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しかし、ココに現着してどのくらいで真相を見切ったのか。この人は優秀すぎる刑事だ。これからその人の部下になることは、果たして幸福なのか、不幸なのか。
だが、今それを悩むべきではない。今は、目の前の事件の解決が最優先だ。
両頬を叩いて、千夏は再度死体をみる。
「我妻さん、もう少し近くで見ても良いでしょうか」
どうぞ、と言って我妻は手を軽く振った。
死体を触らずに見ているだけでは、わからないことが多すぎる。手を合わせてから、白手袋をしたまま、くまなく見ていく。
花嫁が身に着けている肘までの長いレースの手袋をそっと外した。死後硬直が始まっているからか脱がしにくいが、なんとか外し終えた。
指にはきれいなネイルが施されているが、腕の内側には少しだけ発疹があった。これを隠すために、このレースの手袋をつけていたのかもしれない。
腕の内側以外にも、首元にも少し発疹がある。普通、挙式までに発疹が出てしまった花嫁ならば治療か隠すことをするはずだ。首元の発疹を隠すようなデザインではないオフショルタイプの真っ白なウェディングドレス。いつか自分も着るのだろうかと一瞬頭をよぎったが、千夏はかぶりを振った。
「容疑者の絞り込み、できそうかな?」
振り返ると、あくびを噛み殺しながら、千夏を見ている恭介がいた。
期待をしているのか、していないのかわからない恭介の声に、千夏は奥歯を軽く噛みしめる。映像世界にいる名探偵や名刑事ならば、遺体を見るだけで何かしらのヒントを得ているはずなのに、千夏にはわからない。
千夏は死体を見たまま、首を横に振った。
「そうか。次は?」
「ええと、参列者から話を聞こうと思います」
「百人いるけど、どうするの? 効率重視でお願いね」
無茶を言ってくれる。
千夏はごくりと音を鳴らしてつばを飲み込んだ。
地味婚が多い言われる昨今、これだけの人数を集められるのか。
一人ひとり話を聞き始めたら、夜どころか明日の朝になってしまいそうだ。
腕を組んで悩んでいると、恭介が口を開いた。
「さきほどウェディングプランナーから出席者リストを入手した。これを見て、あまり時間をかけない方法を考えて。あんまり遅いとここのアフタヌーンティーのラストオーダーに間に合わなくなる」
腕時計をこれ見よがしに確認する恭介に、千夏は思わず眉根を寄せた。事件よりも、アフタヌーンティーが大切なのか、この上司は。
差し出されたリストは、A4用紙数枚にわたって名前・性別・住所・特記事項が羅列されていた。特記事項には、妊娠中であること、アレルギーの有無などが記載されている。
「結構、細かい情報ですね。アレルギーとか」
「気配り、心配りのためだろうな」
ある程度理解はできるが、こういうのも結婚式を催すときには作らないといけないと思うと、結婚式の準備は大変だったし、旦那と大喧嘩したと愚痴っていた同期を思い出してしまった。
そうだ。被害者を知っているのは新郎や親族だけではない。
「ウェディングプランナーさんからお話、聞けますか?」
「新郎や新婦の友人関係者ではなく?」
リストを一通り見たが、刑事歴が浅い千夏でも知っている歴戦の先輩刑事たちがうじゃうじゃいる中、いつもの調子で事情聴取に伺うために披露宴会場に入るのには少しばかり覚悟が必要だ。
ちなみに、そんな覚悟を千夏はまだ準備できていない。そんなことを誤魔化すように、千夏は取り繕うかのような笑顔を浮かべ、恭介に向かって頷いた。
「面白いね、君は。早速呼ぼうじゃないか」
喉の奥でくくっと笑いながら、恭介は現場を去っていく。
見透かされているような気もしないではないが、何も言われなかったので、千夏はほっと胸を撫でおろした。
恭介の後に続こうとする直前、千夏はもう一度振り返り、死体に手を合わせて誓った。
――必ず犯人を捕まえます
