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異世界召喚系
親愛なるイグナシオへ-生首魔王と首刎ね勇者-
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身に余る力があると実感した時、歓びに満ちた。
あまねく全てのものはその力の前に蹂躙されるしかない儚いものなのだと分かった時、世界はなんて愛おしいのだろうと思った。
そうして私は識(し)ったのだ。ずっと心の奥底から沸き上がる暴力という衝動を解き放ちたかったことに。
幼い頃から時折湧き出る暴力的な衝動があった。流石に幼い頃のように衝動のまま振舞うことは減ったけれど、身体の内側、頭の中に湧いてくるそれは消えることは無かった。
ストレスが溜まっていると、誰しも攻撃的になりはしないだろうか。私の場合は、過激な暴力を振るうことを夢想することでそれに代えていたのかもしれない。頭の中で済ませなくてもよくなった今となっては、もうそれは遠いものとなったけれど。
私は、そこそこ社会というものに順応して生きていけていたと思う。その均衡を最初に壊したのはこの世界だ。
眩暈にしゃがみ込み、アスファルトにめり込むような感覚は錯覚ではなかった。
私はありとあらゆる不可思議な力の跋扈する世界へ放り込まれていた。
私を――『私』という個人ではなく、世界を救う勇者とやらだったらしいのだが――望んだのは、その世界の真ん中にある大きな国の神殿だった。
人々は口々に言った。魔王を倒して世界を救えと。それはお願いではなく命令で、私は応と答えること以外は許されなかった。
帰る術は無いと言われ、私にその真偽を確かめることはできなかった。だから生きるために恭順を示した。パニックを起こしかけていたが、死ぬのは嫌だった。
幸いだったのは高圧的な態度を取られながらも衣食住が保証されたことと、『力試し』とやらで、私はどうやらとんでもない力を手にしたらしいことが分かったことだった。大剣を片手で扱える筋力。走っても走っても疲れもしなければ息さえ上がらない体力。イメージすれば大体は思い通りのことができるようになる『魔法』を使う能力。私の意志ひとつで如何様にもできる、常人であれば恐ろしすぎてたまらなくなるほどの力。
人々はそれを喜んだ。こんな災害級の力を怖がらない時点で、きっと心が麻痺しているのだろうな、と思った。それほど魔王とやらの脅威に晒されて、怯えていたのだろうと憐れみさえ浮かぶほどに。
だから、私は言った。『世界を救う』という使命の元に、ありとあらゆることが許されるよう取り計らってくれと。
そして魔王討伐を掲げた私は、己の衝動を注ぎ込んでも咎められない状況にタガが外れたように暴れ回った。
大義名分が免罪符だった。私が世界を救うため、魔王を倒すまでは確かにそれは守られていたと思う。そう言う意味では、あの王様、もしくはそれに連なる人々は善良であったと言うこともできる。
だから、魔王を倒した後は掌を返された。
勿論、私だって倒した後のことくらい考えている。好き放題やったし、そのくらい考えていたから、これと言って傷つくことはなかった。そんなことよりも、この世界に召喚された時点で拭えない自分への異物感が常に私の精神を蝕んでいたことのほうが私にとってはダメージだったと言える。
そうはいっても、善良な人に手は出さなかったのになあ。
ため息をついたのはすべてが終わった後だった。
魔王の首を刎ねたはいいが、魔王は不死身であり、仕方がなくきゃんきゃんとうるさい生首を持って帰ったのだが、魔王討伐での道中、暴れすぎてちょちょいと人間――犯罪者だのなんだのを選ぶ程度には私には分別というものもあった――も殺したのが不味かったらしい。裁かれるべき人間というものは沢山いて、私は間違いなくそういった人間に絞って殺したわけなのだけれど、何せ仕事が早すぎて、逆に社会を混乱させてしまったのだ。
法の元に彼ら人間社会での制裁が与えられず、公的には罪人にならないままに死と言う安寧を与えてしまった私に対し、お偉方は避難轟々だった。
ぐうの音も出ない正論に肩を落として、用済みとなったためあわや処刑かと思われたけれど、どうやら魔王の返り血を浴びたのが悪かったのか、その不死の特性が私にまで現れてしまっていると魔王にチクられ、仕方なく死体を魔法で偽装して盛大に亡き者という扱いを受けた私は、そのまま国王に影として献上されるところを蹴って、化け物の首など要らんと受け取り拒否をされてしまった魔王の生首とともに魔王の居た城へ戻った。世間一般的には魔王の血を浴びた私はその血による毒性によって頑強な身体を冒され死んだということになっている。
