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第6章
第131話
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『魚人と人魚の国、ですか?』
『そうよ。獣人と同じように、海の生き物の因子を持つのが、魚人よ。逆に、人魚は魚人とは違う、独立した一つの種族よ』(青の精霊)
『つまり、魚人という括りの中で、因子ごとに分かれている種族があるわけではないという事ですか。人魚は人魚という種族という訳ですか』
『そういう事ね。基本的には、どちらも大らかな者が多いわよ。でも、中には一纏めに一緒にされる事を嫌う者もいるの。だから、気を付けてね』(青の精霊)
『了解です』
魚人と人魚の国を見つけたのは、探知の範囲を狭く・深くに切り替え、停泊所に戻る途中での事だった。海底に、大量の魔力反応を探知した時には、一瞬だけ緊張が走った。だが、海底の水深の深い所に存在する事と、俺たちの存在を認識しているにも関わらず、魔物たちの様に襲い掛かってこなかった事から、口に出す事はなかった。ここで下手にガンダロフさんたちと、海底の魔力反応の、両方を刺激すると、不慣れな海上や海中での戦闘になりかねない可能性もあったしな。青の精霊様の説明を受けて、結果的には正解だったと分かり、ホッとしている。
基本的に大らかという事は、裏を返せば、彼らの怒りの琴線に触れれば、どうなるか分からないという事だ。そうなった場合には、今後の交流や、今回の騒動の元凶に関する情報を得られなくなる可能性もあった。最初から、友好的なのと敵対的なのかの違いは、相当に大きい。今回の場合は、特に海中という部分も重要だ。陸上ならば、いくらでもやりようはある。だが、不慣れな場所となれば、話は変わる。
〈相手は生まれた時から、海というフィールドで戦ってきた者たちだ。危険な場所も、安全な場所も、知り尽くしていると思っていい。その国と繋ぎがとれれば、一気に海というフィールドの動きやすさや、戦いやすさのレベルが変わってくるな。対応には、気を付けよう〉
昼食が終わった後に、漁船に設置していた、試作品の結界の魔道具を回収し、完成品の結界の魔道具を取り出す。漁師の皆さんもナバーロさんたちも、ガレンさんが、魔道具を設置する様子を見守っていた。無事に設置され、空間に固定された結界の魔道具は、視認できる結界を展開する。ここまでは、試作品と変わらない。あとは、実際に海に出て、性能を確認をするだけだ。俺としては、試作品でも十分なほどの性能を示したために、完成品の性能にも興味がある。最後に、ガレンさんたちや、俺たち護衛組の武具の点検をしてから、漁船に乗り込む。
「じゃあ、出発するか」(ガレン)
ガレンさんの号令に合わせて、漁師たちも無駄のない動きで漁船を動かしていく。試作品との違いを確認するためもあるが、先程とは違うルートで、沖に向かって進んでいく。結界の魔道具の実験なのに、襲撃が無ければ、意味がなくなってしまうからな。同じルートを使うと、襲撃に失敗した魔物以外は、再び様子見に徹してしまう可能性もあるからな。それなら、完全に新規のルートで進んだ方が、襲撃も積極的に仕掛けてくる回数が増えるという意見の元、別ルートに決まった。
朝の試作品の時と同様に、様々な海の魔物が積極的に仕掛けてくる。魔物の牙も爪も、結界に阻まれて、俺たちに届くことはない。それどころか、少し強力な魔力弾や魔術の攻撃も、傷一つ、罅一つなく耐えきっている。完成品の、結界の魔道具の安定感を確認した。次は、漁師さんたちの魔道具の銛や網を使った、漁の方にも切り替えていく。一旦、沖と停泊所の中間の位置に引き返して、魔物たちの好きな牛などの家畜の肉を餌として、おびき寄せる。
「来たぞ‼ホワイトシャークだ‼気張れよ、お前ら‼」(ガレン)
『応‼』(漁師たち)
「ヤバそうだったら、各自の位置と判断で動けよ‼」(ガンダロフ)
『了解』
