かなしみは星と輝く

アサツミヒロイ

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第四章

停滞と進展

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 探索は陽が落ちるまでだった。深い森の中は、太陽が沈めば数歩先すらも見えない闇に包まれた。
 打ち合わせた通り、探索を切り上げて目印である町の中心の大樹の下に向かう。木の下には、既にエリーとカミーユが待っていた。

「お疲れ、ふたりとも、どう?」
 優人は駆け寄りながら二人に問いかける。すると、エリーは渋い顔をして首を振った。
「いや、わたしは何も。特に変わったことも、不審なものも見つけられなかった。魔物すら出てこなくて、雨が止まないこと以外はまるで平和そのものという感じだな。幸い、加護の力はきちんと働いているということか」
「そっか……僕も、何も見つけられなかった。異様に静かで怖かったくらいかな。カミーユは……」
 カミーユのほうに目をやると、なんだかものすごく疲れた様子だ。あまりに重苦しいオーラに優人はたじろぎ、言葉を詰まらせた。
「……俺は何も調査できてねえ。町中の家を回って、室内とはいえその辺でぶっ倒れてる奴らを担いでベッドに運んだり診察したり……なんか食わせたり……念のため結界張ったりしてたらこの時間だよ……」
「ほ、本当にお疲れ様……」
 カローナでの悪臭による体調不良と言い、今回の仕事量と言い、いつもは強気な態度のカミーユだが、その役回りからかグッタリしているところをよく見るな、と優人は思う。それでも文句や弱音などは言わないところが、やはり見かけによらず真面目だな、とも思うのだった。

「あれ、シンシアは?」
「……ああ、あの女なら今ちょうど戻ってきたぜ」
 カミーユが指差すほうへ目を向けると、宿屋から出てぱたぱたと小走りしながらこちらへ向かって来るシンシアの姿が見える。
「皆さま、お疲れ様です。どうでしたか?」
 遅れて合流したシンシアの問いに、三人は首を横に振って答える。すると、シンシアはやっぱりか、というような顔をしてほんの少しため息を吐く。
「私もです。奇妙なくらいに何もない……森の全てを見たわけではありませんから、まだわからないこともありますが。静か過ぎる以外は、以前訪れたときと変わりありません」
 やはりシンシアも結果は同じようだった。前にも訪れたことがあるシンシアがそう言うのだから、三人が特に変わったところがないと感じたのも、その通りだったのだろう。
「ところでシンシア、なんで宿屋に?」
「はい、この調子では調査は長期戦になりそうだと予想しまして、宿屋の一室をお借りして転送陣の設置をさせていただきました。マヒアドの騎士団員たちも心配しておりましたから、報告と合わせて食糧などの要請をしておきましたわ」
 さすが部隊を率いていたリーダーだけあって、シンシアの周りを観察してその先を読み、行動する力は本物だ。
 シンシアの話を聞き、疲れた顔をしていたカミーユの表情がぱっと明るくなった。
「おお…!食い物!」
「ええ、この様子では、食事をとれるお店も営業していらっしゃらないのでしょう? 宿屋のご主人も今はなんとか起きていらっしゃいますが、やはり少し気怠そうです。ご負担をかけるわけにもまいりませんから」
「ああ、レストランが向こうにあったんだが、そこも案の定、って感じだな。まったく、どうしちまったんだか」
 カミーユの話では、ひとつひとつまわった先ではひとり残らず、皆眠りに落ちてしまっていたらしい。目覚めが悪く、カミーユがひと通りの作業を終えて出て行く頃合いになっても、意識が虚ろで何が起きているのかわかっていなさそうな者も居たのだと言う。
「うむ、そして気がかりなのが、このまま滞在しているうちにわたしたちまで眠ってしまわないか、ということだ。共倒れは避けたいからな、外部と繋がる術が今の時点で確保できているのは心強い。ありがとうシンシア」
「いいえ、エリザベト様、そんな……!」
 シンシアはエリーが礼を言うとあからさまに態度を変えて恐縮した。そういえばシンシアは熱心な王族信仰者だと聞いていたので無理もないと優人は思ったが、カミーユはどうやらそれを面白くないと感じているようだった。舌打ちが聞こえ、顔を見ればむっすりと不機嫌そうにしている。

 雨が降り続く外は体が冷えていく。これからのことは宿で話すことにして、この日の調査を終えることとなった。



 シルワリアでの異変の調査は、予想していた以上に難航した。やはり探せども、異変は見つけられなかったのである。
 しかし、それでも雨は降り続け、町全体を覆う雲は過ぎ去らず、辺りはどんよりとした重苦しい空気が充満していた。
「流石にここまで何もできないと、落ち込むね……」
 どんよりとしているのは外の空気だけではない。その日の調査を終えて宿に集まり、何もなかった、という報告をし合うだけの一行に漂う雰囲気も、またひどく重たいものであった。
「ええ、もう私たち、とんだ役立たずにでもなった気分ですわ……」
「気分というか、事実何もできていないからな」
 冷静なエリーの一言で、一行は更に落ち込む。簡素な木のテーブルに体を預けて項垂れ、深いため息ばかりが聞こえてくる。
「それに、町の連中もどんどん弱ってきている。当然だが、食うも満足にできず眠り続ければいずれ限界が来るんだ、それまでに何とか解決しねえと……」
「僕らが常に出入りしてるからか、宿のおじさんは少し起きてる時間が長くなったみたいだけど…相変わらず僕らが調査に出てる間は眠っちゃってるらしいね」
 調査を続けつつも毎日住民たちの様子を見ているカミーユは、一層疲労の色が濃い。ぐったりと疲れ、どこか苛立ったような声で話す。
 はああ、と長く息を吐くばかりで、一向に解決の兆しが見えない状況に、優人も思わず弱音が漏れた。

「こんなに探しても異常がないなら、もう空にでもあるんじゃないのかなあ……」
「はは、笑えねえ冗談……」
 思わずぽろりと口から溢れた優人の言葉にカミーユはすぐにそう返したが、言いかけたまま表情をサッと変える。何か思いついたような表情だ。
「空……そうだ、空だ!」
「ええ?」
 なんで気がつかなかったんだ、とんだ節穴だ、とカミーユは声を荒げる。ガタンと大きな物音を立てて椅子から立ち上がり、さっきまでの疲れた顔はどこへやら、活き活きとした顔で、そうだ空だ、と繰り返す。
「な、何を仰いますのカミーユ様?」
「異変、異常ならすぐそこにあるじゃねえか!何日も何日も降り続く、人々を眠らせる雨……いや、おそらくは停滞し続ける雨雲!それこそが異常だろ!」
 確かにそうだ。優人たちはその雨雲を異変、異常の影響、または結果だと思い込み調査をしてきたが、雨雲そのものが原因なのだとしたら。それを考えていなかった。

「そうは言ってもカミーユ、雲まで調査になど行けんぞ、あれをどうする?」
「方法ならあるだろ、こいつだよ」
「私は空を飛ぶ魔法など使えませんわ!人よりも高く跳ぶことは原理上不可能ではありませんが……」
 カミーユは自信を持ってシンシアを指差すが、シンシアはいくら魔法使いとは言え空を飛ぶことなどはできないらしい。焦ったように首を横に振る。
「お前が飛べなくても、魔法を雲に向かってブッ放すことはできるだろ? 初めて会ったときのあの魔法の飛距離、そして正確さ、あの威力があれば雲を吹き飛ばすことくらい朝飯前ってなもんだろうが!」
 初めて会ったあの日、マヒアドの街周辺に飛来した飛竜をかなりの遠距離から撃ち抜いた魔法。それがあれば、あの雨を降らせ続ける雲を散らすことができるのではないか、というのがカミーユのひらめきだ。
 それがただの雨雲であったなら、魔法で崩し散らしてもその雲が含んでいた雨がいっせいに落ちてくるだけだが、雲自体が異物、仮に魔物などであった場合はそれを引き摺り下ろし封印することができるかもしれない。
「確かに、地上を探しても何も見つからないのなら、異常はあの雲自体であるというのは、その通りかもしれませんわね……。しかし、空に浮かぶ雲にまでとは……」
「届くか届かねえかじゃねえ、届かせるんだよ! できるだろ」
 極度の疲れからか、柄にもなく根性論をふりかざすカミーユに、シンシアは目を白黒させる。優人は、理知的な印象を受けるシンシアに対してはあまり意味がないのでは、と思ったが、その予想に反してシンシアはハッとしたように瞳を輝かせ、拳を強く握った。
「そう、ですわね……!はい!私、やってやりますわ!」
「シ、シンシア……」
 このとき優人とエリーは、シンシアが意外と単純で熱血なところのある魔法使いだということを知った。その知的な眉をぐっと寄せて力んだ表情をしている。
「それでは明日試してみましょう、私は準備がありますのでお先に部屋に戻りますわ!おやすみなさいませ!」
 勢いづいたシンシアはそのまま自室に戻っていった。準備とは何をするつもりなのか優人にはわからないが、どうやら邪魔はしないほうがいいと思い、その後ろ姿を見送った。
 そしてカミーユも、今日も疲れたと言いつつも、なにかやりきったような顔をして部屋に戻っていった。

 連日なんの進展もなかった沈んだ報告会が、一転強風が吹いたかのように盛り上がり、そしてまた静けさを取り戻した。どうなるかはわからないが、落ち込んでいた雰囲気に少し変化が出たことは良いことだと優人は思った。


「エリーは平気?」
「ああ、大丈夫だ。優人は?」
「僕も大丈夫。これだけ雨ばかり続くと、ちょっと気が滅入るけどね」
 シルワリアに来てからもう何日か経つが、その間ずっと太陽を見ていない。薄暗い町のなか、湿った空気が重たく感じる。そんな日が続けば、眠り続けることはまだないが、疲れや憂鬱な気分は感じやすくなる。
「私は疲れも感じにくいし、天候や気圧の影響もあまり受けないらしい。ただ……」
「ただ?」
 人間とは違う、鉱物に近い身体を持つエリーはどうやらこういった天候による体調や気分の変化はないようだった。それでもエリーは、ほんの少し苦く笑う。
「周りの人間が落ち込んでいる雰囲気は、少し堪えるようだ。昔からそうだし、一族はそういうものらしい」
「人の持っている感情に、影響されるってこと?」
 優人の問いに、ああ、とエリーは頷く。
「人々の抱く感情に、主に体調などが左右されやすいのだそうだ。我ながら、難儀なものだが」
 城に人が少なく、街から森を隔てて離れていたのもそのためらしい。人々の影響を受けず安定して暮らせる場所なのだと言う。
「じゃあ僕、エリーと一緒のときはいつも笑ってなきゃね」
「……ユウト」
 優人が何気なくそう言うと、エリーはひどく驚いたような顔をして、それからすぐに俯いてしまった。何かいけないことを言ってしまったかと思い慌てていると、エリーはさっと立ち上がり、部屋のドアまでずんずんと行ってしまった。
「わ、わたしももう休む、ユウトもちゃんと休め」
「あ、うん、おやすみ」
 明らかに動揺しているのがわかる。声が変に上擦っているのだ。珍しいことだ。
 優人が困惑していると、ドアノブに手をかけたエリーがほんの少し振り返り、けれど顔は見せないまま言葉を続けた。
「あと、その…………ありがとう」
 うん、と優人が返事をする前にエリーは部屋を出て行ってしまった。どうやら怒らせた訳ではなさそうで、ほっと胸を撫でおろす。が、やはり女心はわからない、と少し頭を悩ませるのだった。
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