魔王の城は瘴気に満ちており、人が住むことはできない。人の殆どが瘴気は魔王が発しているものだと思っていて、それそのものが人にとって有害であることと、瘴気の中でも十全に動ける魔物達が人が手懐けたり共生したりできない存在であること、人が踏破していない土地だから、資源が眠っていると思われていることなどがあって人は魔王を敵視しているけれど、実際は違う。瘴気が先にあって、その中で生きていけるようになった生き物が魔物であり、魔王だったわけだ。まあ、人の手が入らないという性質上資源が沢山眠っているというのは本当だけど。
そんな土地の生態系は私がありとあらゆる雑魚を殺し尽くしていたため、崩壊していた。とぼとぼと歩く私を出迎えたのは不死身の魔王の身体だけ。ちなみに『雑魚』とは人間にちょっかいを出していた人間ではない生き物全てを指している。
「うーん、このまま身体と首がくっついたりする?」
「暫くは傷口をくっつけておく必要があるだろうな。あといい加減私の高貴で麗しい髪をわしづかみにするのを止めるのだ」
「ふーん。まあくっつくなら今やんなくてもいいか」
魔王の話を聞いて、何も今すぐ返してやることはないかと魔王の首を掲げる。
「何故だ?!」
「あんたうるさいんだもん。かと言って手ェ離すとどっかいっちゃうしな~」
魔王は魔法を操る力に長けている。私は詳しいことは分からないけれど、瘴気って言うのは普通の人には耐えられない濃厚な魔力なんじゃないかと思っている。元々酸素も毒だったって言うし。酸素濃度が高いとやっぱ毒らしいし。そういう感じのやつ。
魔物も魔法の扱いが上手かった。普通の人よりは。だからこの推測はそんなに外れてないんじゃないかと思ってる。
「取り敢えず隔離しとくか」
玉座のそばに良い感じの鳥かごがあったなと思いつつ歩いて行き、そこに結界のようなものを張って、魔王の頭をぶち込んだ。
「なんと……なんと無礼な……!」
わなわなとしている頭は、まあ、癒されはしないけど環境音としては悪くないかも知れない。ここは普通の生き物はいないから、本当に静かなのだ。まあ生きてた奴は私が全部殺したんだけど。
取り敢えず、一つの区切りを迎えた私はふかふかの玉座に座った。疲れた気もするし、魔王との魔法合戦は楽しかったような気もする。
どのみち、もう殺してもいい存在はいなくなった。力を振るうのも、まあ、マンネリだったし。もうむやみやたらと暴れて魔物を殺す建前で建物だの山だのを吹っ飛ばすのも飽きたと言えば飽きた。やろうと思えばいつでもできるし。
きゃんきゃんとやかましい生首を尻目に、これからどうすっかな~と考えていると、ふと、魔王の身体の方がついてきていて、棒立ちになっているのに気づいた。
「どうしたの?」
話しかけても答えが返ってくるわけじゃない。でも、まあ身体の方は私とやりあう気はないようだった。
ふーん。
正直顔がついている時は喧しく煩わしい思いが先に立って何とも思わなかったけど、身体だけ見ると大変に美丈夫だ。鍛えられた肉体に浅黒い肌はつやつやしていて綺麗だなって思う。私は目から鱗が落ちた。
「タイプかも」
玉座から立ち上がってその身体を無遠慮に触る。
びく、と腹筋が動いた。
なるほど? 反応がある。
魔王との戦いの余韻はまだ尾を引いていて、その肉体が最早頭と異なる意思を持つことを知った私は、嬉々として魔王の身体を玉座へ押し倒して、その上に跨った。
「おいこらやめぬか破瓜の血なぞで私の神聖な男根を汚すなっ」
「あんたの身体は大層喜んでるようだけど?」
「ぐっ……頭と分断された今、その身体は私のものでこそあるが私ではないのだ!」
「ははは。魔王の生態って人間とかわんないのかな」
手の中で立派になる『雄』も、そもそもこんな風に男の身体に触ること事態も初めてだ。どういうわけか、私が処女であることも魔王には分かっているらしい。
身体が、その両手を私に向かって伸ばしてくる。腰を掴まれて、制服のスカートの中に熱いものが入ってきて、すりすりと私の股座に擦りつけた。ねだるように魔王の身体は腰を揺らして、まるでダンスのお誘いのようだった。ダンス、踊ったことないけど。
「ぬわーっ!!!! 気でも狂ったか私の肉体よ! 人間の形をしただけの狂犬のごとき獣にすり寄るなど!!!」
「うるさい」
……取り敢えず、一回セックスやってみよ。これからのことは、その後でもいいや。
「やめろ――」
生首の絶叫を魔法で遮断して、私の腰を掴む大きな掌を片方手に取る。
「あったかいんだね」
ちゅ、と唇をつけるとまたぴくっと指先が動いて、大事にしようって思った。
******
「全く、全くけしからん! 手練手管もない生娘めがこの美しく尊い私の身体を喜ばせるどころか奉仕させるなど!!」
くどくどくどくど。
「あまつさえ私へ向かって見せびらかすように股を開き私の目を犯そうとするなど!!! 度し難い所業!」
くどくどくどくど。
……身体は物凄く優しいばかりか愛撫も上手くて、生首はその割に私のあそこを凝視してたみたいだったけどね。結局自分がヤりたかったんじゃん?