最初に餌におびき寄せられて、近寄ってきたのは、全身が真っ白のホホジロザメだ。漁業組合と、冒険者ギルトにある魔物の詳細が書かれた書物によれば、水属性に加えて、氷属性の魔力や魔術も扱うと書かれていた。積極的に相手を襲い、何もかもを喰らう、非常に凶暴な魔物だ。腹を空かせ、機嫌が悪い時には、同族の命すらも奪うほどだ。このホワイトシャークは、月に何回か海辺に現れるらしい。その際には、厳戒態勢が通達され、好奇心の塊である子供たちですらも、近づく事すらもしないらしい。それほどまでに、ホワイトシャークの危険性を周知させているようだ。
初手はホワイトシャークが仕掛けてくる。自身に身体強化を施し、急加速による大波を発生させる。しかも、発生させた大波に、自身の魔力を練り込み、大波という現象そのものを、刃に変えて放って来た。ホワイトシャークは、そのまま加速状態のまま、海に潜り、勢いをつけて一気に上昇して海面から跳び上がる。ホワイトシャークの尾びれから高密度の、氷属性の魔力を感知する。そこで、刃となった波が結界とぶつかり合う。しかし、刃の波は結界に傷を付けることなく、弾かれて消える。ホワイトシャークは、自身の魔術に自信を持っていたようで、僅かに身体の動きが鈍る。恐らくは、驚いたことによる硬直だろう。ホワイトシャークはそのまま体勢を変えられずに、突っ込んでくる。尾びれの周りが急速に冷えていき、氷霧が発生する。
「お前ら‼結界が弾いて、体勢が崩れた所を狙うぞ‼」(ガレン)
「仕留めるぞ‼」(日に焼けたオジサン漁師)
「息を合わせるぞ‼」(日に焼けた若い漁師)
ホワイトシャークの、分かたれている尾びれの真ん中の辺りから、氷が生まれていく。その形は先端に向かうほどに、鋭利に尖り伸びていく。そして、その形は氷で構成された、ロングソードの剣身の形に整う。ホワイトシャークは空中で身を捩り、結界に向けて叩きつけるように、振り下ろしてくる。相当な速度の振り下ろしの威力が、結界をビリビリと震わせる。だが、結界は健在。
「今だ‼皆、一気に………」(ガレン)
「待て‼」(ガンダロフ)
ガンダロフさんの張り上げた指示に、漁師たちがビクリとして動きを停める。何故だという疑問の表情をしているが、次の瞬間から響き渡る音に、漁師たちは納得せざるを得なくなった。
「シャアアアアアアア‼」(ホワイトシャーク)
ホワイトシャークは、唸り声を上げながら、身体全体を使って、氷の剣の連続斬りを仕掛けてきた。轟音が辺りに響き渡る。叩きつけられる結界は、問題なく起動し続けている。攻撃を仕掛けようとしていた漁師たちは、余りの威力と勢いに、身体を震わせている。ホワイトシャークは、巧みに、結界に氷の刃が弾けれた反動を利用して、滞空している。しかし、それも、何時までも続かない。徐々にスタミナが切れていき、動きが鈍っていく。ガンダロフさんの号令を、ガレンさんを筆頭に漁師たちが待つ。
「よし、今だ‼」(ガンダロフ)
『ウォオオオオオオオオ‼』
漁師たちは、ガンダロフさんの号令がかかった瞬間に、銛に魔力を流して強化して、ホワイトシャークに向かって一気に仕掛ける。ホワイトシャークも落下しながら、次々に襲い掛かる銛を避けていく。しかし、流石に全ての銛を避けられる事は出来ず、落下中の短い間に、致命傷に至る一撃をいくつか喰らっている。血を流しながら、逃げようとするホワイトシャーク。至る所から血を流し過ぎている事と、傷の深さから、ホワイトシャークも弱っているのは目に見えて分かる。流石の凶暴な魔物であるホワイトシャークであったとしても、自分の命の危機には、逃げる選択は出来るようだ。しかし、得物を逃さないのは、戦士も漁師も一緒の様だ。
「逃すかああああ‼……フン‼」(ガレン)
〈見事な一突きだ‼お手本の様な突きでありながら、その動きの中に、長年の経験による洗練されたものも感じる。流石、第一線で長い間戦い続けた、海の戦士だ〉
ガレンさんの放った銛は、スルリと、そこに収まるのが自然な流れの様に、ホワイトシャークの左側面のサメの鰓に深く深く、突き刺さる。ホワイトシャークは痛みで暴れまわるが、ガレンさんも一歩も引かない。暫くすると、大量出血と、ガレンさんの止めの一撃によって絶命したのが、魔力感知などから把握出来た。
「お、おおおおお⁉」(ガレン)
