荒井良治は医師である

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永久

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 永久とわさまは微笑んでいるのに拗ねてるような淋しいような。
「この肩に負っているものの意味も重みも理解しています。覚悟はできていますから」

 余計に掛ける言葉が見つからない。

 富士さんは助けを求めるという空気が少しも無い表情で獅堂さんを見た。
「『みんなで助かる』というのには永久さまも含まれるのでしょう?」
「当たり前やん」
 即答で自然体。

 獅堂さんは明るくて優しくて前向きで器が大きくて、外見も爽やかさのある硬派。ここまで揃っているのに「あとちょっと何かが違えばモテたんだろうな」と思ってしまうのは何故なんだろう。

 富士さんは獅堂さんの答えが分かっていたように頷いた。直接関わったのは今朝が初めてだよな?
「私も同感です。仕事を抜きにしても、人懐っこいのに甘え下手な永久さまを守りたいと思っていますよ。
 正直新しい分野に戸惑ってはいますが体力には自信があります。抱っこや高い高いをしてほしくなったら遠慮なくどうぞ」

 さすがみんなのお兄ちゃん。
 っていうか高い高いは流石にないだろ。やって10歳までじゃないか?
 「そこまで子供じゃありません!」って言わせてあげようってことかな。「ですよね失礼しました」って立ててあげるように。やっぱりさすがみんなのお兄ちゃん。

 ところが富士さんを見る永久さまの目にそんな空気は無かった。
「たかいたかいってなんですか?」

 もう凄いを通り越してさすがと思ってしまった。

「弟くんじゃないですか?」
 お兄ちゃんの声と目線で出入り口を見ると、カーテンに陽の光で人影が映っている。

 富士さんが立ち上がった。
「ちょうどいい。当家の高い高いを実演しましょう。外でやるのでそこから見ていて下さい」

 高い高いってそんな何通りもある?
 それに弟くんってハタチだよな。持ち上げられるの?

 富士さんがカーテンを開けると、ハタチと言われれば違和感もなく、ただ見ただけでは年齢不詳な少年が立っていた。2人とも彫りが深いってことはお父さん似なんだろうな。女装したら本物の美女になりそうだからお母さん似かと思ってた。

 富士さんが弟くんをドアから優しく押し戻して何か言うと、弟くんは驚きながら不思議そうに笑った。

 次の瞬間。そこに高い高い要素は1つも無かった。
 どうなってるんだ? いつのまにか富士さんの片腕に弟くんが両脇を引っ掛けるようにしてぶら下がっている。そしてそのまま2人がくるくる回っている。

 驚いて声が出ない俺とは違い、お兄ちゃんは落ち着いて「高い高い?」と呟いてる。波路なみじくんはお遊戯を見るみたいに小さく拍手をしていて、獅堂さんはゆとりのある楽しそうな驚きかた。
「へ~、おもろっ。波路、俺もあれやりたい!」
 波路くんはいつも通りにニコニコしつつも、しっかりと富士さんたちを見ている。
「ただ肩を組んだのではありませんよね。最初のお辞儀はただのお辞儀ではなく技の準備なのかもしれません」
「脇に頭を通しやすくしてるんやろ」

 獅堂さんはお兄ちゃんに向かって両手を合わせた。
「ここのイスどけるか地下使わして」
「それでは地下へ」
 いつも獅堂さんへの対応は少し面倒そうなお兄ちゃんが、なぜか珍しく協力的だ。

 中に入った弟くんはドアを背にしたまま永久さまを見て次にお兄ちゃんを見て、それから不安そうに富士さんを見上げた。
「俺が片足入れちゃったのって何系の世界線?」
「お前の気持ちも聞きながら、順を追って話していこう」
 富士さんは弟くんの前にスリッパを置いてそっと背中を押した。

 2人ともスリッパになると富士さんが弟くんの肩に手を置いた。
「弟の瑠琉りるです」
「ども」

 前に田中涼子ってラッパーの患者さんがリル・リョウって名乗ってるって言ってたな。リルはどこから来たのか訊いたらリトルのことで〇〇ちゃんみたいな意味だって言ってた。

 獅堂さんも知ってるみたい。陰キャの俺が知ってたんだからそうだよな。
「リトルから取ったん? どんな字?」
 弟くんが俯いた。
瑠璃るり琉球りゅうきゅうりゅうです。母が届出る時に間違えて、役所の人も気付かなかったのかわざとだと思ったのかそのまま受理してしまって」

 どんな親子関係だったんだろう?

 お兄ちゃんが案内係のように廊下へ促す動きをした。
「とりあえず地下へ。みんなで高い高いをやってみましょう」

 今言う? 獅堂さんだってこの空気を破ってまでやりたいとは思ってないだろう。いやむしろ気持ちを切り替えようとしてくれてるとか?

 ん? みんな?
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