と言う言葉を飲み込んで、私の拘束魔法をぶち破った生首はふわふわと私の周りを飛びながら説教を垂れていた。生首の言うとおり、最後までできずに指でイかされただけで終わっちゃったけど、それは生首が邪魔に入ったからでしかない。私と魔王の身体はお互い良い感じに興奮してきた後は、生首in鳥かごを放置したまま玉座の後ろの扉から豪華な天蓋付のベッドへ絡み合いながら倒れ込んで致そうとしていたのにね。
かわいそうに、身体の方は不慣れながら私も手で『お返し』をしたけど、生首のせいで情緒も何もなかった。
生首の方を閉じ込めるのに使った鳥かごはまだ壊れてない。物理的な鍵もまだ掛かったままなのは、私の魔法の強度が魔王より高いことを示している。
説教が一通り終わって、その内容がだらだらと私の力を褒めるような、戦ったときの感想を引っ張ってきて一応認めてやらんでもなかったのに、みたいなものへ変わった頃、私はいい加減だるくなってきて声を上げた。
「うるさいな」
「なっ!」
「素直に自分がヤりたかったって言えばいいじゃん。なんなの」
「品がないにも程がある!!」
「セックスに品を求めてんのウケる」
からからと笑うと、生首はベッドへぽす、と力なく落ちた。
「こ……こんな者が私が唯一力を認めた者など……!!」
鳥かごごとぷるぷると震えている。身体の方は私を優しく支えてくれている。頭と身体がどういう風に分かれていて、そしてどこかでもしかしたら繋がっているのかは分からないけど、双方ともに私に一目置いてくれていることは確かだ。
「別にこの力って私が元々持ってたわけじゃないし……好きで貰ったわけでもないし……」
「何を言う。そなたもう18になるのだろう。その年でそれだけの力を御しておきながら、己のものではないと言うのはもう道理が通らんぞ」
「……」
「勇者とは異界より呼び出されしこの世ならざる者のことなり。その皮が生娘で荒事の経験がない平民であろうと、怪物のごとき力を振るう勇者たり得る心根を持つからこその召喚だ。
で、あるならば、召喚当初ならばいざ知らず、この私と競り合って勝つほどになってなおも「自分の責任ではない」などと、その性根はそなた自身の責任であろうが」
やかましいだけじゃなくて、私の柔らかいところを無遠慮に触ってくるとは。
ムッとしたけど、こいつにムカついても仕方がない。
「ほんとうるさい」
「その語彙の貧困ぶりも目に余る。そなた、それでこの先この世界で過ごしてゆけると思っているのか? もう不死性を備えておるのだぞ」
「分かってるよ」
「本当か? 今までのように腹立たしさで殺し続けておれば、たちどころに人の姿は消え、娯楽はなくなり、所詮人の頭と獣の衝動を抱えたそなたは狂うこともできず、かと言って考えることを止めることもできず永遠を揺蕩うことになるのだ――異界より、不死性を殺す勇者が来ない限りはな」
まるで分かってないと言いたげに、生首はつらつらと言葉を吐き続ける。
そんなこと言われたって、別に今は誰かを殺そうとか、壊したいなんて思ってない。そんな先のことなんて、分かるはずない。
「その時はそういう勇者を召喚すればいいじゃん」
「私がそれを許すわけなかろう。そなたを『元に戻す』方法も然り。私は絶対にそなたには協力せん」
「……知ってるの?」
「さて? 知っていたとしても絶対に言わぬ」
「なんで? 私に負けたくせに」
「そんなもの、私が今まで長い年月生きてきた中で、そなただけが私と張り合える存在だからに決まっているだろう。そなたは私にとって最高で最大の娯楽だぞ。その上今は不死性を帯びたのだから、好きなときに好きなだけ頭を使い身体を使い、全力で殺し合える。そんな者を逃がすわけなかろうが」