所轄の刑事になった時に、先輩刑事に教わったことだった。亡くなってしまった被害者のためにできうる限りのことをする。それが刑事の仕事だと。
だが、今それを悩むべきではない。今は、目の前の事件の解決が最優先だ。
両頬を叩いて、千夏は再度死体をみる。
「我妻さん、もう少し近くで見ても良いでしょうか」
どうぞ、と言って我妻は手を軽く振った。
死体を触らずに見ているだけでは、わからないことが多すぎる。手を合わせてから、白手袋をしたまま、くまなく見ていく。
花嫁が身に着けている肘までの長いレースの手袋をそっと外した。死後硬直が始まっているからか脱がしにくいが、なんとか外し終えた。
指にはきれいなネイルが施されているが、腕の内側には少しだけ発疹があった。これを隠すために、このレースの手袋をつけていたのかもしれない。
腕の内側以外にも、首元にも少し発疹がある。普通、挙式までに発疹が出てしまった花嫁ならば治療か隠すことをするはずだ。首元の発疹を隠すようなデザインではないオフショルタイプの真っ白なウェディングドレス。いつか自分も着るのだろうかと一瞬頭をよぎったが、千夏はかぶりを振った。
「容疑者の絞り込み、できそうかな?」
振り返ると、あくびを噛み殺しながら、千夏を見ている恭介がいた。
期待をしているのか、していないのかわからない恭介の声に、千夏は奥歯を軽く噛みしめる。映像世界にいる名探偵や名刑事ならば、遺体を見るだけで何かしらのヒントを得ているはずなのに、千夏にはわからない。
千夏は死体を見たまま、首を横に振った。
「そうか。次は?」
「ええと、参列者から話を聞こうと思います」
「百人いるけど、どうするの? 効率重視でお願いね」
無茶を言ってくれる。
千夏はごくりと音を鳴らしてつばを飲み込んだ。
地味婚が多い言われる昨今、これだけの人数を集められるのか。
一人ひとり話を聞き始めたら、夜どころか明日の朝になってしまいそうだ。
腕を組んで悩んでいると、恭介が口を開いた。
「さきほどウェディングプランナーから出席者リストを入手した。これを見て、あまり時間をかけない方法を考えて。あんまり遅いとここのアフタヌーンティーのラストオーダーに間に合わなくなる」
腕時計をこれ見よがしに確認する恭介に、千夏は思わず眉根を寄せた。事件よりも、アフタヌーンティーが大切なのか、この上司は。
差し出されたリストは、A4用紙数枚にわたって名前・性別・住所・特記事項が羅列されていた。特記事項には、妊娠中であること、アレルギーの有無などが記載されている。
「結構、細かい情報ですね。アレルギーとか」
「気配り、心配りのためだろうな」
ある程度理解はできるが、こういうのも結婚式を催すときには作らないといけないと思うと、結婚式の準備は大変だったし、旦那と大喧嘩したと愚痴っていた同期を思い出してしまった。
そうだ。被害者を知っているのは新郎や親族だけではない。
「ウェディングプランナーさんからお話、聞けますか?」
「新郎や新婦の友人関係者ではなく?」
リストを一通り見たが、刑事歴が浅い千夏でも知っている歴戦の先輩刑事たちがうじゃうじゃいる中、いつもの調子で事情聴取に伺うために披露宴会場に入るのには少しばかり覚悟が必要だ。
ちなみに、そんな覚悟を千夏はまだ準備できていない。そんなことを誤魔化すように、千夏は取り繕うかのような笑顔を浮かべ、恭介に向かって頷いた。
「面白いね、君は。早速呼ぼうじゃないか」
喉の奥でくくっと笑いながら、恭介は現場を去っていく。
見透かされているような気もしないではないが、何も言われなかったので、千夏はほっと胸を撫でおろした。
恭介の後に続こうとする直前、千夏はもう一度振り返り、死体に手を合わせて誓った。
――必ず犯人を捕まえます
所轄の刑事になった時に、先輩刑事に教わったことだった。亡くなってしまった被害者のためにできうる限りのことをする。それが刑事の仕事だと。
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