上 下
2 / 31
本編

2、コトのはじまり

しおりを挟む

「ああ、今回も失敗した」
「なんだろね? 由香里ゆかりは綺麗なのに、どうしてアルファは最後の最後で由香里に堕ちないのかな?」

 この前、出会ったアルファとホテルに行ったのだけれども、何事もなく始まる前にホテルを一人出ることになった。

「なんかね、フェロモンが関係しているらしいよ」
「フェロモン? 由香里の凄くいい香りだけど、それがどうしたの?」
「僕興奮すると、フェロモンが強すぎるみたいで、アルファが気絶しちゃうの……」
「えぇ!!」

 今日もカフェでオメガ友達の、陽子と梨々花とお茶をしていた。二人は名前の通り女の子。僕は由香里という名前だけど、男だ。僕を産んだ母親がどうしてもこの名前がいいってつけただけの話。それが女の子の名前だっただけ、それだけ。

 女の子らしい名前に負けないくらいに美人に育ったと周りからはちやほやされていた。ほんとそんなのどうでもいい、僕は普通の人生が送りたい。

「でも、結婚までにせめて自分で選んだ人と一度は体を合わせてみたいんだよね、処女をあのおじさんに捧げるのは絶対いやだ!!」
「確かに」
「あんな年の離れた人は流石に……ないよね」

 二人は同情してくれている。

「生まれた時から僕の人生は決まっているし、そこは諦めているんだけど……でもせめて初めてくらいは同年代としてみたいよね。結婚したらきっと家から出られなくなるんだし、ますます同年代との触れ合いがなくなる」

 僕は祖母とふたり暮らし。

 どうして生まれた時から僕の人生が決まっているかというと……それは祖母がまだ若かりし頃、僕の祖父との結婚前の話に関係する。

 祖母の亜香里あかりは結婚の約束をしていたアルファ男性がいた。しかし結婚直前に運命のつがいに出会ってしまい、運命を選ぶ。そしてその二人の間には一人娘である僕の母親が生まれた。

 その僕の母は十代に望まぬ形で僕を身ごもってしまったが、両親のもと僕を産み育ててくれた。だが祖父と買い物に行った先で事故をおこし二人は帰らぬ人となった。その時の僕はまだ乳幼児で全く記憶にない。そこからはオメガの祖母が一人で僕を育ててくれた。

 オメガ女性が一人で幼子を育てるだけではなく、事故により遺族に賠償責任が課せられた。一生かかっても払えない額に途方にくれた祖母のもとに、以前の婚約者が現れ一つの提案をしてきた。その人はすでにつがいを得てしまったから、今更祖母とどうにかなるつもりはないが、生まれたばかりの僕を見て、僕の強いオメガ性を見抜いた。

 そこで僕を将来自分の孫に嫁がせるなら、全ての面倒を見ると言った。どう足掻いても、祖母はそれにすがるしかない状況だった。

 そして生まれてすぐその人の孫との結婚が決まった。祖母はせめて十八歳になるまでは自由にさせてほしいと交渉をして、僕が十八歳になるまではお互いに顔合わせもせず過ごし、十八歳になったら結婚するという約束で僕が嫁ぐまで何不自由ない生活を約束してくれた。

 それが僕の生い立ち。

 十歳のオメガ判定の日、祖母に全ての話を聞いた。祖母は僕に泣いて謝ってくれたけれど、僕はこの年まで祖母が一人で僕を育ててくれたのを知っているし、親がいない僕への愛情は相当与えてもらったので、むしろその決断をして僕を育ててくれたことへの感謝しかなかった。

 僕は恋を知る前に結婚相手がいることを知った。それが良かったのかもしれない、老人と孫というオメガ二人がなんの援助もなくこんなに普通に暮らせるわけがなかった。やっと謎が解けたという気持ちも重なり、妙にスッキリしたとその時の僕は思っただけだった。

 大学進学とともに十八歳になった僕は、初めて相手と会うことになった。相手は代々政治家をしている小湊こみなと家の長男で二十歳のアルファ男性だった。その人はとてもかっこよくて人当たりもいい人で、僕はすぐに好感が持てたし、むこうも僕をとても気に入ってくれた。だから結婚もすんなり受け入れていたのに、次に会ったときは人が変わっていた。

 文字通り、人自体が変わったのだった。同じ小湊だけど、えっ、なんでこんな脂ぎったおじさんが!?

