直ぐに、青の精霊様と似た性質の魔力が返ってきた。こちらも、相当な魔力を感じる。青の精霊様は、帰ってきた魔力の反応に、満足そうに頷いている。

『私に附いてきて。運の良い事に、上位の精霊が、メルジーナにいるみたいよ。彼女から、歓迎の意思が返って来たわ』(青の精霊)

嬉しそうな青の精霊様の後を、追いかけて進んでいく。他の精霊様方も、嬉しそうな青の精霊様を、微笑ましそうに見ている。足場は、魔力で生み出して、歩いて移動している。メルジーナ国の場所自体は、ユノックの海辺から近い位置の、水深の深い所に存在している。前日のガレンさんの話から考えて、このメルジーナ国が、漁師たちと交流のあった人魚や魚人が、住んでいた場所になるのだろう。人魚や魚人も長命種に分類される。五十年ほど前の事ならば、当時から生きている者たちならば、まだ覚えている可能性が高い。その者たちから、姿を消した理由を、聞かせてもらえるかもしれないしな。

青の精霊様に続いて、深く潜っていくと、メルジーナ国の全貌が見えてくる。まず、目に見えて分かるのが、国全体の土地を覆う膜の様な形で、結界が展開されているという事だ。その奥に見える街並みは、都市伝説として有名だった、アトランティスの様な、綺麗で洗練されたデザインの街並みだった。建物も地上のものと、変わりがないように見える。青の精霊様が、そのままメルジーナ国に近づいていくと、メルジーナ国の方からも、五つの人影が近づいてくるのが見えた。その五つの人影は、俺たちの眼前にピタリと止まる。人魚の、武装した戦士が三人に、魚人の戦士が二人。五人が五人とも、魔力の質も高く、魔力量も豊富だ。恐らくは、上位の精霊様による、選抜された護衛が送り込まれたのだろう。

「貴方方が、先程我が国に向けて、魔力を放った方々でよろしいか?」(魚人の戦士)
『ええ、そうよ。私が魔力を放ったわ』(青の精霊)
「少々、お待ちください」(魚人の戦士)

五人の戦士たちは、身内で話し合いを始めた。まあ、青の精霊様の魔力を感知しており、正しい判断が出来るのなら、馬鹿な真似はしないだろう。予想通りに、五人は膝を折って、青の精霊様に頭を下げる。

「ようこそ、お越しくださりました。偉大なる精霊様。我が国を、守護してくださっている精霊様がお待ちです。そちらの、他の精霊様と、契約者たる地上の者も、共に歓迎いたします」(魚人の戦士)
『歓迎いたします』
「ありがとうございます」
『では、案内をお願い出来るかしら?』(青の精霊)
「はい、お任せください。では、私たちに、附いてきてください」(魚人の戦士)
「了解です」

スイスイと進んでいく、人魚と魚人の戦士たちの後を、少し早足で魔力の足場を生み出して、附いていく。途中で何かに遮られる事なく、メルジーナ国の入り口にたどり着いたようだ。人魚と魚人の戦士たちが、門扉もんぴのない門柱もんちゅうのみの、出入り口の場所であろう所で、立ち止まる。人魚と魚人の戦士たちは、そこを守護している門番に話しかける。

「精霊様の、お客様をお連れした。我々はこのまま、精霊様の元に、お客様をお連れする。誰か、精霊様に連絡をお願いできるか?」(魚人の戦士)
「では、俺が。ついさっき、交代になって、休憩に入ったばかりでしたからね」(人魚の門番)
「いいのか?それならば、ゆっくりしておいても、いいのだぞ?」(魚人の戦士)
「構いませんよ。久々の客人ですし、何より、地上のお客さんですからね」(人魚の門番)
「では、頼むぞ」(魚人の戦士)
「了解です。……では」(人魚の門番)

