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僥倖 ※アイリス視点
しおりを挟む女としてではなく、賢者としての私に、頼まれる仕事もある。ゴブリンの子を産む女は、人間が多く、妊娠も出産も命賭けだ。
ゴブリンの子は人間の子より小さく生まれるから、人間の子を産むよりは安産であることが多いが、運が悪ければ命を落とす事がある。ミゲルのハーレムの女も例外ではない。腹の中のゴブリンが通常よりも大きく、また逆子であったために難産となっていた女が産後まもなく死んだ。寝ているところを起こされて、至急死者蘇生をしたけれども、間に合わなかった。
「アイリス、何を辛気臭い顔をしているんだ?」
「……あの状態であれば、蘇生出来る確率は高かった。それなのに失敗しました。ヴィオラが死んだのは、私の責任です」
「お前は一生懸命に治療しただろう。ヴィオラだって、感謝こそするだろうが、恨むことはないはずだぞ」
「ヴィオラは優しい人だったから、そうかもしれない。でも……」
「俺も息子たちも死者蘇生は使えない。今まで何人、俺の女を助けてくれたか、数えたことはあるか? 俺はアイリスが居てくれて、助かっている。それでは不十分か?」
「そうね……。ありがとう、ミゲル」
ミゲルは、さりげなく私の体を引き寄せて、抱きしめてくれた。
ああ、好きだ。こうゆうゴブリンらしくないところが好きだ。ゴブリンなのに、何でこんな気遣いが出来るのだろう。
自分でも意地っ張りだと思うけれど、なぜか彼の前だけでは素直になれる。
私は箱入り娘だった。婚約者に追いかけられるようになってからは、むしろ男には嫌悪感すら覚えていた。ミゲルとするまでは男性経験もなく、過ごしてきた。
人は変わるものだ。この私が、ゴブリンの肌に触れて、心地良いと思う日が来るだなんて、誰が思っただろうか。私を包み込むような、温もりに涙が出る。
ミゲルも罪な男だ。彼に過去何があったかは知らないが、寄せられている好意を過小評価している気がする。悪く言えば鈍感である。
じれったい気もするけど、そこも彼の良いところなんだよなあと、誰かに惚気たい気分だ。
ふと彼を見ると、右手に何か小さい箱みたいなものを持っていた。
「ミゲル、何を持っているの?」
「……アイリス。お前に似合うかと思って」とミゲルに手渡された指輪に驚愕する。こんな贈り物をしてくるだなんて、初めてじゃないだろうか。
薬指につけて鏡を見るたが、そこには変な表情をした自分が映っていた。
きっと、嬉しすぎて、にやけているのだろう。
自分にこんな表情があるなんて知らなかった。こんな私を発見することが出来たのは、ミゲル、彼のおかげだ。
「いいの? こんな大粒のルビーが埋まった指輪……。宝石の部分に魔法付与もされているから、ミゲルのほうが使えるかもしれない」
「宝物庫で、ただ眠っているだけより、使ったほうが、その指輪も嬉しいだろ。それにそれは俺の指じゃ入らん。指が太いからな」
「入るように調整できるよ? しようか?」
「いや、それはお前のものだから」
優しい口づけを受けて、幸福感に酔いしれるが、ミゲルのあそこが臨戦態勢になっている事に気が付く。今すぐにベットに向かい、ご奉仕したいところだけれど、ミゲルはラストヘルムの王だから、この後、しばらく抜けられない仕事があることを、私は知っていた。
「ねぇミゲル……。待ってるから、はやく来てね?」
「すぐに終わらせるから、待ってろ」
賢者様と人間に崇められた私は、もういない。
私は今、あのクリスタルで見た女のように、とても、とても幸せだった。
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