ガレンさんが、海に引きずり込まれそうになる。ホワイトシャークが死んだことで、一気に脱力して急激に重くなっていく。ガレンさんの銛が突き刺さったままなので、海に沈んでいくホワイトシャークに引きずれらる様に、引っ張られていってしまう。慌てて漁師の仲間たちが、ガレンさんに飛びついたり抱き着いたりして、海に落ちないように引き留める。それでも、巨体のホワイトシャークの重量に負けて、徐々に漁師たちの身体が浮いていってしまう。予想外の出来事に、漁師たちは身体強化すら忘れてしまっている。だが、急に漁師たちが、ピタリとその場に固定されたかのように止まる。
漁師たちの一番後ろには、ラムダさんがいた。ラムダさんは、片腕で一番後ろの漁師の肩を掴んでいた。それだけで、たったそれだけで、引き込まれそうだった漁師たちの動きが止まってしまった。流石、巨人族だけの事はある。恐るべき事に、身体強化を一切使わずに、自前の、生まれ持った身体能力だけで、十人以上の筋骨隆々のボディービルダーのような肉体の漁師たちと、何百キロの体重のホワイトシャークを動かないようにしてしまった。そのまま、ラムダさんが一歩下がるごとに、ガレンさんたちとホワイトシャークが漁船に引き戻されていく。ゆっくりと、ラムダさんが漁師さんたちを支えながら、前に進んでいく。そして、一番前まで出ると、ガレンさんの銛の柄を掴む。
「………あとは、俺が」(ラムダ)
「…………お、おう」(ガレン)
ラムダさんは、そのままガレンさんから銛を受け取る。ガレンさんたちは、力尽きてしまったように、ドスンと尻もちをついてしまう。ラムダさんは、少し心配そうにガレンさんたちを見る。
「………大丈夫か?」(ラムダ)
「大丈夫だ。これでも、鍛えてるからな」(ガレン)
「応よ‼」(日に焼けたオジさん漁師)
「まだまだ若いもんには負けん‼」(日に焼けた壮年漁師)
漁師さんたちが、そう声を上げると、ラムダさんが微かに口角を上げて微笑む。ラムダさんは、本当にいつも通りといった自然な様子で、ただ腕を上に上げる。ひょいという音が聞こえてしまうほどに、まるで重力すら感じさせないように、ホワイトシャークを銛で片手で持ち上げてしまう。ガレンさんたちが歓声を上げる。だが、ホワイトシャークはまだ結界の外だ。そのまま、ラムダさんがホワイトシャークを結界の中に入れようとした時、俺の探知と感知の両方の警戒網に新たな魔力反応が現れた。
ガンダロフさんたちも気づいたようだが、俺が一歩早かったようで、迫りくる新たな存在の方向に向けて踏み込んだ。それと同時にホワイトシャークに向かって、海中からもの凄い勢いでホワイトシャークと同等の大きさのシャチが飛び出してきた。シャチはガパリとその口を開き、ホワイトシャークに喰らいつこうとしてくる。その並ぶ鋭利な牙に喰らいつかれたら、普通の人だろうと、海の魔物だろうと、ひとたまりもないだろう。
「シェルオルカだ‼」(日に焼けた若い漁師)
シェルオルカ。放たれた砲弾の如き勢いと速度で海中を移動し、その強力な牙と強靭な顎の力によっての噛みつき、ホワイトシャークと同じように、尾びれを振るって放つ強力な一撃。豊富な魔力量に、水属性と氷属性の多彩な魔術を操る魔物の一種だ。この世界にも砲弾や火薬は存在する。過去の転生者の一人が、知識を元に生み出したのは過去の歴史書から判明している。その転生者は、若い頃にユノックやカナロア王国を訪れていることは、メリオスの巨大な図書館で情報収集した際に知った。恐らくは、この転生者がこのシャチの名前をつけたのだろう。
確かに砲弾と名前を付けるほどには速い。だが、ここはファンタジー世界だ。砲弾よりも速く動く魔物は、このシャチだけではない。魔物だけではなく、人にも、テオバルトのような吸血鬼のような人外にも存在する。むしろ、上位の存在になればなるほど、そういった事が普通の領域になる。俺の場合は、ヘクトル爺とルイス姉さんが、こういった存在に該当した。他の師匠たちも、これくらいの速度は普通だろ?といった顔を、よくしていたのを思い出す。
「まだまだ、速さが足りない」
