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第七章 期末試験
四十五話 神かくし
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「菅野さん、頼まれてた資料もってきましたよ」
「悪い、そこに置いておいてくれ」
優は言われた通りに、机の上に大量のファイルが入った段ボールを置く。
その時の音で段ボールの中にある資料の数が、相当な物だと分かった。各地で発生する謎の殺人事件は、多かった時期と比べるとかなり数が減っている。だが和夫はそれで良しとはしなかった、殺人事件の数は確かにかなり減ったが失踪事件の数は未だに多いままだ。
日本の行方不明者数は、年間七万人を超える。
人の目に加え、様々な場所に設置された防犯カメラなどの記録機器すらかいくぐり、数万もの人間たちは一体どこへ消えるのか。
その答えはいまだ解明されていない。
「まだ何か引っかかるんですか?」
優は和夫の言葉に従い、方々から資料を集めているが彼の考えの全てを理解しているわけでは無い。部下としてまた相棒として、和夫の気が済むまで捜査に協力しようとは考えていた。だがそれでも理解の及ばない捜査を手伝い続けるのは、少しばかり気が滅入る。
「立花、これを見てみろ」
そう言って和夫が見せたのは、ショッピングモールの事件前後の行方不明者数の推移をグラフにしたものだ。
あの事件の一ヶ月ほど前から、猟奇殺人及び行方不明者の数は全国的に大幅に増えている。そしてそこから少し経ち、高野一家殺人事件の後から殺人事件の件数は徐々に減ってきていた。
「えーと……これが何か?」
「殺人事件の件数は減ってきてる、にもかかわらず行方不明者の数は未だに多いままだ。むしろ増えてやがる、これがどういう事か分かるか?」
「……事件が発覚してないって事ですか?」
殺人事件には被害者と加害者が存在する、殺された被害者を誰かが発見し通報する。そして警察は捜査を始め、加害者を見つけ逮捕する。
殺人事件を構成するに欠かせない要素の一つである被害者が、もし見つからなかったとすればどうなるだろうか。
殺された場所も、方法も何一つ分からず死体すら出てこない。
文字通り消えてしまったとして、一体それをどう殺人事件だと断定する事ができるのだろうか。
殺人事件の件数は減っている、だが消えた人間は増えている。
この異常さを目の当たりにして、殺人事件の発生は減っていると手放しで喜べる人間はこの場に存在しなかった。
「そういう事になるな」
「まるで神隠しみたいですね」
昨日まで普通にいたはずの人間が、何の前触れもなく忽然と消える。
それはしばしば、神隠しという言葉で表される。
神隠しには物隠し、黄泉隠し、黄昏引き、など場所によって様々な呼び名がある。子供や老人まで老若男女を問わず、人が突然消えるという話は各地の伝承に存在する。
彼らは異形の存在に攫われたり、人が入ってはいけない場所つまりは神域などに迷い込んでしまった事から姿を消すと言い伝えられてきた。
だがそれが本当にそういった摩訶不思議な物のせいだと信じられていたのは、もうずっと昔の事である。
現実的に考えれば、人が突然消える理由など山のようにある。
子供ならば山で迷子になってしまった、家出をした、あるいは攫われた。
老人も同様に認知症などの疾患による徘徊や、山などで消えたのなら事故といった可能性は大いに考えられる。
そしてそれは、若い男性や女性にも当てはまる事だ。
その他にも事件に巻き込まれた、あるいは昔ならば口減らしに人を減らし村全体で口裏を合わせ、神隠しにあったといえばそれは現実のものとなっただろう。
科学技術が発達しておらず、今よりも闇が深い時代だったならばそういった出来事を神や化け物と結び付けてしまう事も多かったはずだ。
またこれは余談だが、神隠しには一種の諦めを込めた慰めのような感情があったのかもしれない。
例としてこんな話がある。山で我が子が忽然と姿を消し三日も四日も戻らない、両親はひどく悲しみ日に日に活力を失っていく、それを見ていたたまれなくなった村の老人は両親に向かって言うのだ『あの子は山の神の元へ行った』と。
古来より神に迎えられるというのは、名誉な事であった。
老人の言う山の神の元へ行ったつまり神隠しにあった、というのも人の世を去り神に迎えられた名誉な事だから悲しまなくてもいい、そんな意味がある。
