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20.お腐れ様

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『お兄』
『あ、いやだ。しない!』
『いやいやいや!!お願い!!ね?!締め切りが近いんだよぉ』
『何が悲しくてボーイズでラブなお原稿に俺がトーン張りせんとならんのよ⁈』
『ちゃんとお手伝い金払うからさああ!ねっ、ねっ!お兄!』
『あーあーあー!もう!はよ俺のPCにデータ送れ!』
『やったー!お兄大好き!あと売り子して!』
『どさくさに紛れてとんでもないこと頼むんじゃねぇ!』

…………。
………………。
夢を見た。前世の夢だ。妹がぎゃんぎゃん言ってて……懐かしい。
元気にやっているだろうか、あの妹は……あれ?てか俺ってどういう最後だったっけ……?



「うーん、やっぱ、リアきゅんが主人公ポジじゃない?」

俺の前でクッションを抱いたノエルが首を傾げた。
本日はいわゆる──お泊り会inデリカート家である。俺が出るのは無理だが、呼ぶのはノエルということで許された。
現在はノエルと二人、無駄にだだっ広いベッドの上で寝巻に着替えてゴロゴロしている。
セオドアもはじめは混じっていたのだが、家の都合で今回は無理になったらしい。残念なことだが、ノエルと相談しあうのも必要だったので悪くはないだろう。

「嫌だけど、非常に嫌だけど……そうっぽくて困ってる。ディマスはなんであんなに人の話を聞かないかね?」
「まー、ゲームの中のリアムもあんな感じだったし……ゲーム補正かなぁ?」
「にしても、聞かなさすぎだろ。ゲームはプログラムだけど、こっちは生きてるんだしさ」

まあねー、とノエルが呟きながら横になる。
俺が主役ポジねぇ……リンドンやレジナルドの行動からするとそれは確かにそうだ。
本来のリアムならばああして迫られることなんてない──尤もリンドンはあのエンドなので最期の方はアレだが──。むしろリムからガンガン行って嫌われるというお決まりパターン。
ううううん……主役を乗っ取りたくてやってるなら楽しいのだろうが、俺の目標は平穏な人生なので、全く嬉しくない。とにかく攻略対象者からは離れたいのだ。

「ねえねえ、前々から聞こうと思って聞けなかったんだけど」
「うん?」

ノエルは一度ゴロンと転がって腹ばいになり、俺を見上げる。

「お兄さんのさ」
「キース?」
「うん、あのキースのエンドって……リアきゅん、覚えてる?」
「へ?そりゃぁ……」

キースのエンドは…………。
…………あれ…………??
まってくれ、あれ?キースが攻略対象者であることや、そこをどうにかしないと、という思いは強かった。でも、あれ……?エンド……?
どう考えても考えても、そのエンドは見つからない。おかしい。俺は妹に付き合って全部見たはずだし、付き合ったのも一度や二度じゃない。
思い出せない……?
俺が何度も首を傾げていると、ノエルがまた転がる。

「リアきゅんも覚えてないかー。私も覚えてなくてさぁ……なーんか、モヤがかかってるというか……」
「ノエルも……」

二人で首を傾げていると、コンコン、とノック音が聞こえて扉が開かれる。
そこにいたのはお茶のワゴンを伴ったナイジェルだった。
ノエルがナイジェル狙いと分かってからこちら、数回、この邸に来たことがあるのだが、その数回は全てナイジェルに給仕を頼むことにしている。

「えらく砕けた場ですね」

俺たちを見るや否や、ナイジェルは呆れたような苦笑でワゴンを運び入れた。

「たまにはこういうのもいいかなって」
「初回以降毎回ではないですか?お二人とも、マナーは大丈夫ですか」

ナイジェルはそれなりにこういう面では厳しい。この口うるささに、ゲーム中のリアムは喧々囂々と言い返して我儘を通すのだが、俺は耐えてきたんですよ!マナーの扱きに!なので今は俺を軽蔑する対象としては見てないようなので安心はしているけれども。

「ナ、ナ、ナ、ナイジェルっ」
「……落ち着きなよ……何回目かでしょ、会うの……」

ノエルはいつの間にか座っており、祈るように両手を握ってナイジェルを見ていた。声は震えて、顔が真っ赤だ。憧れで大好きな推しに会えていると思えば仕方のないことだが、こんな調子で落せるのかね。
俺はベッドから降りて、ワゴンの方に向かう。
ワゴンの上にはお茶のポットと、数種類の焼き菓子が並べられている。

「就寝前ですからね。お茶はハーブティをご用意してますよ。寝る前には必ず歯磨きをなさってくださいね」
「大丈夫だよ。子供じゃないんだか……」

そこまで俺が答えたとき、あーーーー!とノエルが叫んで、俺とナイジェルは少し吃驚してそちらを見た。ノエルの顔は相変わらず赤く、今度は俺とナイジェルを指さす。

「そのまま!そのまま!!二人!寄り添って!」
「はぁ?」

俺が思わず声を上げる。ナイジェルも不思議そうに頭を傾げた。

「いいから‼リアム‼横に立って‼」
「はぁ……」

俺が少し移動してナイジェルの横に立つと、ノエルはますますと興奮して、ベッドの上ではねた。

「ノエル様、お行儀が……」
「そんなことはどうでもいいんですよ‼ナイジェルさんはリアムの腰に手をまわして‼」
「はっ⁈いえ、それは……」
「い、い、か、ら‼」

……おまえ、腐った妄想してんな?そうだな?
ノエルの興奮ぶりに俺はピンときた。そうだな、こいつ……ナイリアとか言ってたもんな……。
しかしナイジェルにしてみれば、俺は主人格にあたるのでノエルの要望はとんでもない。俺は困ったように眉根を寄せるナイジェルを見上げて、

「あー……やらないと終わらないから、あれ。いいよ」

どうぞ、と少し手を上げる。数秒迷ったようだが、ナイジェルは溜息を吐くと、失礼いたします、と申し訳なさそうに俺の腰に手をまわす。
途端、ノエルがベッドの上を転がり始めた。

「ほわあああああああああ‼たまらん‼たまらんぞ----‼あ!駄目!これはもう!描かないと駄目‼」

ノエルは今度はぶつぶつと言い始めた。奇怪な行動にナイジェルは目を丸くするばかりだ。
これ、俺見たことあるわ……。腐った人が騒ぐやつ。
前世での既視感──主に妹──を思い出して、ナイジェルの肩を叩いた。

「ナイジェル、あれがお腐れ様ってやつだよ……」
「オクサレ……?はぁ……あの、ところでそろそろこの手を離していいですかね?私はまだキース様に殺されたくないので」
「……?なんで兄様?」
「いえ、まあ……知らぬが仏ってやつですかね……」

ノエルはすっかりと自分の世界に入り込み、特にもう俺達の動きには興味ないようだ。
ナイジェルの言葉に俺が首を傾げると、ナイジェルはまた苦笑を漏らして、離れた。
ところで、仏ってこの世界にいんの?
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