人魚の門番さんの一人が、先触れの様な感じで、この国に住んでいる、上位の精霊様に連絡するために向かう様だ。俺たちは、五人の護衛代わりの戦士さんたちに連れられて、メルジーナ国の中央に、象徴の様にそびえ立つ、全てが紺碧に染まる宮殿に向かって、移動を始める。人魚の門番さんの言う様に、俺たちは、久々のお客様なので、メルジーナ国の住民の皆さんに、興味深い様子で見られている。小さい人魚の男の子が、俺に向かって、手を振ってくれるので、俺も振り返す。俺に手を振り返された、人魚の男の子は、ニッコリと嬉しそうに笑って、隣にお母さんにも笑いかけている。そんな人魚の男の子のお母さんと思わしき、人魚の女性もニコリと微笑んで応えて、頭を撫でながら、俺たちに頭を下げる。そんな親子の様子を、精霊様方も、ニコニコとした顔で見ている。

建物もそうだが、生活様式も、地上のものと、大して変わらないようにも見える。ただ、違いがあるとすれば、露店などで売っている食材などは、完全に海の幸などになるのだが。それに、膜のような結界の内側は、地上と変わらない環境になっている。普通に肺で呼吸も出来るし、魔力の足場を用いずとも歩く事も可能だ。空には、海底にも関わらず太陽が存在しており、恐らくは、月も存在していると思われる。こういった超常の現象は、上位の存在になれば可能になると、精霊様方や、ヘクトル爺たち師匠から教えてもらった事がある。このメルジーナ国にも、複数の上位の存在、もしくは精霊様が、住んでいるのだろう。

『人魚の方々は、あの腰につけている、浮き輪の様なもので、プカプカと浮いているんですね』
『あれは、恐らくだが、魔道具なのだろう。僅かに、あの浮き輪の表面に、水の膜が出来ている。その魔道具で生み出した水で、この空間に干渉して、泳ぐように移動しているのだろう』(緑の精霊)
『なるほど。どんな場所にも、凄腕の魔道具技師がいるものですね』
『ああ、そうだな。精霊の中にも、魔道具技師が存在してんだ。運が良ければ、カイルも何時かは合う事もあるだろう』(赤の精霊)
『へえ~、それは会ってみたいですね。色々と語り合いたいですね~』
『相性はいいと思う。彼女たちも、カイルと似たような感じ。好きな事に、のめり込むタイプ』(黄の精霊)
『確かに』(緑の精霊)
『それは間違いないわね』(青の精霊)
『意気投合する事は、間違ねえな』(赤の精霊)

言いたい放題されているが、精霊様方の言う事は間違いがないので、言い返す事はしない。ここで言い返すと、さらに反撃が倍になって返ってくるからだ。だから、黙っている事が、正解なのだ。五人の戦士さんたちは、俺たちが黙って附いてくる様子に、俺たちが感動していると思ったようで、自分たちの国が良く見られている事に、心なしか嬉しそうに見える。

俺は、五人の戦士たちと遭遇してから、精霊様方が姿を隠さない事に対しての疑問を投げかける。いつもは、誰であろうと、姿も声も表に出さない精霊様方が、こうも簡単に、自身の存在を見せる事が、驚きだった。

『それにしても、精霊様方が、こうも簡単に自身の存在を認識させるなんて……。一体、どういうつもりなんですか?』
『ああ、それか。ここは地上と違って、いわゆる隔離された小さな世界だ』(緑の精霊)
『それに、上位の精霊すらも、存在を隠さずに実体化しているような場所よ』(青の精霊)
『だからこそ、我々だけが、非実体化をするような不義理は出来ん』(赤の精霊)
『この国の人たちも、精霊に敬意を払っている。それだけでも、地上に生きる者に比べれば、好印象』(黄の精霊)

地上、陸の上に住んでいる人類種の、精霊信仰は大分昔に廃れてしまっている。直接的な原因の一つは、精霊様に触れられる者、会話が出来る者などの存在が減ってきた事だ。長の若い頃の時代には、むしろ精霊様を見たり、精霊様と話したり出来ない者の方が、少なかったという話だ。各属性を司る精霊様と各種族は、属性などに関係なく、仲良く過ごす隣人としての関係だった。それが、悪神と善神の、最古の大戦を終えた頃から、人間族などとの関係が悪化した。