俺は、背に背負っているロングソードの柄に手を添える。そして、大きく開いたシェルオルカの口に向かって、超高速のロングソードの一振りを放つ。得物を喰らおうとしていたのに、目の前に突然俺が現れた事で、シュルオルカは一瞬戸惑い、一瞬で俺を標的を変えたが遅すぎた。一瞬戸惑った時には、既にロングソードの剣身が滑るようにシェルオルカの口を切り裂いており、シェルオルカが俺を一瞬の判断で標的に変えた瞬間には、シェルオルカの身体が上下で真っ二つになりズレていく。俺は、そのままロングソードでシェルオルカの身体を串刺しにして、漁船に戻った。
『そうよ。獣人と同じように、海の生き物の因子を持つのが、魚人よ。逆に、人魚は魚人とは違う、独立した一つの種族よ』(青の精霊)
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『そういう事ね。基本的には、どちらも大らかな者が多いわよ。でも、中には一纏めに一緒にされる事を嫌う者もいるの。だから、気を付けてね』(青の精霊)
『了解です』
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基本的に大らかという事は、裏を返せば、彼らの怒りの琴線に触れれば、どうなるか分からないという事だ。そうなった場合には、今後の交流や、今回の騒動の元凶に関する情報を得られなくなる可能性もあった。最初から、友好的なのと敵対的なのかの違いは、相当に大きい。今回の場合は、特に海中という部分も重要だ。陸上ならば、いくらでもやりようはある。だが、不慣れな場所となれば、話は変わる。
〈相手は生まれた時から、海というフィールドで戦ってきた者たちだ。危険な場所も、安全な場所も、知り尽くしていると思っていい。その国と繋ぎがとれれば、一気に海というフィールドの動きやすさや、戦いやすさのレベルが変わってくるな。対応には、気を付けよう〉
昼食が終わった後に、漁船に設置していた、試作品の結界の魔道具を回収し、完成品の結界の魔道具を取り出す。漁師の皆さんもナバーロさんたちも、ガレンさんが、魔道具を設置する様子を見守っていた。無事に設置され、空間に固定された結界の魔道具は、視認できる結界を展開する。ここまでは、試作品と変わらない。あとは、実際に海に出て、性能を確認をするだけだ。俺としては、試作品でも十分なほどの性能を示したために、完成品の性能にも興味がある。最後に、ガレンさんたちや、俺たち護衛組の武具の点検をしてから、漁船に乗り込む。
「じゃあ、出発するか」(ガレン)
ガレンさんの号令に合わせて、漁師たちも無駄のない動きで漁船を動かしていく。試作品との違いを確認するためもあるが、先程とは違うルートで、沖に向かって進んでいく。結界の魔道具の実験なのに、襲撃が無ければ、意味がなくなってしまうからな。同じルートを使うと、襲撃に失敗した魔物以外は、再び様子見に徹してしまう可能性もあるからな。それなら、完全に新規のルートで進んだ方が、襲撃も積極的に仕掛けてくる回数が増えるという意見の元、別ルートに決まった。
朝の試作品の時と同様に、様々な海の魔物が積極的に仕掛けてくる。魔物の牙も爪も、結界に阻まれて、俺たちに届くことはない。それどころか、少し強力な魔力弾や魔術の攻撃も、傷一つ、罅一つなく耐えきっている。完成品の、結界の魔道具の安定感を確認した。次は、漁師さんたちの魔道具の銛や網を使った、漁の方にも切り替えていく。一旦、沖と停泊所の中間の位置に引き返して、魔物たちの好きな牛などの家畜の肉を餌として、おびき寄せる。
「来たぞ‼ホワイトシャークだ‼気張れよ、お前ら‼」(ガレン)
『応‼』(漁師たち)
「ヤバそうだったら、各自の位置と判断で動けよ‼」(ガンダロフ)
『了解』
最初に餌におびき寄せられて、近寄ってきたのは、全身が真っ白のホホジロザメだ。漁業組合と、冒険者ギルトにある魔物の詳細が書かれた書物によれば、水属性に加えて、氷属性の魔力や魔術も扱うと書かれていた。積極的に相手を襲い、何もかもを喰らう、非常に凶暴な魔物だ。腹を空かせ、機嫌が悪い時には、同族の命すらも奪うほどだ。このホワイトシャークは、月に何回か海辺に現れるらしい。その際には、厳戒態勢が通達され、好奇心の塊である子供たちですらも、近づく事すらもしないらしい。それほどまでに、ホワイトシャークの危険性を周知させているようだ。
