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本編

8、物語が止まらない

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 帰宅すると案の定、祖母は待っていた。僕はとっさに小湊さんとお話が弾んでつい時間を忘れてしまったと言い訳をした。そして疲れたからすぐに寝ると言って部屋にこもった。

 文字通り疲れてしまってすぐにベッドに入ったけれど、頭は妙にスッキリしていた。

 いままでの常識を覆される出会いだった。

 細胞が、全てが楓へと向いた、そしてしっくりとハマるピース。全てが自然の摂理せつりのように楓と繋がることが当たり前なのだと、そう思うしかない、そんな交わりだった。他の人との経験がないからそこは比べようがないけれど、でも本能が正しいと示した、そうとしか言えなかった。

 運命と一緒になるのが正しい、世間の常識。そして僕は出会って数時間しかたってないけれど楓を愛してしまった。

 楓も、きっと同じ思いだった。

 僕は婚約者がいる。幼いころから祖母と僕の二人分の生活を支援してくれた小湊家を裏切ることは難しいかもしれない。母が起こした事故により相手側に払った損害賠償なんてとてもじゃないけれど僕が払える額ではないし、僕を大学まで支援してくれたのも小湊家。

 事故を起こした家族として非難もされなければマスコミにも叩かれることが無かったのは、当時祖母を好きでいてくれた祖母の元婚約者が全ての手を回して祖母と僕を守ってくれたから、その恩には報いたい気持ちもある。

 その人に僕は会った事がないけれど、祖母の話によるととてもいい人だった。少し気が弱くて優しくて祖母を大事にしてくれた家同士が決めた婚約者。でも祖母は運命のアルファと出会いその人を裏切ることになるも、運命なら幸せになってと言って祖母を手放してくれた人が小湊さんだった。

 そして娘と夫の事故の時に、すぐに駆け付けてくれたのもその人、その人はもうつがいである奥さんがいるから、祖母への恋慕は無くなったと言った、だけど大切な人には変わりないから援助をしたいと申し出たらしい。自分が叶わなかった恋を孫同士に受け継がせたいと言った申し出を祖母は受入れた。

 その人は孫を必ずオメガを大切にするアルファに育てると言い残し、昨年に亡くなった。

 その通りで、小湊洋平こみなとようへいはとても優しいアルファだった。オメガを尊重してくれるような、少しアルファとしての威圧は少ないけれどとても優しいという言葉通りの人。だからあのようなゲスな叔父に騙されてしまったのだろう。もし洋平とそのまま婚約していたら、僕はきっと穏やかな人生が待っていた。でもそうはならなかった、洋平の叔父の達夫が相手となり、絶望しかない結婚が待っている。

 そこは受け入れているからしょうがないけれど、楓のことはどうしよう。首輪の鍵は祖母が持っている、だけど祖母に、運命に会ったなんて言えるわけがなかった。僕と祖母がこれまで生きてこられたのは小湊の家との約束があったからだし、祖母と孫がそろいもそろって運命がいるからと婚約を破棄するなんて、していいわけがない。

 まとまらない頭で考えれば考えるほど、まとまるわけがなかった。僕はいつもの癖で諦めて考えるのをやめてしまった。

 そして翌日、大学では楓が待っていた。

 周りがどよめく、だって会った瞬間に楓は僕を抱き寄せ、キスをした。そりゃ驚くよね、僕だって驚いた。まさか人前でキスするなんて、さすが遊び人アルファだなって思ったら、楓は僕を見て笑って、止まらないよって言いながら、何度も何度も深いキスをしてきた、僕も楓の首に腕を回して密着した。

「由香里、昨日から会いたくて、会いたくて凄く寂しかった」
「何言っているの、まだ別れて一日も経ってないじゃん」

 そうは言ったけど、僕も会いたくてたまらなかった。ハマったピースはもう外れない、そんな感じで一緒にいないことの方が不思議な感覚になっていた。

「たとえ数時間でももう耐えられない、由香里、今すぐ結婚しよう」
「ちょっと!? プロポーズをこんな簡単に済ませるつもり?」
「そうじゃない、きちんとする、だけどもう離れられない」

 周りがざわざわする、バカップルが校舎の真ん中で愛を囁いている。しかも遊び人アルファで有名な上條楓かみじょうかえでと高嶺のオメガ安里由香里あざとゆかり、お互い大学ではそれなりの有名人同士だった。

 とにかく僕たちはまだお互いのことを何も言ってない。時間も話も必要だと思って僕は今日授業が終わった後時間を作って欲しいと言ったら、いますぐ二人きりになろうと言われて、大学には来たが今日は自主休校にしてしまい、二人でそのまま大学を後にして、楓の家の車に乗せられた。

「シンデレラはまた俺から逃げないとも限らない、由香里をもう離さない」
「もう! 僕をお伽話とぎばなしの人にしないでよ。逃げてないし、きちんと着いてきたでしょ。ちゃんと二人のこと話そうね」
「うん、由香里、大好きだよ」

 車の中でもお構いなしに楓は僕を触ってはキスをする。僕はお姫様扱いされるのは慣れているけれど、こういった触れ合いは実は全く持って慣れていない。だからすぐに香りが車に漂いそうになって慌てた。

「楓、ここで僕のフェロモン出てきたら運転手さんがっ」
「ああ、由香里の香りが出てきているね。車を運転しているのは俺の専属ボディガードで強いアルファだから大丈夫。それに彼はつがい持ちだからつがい以外のフェロモンに左右されないし、奥さんを溺愛しているから問題はクリアだよ。俺の由香里に近づけるような男を俺が配置すると思う?」
「……まさかそこまで考えていたの? でも人前では恥ずかしいから自制してください」
「ふふ、奥ゆかしい恋人のために、俺は我慢を覚えなくちゃね」

 そう言ってまたキスをしてきた。我慢はどの辺にあるの? そんなこんなで目的地に到着すると運転手さんはコワモテながら優しく手を差し伸べてくれた。

「あの、運転、ありがとうございます」
「いえ、楓様をよろしくお願いしますね」

 車を降りて到着したその場所は、楓が所有するマンションの一つだった。

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