それと同時にもう子供は人ではなく、神に近しい存在になってしまったのだからもう諦めろという意味も含まれている。
神隠しという言葉は、人がいなくなった理由を正当化・神格化するのに最適な言葉だったと言えるのかもしれない。
しかし繰り返すようだが人がいなくなる事を『神隠し』という言葉で片づける事ができたのは、今よりもずっと昔の話だ。
現代ではそれを天狗や神のせいにはできない、なぜならそんなものは存在しないはずだからだ。
だというのに和夫は、優の何気ない一言を一蹴する事ができない。優でさえ自分の言った一言が、薄気味悪い雰囲気を持っていた事に気づき顔をしかめている。
小窓から太陽の光が差し込む昼下がりの資料室、二人はどうしようもない沈黙の空間をそこに作ってしまった。
神隠し、その言葉はうすら寒い現実感を身にまといながら二人の背筋を冷たく撫でた。
「す、すいません。軽率でしたね、人がいなくなってるっていうのに」
「いや……いい、気にするな」
これ以上この話に触れたくなかった二人は、早々に話を終わらせた。
だが無理矢理に話を終わらせたせいで、二人の間には微妙な空気が流れる。どうしたものかと優がこの空気を打開できる糸口を探していると、机の上に置かれた和夫のコンビニ弁当を見つけた。
「あっ! 菅野さんお昼まだだったんですね! じゃあちょっと自分が温めてきます、疲れてるでしょうし!」
そう言って優は、和夫が断る間もなく資料室を飛び出していった。
しばし呆然とした後で和夫は小さくため息を吐く、和夫は優のああいった良くも悪くも若い所を気に入っていた。
残された和夫は、再び資料に目を通す。
ぼんやりと資料を眺める彼の脳裏に、ある事件が浮かぶ。
それはショッピングモールでの惨殺事件だ、目撃者の記憶が徐々に消える現象に加え、犯行時刻に一斉に止まった監視カメラ、もし……もし仮にああいった事を狙ってできたとすれば誰にも気づかれずに人を消す事もできるかもしれない。
だがそれは空想の域をでない、あまりにも非現実的すぎる。
そんな考えが浮かぶほど疲れているのかと、和夫は目元を抑える。
「神かくし……か」
和夫はそう呟き天井を見上げた、呟いた言葉は形も色も無いというのに、いつまでも宙を漂っていた。
「悪い、そこに置いておいてくれ」
優は言われた通りに、机の上に大量のファイルが入った段ボールを置く。
その時の音で段ボールの中にある資料の数が、相当な物だと分かった。各地で発生する謎の殺人事件は、多かった時期と比べるとかなり数が減っている。だが和夫はそれで良しとはしなかった、殺人事件の数は確かにかなり減ったが失踪事件の数は未だに多いままだ。
日本の行方不明者数は、年間七万人を超える。
人の目に加え、様々な場所に設置された防犯カメラなどの記録機器すらかいくぐり、数万もの人間たちは一体どこへ消えるのか。
その答えはいまだ解明されていない。
「まだ何か引っかかるんですか?」
優は和夫の言葉に従い、方々から資料を集めているが彼の考えの全てを理解しているわけでは無い。部下としてまた相棒として、和夫の気が済むまで捜査に協力しようとは考えていた。だがそれでも理解の及ばない捜査を手伝い続けるのは、少しばかり気が滅入る。
「立花、これを見てみろ」
そう言って和夫が見せたのは、ショッピングモールの事件前後の行方不明者数の推移をグラフにしたものだ。
あの事件の一ヶ月ほど前から、猟奇殺人及び行方不明者の数は全国的に大幅に増えている。そしてそこから少し経ち、高野一家殺人事件の後から殺人事件の件数は徐々に減ってきていた。
「えーと……これが何か?」
「殺人事件の件数は減ってきてる、にもかかわらず行方不明者の数は未だに多いままだ。むしろ増えてやがる、これがどういう事か分かるか?」
「……事件が発覚してないって事ですか?」
殺人事件には被害者と加害者が存在する、殺された被害者を誰かが発見し通報する。そして警察は捜査を始め、加害者を見つけ逮捕する。
殺人事件を構成するに欠かせない要素の一つである被害者が、もし見つからなかったとすればどうなるだろうか。
殺された場所も、方法も何一つ分からず死体すら出てこない。
文字通り消えてしまったとして、一体それをどう殺人事件だと断定する事ができるのだろうか。
殺人事件の件数は減っている、だが消えた人間は増えている。