「はあ~~~~~一回全部殺し尽くすかこの世界」
「そなたでは私は殺せんぞ」
「一番嫌な結果じゃん」
げろ。
ジェスチャーでそうやると、生首がにたにた笑った。
「誠に、非常に遺憾ながらそなたは私にとって得がたい者。癪だが、そなたの身体を楽しむことも実のところ楽しみにしている」
「やっぱそうなんじゃん。えっち」
「ええい話を妨げるでない! 今はこまっしゃくれたちんちくりんでも、私が手をかけ目をかけ慈しめば、そういうこともあるだろうということだ」
「”癖(ヘキ)”が強い……」
「こほん! とにかく、私はそなたがいれば別にこの地にこだわる必要もないし、邪魔されないのであればそなたがいれば特に何を要求することもない」
「……? うん?」
ふと違和感が這い上がってきた。さっきまでと魔王の態度が違う。それ以上に……私に向けられた言葉じゃない気がした。
「そうだな、瘴気をどうにかする手立てにも心当たりについて助言するのも吝かではないのだ」
「……」
嫌な予感がする。でも、その口を止める手立てが思いつかない。
「そなたがこれからどうするのかには興味がある。私から離れないのであれば、様々な面で助言と言わず手を貸すこともしよう」
「力以外に能がないのに?」
「貨幣が心配か? 信用もある程度金を積めば解決するしな。問題はないぞ。ここには最早私たちにしか触れられぬ資源があるではないか。掘り起こすなりなんなりして、どこぞと取引でもすればよかろう」
「人間におもねるの?」
「ほう。そんな言葉を知っておるのか。
そなたは所詮人の皮と思考を持っているのだから、孤独ではいつか耐えられぬときが来るだろう。そなたの無聊(ぶりょう)を慰めるだけだ。他の人間に興味はないのでな」
茶化すのも無理、話を逸らすのも無理。
……力じゃ負けないのに、こいつは不死身だ。
生首を直ぐに潰すべきか悩みつつ衝撃波を出してみたものの、容易く防がれた。
「はっはっは。死闘の後に盛ったかと思えば、まだここまで魔法を放てるとは活きが良いことだ。
――ではそういうことだ、人間諸君。これ以上はまかりならぬ」
言うや否や、魔王の生首は鳥かごから髪の毛を操ってあっさりと鍵を開けた。
「はあ? なんの茶番? ってか諸君ってなによ」
「まあそう言うな。少しばかりここの会話を人間どもへ中継してやっていたのだ。私はそなたより精神系の魔法に優れているのでな。人の心や思考をある程度読めるし、こちらから直接飛ばすことも、感覚を共有することもできる」
「マジの化け物じゃん」
「私の魔法が通じないそなたはそれ以上だぞ」
嬉しくない。
魔王の生首はするすると自分の身体を這うように移動して、首をしっかりとくっつけた。
「ふう、やれやれだ。完治まで今暫くかかるが、まあよいだろう」
「……いつから筒抜けだったわけ」
「そなたが私の高貴なる頭部を鷲掴みにして凱旋した辺りからだな」
「最初からじゃん!」
じゃあ私が魔王の身体とよろしくやろうとしてたのも全部晒されてたわけ? 信じられないほどデリカシーがない。
「だから止めろと言ったのだ」
「意味が違うでしょ!」
「安心せい。各国の要人連中にしか繋いでおらぬし、そなたについては声しか聞こえてはおらん」
「聞こえてるんじゃん!!! 最低!! 身体くんを見習った方が良いよ!!!!」
「む。首を跳ねたところで身体も私だが?」
「始めるときに言ってたのと言い分が違う。それに身体くんは優しかったし」
「ほう。それがそなたの好みか」
「そう言う話はしてない」
「私はしているぞ」
「ああもう!」
キリがない!