戦争という殺し合いによって、人間族は、精霊様たちを強力な道具として、扱う様になっていってしまった。これは、人間族だけではなく、他種族の中にも、同じように考える者たちもいた。次第に、精霊様たちと、そういった考えを持つ者たちとの間の溝は大きくなった。精霊様たちが、これに対してとった行動は、表舞台から消える事だった。最終的に、精霊様たちと触れ合う事が少なくなった人類種は、触れられる者や会話が出来る者の数が、減少していった。今の時代で、精霊という存在と親交があるのは、限られた種族になってしまっている。

だが逆に、ここでは、上位の精霊様すらも、実体化して生活している。先程会った人魚の門番さんや、目の前の五人の戦士たちも、精霊様たちを慕っているように見える。それ以外にも、様々な理由から判断して、精霊様方は実体化も、会話もしているのだろう。街並みを眺めながら進み、ようやく、宮殿にたどり着いた。近くで見る、紺碧の宮殿は、もの凄く綺麗なものだった。そのまま、宮殿の奥の、王様の謁見の間のような場所に通される。

「ようこそ、我らの国に。歓迎いたします」(上位の精霊)

謁見室のような場所で待っていたのは、上位の精霊たちだった。海に関係している水属性の精霊様から、他の属性を司っている精霊様など、多数の精霊様が実体化している。ここまでの精霊様が、上位の精霊様が実体化しているのを、訪れたことのある隠れ里や、故郷の里以外では、初めて見る。だが、俺は宮殿に入ってから、僅かな違和感を抱いていた。それは、精霊様方も同じようで、精霊様たちに早速問いかけた。

「歓迎は感謝する。だが、この宮殿内の何処かの、歪な魔力は何だ?」(緑の精霊)

緑の精霊様の問いかけに、上位の精霊様方は、痛々しい表情をする。そして、最初に語りかけて来た、上位の精霊様が、観念したように、深く息を吐く。

「やはり、貴方方ほどの上位のお方の目を、欺くことは出来ませんか。分かりました。このまま、私たちに附いてきてください」(上位の精霊)
「分かった。カイル、往くぞ」(緑の精霊)
「了解です」

上位の精霊様に続いて、俺と精霊様方は、一緒に後を附いていく。謁見の間から出て、上位の精霊様たちは、宮殿の中央、中心部に向かって歩いているようだ。そこに向かっていく事に、緑の精霊様の言う、歪な魔力の存在感が強くなっていく。そして、それと同時に、強烈なまでのしゅの力が、俺の肌にビリビリと伝わってくる。同じく附いてきていた、護衛の人魚や魚人の戦士たちは、耐え切れずに、その場に足を止めて、留まってしまう。

「貴方たちは、この場で待機していなさい」(上位の精霊)
「………分かり…ました。申し訳…ありま……せん」(魚人の戦士)
「いえ、大丈夫ですよ。無理せずに、私たちの帰りを待っていていください」(上位の精霊)
「了解……です」(魚人の戦士)
「では、往きましょう」(上位の精霊)

そして、たどり着いた先は、鋼鉄の大きな両扉だった。鋼鉄の大きな両扉には、びっしりと、呪に対する防衛術式が隙間なく刻まれていたり、付与されている。しかし、その無数の防衛術式の効果すらも意味がないとでも言う様に、両扉の奥から、濃い呪の気配を感じ取れてしまう。上位の精霊様が、振り返る。その際に、俺が平気な様子に驚きつつも、口を開く。

「ここから先に、我らの友がいます。我らが弱かったが故に、傷つけ、全てを背負わせてしまった友が。………では、往きましょう」(上位の精霊)

上位の精霊様の魔力が、両扉に流れ込む。両扉に刻まれていた封印術式が一つ、また一つと、一時的に解除の状態になっていく。最後の封印術式が解除された時、ゆっくりと両扉が開いていく。それと、同時に、呪の力を外に出さないように、結界が展開される。この結界は、この場の上位の精霊様たち全員の魔力を感じる。見事な結界によって、呪の力が外に漏れる事はない。上位の精霊様はこちらを再び向き、一回頷く。そして、両扉の奥の暗闇に向けて、歩みだす。
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