この異常さを目の当たりにして、殺人事件の発生は減っていると手放しで喜べる人間はこの場に存在しなかった。
「そういう事になるな」
「まるで神隠しみたいですね」
昨日まで普通にいたはずの人間が、何の前触れもなく忽然と消える。
それはしばしば、神隠しという言葉で表される。
神隠しには物隠し、黄泉隠し、黄昏引き、など場所によって様々な呼び名がある。子供や老人まで老若男女を問わず、人が突然消えるという話は各地の伝承に存在する。
彼らは異形の存在に攫われたり、人が入ってはいけない場所つまりは神域などに迷い込んでしまった事から姿を消すと言い伝えられてきた。
だがそれが本当にそういった摩訶不思議な物のせいだと信じられていたのは、もうずっと昔の事である。
現実的に考えれば、人が突然消える理由など山のようにある。
子供ならば山で迷子になってしまった、家出をした、あるいは攫われた。
老人も同様に認知症などの疾患による徘徊や、山などで消えたのなら事故といった可能性は大いに考えられる。
そしてそれは、若い男性や女性にも当てはまる事だ。
その他にも事件に巻き込まれた、あるいは昔ならば口減らしに人を減らし村全体で口裏を合わせ、神隠しにあったといえばそれは現実のものとなっただろう。
科学技術が発達しておらず、今よりも闇が深い時代だったならばそういった出来事を神や化け物と結び付けてしまう事も多かったはずだ。
またこれは余談だが、神隠しには一種の諦めを込めた慰めのような感情があったのかもしれない。
例としてこんな話がある。山で我が子が忽然と姿を消し三日も四日も戻らない、両親はひどく悲しみ日に日に活力を失っていく、それを見ていたたまれなくなった村の老人は両親に向かって言うのだ『あの子は山の神の元へ行った』と。
古来より神に迎えられるというのは、名誉な事であった。
老人の言う山の神の元へ行ったつまり神隠しにあった、というのも人の世を去り神に迎えられた名誉な事だから悲しまなくてもいい、そんな意味がある。
それと同時にもう子供は人ではなく、神に近しい存在になってしまったのだからもう諦めろという意味も含まれている。
神隠しという言葉は、人がいなくなった理由を正当化・神格化するのに最適な言葉だったと言えるのかもしれない。
しかし繰り返すようだが人がいなくなる事を『神隠し』という言葉で片づける事ができたのは、今よりもずっと昔の話だ。
現代ではそれを天狗や神のせいにはできない、なぜならそんなものは存在しないはずだからだ。
だというのに和夫は、優の何気ない一言を一蹴する事ができない。優でさえ自分の言った一言が、薄気味悪い雰囲気を持っていた事に気づき顔をしかめている。
小窓から太陽の光が差し込む昼下がりの資料室、二人はどうしようもない沈黙の空間をそこに作ってしまった。
神隠し、その言葉はうすら寒い現実感を身にまといながら二人の背筋を冷たく撫でた。
「す、すいません。軽率でしたね、人がいなくなってるっていうのに」
「いや……いい、気にするな」
これ以上この話に触れたくなかった二人は、早々に話を終わらせた。
だが無理矢理に話を終わらせたせいで、二人の間には微妙な空気が流れる。どうしたものかと優がこの空気を打開できる糸口を探していると、机の上に置かれた和夫のコンビニ弁当を見つけた。
「あっ! 菅野さんお昼まだだったんですね! じゃあちょっと自分が温めてきます、疲れてるでしょうし!」
そう言って優は、和夫が断る間もなく資料室を飛び出していった。
しばし呆然とした後で和夫は小さくため息を吐く、和夫は優のああいった良くも悪くも若い所を気に入っていた。
残された和夫は、再び資料に目を通す。
ぼんやりと資料を眺める彼の脳裏に、ある事件が浮かぶ。
それはショッピングモールでの惨殺事件だ、目撃者の記憶が徐々に消える現象に加え、犯行時刻に一斉に止まった監視カメラ、もし……もし仮にああいった事を狙ってできたとすれば誰にも気づかれずに人を消す事もできるかもしれない。
だがそれは空想の域をでない、あまりにも非現実的すぎる。
そんな考えが浮かぶほど疲れているのかと、和夫は目元を抑える。
「神かくし……か」
和夫はそう呟き天井を見上げた、呟いた言葉は形も色も無いというのに、いつまでも宙を漂っていた。
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