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第26章(楓)私らしく

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 秋晴れ。楓のアパートに咲いていた金木犀はいつの間にかその花を散らせていた。


 あの金木犀、なんとかならないかな。誰が植えたんだか知らないけれど、ここしばらく匂いがきつかった。


 楓は部屋の窓から外をぼんやりと眺めていた。時計の針は12時40分を指している。


 なんだかついつい早起きしちゃった。いつもならもっとギリギリの時間にメイクするのにな。


 楓は振り返り、テーブルの上にある小さな鏡を覗き込む。


 うん。今日はうまくいった。いつもより可愛い。どうせ春雄君はナチュラルメイクが好きだもんね。こういうメイクは難しくて、なかなかうまくいかないこともあるのだけれど。


 それにしても。私はいつからこんな恋する乙女になってしまったのか。たった2ヶ月でここまで惚れ込むとは思わなかった。

 春雄君の見た目は幾分マシになったけれど(髪を切らせたし眉毛もね)、そうでなかったとしても春雄君に惹かれることに変わりはなかっただろう。

 これといってなにかのきっかけがあったわけじゃない。気付いた時には当然のように好きだった。



 昨日、敦志君とお酒を飲んでみてわかったことがある。敦志君よりも春雄君の方が実は大人だ。

 もっさりと暗い雰囲気でおどおどしていた春雄君と、なかなかの美青年な上に明らかに女慣れしている敦志君。最初の印象では、どうしてこれほどに格差のある2人が友達なのかと思っていた。

 でも違った。実際には春雄君が敦志君をうまくフォローしてあげているんじゃなかろうか。

 まあでもやっぱり。私は本来、敦志君や秋山君のような可愛い人がタイプなのだけれど。恋愛ってよくわからないなあ。


 喉の渇きを感じた楓は冷蔵庫を開ける。そこには緑茶の大きなペットボトル以外、何も入っていなかった。コップを用意しながら、楓は小さなため息をつく。


 私、春雄君に料理作ってもらってばっかりだな。1人暮らしを始めたはずが、ほとんど春雄君の部屋で同棲している。2ヶ月も経つのにお米を炊いたのだってまだ2回だし。

 私がいなくなったらお父さんとお母さんは寂しいかな、そんなことを考えながら私は家を出てきた。ところがどうだ。私は春雄君にべったり。結局私は1人に耐えられなかった。

ああ、1番子供なのは私かもしれない。


 コップに注いだ緑茶をぐいと飲み干すと、楓はトートバッグを肩にかけた。


 さて、今日も春雄君の性欲を満たしてあげますか。よかったね、春雄君。私を手放したら、もうこんないい彼女には出会えないよ。


 たぶん。



 ああ、私。だめだなあ。私って醜いな。どうしても思ってしまう。


 葵さえいなければ。葵さえいなければ。



 私は春雄君を好きになってしまった。だからこそ気づいてしまう。私は春雄君の彼女だけれど、春雄君にとっての葵はきっとそれ以上の何か。

 でもそれは今のところ、というだけだ。私は春雄君を本当の意味で手に入れてみせる。



 ねえ。葵にとって春雄君はどれほど大切なの? でもね、私だって春雄君のことを大切に思うんだ。


 葵はたくさんのものを持っているでしょう。だから私は春雄君だけでいい。それだけは譲れない。譲りたくないんだ。


 私は、私らしく。

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