初手はホワイトシャークが仕掛けてくる。自身に身体強化を施し、急加速による大波を発生させる。しかも、発生させた大波に、自身の魔力を練り込み、大波という現象そのものを、刃に変えて放って来た。ホワイトシャークは、そのまま加速状態のまま、海に潜り、勢いをつけて一気に上昇して海面から跳び上がる。ホワイトシャークの尾びれから高密度の、氷属性の魔力を感知する。そこで、刃となった波が結界とぶつかり合う。しかし、刃の波は結界に傷を付けることなく、弾かれて消える。ホワイトシャークは、自身の魔術に自信を持っていたようで、僅かに身体の動きが鈍る。恐らくは、驚いたことによる硬直だろう。ホワイトシャークはそのまま体勢を変えられずに、突っ込んでくる。尾びれの周りが急速に冷えていき、氷霧が発生する。
「お前ら‼結界が弾いて、体勢が崩れた所を狙うぞ‼」(ガレン)
「仕留めるぞ‼」(日に焼けたオジサン漁師)
「息を合わせるぞ‼」(日に焼けた若い漁師)
ホワイトシャークの、分かたれている尾びれの真ん中の辺りから、氷が生まれていく。その形は先端に向かうほどに、鋭利に尖り伸びていく。そして、その形は氷で構成された、ロングソードの剣身の形に整う。ホワイトシャークは空中で身を捩り、結界に向けて叩きつけるように、振り下ろしてくる。相当な速度の振り下ろしの威力が、結界をビリビリと震わせる。だが、結界は健在。
「今だ‼皆、一気に………」(ガレン)
「待て‼」(ガンダロフ)
ガンダロフさんの張り上げた指示に、漁師たちがビクリとして動きを停める。何故だという疑問の表情をしているが、次の瞬間から響き渡る音に、漁師たちは納得せざるを得なくなった。
「シャアアアアアアア‼」(ホワイトシャーク)
ホワイトシャークは、唸り声を上げながら、身体全体を使って、氷の剣の連続斬りを仕掛けてきた。轟音が辺りに響き渡る。叩きつけられる結界は、問題なく起動し続けている。攻撃を仕掛けようとしていた漁師たちは、余りの威力と勢いに、身体を震わせている。ホワイトシャークは、巧みに、結界に氷の刃が弾けれた反動を利用して、滞空している。しかし、それも、何時までも続かない。徐々にスタミナが切れていき、動きが鈍っていく。ガンダロフさんの号令を、ガレンさんを筆頭に漁師たちが待つ。
「よし、今だ‼」(ガンダロフ)
『ウォオオオオオオオオ‼』
漁師たちは、ガンダロフさんの号令がかかった瞬間に、銛に魔力を流して強化して、ホワイトシャークに向かって一気に仕掛ける。ホワイトシャークも落下しながら、次々に襲い掛かる銛を避けていく。しかし、流石に全ての銛を避けられる事は出来ず、落下中の短い間に、致命傷に至る一撃をいくつか喰らっている。血を流しながら、逃げようとするホワイトシャーク。至る所から血を流し過ぎている事と、傷の深さから、ホワイトシャークも弱っているのは目に見えて分かる。流石の凶暴な魔物であるホワイトシャークであったとしても、自分の命の危機には、逃げる選択は出来るようだ。しかし、得物を逃さないのは、戦士も漁師も一緒の様だ。
「逃すかああああ‼……フン‼」(ガレン)
〈見事な一突きだ‼お手本の様な突きでありながら、その動きの中に、長年の経験による洗練されたものも感じる。流石、第一線で長い間戦い続けた、海の戦士だ〉
ガレンさんの放った銛は、スルリと、そこに収まるのが自然な流れの様に、ホワイトシャークの左側面のサメの鰓に深く深く、突き刺さる。ホワイトシャークは痛みで暴れまわるが、ガレンさんも一歩も引かない。暫くすると、大量出血と、ガレンさんの止めの一撃によって絶命したのが、魔力感知などから把握出来た。
「お、おおおおお⁉」(ガレン)
ガレンさんが、海に引きずり込まれそうになる。ホワイトシャークが死んだことで、一気に脱力して急激に重くなっていく。ガレンさんの銛が突き刺さったままなので、海に沈んでいくホワイトシャークに引きずれらる様に、引っ張られていってしまう。慌てて漁師の仲間たちが、ガレンさんに飛びついたり抱き着いたりして、海に落ちないように引き留める。それでも、巨体のホワイトシャークの重量に負けて、徐々に漁師たちの身体が浮いていってしまう。予想外の出来事に、漁師たちは身体強化すら忘れてしまっている。だが、急に漁師たちが、ピタリとその場に固定されたかのように止まる。
