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【9】和希の過去
③
しおりを挟む社長は若かりし頃に倉庫会社を創業し一代で社員400名まで大きくしたのだが、創業者によくある全て自分で決めないと気がすまない性格だった。
当時、和希は管理部門の責任者をしていた。ラブリーカンパニーは取引リース会社約25社からメンテナンス車両を受託していたが、リース会社は整備工場に支払う基本料金を年々下げる傾向にあった。今まで2000円だった点検費用が1500円へと500円も安くなることも珍しくなかった。
他の整備工場は遠方のお客さんはコストが合わないと辞退するなか、ラブカンパニーは広域に渡って引き受けをしていた。
ある日の会議でメンテナンスの報告時、社長が和希に言った。
「神楽、堺や岸和田まで遠路はるばる1台や2台の為に点検行ってたら赤字やろ。リース会社に遠方のエリアは点検3000円にしてもらえ」
「社長、そんなイレギュラー対応無理ですよ。そんな事言ったらラブリーカンパニーさん何言ってるんですか? ってなりますよ」
「神楽、お前はアホか。言え言うたら言うたらええねん‼︎」
「それやったら遠方は辞退しますか? リース会社にそんな事言えませんよ。今後仕事がこなくなりますよ」
「アホんだらー。ええから点検費用のこと言うとけよ‼︎」
その日の会議はそのまま終了となったが、翌月の会議でまた同じ話題になった。
「神楽ー。リース会社に言うたんか‼︎」
「だからそんな事言ったら今後の取引に影響するから言ってません!」
和希は必死に説明を繰り返した。
「おーーまーーえーーー‼︎ 俺の言う事聞けんのか! 来月から3ヶ月間、給料5%カットじゃー」
「………」
和希は唖然とした。
会議の参加者全員が沈黙した。
それから4ヶ月後、常務が「神楽さん、給料は元に戻った?」と聞いてくれた。
「いいえ、まだカットされたままですよ」
「えっ、戻ってないの? 今度社長の機嫌のいい時に聞いてみるわ」
期待はできなかったが「有り難うございます」と一言だけ返事をしておいた。
それから一週間経った頃に常務がきて
「神楽さん、社長に給料の件聞いてみたよ。そしたら……『神楽、謝りにけーへんからカットのままや!』って言ってたよ」
「……」
「イヤ、俺間違ってないでしょ? 俺は絶対謝りませんので」
「でもさ、謝ってうまくやった方がいいと思うよ」
「イヤー。なんで俺が謝らないといけないんですか~!」
そして翌月の会議で和希は、社長と再び意見が対立した。
その会議の1週間前が、ボーナスの支給日だったが、自動車部の社員から誰ひとりボーナスのお礼を言って来ないと怒ったのだ。
「お前らはボーナスもらえるのが当たり前と思ってるんとちゃうか? 運輸事業部はちゃんとお礼言うてきたぞ」
「はい? ボーナスはみんなで稼いだお金じゃないんですか?」
「かーぐーらー!! どの口が言うとんねん」
「この口ですが何か?」
和希が人差し指で自分の口を指すと、社長は頭から湯気が出るかのように怒った。
「かーぐーらーー‼︎ おーまーえーーさらに給料5%カットじゃー‼︎」
「はぁ? ……チッ、マジかよ」
「おい、かーぐーらー‼︎ お前、いま『チッ』っていい腐ったんか?」
「言うてません」
「今、言うたやないかー!!」
「聞こえてたんやったら聞き直さんといて下さい。何でいちいち給料カットされなあかんねん! 労働基準局に訴えたろか!」
「おまっ、なにっ、えーい」
社長は怒り狂って言葉にならない。
「とにかくお前は反省せんからカットじゃー!!」
この会議が開催された日は15日。
ラブリーカンパニーの給料の締め日は月末で支給日は翌月25日。和希は会議の開催された月の25日に振り込まれた給料明細を見て驚愕した。
本来なら翌月からカットされるはずの給料が当月からカットされていた。
「な、な、なんじゃこりゃ~! 早速5%カットされてるやんけー」
和希は思わず吠えた。
「あはははははは、あははははー」由唯は和希の話しに大笑いした。
「由唯! 笑いすぎやぞ」
澪は信じられないって顔をして、「どんだけブラックなん?」と言った。
「ほんまあの時の光景が今でも鮮明に残って忘れらへんわ」
和希は「こんな会社ほんまにあんねんで。信じられへんやろ?」と、自慢気に言った。
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