私は頭をくしゃくしゃにかきむしりたいのをぐっと堪えて叫んだ。――指でイったからと言って、満足したわけじゃない。
「じゃあ証明してみせなよ!」
「よかろう」
何が楽しいのか、私の言葉にムカつくほど嬉しそうに笑った魔王は、ひょいと私の膝裏に腕を回してベッドの上で横抱きにすると、そのまま位置を改めて私を押し倒した。
――ちょっとでも気に入らなかったらまた首を飛ばしてやる。
決意に燃える私はその首元を睨み付けていたから、気づかなかった。そんな私を見下ろした魔王が、ぞっとするほどギラついた目をしていたことなんて。
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「やっぱ身体くんの方が触り方上手いわ。ちょっと生首になっててよ」
「あああああーっ!!!! きさまー!!! この私の慈愛を無下にしおってー!!!!」
「なんか下心があるっていうか……手つきが嫌な意味でいやらしいっていうか……」
「セックスにそれ以外何が要る?!」
あまねく全てのものはその力の前に蹂躙されるしかない儚いものなのだと分かった時、世界はなんて愛おしいのだろうと思った。
そうして私は識(し)ったのだ。ずっと心の奥底から沸き上がる暴力という衝動を解き放ちたかったことに。
幼い頃から時折湧き出る暴力的な衝動があった。流石に幼い頃のように衝動のまま振舞うことは減ったけれど、身体の内側、頭の中に湧いてくるそれは消えることは無かった。
ストレスが溜まっていると、誰しも攻撃的になりはしないだろうか。私の場合は、過激な暴力を振るうことを夢想することでそれに代えていたのかもしれない。頭の中で済ませなくてもよくなった今となっては、もうそれは遠いものとなったけれど。
私は、そこそこ社会というものに順応して生きていけていたと思う。その均衡を最初に壊したのはこの世界だ。
眩暈にしゃがみ込み、アスファルトにめり込むような感覚は錯覚ではなかった。
私はありとあらゆる不可思議な力の跋扈する世界へ放り込まれていた。
私を――『私』という個人ではなく、世界を救う勇者とやらだったらしいのだが――望んだのは、その世界の真ん中にある大きな国の神殿だった。
人々は口々に言った。魔王を倒して世界を救えと。それはお願いではなく命令で、私は応と答えること以外は許されなかった。
帰る術は無いと言われ、私にその真偽を確かめることはできなかった。だから生きるために恭順を示した。パニックを起こしかけていたが、死ぬのは嫌だった。
幸いだったのは高圧的な態度を取られながらも衣食住が保証されたことと、『力試し』とやらで、私はどうやらとんでもない力を手にしたらしいことが分かったことだった。大剣を片手で扱える筋力。走っても走っても疲れもしなければ息さえ上がらない体力。イメージすれば大体は思い通りのことができるようになる『魔法』を使う能力。私の意志ひとつで如何様にもできる、常人であれば恐ろしすぎてたまらなくなるほどの力。
人々はそれを喜んだ。こんな災害級の力を怖がらない時点で、きっと心が麻痺しているのだろうな、と思った。それほど魔王とやらの脅威に晒されて、怯えていたのだろうと憐れみさえ浮かぶほどに。
だから、私は言った。『世界を救う』という使命の元に、ありとあらゆることが許されるよう取り計らってくれと。
そして魔王討伐を掲げた私は、己の衝動を注ぎ込んでも咎められない状況にタガが外れたように暴れ回った。
大義名分が免罪符だった。私が世界を救うため、魔王を倒すまでは確かにそれは守られていたと思う。そう言う意味では、あの王様、もしくはそれに連なる人々は善良であったと言うこともできる。
だから、魔王を倒した後は掌を返された。
勿論、私だって倒した後のことくらい考えている。好き放題やったし、そのくらい考えていたから、これと言って傷つくことはなかった。そんなことよりも、この世界に召喚された時点で拭えない自分への異物感が常に私の精神を蝕んでいたことのほうが私にとってはダメージだったと言える。
そうはいっても、善良な人に手は出さなかったのになあ。
ため息をついたのはすべてが終わった後だった。
魔王の首を刎ねたはいいが、魔王は不死身であり、仕方がなくきゃんきゃんとうるさい生首を持って帰ったのだが、魔王討伐での道中、暴れすぎてちょちょいと人間――犯罪者だのなんだのを選ぶ程度には私には分別というものもあった――も殺したのが不味かったらしい。裁かれるべき人間というものは沢山いて、私は間違いなくそういった人間に絞って殺したわけなのだけれど、何せ仕事が早すぎて、逆に社会を混乱させてしまったのだ。
法の元に彼ら人間社会での制裁が与えられず、公的には罪人にならないままに死と言う安寧を与えてしまった私に対し、お偉方は避難轟々だった。
ぐうの音も出ない正論に肩を落として、用済みとなったためあわや処刑かと思われたけれど、どうやら魔王の返り血を浴びたのが悪かったのか、その不死の特性が私にまで現れてしまっていると魔王にチクられ、仕方なく死体を魔法で偽装して盛大に亡き者という扱いを受けた私は、そのまま国王に影として献上されるところを蹴って、化け物の首など要らんと受け取り拒否をされてしまった魔王の生首とともに魔王の居た城へ戻った。世間一般的には魔王の血を浴びた私はその血による毒性によって頑強な身体を冒され死んだということになっている。
