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第二章

穴の中

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 話しながら歩いていると、採掘場の入り口に着く。間近まで来ると、案外広い穴になっているのがわかる。中は洞窟というよりはトンネルのようになっていて、上部はしっかり崩れないよう補強されている。
 エリーと優人は一歩踏み入れてみたが、カミーユが後ろに立ったままついて来ていない。振り返ると、カミーユは顔を手で覆い少し俯いていた。
「だ、大丈夫…?」
「たしっかに、クッセェ……マジで……。結構キツいぜこれは……」
「そんなにですか?俺や他のみんなは普通に仕事してたんですけど……」
「あのチビっこいのに同情するぜ……こりゃ入りたくねえはずだ……」
 カミーユが肩を震わせている。耐えているのかと思ったが、どうやら笑っているようだった。人間、もうどうしようもないときは笑いが出てくるというやつだろうか、と優人は思った。

 それでも覚悟を決めたのか、カミーユも中へ入り込む。足取りはゆっくりだが、それは入るのが嫌だからという理由だけでもなさそうだった。
「……風がねえな」
 カミーユは何もない空間に手をかざし、風を感じ取っている。そう言われて優人もエリーも風を気にしてみたが、あまり空気の流れは感じられなかった。
「あ……確かに、中は無風だね」
「いつも、こんな感じか?」
 カミーユが問うと、青年ははい、と明確に返事をする。
「たまに風を感じても、外から入ってくる弱い風ですね」
「では、ここが匂いの発生源ではないということか」
 エリーの言葉に、カミーユは頷く。
「考えてみりゃ当たり前だが、中から外へはそう強い風は吹かねえ。ここから発生して、この弱い風で外へ漏れ出て、村中に蔓延する…ってのはちょっと考えにくいな。……でも、弱くとも風が入ってくるのなら、ここまで匂いがキツく充満するってのも、何かおかしい。ある程度風が入って空気が循環するんなら、匂いが出て行っても良さそうなモンだ」
「それとも、それが臭気でないのなら流れ込んだ分だけ蓄積するものなのかもしれんが……それほどキツいのか」
「こんな状況でなけりゃ今すぐ出て行きてえくらいにはな。じいさんの工房も結構なモンだったが、ここは尋常じゃねえ」
 工房では顔に出さないようにしていたカミーユだったが、採掘場はよほど辛いのか顔をしかめたままだった。頭も痛いのか、こめかみの辺りを指で揉むように押さえている。
「なんにしてもここは異様だ。穴の中からじゃねえなら、山の上ってことも考えられる」
「ここがそんなにひどいのなら、この真上とかが怪しいのかもね。真上には何か?」
「いえ、山の上はほとんど手つかずでして、特に何かあるってこともありません。たまにじいさんばあさんたちが木の実や山菜なんか採りに入ってたりするみたいですがね」
「なるほどな」
 何もない山の上を捜索するとなるとかなり骨が折れそうだ。ある程度見当をつけてから行かないと、山の中を彷徨うことになってしまう。
「おい、そろそろ出よう。カミーユ、顔色が悪いぞ」
「そうするか、悪りぃな」
 エリーの言葉に優人はハッとして、改めてカミーユを見ると確かに顔が青い。ずっと悪臭の中に居たなら、具合も悪くなるだろう。魔力の強い少年の兄は倒れたというのだから、カミーユも他人事ではない。四人は足早に採掘場を出て、念のため一度山の麓からも離れた。

「カミーユ、平気?」
「……おお、なんとかな…」
 再び村の中心部まで戻ってきた。例の匂いも少し薄れたのか、カミーユの表情も少し楽そうになった。
 ちょうど昼どきだったので、一度宿に戻り休憩することにした。宿に着くと、未だ青い顔をしたカミーユを見て宿のおばさんがあらあら、と声をあげ色々と看病してくれた。
「大丈夫かい?何か食べられそう?無理しないで……」
「いいや、食う。むしろ何か食いモンで鼻を誤魔化してえ」
 椅子に深く腰掛けて上を向き、額に冷たい濡れタオルをかけてもらったままカミーユが言うと、食べられるなら大丈夫そうだね、とおばさんも笑った。
 ほどなくして出された料理は香ばしいチキンと野菜のキッシュで、部屋中良い香りでいっぱいになった。思わず頬が緩む。
「ふは~、生き返る……」
「ふふふ、まだ食べてもないのに大袈裟な子だねえ。あ、そうだ、近所の人たちに言っておいたよ、相談事があれば教会に集まっとくれってね、伝言をお願いしておいたから、みんなに伝わってるはずさ」
 おばさんはカミーユに頼まれた通りに動いていてくれたらしい。実に働き者な人だ。カミーユがありがとうな、とお礼を言うと、いいんだよこれくらい、と笑ってくれた。
「もう少しでみんな集まる頃だろうさ。ゆっくり食べてから行ってみるといい」
「おう、いただきます」
 それまでぐったりとしていたカミーユだったが、しっかり食べているの見てエリーも優人も安心した。

