10 / 26
内緒の噂
しおりを挟む
シャッターを完全に下ろした店内。オーダーケーキについて話し合うためのテーブルでお客さん側に座る獅堂さんと富士さん、獅堂さんの斜め後ろに立つ波路くん、店員側のりーちゃんの隣に俺が座った。お兄ちゃんは俺の隣に立っている。
質問を始めたのは獅堂さん。
「おまじないは誰から聞いたんですか?
詳しいルールは?」
りーちゃんは諦めているとも反省しているとも取れる様子で、俯いてはいないものの視線は伏せられている。
「病院で聞きました。
制限内で食べられるスイーツを時々ボランティアで差し入れていて、その時にナースさんから「内緒だよ」って。
ルールは『マジカルカシマ』と書かれた物を食べて、その言葉を言うとぬいぐるみが現れてどこかに連れていかれる。書いた人と食べる人は同じでも違ってもいい。連れていかれた人は元いた場所の記録からも記憶からも消える。
マジカルカシマは1人だから、別の人の所へ行っている時は呼んでも来ない。
1度食べれば来るまで呼べる。それだけです」
獅堂さんは少し安心したように俺を見た。
「1度来たら、その人はもう1度食べないと呼べない?」
りーちゃんもホッとしたように俺を見る。
「かもしれません」
富士さんが止める。
「基本現れたら連れていかれるんでしょう?
現れたのに連れていかれていない前例が無いなら言わない方が」
お兄ちゃんも続いた。
「僕もそう思います」
不便だな。
「それって正確に発音しないとダメなの?」
獅堂さんとりーちゃんが同時に頷いた。
「たぶん」
「そうですね。契約は名前の正確さが大事です」
フルネームじゃなければいいんだ。
「じゃあ俺はマジ子ちゃんと呼びますね。不便なので」
獅堂さんが頷いた。
「知らずに食べてしまう可能性もありますから全員そうした方がいいでしょう。犯人の規模や能力によってはたとえば市販や外食のパンにバターで書くこともできます」
全員が頷いた。
お兄ちゃんも不本意そうだけど頷いた。常に丁寧語なお兄ちゃんはちゃん付けに抵抗があるのかな。別にマジ子さんでもいいと思う。
富士さんが話を戻す。
「教えてくれた子のお名前は?」
りーちゃんがためらっている。
「りーちゃん、捜査に協力するだけだから」
「うん。えっと……あれ?」
獅堂さんが「少し失礼します」と言ってから手を伸ばした。りーちゃんの額に、人差し指で目を覆うように手を当てる。
「浮草葵?」
獅堂さんが手を離して見えたりーちゃんの表情は曇ってる。
「すみません。一瞬『そうだ!』って思ったのに、今は何も思い出せません」
「お名前だけ分かれば十分です。負担が掛かるので無理に思い出そうとしないで下さい」
目の前にいるのは本当にあの獅堂さんなんだろうか。
りーちゃんの言葉から富士さんが察した。
「あおいさんは自分を連れて行ってもらった?」
うちのナースさんなら俺も浮草さんに会ってるだろうに全然思い出せない。お兄ちゃんが連れ去られたあとのこの町ってこんなだったのかな。
俺は今年思い出すまで「お兄ちゃんがいない」ということを認識してなかった。お兄ちゃんは20年以上、俺を憶えているのに俺に会えずにいて、お兄ちゃんのことを考えない俺を見てきたんだ。どんな気持ちだったんだろう。
質問を始めたのは獅堂さん。
「おまじないは誰から聞いたんですか?
詳しいルールは?」
りーちゃんは諦めているとも反省しているとも取れる様子で、俯いてはいないものの視線は伏せられている。
「病院で聞きました。
制限内で食べられるスイーツを時々ボランティアで差し入れていて、その時にナースさんから「内緒だよ」って。
ルールは『マジカルカシマ』と書かれた物を食べて、その言葉を言うとぬいぐるみが現れてどこかに連れていかれる。書いた人と食べる人は同じでも違ってもいい。連れていかれた人は元いた場所の記録からも記憶からも消える。
マジカルカシマは1人だから、別の人の所へ行っている時は呼んでも来ない。
1度食べれば来るまで呼べる。それだけです」
獅堂さんは少し安心したように俺を見た。
「1度来たら、その人はもう1度食べないと呼べない?」
りーちゃんもホッとしたように俺を見る。
「かもしれません」
富士さんが止める。
「基本現れたら連れていかれるんでしょう?