魔王の城は瘴気に満ちており、人が住むことはできない。人の殆どが瘴気は魔王が発しているものだと思っていて、それそのものが人にとって有害であることと、瘴気の中でも十全に動ける魔物達が人が手懐けたり共生したりできない存在であること、人が踏破していない土地だから、資源が眠っていると思われていることなどがあって人は魔王を敵視しているけれど、実際は違う。瘴気が先にあって、その中で生きていけるようになった生き物が魔物であり、魔王だったわけだ。まあ、人の手が入らないという性質上資源が沢山眠っているというのは本当だけど。
そんな土地の生態系は私がありとあらゆる雑魚を殺し尽くしていたため、崩壊していた。とぼとぼと歩く私を出迎えたのは不死身の魔王の身体だけ。ちなみに『雑魚』とは人間にちょっかいを出していた人間ではない生き物全てを指している。
「うーん、このまま身体と首がくっついたりする?」
「暫くは傷口をくっつけておく必要があるだろうな。あといい加減私の高貴で麗しい髪をわしづかみにするのを止めるのだ」
「ふーん。まあくっつくなら今やんなくてもいいか」
魔王の話を聞いて、何も今すぐ返してやることはないかと魔王の首を掲げる。
「何故だ?!」
「あんたうるさいんだもん。かと言って手ェ離すとどっかいっちゃうしな~」
魔王は魔法を操る力に長けている。私は詳しいことは分からないけれど、瘴気って言うのは普通の人には耐えられない濃厚な魔力なんじゃないかと思っている。元々酸素も毒だったって言うし。酸素濃度が高いとやっぱ毒らしいし。そういう感じのやつ。
魔物も魔法の扱いが上手かった。普通の人よりは。だからこの推測はそんなに外れてないんじゃないかと思ってる。
「取り敢えず隔離しとくか」
玉座のそばに良い感じの鳥かごがあったなと思いつつ歩いて行き、そこに結界のようなものを張って、魔王の頭をぶち込んだ。
「なんと……なんと無礼な……!」
わなわなとしている頭は、まあ、癒されはしないけど環境音としては悪くないかも知れない。ここは普通の生き物はいないから、本当に静かなのだ。まあ生きてた奴は私が全部殺したんだけど。
取り敢えず、一つの区切りを迎えた私はふかふかの玉座に座った。疲れた気もするし、魔王との魔法合戦は楽しかったような気もする。
どのみち、もう殺してもいい存在はいなくなった。力を振るうのも、まあ、マンネリだったし。もうむやみやたらと暴れて魔物を殺す建前で建物だの山だのを吹っ飛ばすのも飽きたと言えば飽きた。やろうと思えばいつでもできるし。
きゃんきゃんとやかましい生首を尻目に、これからどうすっかな~と考えていると、ふと、魔王の身体の方がついてきていて、棒立ちになっているのに気づいた。
「どうしたの?」
話しかけても答えが返ってくるわけじゃない。でも、まあ身体の方は私とやりあう気はないようだった。
ふーん。
正直顔がついている時は喧しく煩わしい思いが先に立って何とも思わなかったけど、身体だけ見ると大変に美丈夫だ。鍛えられた肉体に浅黒い肌はつやつやしていて綺麗だなって思う。私は目から鱗が落ちた。
「タイプかも」
玉座から立ち上がってその身体を無遠慮に触る。
びく、と腹筋が動いた。
なるほど? 反応がある。
魔王との戦いの余韻はまだ尾を引いていて、その肉体が最早頭と異なる意思を持つことを知った私は、嬉々として魔王の身体を玉座へ押し倒して、その上に跨った。
「おいこらやめぬか破瓜の血なぞで私の神聖な男根を汚すなっ」
「あんたの身体は大層喜んでるようだけど?」
「ぐっ……頭と分断された今、その身体は私のものでこそあるが私ではないのだ!」
「ははは。魔王の生態って人間とかわんないのかな」
手の中で立派になる『雄』も、そもそもこんな風に男の身体に触ること事態も初めてだ。どういうわけか、私が処女であることも魔王には分かっているらしい。
身体が、その両手を私に向かって伸ばしてくる。腰を掴まれて、制服のスカートの中に熱いものが入ってきて、すりすりと私の股座に擦りつけた。ねだるように魔王の身体は腰を揺らして、まるでダンスのお誘いのようだった。ダンス、踊ったことないけど。
「ぬわーっ!!!! 気でも狂ったか私の肉体よ! 人間の形をしただけの狂犬のごとき獣にすり寄るなど!!!」
「うるさい」
……取り敢えず、一回セックスやってみよ。これからのことは、その後でもいいや。
「やめろ――」
生首の絶叫を魔法で遮断して、私の腰を掴む大きな掌を片方手に取る。
「あったかいんだね」
ちゅ、と唇をつけるとまたぴくっと指先が動いて、大事にしようって思った。
******
「全く、全くけしからん! 手練手管もない生娘めがこの美しく尊い私の身体を喜ばせるどころか奉仕させるなど!!」
くどくどくどくど。
「あまつさえ私へ向かって見せびらかすように股を開き私の目を犯そうとするなど!!! 度し難い所業!」
くどくどくどくど。
……身体は物凄く優しいばかりか愛撫も上手くて、生首はその割に私のあそこを凝視してたみたいだったけどね。結局自分がヤりたかったんじゃん?
