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第316話

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 加速していた粗暴な男の身体が、深く大きく切り裂かれた事でくの字に大きく曲がり、その状態のまま後方に吹き飛ばされていく。そして、背中から一本の巨木にぶつかり、ドサリと地面に座り込んでいく。
 切断された右腕と左腕が、直ぐに再生出来る程に再生能力が高い粗暴な男。とはいえ、性能を大きく向上させた攻勢の魔力、それを纏わせて放った一振りの威力には再生が追い付いていない。今も身体に深く大きな傷が残ったままで、傷口からダラダラと血が流れ続けている。

(神々の一柱であるアモル神、その神々に匹敵する存在である聖獣のアセナ様たち、そんな方々から合格どころか素晴らしいと評価を受けた魔力だ。早々簡単に再生出来ると思うな)

 そんな事を思いつつ粗暴な男を観察しているが、不自然な程に粗暴な男が動かない。死んでいるかの様にピクリともせず、傷から血を垂れ流したままその場に座り込んだままだ。
 しかし、そんな異様な状況の中でも一つの発見があった。それは、血が垂れ流しとなっている、粗暴な男の傷口についてだ。早々簡単に再生出来ないとはいえ、粗暴な男の傷が。徐々に再生しているとはいえ、その速度が異様なまでに遅すぎる。
 そこから考え、導き出した一つ仮説。それは、魔物の高い再生能力も、意識のあるなしで大きく速度・効果が増減するというもの。意識がある時は再生能力が高く速度も速いが、意識がない時は再生能力が低くて速度も遅い。これが、魔物の強力な能力である再生能力の、強力であるが故の制約といったものなのかもしれない。

『正解です』
『アモル様?』
『魔物は強い個体になればなるほど、再生能力もそれに付随する様に強力なものになっていきます。しかし、どの世界においてもバランスというものは存在します』
『バランス……』
『世の中、そんなに上手すぎる事はないという事です。ウォルターが暮らしていた国にも、油断を誘って強力な力を無力化し、その首を容易く獲るという逸話がありましたよね?』

 確かにそんな逸話が日本にはある。かの有名なスサノオのヤマタノオロチ退治、ヤマトタケルによる熊襲健クマソタケル兄弟討伐、源頼光みなもとらいこうたち武将による平安の鬼・酒呑童子しゅてんどうじ退治などなど、様々な時代で使われてきた戦法だ。つまり、魔物の再生能力が意識の有無で増減するのは、そう言う事と思っていいのだろう。
 粗暴な男の再生能力が低くなっているのは、傷口の再生速度の低下からよく分かる。日本の逸話の様に、無抵抗となっている粗暴な男の首を、簡単に獲る事が出来る可能性が高い。
 しかし、ここは慎重にいくべきだと俺の直感がささやいてくる。こういった時の直感はよく当たるし、何より俺自身も粗暴な男を観察していて、異様な雰囲気から油断するべきではないと感じている。

(不自然な程に動かない。不自然な程にあの男の周囲が静か過ぎる。絶対に今近づくべきではない)

 直感と自身の冷静な部分での思考は、一見無防備な粗暴な男に近づく事を甘く見てはいない。
 そして、その選択は正しかった。不意に、粗暴な男が目を覚ます。だが、粗暴な男が纏う雰囲気が先程までと一変している。先程までは荒々しくも人としての理性が混じっていたが、今はただただ荒々しくて破壊的なものしか感じられない。まるで、粗暴な男から全く別の誰かになってしまったかの様に、その雰囲気は別人のものである。
 魔境でも何度も感じた事のあるその雰囲気は、きわめて凶暴で残忍な性格をしている、オーガという凶悪な魔物そのものであった。
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