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12 真実
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「お前たちには、いつまでもこの家にいてほしいんだ。もともと一階と二階は独立しているし、お前たち二人がそのままいても問題ない気がするんだが」
「え?」
お前たち……その言葉に潤は首を傾げる。
急に話の内容が変わったことで、健介は自身が付き合っている女性との話をしているのだろうかと潤は思った。
実は数か月前、父から照れくさそうに付き合っている女性を紹介された。潤と健吾は相当驚いたが、妻を亡くして十年。一人で息子たちを育てよく頑張ってきたので、二人は父の幸せをむしろ喜んだくらいだった。
ただ、父の相手がとても若かったことには驚いたが、彼女はしっかりとした素敵な女性だったので、潤は安心した。
しかし今はその話は関係ない。父も彼女と結婚を考えているのかもしれないが、潤は今、健吾の結婚話について語っていた。
健介はそんな潤の疑問には気付かない様子で、話を続ける。
「彼女も了承してくれている。そして兄弟二人で彼女とお腹の子を、これから支えてやってほしい」
「え、え、え? 兄弟二人で?」
潤は戸惑った。いったい父は何の話をしているのだろうかという疑問しかなかった。
「健吾は了承してくれた。後は潤だけだ、健吾から全てを聞いたんだろう」
「え? 全てって何? 僕は健吾が結婚するってだけで。彼女のお腹に健吾の子どもがいることまでは聞いてないけど……もしかして、お父さんも結婚するの?」
父の目が真剣で、潤は少しだけひるんでしまった。健介は焦ったような声を出す。
「え、まさか、まだ病気のことは聞いてないのか?」
「え、病気ってなに? 健吾、病気なの?」
父の顔が一瞬変わった。その時、玄関先から大きな音と共に、健吾が勢いよく家に入ってきた。
「潤! くそっ、逃げやがって! 最後まで話を聞けよ。って、なんだ、その荷物。まさか俺から逃げる気か?」
「え……」
健吾が怖い顔で潤を見た。そして、潤の腕はすぐに健吾に掴まり、抱きしめられた。
「一生離さないと誓っただろう」
「ちょ、健吾。離してよ、ここ家」
「ああ、わかってる。父さんは俺たちの関係を知っている」
「え、ええええ!?」
潤はぎゅうぎゅうに抱きしめられた腕の中で、本気で驚いた声を出すと、耳もとで大声が響いてきた健吾は驚く。それでも潤をきつく抱きしめたまま離さないでいた。
「耳もとでそんな大声出すな」
呆れたような声だが、低くて心地いい響きだった。健吾の声を耳元で聞くだけで、潤は何年経つてもときめいてしまう。たとえ、彼が自分以外の誰かを抱いていたとしてもそれは変わらない。
タクシーの中で彼のことを考えていたのもあり、彼の温もりを感じると愛し始めたあの頃のことが一瞬で脳裏に広がる。その甘酸っぱいトキメキを隠すように潤は抵抗した。
「と、とにかく、離して」
健介は、そんな息子たちを見て一言。
「健吾、潤。話がある」
「……はい」
潤は解放されると、健吾の腕を大げさに振り払ってソファに腰を掛けた。潤の向かいには父、そして隣には健吾がどさっと腰を下ろす。二人の関係を知られてしまったことに、潤はそわそわする。隠し通したことを知られていた。
いつだ、いつから父は知っていたのだと、心の中が穏やかではなく、先ほど恋人に捨てられ絶望にいたことをすっかり忘れていた。
それどころではなかったのだ。とにかくどういうことなのか隣に座る健吾を見ると、健吾は真剣な顔をしている。潤にはこの状況が理解できていない。そんな息子たちを見て、健介が口を開く。
「健吾、全て話すんじゃなかったのか?」
「話すところで、潤がいきなり怒って出て行ったんだ」
「はぁ、もういい。私から言うから、お前は黙って聞いていなさい」
呆れる健介に、むくれる健吾。潤はこの状況が全くわからなかった。
「お、お父さん? あの、僕と健吾のこと……」
「ああ、そうだったな。今回のことがあって、健吾が私に全てを話してくれた。というか今まで気が付かずにすまなかった。話してくれたら、家でも気を遣うことなく二人は過ごせただろうに」
むしろ父に謝罪をされてしまった。
潤は、健吾が話したということに驚きだった。なぜ相談もなく勝手に父に話したのかと怒りさえ覚えるが、父がすんなり受け入れてくれたことにはもっと驚いた。
「え、それって、僕たちのことを……」
