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イギリス編
12、類の過去
しおりを挟む類の話は、こうだ。
高校の同級生のオメガの男の子に恋をした。どうしても番になりたくて、告白の時に発情促進剤を飲ませたが、その子の運命の番に阻止された。
その二人は付き合い始めるも、オメガの子がそのアルファとは番になれない事情ができて、まだその子が好きだった類は、自分と番になろうと提案。その子もその提案を受け入れて、発情期にホテルで番になろうとしたところ、そのアルファに乗り込まれ類は護衛に捕獲された。そしてその子はそのアルファと番になった。
結局は二人のいざこざに類が巻き込まれただけというか、二人が番になるための当て馬にされただけだった。
「引いた?」
「え、ああ。発情促進剤を騙して飲ませたところ? それとも惰性で番契約をしようとしたこと?」
「ははっ、はっきり言うね」
「でも、どうして色々すっ飛ばして番契約にこだわったの? アルファって、恋をして両思いになって時間をかけられないものなの?」
爽と陸斗は運命だったからなのかと思ったけれど、アルファとは好きな子ができたらそんな簡単に番になるものなのだろうか?
僕はベータだから爽とは結婚という話で落ちついたけど、もし僕がオメガだったら告白と同時に爽に番契約を実行されていたのだろうか? 付き合う時も初めての時も強引だった。今さら考えてもどうしようもないし、今の僕にはそれでもあの時のあの流れがどう変わっていたかなんてわからない。僕が変な顔をして聞くと、類は苦笑いした。
「普通そうだよね。好きなオメガができたら、すぐに番にして囲いたいというアルファとしての本能が俺は強すぎたのかもしれない。それまでオメガの子からいくらアプローチされても、付き合いたいなって思ったことがなかったけど、その子は違った。今まで周りにいた子とは全く違って、恋心にさえ気がつかれないし、俺焦っていたんだと思う」
「そっか。でもさ二度目は同意をもらえたのに、どうして付き合ってからゆっくりと番になろうとしなかったの? 一度目は焦って失敗したのに」
「あの時は時間がなかったから、次の発情期で相手のアルファは噛むと言い出した、でもその子はそいつとは絶対番になれない事情があって、それで俺となら友達だし番になっても捨てられないっていう惰性と、俺の好きな子を番にできるというずるい計算が、二人の番契約だった。今考えるとほんと俺もあいつもバカだったよね。あの時、番にならなくて本当に良かったって今ならわかる」
類はスッキリした顔をしていた。本当に吹っ切れたみたい。運命と番になることを躊躇するオメガ側の事情ってなんなのだろうか。そこは類が詳しく言わないので、深く聞くことはできなかった。
「俺は一応、犯罪者だから。二度目はお互い同意の上だけど一度目は好きな子を無理やり番にしようとした強姦の罪で退学になって、日本にいれなくなった。それで逃げてきたんだ、イギリスに」
「でもその子も酷くない? 一度は類を選んだんでしょ。それで二人これから初めての交わりって時に、奪われるのはその横暴アルファのせいだとしてもさ、二人は元さやに収まったんでしょ。曖昧なオメガの態度が二人の男を天秤にかけたとしか思えない」
類は驚いた顔をした。
「あいつはそんな子じゃないよ。一生懸命バカなりに考えて出した答えで、あの時はたしかに俺に向き合ってくれた。周りに流されてしまう優しい子だったから、俺がそれを利用しただけなんだ」
「ふ――ん、その子バカなんだ?」
類は僕を見て、何か思い出したようにふっと笑った。
「ああ、愛すべきバカだった」
類も相当優しいと思う、そんな小悪魔オメガと一緒にならなくて本当に良かった。小悪魔で、馬鹿で優しいって一体どんな子だろ? 確かに類のしたことは酷い点も多いけど、童貞なりに一生懸命行動したんだから、まぁ僕からしたらお子ちゃまアルファって感じで可愛い。お互いに間違った選択ながらも、一応思いやりも見えるし。
僕の時とはまた状況が違うけど、高校生の類には相当な痛い経験だと思う。
