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第三章

約束の書

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  天は導きを示し、かの地に生まれた災厄を除く。
  それは星々が与えし、かの地への救いである。
  新星とは救済の民の住まう場所。
  それは神が定めし世の理なり。
                   約束の書  第一節

  天は神。かの地とは我らとは決別した人間たちの住む星である。
  我ら魔力を有する尊き民は、かの地への救済を神より命じられた。
  かつて人間たちより受けた恥辱を思えば、それは従い難きことに思えるが、
  天の導きを信ずれば、必ずや我らの救いの道も開けるであろう。
                   約束の書を読み解く  一章


 冒頭から、いきなり難解なことが出てきた。かの地、というのは恐らく優人が暮らしてきた地球のことだろうと予想ができるが、神は地球で生まれた『災厄』を取り除く。そのことは、かつてアリアンナが話してくれたことにも通ずる。
 しかしわからないのは、解説書のほうの記載である。「我らとは決別した人間たち」「かつて人間たちに受けた恥辱」とは何なのだろうか。そういった話は、聞いたことがなかった。さらに読み進めても、それらを指し示す具体的な内容は書かれていない。
 また、取り除くと一口に言っても、どうやって?というのが疑問である。魔法のことは未だよくわかっていない優人ではあるが、エリーもこの文には首を傾げるばかりである。
 解説書であるのに詳細に書かれていないということは、書けない理由があるのか、余程書きたくない理由があるのか。
 優人は更に読み進める。


  災厄はかの地よりかなしきことが尽きぬ限り、新星に降り注ぐ。
  救済の民らは、貴き力を持ってそれを砕くべし。
  災厄は星の涙。災厄は星の血汐。
  それらを拭うは遠き地より星々に導かれ訪れる救世主なり。
  星々なくして救世主なし。救世主なくして救済は完遂せず。
                   約束の書  第二節


  災厄は魔物へと姿を変え、この世界に蔓延る。
  住処を広げやがて人を襲い始める。
  悲しきは、それが人を喰らえども糧にはならぬということだ。
  奴等は腹を満たすために人を喰らうのではない。
  ただそうあるべくして生きているだけだ。
  その魔物どもを封印できる力を持つのはただ一人の人間・救世主のみであり、
  それを選びこの地へ導くのは星の現し身である星の一族である。
  よって我らは、星の一族を讃え、決して絶やしてはならないのである。
                   約束の書を読み解く  第二章


 この世界に住むのは魔法使いの一族であるから、貴き力とは魔法のことなのだろう。前述では、どうやら人間と魔法使いとは明確に区別されているようだから、魔力を持つことは特別な意味があり、またそれに誇りを持っているのだろう。
 魔物に対する認識は、教えられた通りのもので間違いないらしい。やはり魔物は元を辿ると地球から来ているものらしい。それは災厄と呼ばれているようで、しかし具体的に何かは示されていない。
 かなしきことが尽きぬ限り降り注ぐ、星の涙、血汐…。これもまた、難解な言葉たちだ。悲しきことというのも曖昧である。優人が封印する際に感じるあの良くない感情たちが『悲しきこと』であるなら、それを『災厄』と呼ぶのだろうか。少し話が大きすぎる気もしたが、カローナでのこともある。可能性としてはあり得ることだろう。
 わからないのは、『星』とはこの本では星の一族のことを指していたように思えるが、何故降り注ぐ『災厄』が『星の涙』であり『血汐』なのか、である。魔物が増え続けることは確かに辛く悲しいことであり、血も流れるのだろうが、それは星の一族に限ったことではなく、むしろ魔法使いたちのほうが多く魔物と戦っているのではないだろうか。どうにも解せない。
 釈然としないまま、優人は更に読み進める。



  救世主が災厄を撃ち破りし時、
  零れ出ずるは星の輝きなり。
  得れば星々は輝きを永遠に保ち、尽きれば潰える。
  救世主は星々の輝きを護りし者、
  救済の民を救い得る唯一の者。
                   約束の書  第三節


  星の輝きというのが、通称星石と呼ばれる結晶体である。
  星石は魔力が凝固した結晶体だと言われており、魔物より出で、
  星たちの糧となるものである。
  何故魔物から生まれるのか、それを星たちが糧とするのかはわかっていない。
  一説では、救世主の剣により魔力のみを封じ込めたものを星石という。
  一説では、星石も星たちも元は同じものであるという。
  どれも真偽のほどは定かではない。
                   約束の書を読み解く  第三章


 星石の正体もいまだわからないことが多いが、魔力が凝固した結晶体だと言われている、というのは初めて聞いたことだった。聞けば、エリーもそういうものと聞いていると頷いた。得ることができれば輝き続け、尽きれば潰える。それはつまりそういうことなのだろう。

 ……が、永遠に、という言葉が、優人は気になった。
「エリー、この、永遠に、っていうのは……?」
「星の一族が長命だということは前に話しただろう?おそらくこの書は、この世界ができて…そうだな……少なくとも、何百年かのうちに書かれたものなのだろう。それならば、星の一族の命が永遠のものだと信じられていてもおかしくはない」
 それもそうだ。ヒトにとってみれば老うことなく何百年も生き続ける者があれば、それは永遠の命を持つものだと思うのだろう。

「星の一族も確実に老いていく。衰え、朽ちていくのだ。星石の力を得続けても、それは同じこと。いくら長命でも、いつかは死ぬときが来る。……アリアンナ様も、もう既に長い、長い時を生きた。だから、知っているのだ」
 エリーの瞳は、この部屋のどこでもない、どこか遠くを見つめていた。見ているのは、これまで来た道だろうか。それとも、これから行く道だろうか。
「……何を?」
「自分の終わりを。そして、この世界の真実を。だからわたしも、知らなくてはいけない。次代を継ぐ者として」
 エリーは強い。それは、きっと向かうべきところがあるからだ。意志の強い瞳はどこまでもまっすぐで、決して消えない光が宿っている。
 まだ、わからないことだらけだ。それでも、立ち止まらない強さが彼女にはある。
「……きっと教えることは簡単だ。けれどそれをしなかったということは、自分たちで知るべきなのだろう。そしてその過程に、意味があるということだ」
「……うん、僕もそう思う」
 アリアンナが多くを語らなかったのは、多分そういうことだ。一人の言葉を鵜呑みにするのではなく、実際に見て触れて感じて、そこから知ってほしいということなのだろう。それは、優人も受け入れたいと思ったし、立ち止まらないエリーの姿勢を見習いたいと思った。

 カミーユに読んでおけと言われたものは、すぐに読み終わってしまった。けれど、考えることは山積みだ。いまだ黙々と研究資料と睨みあうカミーユを後にして、二人は部屋を出て行くことにする。
 研究室の外に出る際に、アレクの姿は見当たらなかった。どうやら既に仕事へ戻ってしまっているらしい。挨拶も礼もすることは叶わなかったが、仕方がなく優人とエリーは研究室を後にした。
 ふたりはしばらく、ゆっくりとした足取りで黙ったまま歩いた。

「……すまないユウト、一人で済ませたい用事がある」
 ふと道の途中でエリーが立ち止まり、そう切り出した。
「うん、いいよ。僕もこの街を見てまわって、さっきの本のこと、自分なりに少し考えてみる」
「ああ、そうしよう」
 エリーが申し訳なさそうに言うので、優人も引き止めるようなことはしなかったし、その理由もなかった。二人はそのまま別れ、エリーは集会所へ戻り、優人は街のほうへ向かった。
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