漁師たちの一番後ろには、ラムダさんがいた。ラムダさんは、片腕で一番後ろの漁師の肩を掴んでいた。それだけで、たったそれだけで、引き込まれそうだった漁師たちの動きが止まってしまった。流石、巨人族だけの事はある。恐るべき事に、身体強化を一切使わずに、自前の、生まれ持った身体能力だけで、十人以上の筋骨隆々のボディービルダーのような肉体の漁師たちと、何百キロの体重のホワイトシャークを動かないようにしてしまった。そのまま、ラムダさんが一歩下がるごとに、ガレンさんたちとホワイトシャークが漁船に引き戻されていく。ゆっくりと、ラムダさんが漁師さんたちを支えながら、前に進んでいく。そして、一番前まで出ると、ガレンさんの銛の柄を掴む。
「………あとは、俺が」(ラムダ)
「…………お、おう」(ガレン)
ラムダさんは、そのままガレンさんから銛を受け取る。ガレンさんたちは、力尽きてしまったように、ドスンと尻もちをついてしまう。ラムダさんは、少し心配そうにガレンさんたちを見る。
「………大丈夫か?」(ラムダ)
「大丈夫だ。これでも、鍛えてるからな」(ガレン)
「応よ‼」(日に焼けたオジさん漁師)
「まだまだ若いもんには負けん‼」(日に焼けた壮年漁師)
漁師さんたちが、そう声を上げると、ラムダさんが微かに口角を上げて微笑む。ラムダさんは、本当にいつも通りといった自然な様子で、ただ腕を上に上げる。ひょいという音が聞こえてしまうほどに、まるで重力すら感じさせないように、ホワイトシャークを銛で片手で持ち上げてしまう。ガレンさんたちが歓声を上げる。だが、ホワイトシャークはまだ結界の外だ。そのまま、ラムダさんがホワイトシャークを結界の中に入れようとした時、俺の探知と感知の両方の警戒網に新たな魔力反応が現れた。
ガンダロフさんたちも気づいたようだが、俺が一歩早かったようで、迫りくる新たな存在の方向に向けて踏み込んだ。それと同時にホワイトシャークに向かって、海中からもの凄い勢いでホワイトシャークと同等の大きさのシャチが飛び出してきた。シャチはガパリとその口を開き、ホワイトシャークに喰らいつこうとしてくる。その並ぶ鋭利な牙に喰らいつかれたら、普通の人だろうと、海の魔物だろうと、ひとたまりもないだろう。
「シェルオルカだ‼」(日に焼けた若い漁師)
シェルオルカ。放たれた砲弾の如き勢いと速度で海中を移動し、その強力な牙と強靭な顎の力によっての噛みつき、ホワイトシャークと同じように、尾びれを振るって放つ強力な一撃。豊富な魔力量に、水属性と氷属性の多彩な魔術を操る魔物の一種だ。この世界にも砲弾や火薬は存在する。過去の転生者の一人が、知識を元に生み出したのは過去の歴史書から判明している。その転生者は、若い頃にユノックやカナロア王国を訪れていることは、メリオスの巨大な図書館で情報収集した際に知った。恐らくは、この転生者がこのシャチの名前をつけたのだろう。
確かに砲弾と名前を付けるほどには速い。だが、ここはファンタジー世界だ。砲弾よりも速く動く魔物は、このシャチだけではない。魔物だけではなく、人にも、テオバルトのような吸血鬼のような人外にも存在する。むしろ、上位の存在になればなるほど、そういった事が普通の領域になる。俺の場合は、ヘクトル爺とルイス姉さんが、こういった存在に該当した。他の師匠たちも、これくらいの速度は普通だろ?といった顔を、よくしていたのを思い出す。
「まだまだ、速さが足りない」
俺は、背に背負っているロングソードの柄に手を添える。そして、大きく開いたシェルオルカの口に向かって、超高速のロングソードの一振りを放つ。得物を喰らおうとしていたのに、目の前に突然俺が現れた事で、シュルオルカは一瞬戸惑い、一瞬で俺を標的を変えたが遅すぎた。一瞬戸惑った時には、既にロングソードの剣身が滑るようにシェルオルカの口を切り裂いており、シェルオルカが俺を一瞬の判断で標的に変えた瞬間には、シェルオルカの身体が上下で真っ二つになりズレていく。俺は、そのままロングソードでシェルオルカの身体を串刺しにして、漁船に戻った。
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