 出された昼食をすっかり食べ終える頃には、カミーユもだいぶ調子が戻ったようだった。宿のおばさんにお礼を言い、三人は教会へ向かうことにした。
「あの強烈な匂いの中に入ってから感覚が麻痺したのか、街に漂う匂いくらいじゃなんとも思わなくなっちまったな……」
「匂いって、慣れるからね」
 調子が戻ったとはいえまた外に出るのは心配だったが、どうやらもう慣れてしまったらしい。良いことなのか悪いことなのかはわからなかったが、体調が悪くなっていないのならよかったと思うことする。
「ねえ、職人のおじさんは、魔力を持ってる人なの?」
「……そうだな、武器やなんかを作るときは、作り手の力をそれに込めることで武器としての精度が高くなるんだ。お前の剣を作ったときも、俺とエリーの力をやっただろ。強さよりは質が問われるから、強くはなくとも職人なら多少は持ってるはずだ」
 優人の問いの意味を、カミーユも察したようだった。今気づいた、というよりは、優人の疑問により考えを肯定されたことで、確信に至ったような感じだ。
「あの工房は、山の方を向いた入り口と窓しかなかった。きっと匂いを乗せた風が吹き溜まりみたいになっちゃうんじゃないかな。おじさんも最初は違和感があったはずだよ、きっと慣れちゃって、わからなくなっちゃったとか…」
 魔力を持つ者なら、匂い自体がわからずとも影響を受けることもあるのではないかと優人は考えたのだ。採掘場の少年の兄は倒れてしまったという。カミーユも具合が悪くなっていた。それならば、職人のおじさんの作品がうまくいかないことも、その影響とは考えられないだろうかと思った。
「……フン、そんなのはお前に言われなくても考えてんだよ」
 カミーユは顔を背けてそう言った。優人は余計なことを言ってしまったかと思ったが、その後小さくカミーユが頷き、そうだよな、と呟いたのが微かに聞こえた。


 小さな村の教会では、思った以上に有益な情報を聞くことができた。集まっていたのは十人ほどで、皆村に漂う匂いを感じていたり、体調の悪化を訴える人たちだった。

 その中でも大きな手がかりは、山近くに住まう老夫婦の話だった。
「先週にね、うちのじいさんと、山に山菜採りに出かけたんです。山に近づくほど臭い臭いと思ってたんですが、登るほどに匂いがキツい。じいさんは何ともないと言っていたんで変だと思ったんです。そしたら、魔物がうじゃうじゃ出てきたんですわ。あの山に居るような小物は普段大人しいもんなんですが、それがその日は纏わりつくようにして襲ってきたんです」
 おばあさんの話を聞いて、私もこの前襲われたのよ、と話す中年の女性も居た。見ると女性は顔に軽い怪我をし、足も捻挫したらしく杖をついていた。
「アタシは魔法が使えるんでね、咄嗟に追い払えたから、たいした怪我もしてないんですがね、どうにも怖くて。あんなこと、今までなかったのに」
「それはどの山のどの辺りか覚えてるか?」
 カミーユは問いながらいつの間にか手に入れていたらしいこの村の山を含めた地図を広げた。おばあさんは覚えてるよ、と言い地図にマークしていく。丁寧に山に入りやすいルートまで教えてくれた。
「…やっぱり採掘場のところの山か」
「アタシは山頂のあたりが怪しいと思うがね、てっぺんのほうなんて、アタシらの足じゃどうにもならんて」
「いや、じゅうぶんだ、ありがとうばあさん」
 それからカミーユは、おばあさんや怪我をしていた女性の治療をしたり、体調が悪いものにもまじないをかけていた。
 カミーユはいつもこうして街や村の人たちと言葉を交わしているのだなと優人は妙に感心してしまった。普段の粗暴さはまったく感じられず、とても親身になって話を聞いているカミーユの姿に驚いたのだ。外見を除けば、真面目な僧侶だというかつてのカミーユの言葉にも頷けると思った。

 山に入るのは明日ということになった。もう昼を過ぎ、まだしばらくは明るいが、山に登ってからすぐに原因が見つかれば良いけれど、そうでなければ陽が落ちてしまう。手つかずの獣道を暗くなってから歩くのは非常に危険だと判断したのだった。
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