と言う言葉を飲み込んで、私の拘束魔法をぶち破った生首はふわふわと私の周りを飛びながら説教を垂れていた。生首の言うとおり、最後までできずに指でイかされただけで終わっちゃったけど、それは生首が邪魔に入ったからでしかない。私と魔王の身体はお互い良い感じに興奮してきた後は、生首in鳥かごを放置したまま玉座の後ろの扉から豪華な天蓋付のベッドへ絡み合いながら倒れ込んで致そうとしていたのにね。
かわいそうに、身体の方は不慣れながら私も手で『お返し』をしたけど、生首のせいで情緒も何もなかった。
生首の方を閉じ込めるのに使った鳥かごはまだ壊れてない。物理的な鍵もまだ掛かったままなのは、私の魔法の強度が魔王より高いことを示している。
説教が一通り終わって、その内容がだらだらと私の力を褒めるような、戦ったときの感想を引っ張ってきて一応認めてやらんでもなかったのに、みたいなものへ変わった頃、私はいい加減だるくなってきて声を上げた。
「うるさいな」
「なっ!」
「素直に自分がヤりたかったって言えばいいじゃん。なんなの」
「品がないにも程がある!!」
「セックスに品を求めてんのウケる」
からからと笑うと、生首はベッドへぽす、と力なく落ちた。
「こ……こんな者が私が唯一力を認めた者など……!!」
鳥かごごとぷるぷると震えている。身体の方は私を優しく支えてくれている。頭と身体がどういう風に分かれていて、そしてどこかでもしかしたら繋がっているのかは分からないけど、双方ともに私に一目置いてくれていることは確かだ。
「別にこの力って私が元々持ってたわけじゃないし……好きで貰ったわけでもないし……」
「何を言う。そなたもう18になるのだろう。その年でそれだけの力を御しておきながら、己のものではないと言うのはもう道理が通らんぞ」
「……」
「勇者とは異界より呼び出されしこの世ならざる者のことなり。その皮が生娘で荒事の経験がない平民であろうと、怪物のごとき力を振るう勇者たり得る心根を持つからこその召喚だ。
で、あるならば、召喚当初ならばいざ知らず、この私と競り合って勝つほどになってなおも「自分の責任ではない」などと、その性根はそなた自身の責任であろうが」
やかましいだけじゃなくて、私の柔らかいところを無遠慮に触ってくるとは。
ムッとしたけど、こいつにムカついても仕方がない。
「ほんとうるさい」
「その語彙の貧困ぶりも目に余る。そなた、それでこの先この世界で過ごしてゆけると思っているのか? もう不死性を備えておるのだぞ」
「分かってるよ」
「本当か? 今までのように腹立たしさで殺し続けておれば、たちどころに人の姿は消え、娯楽はなくなり、所詮人の頭と獣の衝動を抱えたそなたは狂うこともできず、かと言って考えることを止めることもできず永遠を揺蕩うことになるのだ――異界より、不死性を殺す勇者が来ない限りはな」
まるで分かってないと言いたげに、生首はつらつらと言葉を吐き続ける。
そんなこと言われたって、別に今は誰かを殺そうとか、壊したいなんて思ってない。そんな先のことなんて、分かるはずない。
「その時はそういう勇者を召喚すればいいじゃん」
「私がそれを許すわけなかろう。そなたを『元に戻す』方法も然り。私は絶対にそなたには協力せん」
「……知ってるの?」
「さて? 知っていたとしても絶対に言わぬ」
「なんで? 私に負けたくせに」
「そんなもの、私が今まで長い年月生きてきた中で、そなただけが私と張り合える存在だからに決まっているだろう。そなたは私にとって最高で最大の娯楽だぞ。その上今は不死性を帯びたのだから、好きなときに好きなだけ頭を使い身体を使い、全力で殺し合える。そんな者を逃がすわけなかろうが」
「はあ~~~~~一回全部殺し尽くすかこの世界」
「そなたでは私は殺せんぞ」
「一番嫌な結果じゃん」
げろ。
ジェスチャーでそうやると、生首がにたにた笑った。
「誠に、非常に遺憾ながらそなたは私にとって得がたい者。癪だが、そなたの身体を楽しむことも実のところ楽しみにしている」
「やっぱそうなんじゃん。えっち」
「ええい話を妨げるでない! 今はこまっしゃくれたちんちくりんでも、私が手をかけ目をかけ慈しめば、そういうこともあるだろうということだ」