「受け入れているよ。むしろ、私の息子がもう一人の息子である潤をこれからも守ってくれるなら、もう二人については思い残すことはなさそうで安心だよ」
「思い残すこと?」
急に潤の心がどくどくと音を鳴らし始めた。なにか、よくないことを聞かされそうな嫌な気がしてきた。
「私は、もうあと半年も生きられない」
「え」
健介の言葉に、思わず声が漏れる潤。隣の健吾が、その時しっかりと潤の手を握ってきた。その力強さから、今かなり深刻な話をしていることに潤は気が付いた。
「末期がんだ。見つかった時には手遅れで」
「え、え、え、なに…なにそれ。えっ……け、健吾?」
潤は突然のことで、どうしていいかわからなくなり、隣の健吾を見た。すると健吾はいつになく苦い顔をしていた。その顔で、これが冗談でもなんでもなく、真実なのだと悟った。
「うそうそうそ! どうして? どういうことなの!? お、お父さん」
潤は立ち上がり父に縋る。健介はどうしようもない表情をして、潤の頭を撫でる。
「すまなかった。なかなか言い出せなくて」
潤の目が涙で溢れる。健介はそっと手で潤の目元の涙をすくった。
「お父さん。やだ、やだよ、そんなの」
「潤、お前はいくつになっても甘えん坊で泣き虫だな。だから、健吾からお前と真剣に付き合っていると聞いて、安心したんだ。私がいなくなったらお前はどうなるのか、それだけがこの家のことで不安だった」
「う、うっく、うう、う」
健介は潤の頭を撫で、ひざ下に座りこんだ潤を立ち上がらせて隣に座らせた。
「潤、もう病気は治らない。これは決定事項だ。だから、これからのことを信頼する息子たちに頼みたい」
「決定事項って、そんな、そんな仕事みたいに言わないでよ」
潤は泣きながら父親に抱きつく。
「はは、私はどうも仕事人間でね。そんな私に癒しを与えてくれた潤には感謝してるよ。健吾も私に似て仕事にのめりこむところがあるだろう。だから、この家に潤がいることでとても潤っていたんだ。男だけの家に、お前が華を添えてくれた」
「お父さん……でも、僕だって、僕も男だ」
「そういう意味じゃないよ。お前は名前の通り私たちの潤いで、本当に自慢の息子だ」
涙を流しながら、今言いたいことはそれではないはずなのに、潤は言葉が見つからなかった。ひたすら父親からの愛情を感じるので、また涙が次々に溢れてくる。向かいの席で健吾がそんな二人をじっと見ていた。
「そうだな。そんな男前な潤にお願いがある」
「う、うん。何でも言って」
潤は覚悟を決めて、父を見る。
「え?」
お前たち……その言葉に潤は首を傾げる。
急に話の内容が変わったことで、健介は自身が付き合っている女性との話をしているのだろうかと潤は思った。
実は数か月前、父から照れくさそうに付き合っている女性を紹介された。潤と健吾は相当驚いたが、妻を亡くして十年。一人で息子たちを育てよく頑張ってきたので、二人は父の幸せをむしろ喜んだくらいだった。
ただ、父の相手がとても若かったことには驚いたが、彼女はしっかりとした素敵な女性だったので、潤は安心した。
しかし今はその話は関係ない。父も彼女と結婚を考えているのかもしれないが、潤は今、健吾の結婚話について語っていた。
健介はそんな潤の疑問には気付かない様子で、話を続ける。
「彼女も了承してくれている。そして兄弟二人で彼女とお腹の子を、これから支えてやってほしい」
「え、え、え? 兄弟二人で?」
潤は戸惑った。いったい父は何の話をしているのだろうかという疑問しかなかった。
「健吾は了承してくれた。後は潤だけだ、健吾から全てを聞いたんだろう」
「え? 全てって何? 僕は健吾が結婚するってだけで。彼女のお腹に健吾の子どもがいることまでは聞いてないけど……もしかして、お父さんも結婚するの?」
父の目が真剣で、潤は少しだけひるんでしまった。健介は焦ったような声を出す。
「え、まさか、まだ病気のことは聞いてないのか?」
「え、病気ってなに? 健吾、病気なの?」
父の顔が一瞬変わった。その時、玄関先から大きな音と共に、健吾が勢いよく家に入ってきた。
「潤! くそっ、逃げやがって! 最後まで話を聞けよ。って、なんだ、その荷物。まさか俺から逃げる気か?」
「え……」
健吾が怖い顔で潤を見た。そして、潤の腕はすぐに健吾に掴まり、抱きしめられた。
「一生離さないと誓っただろう」
「ちょ、健吾。離してよ、ここ家」
「ああ、わかってる。父さんは俺たちの関係を知っている」
「え、ええええ!?」
潤はぎゅうぎゅうに抱きしめられた腕の中で、本気で驚いた声を出すと、耳もとで大声が響いてきた健吾は驚く。それでも潤をきつく抱きしめたまま離さないでいた。
「耳もとでそんな大声出すな」
呆れたような声だが、低くて心地いい響きだった。健吾の声を耳元で聞くだけで、潤は何年経つてもときめいてしまう。たとえ、彼が自分以外の誰かを抱いていたとしてもそれは変わらない。
タクシーの中で彼のことを考えていたのもあり、彼の温もりを感じると愛し始めたあの頃のことが一瞬で脳裏に広がる。その甘酸っぱいトキメキを隠すように潤は抵抗した。
「と、とにかく、離して」
健介は、そんな息子たちを見て一言。
「健吾、潤。話がある」
「……はい」
潤は解放されると、健吾の腕を大げさに振り払ってソファに腰を掛けた。潤の向かいには父、そして隣には健吾がどさっと腰を下ろす。二人の関係を知られてしまったことに、潤はそわそわする。隠し通したことを知られていた。
いつだ、いつから父は知っていたのだと、心の中が穏やかではなく、先ほど恋人に捨てられ絶望にいたことをすっかり忘れていた。
それどころではなかったのだ。とにかくどういうことなのか隣に座る健吾を見ると、健吾は真剣な顔をしている。潤にはこの状況が理解できていない。そんな息子たちを見て、健介が口を開く。
「健吾、全て話すんじゃなかったのか?」
「話すところで、潤がいきなり怒って出て行ったんだ」
「はぁ、もういい。私から言うから、お前は黙って聞いていなさい」
呆れる健介に、むくれる健吾。潤はこの状況が全くわからなかった。
「お、お父さん? あの、僕と健吾のこと……」
「ああ、そうだったな。今回のことがあって、健吾が私に全てを話してくれた。というか今まで気が付かずにすまなかった。話してくれたら、家でも気を遣うことなく二人は過ごせただろうに」
むしろ父に謝罪をされてしまった。
潤は、健吾が話したということに驚きだった。なぜ相談もなく勝手に父に話したのかと怒りさえ覚えるが、父がすんなり受け入れてくれたことにはもっと驚いた。
「え、それって、僕たちのことを……」
「受け入れているよ。むしろ、私の息子がもう一人の息子である潤をこれからも守ってくれるなら、もう二人については思い残すことはなさそうで安心だよ」
「思い残すこと?」
急に潤の心がどくどくと音を鳴らし始めた。なにか、よくないことを聞かされそうな嫌な気がしてきた。
「私は、もうあと半年も生きられない」
「え」
健介の言葉に、思わず声が漏れる潤。隣の健吾が、その時しっかりと潤の手を握ってきた。その力強さから、今かなり深刻な話をしていることに潤は気が付いた。
「末期がんだ。見つかった時には手遅れで」
「え、え、え、なに…なにそれ。えっ……け、健吾?」
潤は突然のことで、どうしていいかわからなくなり、隣の健吾を見た。すると健吾はいつになく苦い顔をしていた。その顔で、これが冗談でもなんでもなく、真実なのだと悟った。
「うそうそうそ! どうして? どういうことなの!? お、お父さん」
潤は立ち上がり父に縋る。健介はどうしようもない表情をして、潤の頭を撫でる。
「すまなかった。なかなか言い出せなくて」
潤の目が涙で溢れる。健介はそっと手で潤の目元の涙をすくった。
「お父さん。やだ、やだよ、そんなの」
「潤、お前はいくつになっても甘えん坊で泣き虫だな。だから、健吾からお前と真剣に付き合っていると聞いて、安心したんだ。私がいなくなったらお前はどうなるのか、それだけがこの家のことで不安だった」
「う、うっく、うう、う」
健介は潤の頭を撫で、ひざ下に座りこんだ潤を立ち上がらせて隣に座らせた。
「潤、もう病気は治らない。これは決定事項だ。だから、これからのことを信頼する息子たちに頼みたい」
「決定事項って、そんな、そんな仕事みたいに言わないでよ」
潤は泣きながら父親に抱きつく。
「はは、私はどうも仕事人間でね。そんな私に癒しを与えてくれた潤には感謝してるよ。健吾も私に似て仕事にのめりこむところがあるだろう。だから、この家に潤がいることでとても潤っていたんだ。男だけの家に、お前が華を添えてくれた」
「お父さん……でも、僕だって、僕も男だ」
「そういう意味じゃないよ。お前は名前の通り私たちの潤いで、本当に自慢の息子だ」
涙を流しながら、今言いたいことはそれではないはずなのに、潤は言葉が見つからなかった。ひたすら父親からの愛情を感じるので、また涙が次々に溢れてくる。向かいの席で健吾がそんな二人をじっと見ていた。
「そうだな。そんな男前な潤にお願いがある」
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