類は全てを認めてスッキリしている、それはその子と和解して今では祝福しているからだろう。類は好きな子が幸せになれて良かったとまで言っていた。
「まあ、結局はあの二人は話し合いが足りなかっただけで、初めから相思相愛だった。だから横槍を入れて惑わせたのは俺。俺が登場しなければ二人で解決できていた問題だったよ」
「……類」
僕は何とも切ない気持ちになった、アルファって可哀そうなところもあるんだ。ベータはフェロモンに惑わされることはないけれど、アルファとオメガには恋心だけではどうしようもない複雑な本能という動物的な部分がある。それにより僕は失恋したけど、でもそんなものがある人種の方が、もしかしたら生きにくいのかもしれない。僕は類の話を聞いて、少しだけ過去の自分を慰めてあげられる気がした。
「そんな顔しないで、この話には続きがあって、その子の親が俺に謝罪に来たんだ。騙してヒートを誘発させた行為は許せなかったけれど、二度目は息子が自ら選んだ選択だったのに裏切ったってことになる? のかな。父親からしたら不義理をしたって結論になって、それで俺に息子がすまなかったって言いに来てくれたんだ」
「へぇ」
それはまともな親だ。爽の時はどうだったのだろう、そもそも僕はまだ挨拶にも行っていない段階であの二人は番になった。あの後、爽の結婚相手が変わったところで向こうの家族としては何の問題もなかったのかもしれない、そもそもベータの僕よりオメガの弟の方で良かったとまで思われた可能性も高い。
現にあの後、子供ができたのだから。僕と結婚しても子供なんてできるはずもない、爽のご両親は相手が陸斗になって喜んだ可能性の方が高いだろう。考えなかったわけじゃないけど、改めて昔の傷を思い出してしまった。
「でもよく受け入れたね、その謝罪。そもそも親が謝ったところで本人たちの問題だし、類の傷はそんなことで癒えないでしょ」
「そうでもないよ。またお前は無理やり連れ込んだのかって、むしろ殴り込まれたと思ったんだ。あの契約への誘導はちょっと罪悪感もあったからね、だけど彼の父親は違った。自分の息子だけじゃなくて他人の俺のことまで心配してくれたんだ。俺の親はアルファだから全てが完璧で当たり前っていう思考を持っていたんだ、むしろ前の事件で退学になった時に、番契約もできずに何やっているって怒られたくらい。やるなら失敗するなって、普通の親なら人道に反することをしたなら怒るよね」
それはまた……。
「アルファ家系って、大変なんだね」
「俺の家はちょっと特殊だったのかも、それが全てだったから知らなかったけど」
「そう、なんだ」
「その子の父親は、まだ高校生で一生を誓うような経験をしたのに、裏切って消えない傷を負わせてすまなかったって、自分の息子への教育がなっていなかったからあんな馬鹿な行動をしたって。本人は好きな人と幸せになって、結果俺を傷つけただけになってしまったって、謝ってくれて、そして抱きしめてくれたんだ」
類はその時のことを思いだしたのか、照れくさそうに笑った。あっ、これはもう乗り越えている顔なんだなって僕は思った。
「俺、厳しい親だったから物心ついてからは抱きしめられた記憶なかったんだ。恥ずかしいんだけどその時泣いちゃって、まだまだ俺も十代のただの子供だったんだなって、なんだかさ、浄化されたんだよ」
「とても素敵な方だったんだね、その子の父親は」
「ああ、だから俺はそんな人が育てた彼だからこそ、好きになったんだって自信が持てた。もちろんあいつはいい奴だから、後日俺に謝ってきたけど、その時はもう俺の中でいろんなことが納得済みだったんだ。アルファという人種についてもなんだか吹っ切れて、そんな考え方の元になってしまった親からも離れたくて、なにより人生経験学びなおしたいって思って、それでいいきっかけだったしイギリスに来たんだ」
終わり方が凄く綺麗で、やっぱり僕とはまた違うけど、この子もとても辛い経験をしたのは間違いない。ただそれを学びにしているのが、やはり僕とは違うけど。
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