「”癖(ヘキ)”が強い……」
「こほん! とにかく、私はそなたがいれば別にこの地にこだわる必要もないし、邪魔されないのであればそなたがいれば特に何を要求することもない」
「……? うん?」
ふと違和感が這い上がってきた。さっきまでと魔王の態度が違う。それ以上に……私に向けられた言葉じゃない気がした。
「そうだな、瘴気をどうにかする手立てにも心当たりについて助言するのも吝かではないのだ」
「……」
嫌な予感がする。でも、その口を止める手立てが思いつかない。
「そなたがこれからどうするのかには興味がある。私から離れないのであれば、様々な面で助言と言わず手を貸すこともしよう」
「力以外に能がないのに?」
「貨幣が心配か? 信用もある程度金を積めば解決するしな。問題はないぞ。ここには最早私たちにしか触れられぬ資源があるではないか。掘り起こすなりなんなりして、どこぞと取引でもすればよかろう」
「人間におもねるの?」
「ほう。そんな言葉を知っておるのか。
そなたは所詮人の皮と思考を持っているのだから、孤独ではいつか耐えられぬときが来るだろう。そなたの無聊(ぶりょう)を慰めるだけだ。他の人間に興味はないのでな」
茶化すのも無理、話を逸らすのも無理。
……力じゃ負けないのに、こいつは不死身だ。
生首を直ぐに潰すべきか悩みつつ衝撃波を出してみたものの、容易く防がれた。
「はっはっは。死闘の後に盛ったかと思えば、まだここまで魔法を放てるとは活きが良いことだ。
――ではそういうことだ、人間諸君。これ以上はまかりならぬ」
言うや否や、魔王の生首は鳥かごから髪の毛を操ってあっさりと鍵を開けた。
「はあ? なんの茶番? ってか諸君ってなによ」
「まあそう言うな。少しばかりここの会話を人間どもへ中継してやっていたのだ。私はそなたより精神系の魔法に優れているのでな。人の心や思考をある程度読めるし、こちらから直接飛ばすことも、感覚を共有することもできる」
「マジの化け物じゃん」
「私の魔法が通じないそなたはそれ以上だぞ」
嬉しくない。
魔王の生首はするすると自分の身体を這うように移動して、首をしっかりとくっつけた。
「ふう、やれやれだ。完治まで今暫くかかるが、まあよいだろう」
「……いつから筒抜けだったわけ」
「そなたが私の高貴なる頭部を鷲掴みにして凱旋した辺りからだな」
「最初からじゃん!」
じゃあ私が魔王の身体とよろしくやろうとしてたのも全部晒されてたわけ? 信じられないほどデリカシーがない。
「だから止めろと言ったのだ」
「意味が違うでしょ!」
「安心せい。各国の要人連中にしか繋いでおらぬし、そなたについては声しか聞こえてはおらん」
「聞こえてるんじゃん!!! 最低!! 身体くんを見習った方が良いよ!!!!」
「む。首を跳ねたところで身体も私だが?」
「始めるときに言ってたのと言い分が違う。それに身体くんは優しかったし」
「ほう。それがそなたの好みか」
「そう言う話はしてない」
「私はしているぞ」
「ああもう!」
キリがない!
私は頭をくしゃくしゃにかきむしりたいのをぐっと堪えて叫んだ。――指でイったからと言って、満足したわけじゃない。
「じゃあ証明してみせなよ!」
「よかろう」
何が楽しいのか、私の言葉にムカつくほど嬉しそうに笑った魔王は、ひょいと私の膝裏に腕を回してベッドの上で横抱きにすると、そのまま位置を改めて私を押し倒した。
――ちょっとでも気に入らなかったらまた首を飛ばしてやる。
決意に燃える私はその首元を睨み付けていたから、気づかなかった。そんな私を見下ろした魔王が、ぞっとするほどギラついた目をしていたことなんて。
--------------------
「やっぱ身体くんの方が触り方上手いわ。ちょっと生首になっててよ」
「あああああーっ!!!! きさまー!!! この私の慈愛を無下にしおってー!!!!」
「なんか下心があるっていうか……手つきが嫌な意味でいやらしいっていうか……」
「セックスにそれ以外何が要る?!」
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