 二回目に会う約束の日、そこには僕の結婚相手が変わったと知らされた。当初の相手ではなく、その叔父にあたる人がその場に来て説明をした。

 その人は小湊達夫たつお五十四歳。甥っ子の洋平ようへいは急に他のオメガをつがいにしてしまい、結婚ができなくなった。達夫の父親、つまり祖母の元婚約者だった人の遺言で安里由香里あざとゆかりと小湊のアルファは結婚することとあったので、甥っ子がだめになった今、小湊で唯一の独身である達夫が名乗りをあげてきた。

 独身といっても、離婚歴三回。もう良くない? 僕の写真を見て気に入ってしまったとかで僕を嫁にすると息巻いていた。僕はすでに親が残した借金の精算や学費など多額のお金を投資してもらったので拒否権などない、だけど……この人!? 話が違う!! あの婚約者ならかっこよかったし爽やかだったし嫌悪感なかったのに、このおじさん!?

 その日は帰宅後、祖母に泣きついた。

 でもあまり心配かけたくないから婚約者が変わったことは言えずに、結婚が決まって祖母と離れることを思うと急に寂しくなって涙が出てきたって言い訳をした。なまじ嘘じゃない、僕はおばあちゃんっ子だからね。

 だからこそ心配かけるわけにはいかない。前回初の顔合わせの時は、すごくかっこいいアルファで結婚してからうまくやっていけそうって話をしたら、祖母は心底ホッとした顔をしたから。

 やっと安心させてあげられたのに、その気持ちを裏切りたくなかった。

 もし本当に嫌な相手なら先方に頼んでみるとお見合い前日に言い、僕を優先して考えてくれている祖母。十八年もの間、生活費や学費を貰っておいて今更どうあがいても、それを返せる宛なんてない。それにオメガが二人で生きていけるほどこの世の中は優しくない。

 年老いた祖母にそんな辛い思いはさせられないから、たとえどんな相手でも受け入れようって覚悟をしていた。

 そしてその相手が二歳年上の爽やかアルファだったから、祖母と二人で喜んだっていうのに、いまさら相手は脂ぎった三十歳以上も年上のおじさんになったなんて言えるわけがなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

運命が切れたそのあとは。

めっちゃ抹茶
BL
【本編完結】 オメガのフィアは、憧れていた運命の番と出会えて喜んだのも束の間、運命の番が何者かに刺殺されてしまう。目の前で繰り広げられた惨劇にフィアは意識を失い、倒れてしまう。 呼ばれた救急車で二人は緊急搬送されたものの、フィアは一向に目を覚ます気配がない。 身体の深い奥底で繋がっているという運命。それがぷつりと切れたら果たして二人はどうなってしまうのか。そして目を覚ました先に目にしたものとは————。 投稿予約分(4話)は毎日更新。あと数話で完結予定。 遅筆&亀更新なのでゆっくりお待ちいただければ幸いです。見切り発車の突貫工事で書いたお話故、構想はあれど最後まで書き切っておらず、内容に纏まりがないかもしれませんが温かい目で見てください🙏

王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~

仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」 アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。 政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。 その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。 しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。 何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。 一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。 昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

婚約者は愛を見つけたらしいので、不要になった僕は君にあげる

カシナシ
BL
「アシリス、すまない。婚約を解消してくれ」 そう告げられて、僕は固まった。5歳から13年もの間、婚約者であるキール殿下に尽くしてきた努力は一体何だったのか? 殿下の隣には、可愛らしいオメガの男爵令息がいて……。 サクッとエロ&軽めざまぁ。 全10話+番外編(別視点)数話 本編約二万文字、完結しました。 ※HOTランキング最高位6位、頂きました。たくさんの閲覧、ありがとうございます! ※本作の数年後のココルとキールを描いた、 『訳ありオメガは罪の証を愛している』 も公開始めました。読む際は注意書きを良く読んで下さると幸いです!

処理中です...