現れたのに連れていかれていない前例が無いなら言わない方が」
お兄ちゃんも続いた。
「僕もそう思います」
不便だな。
「それって正確に発音しないとダメなの?」
獅堂さんとりーちゃんが同時に頷いた。
「たぶん」
「そうですね。契約は名前の正確さが大事です」
フルネームじゃなければいいんだ。
「じゃあ俺はマジ子ちゃんと呼びますね。不便なので」
獅堂さんが頷いた。
「知らずに食べてしまう可能性もありますから全員そうした方がいいでしょう。犯人の規模や能力によってはたとえば市販や外食のパンにバターで書くこともできます」
全員が頷いた。
お兄ちゃんも不本意そうだけど頷いた。常に丁寧語なお兄ちゃんはちゃん付けに抵抗があるのかな。別にマジ子さんでもいいと思う。
富士さんが話を戻す。
「教えてくれた子のお名前は?」
りーちゃんがためらっている。
「りーちゃん、捜査に協力するだけだから」
「うん。えっと……あれ?」
獅堂さんが「少し失礼します」と言ってから手を伸ばした。りーちゃんの額に、人差し指で目を覆うように手を当てる。
「浮草葵?」
獅堂さんが手を離して見えたりーちゃんの表情は曇ってる。
「すみません。一瞬『そうだ!』って思ったのに、今は何も思い出せません」
「お名前だけ分かれば十分です。負担が掛かるので無理に思い出そうとしないで下さい」
目の前にいるのは本当にあの獅堂さんなんだろうか。
りーちゃんの言葉から富士さんが察した。
「あおいさんは自分を連れて行ってもらった?」
うちのナースさんなら俺も浮草さんに会ってるだろうに全然思い出せない。お兄ちゃんが連れ去られたあとのこの町ってこんなだったのかな。
俺は今年思い出すまで「お兄ちゃんがいない」ということを認識してなかった。お兄ちゃんは20年以上、俺を憶えているのに俺に会えずにいて、お兄ちゃんのことを考えない俺を見てきたんだ。どんな気持ちだったんだろう。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
月明かりの儀式
葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、幼馴染でありながら、ある日、神秘的な洋館の探検に挑むことに決めた。洋館には、過去の住人たちの悲劇が秘められており、特に「月明かりの間」と呼ばれる部屋には不気味な伝説があった。二人はその場所で、古い肖像画や日記を通じて、禁断の儀式とそれに伴う呪いの存在を知る。
儀式を再現することで過去の住人たちを解放できるかもしれないと考えた葉羽は、仲間の彩由美と共に儀式を行うことを決意する。しかし、儀式の最中に影たちが現れ、彼らは過去の記憶を映し出しながら、真実を求めて叫ぶ。過去の住人たちの苦しみと後悔が明らかになる中、二人はその思いを受け止め、解放を目指す。
果たして、葉羽と彩由美は過去の悲劇を乗り越え、住人たちを解放することができるのか。そして、彼ら自身の運命はどうなるのか。月明かりの下で繰り広げられる、謎と感動の物語が展開されていく。
『量子の檻 -永遠の観測者-』
葉羽
ミステリー
【あらすじ】 天才高校生の神藤葉羽は、ある日、量子物理学者・霧島誠一教授の不可解な死亡事件に巻き込まれる。完全密室で発見された教授の遺体。そして、研究所に残された謎めいた研究ノート。
幼なじみの望月彩由美とともに真相を追う葉羽だが、事態は予想外の展開を見せ始める。二人の体に浮かび上がる不思議な模様。そして、現実世界に重なる別次元の存在。
やがて明らかになる衝撃的な真実―霧島教授の研究は、人類の存在を脅かす異次元生命体から世界を守るための「量子の檻」プロジェクトだった。
教授の死は自作自演。それは、次世代の守護者を選出するための壮大な実験だったのだ。
葉羽と彩由美は、互いへの想いと強い絆によって、人類と異次元存在の境界を守る「永遠の観測者」として選ばれる。二人の純粋な感情が、最強の量子バリアとなったのだ。
現代物理学の限界に挑戦する本格ミステリーでありながら、壮大なSFファンタジー、そしてピュアな青春ラブストーリーの要素も併せ持つ。「観測」と「愛」をテーマに、科学と感情の境界を探る新しい形の本格推理小説。
名探偵あやのん(再)
オヂサン
ミステリー
名探偵あやのん(仮)の続編です。
今回の依頼人「岡田あやか」もアイドルグループ「SAISON」のメンバーで(正確には岡田彩花)、元AKB13期の正規メンバーなので知ってる方もいるかもしれません。
主人公の探偵「林あやの」、前回の依頼人であり今回の付き添い「小島ルナ」も同じくSAISONのメンバーです(小島ルナは正確には小島瑠那)。同グループを知ってる方向けに書いているので、互いの関係性に関して説明を端折っている点はご容赦ください。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる