日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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最初の一歩

みさきが勉強を始めた日

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 ファ○リーズで応急処置をした部屋は、最初は綺麗な店のトイレみたいなニオイがして気持ち悪かったが、時間が解決したのか、それとも鼻が慣れたのか不快感は完全に消えた。

 家具の代わりに脱ぎ捨てられた服があるだけだった狭い部屋の中央で、俺は今みさきと布団の上に並んで座っている。

 みさきは自分と同じくらいの大きさがある枕を抱き締めて、まったりと窓の外を見ていた。最初は窓際が定位置だったみさきだが、タバコの臭いが解決してからは、あちこちに移動するようになった。

 ちょっとした変化を感じつつ、俺は本を片手に考え事を続ける。

 財布に残った諭吉は8人。
 次に金が振り込まれるまで28日。
 雑な計算で、使える金は一日に2500円。

 一人なら余裕というか、みさきと二人でも食事だけなら余裕なのだが、これからは食費以外にも金がかかる。例えば風呂代、それから洗濯代……くそ、布団を買ったのは早計だったか。

 そんなわけで、金について考える。
 月に10回も働けば、生活保護と合わせて年に300万は手に入る。先のことを考えても、それだけあれば十分だろう。つまり、後先考えた買い物をすれば金の心配は無いってことだ。

 しかし……。 

 こっそりみさきの顔を見る。きょとんと首を傾けた。

 俺は立派な親になると決めたのだ。
 一般常識とか知ったことじゃないが、少なくとも父親がフリーターというのは、子供にとって良いことでは無いだろう。と頭では理解出来ても、実際に仕事を探すと夢も希望も無いわけで……。

 ふむふむ、バイトから正社員になる制度か……うぇ、時給900円かよ。こんなの誰が応募するんだよ。

 朝から読んでいた求人情報が書かれた本タウンワークを投げ捨てて、俺は体を倒した。いつもの硬い床ではなく、もふっとした布団に受け止められ、大きな欠伸をする。そのまま天井をぼんやり見ていると、頭の上で何かが動く気配がした。何かって、みさき以外にいねぇんだけどな。

「どした、その本が気になるのか?」
「……ん」
「ガキが読むような本じゃねぇぞ。つうか、みさきは文字読めんのか?」
「……ひらがな、だけ」

 新事実。
 俺のみさきは平仮名が読める!

「本とか好きなのか?」
「……ももたろ、すき」
「しゃあ待ってろ! 今すぐ買ってきてやる!」



 吾輩は本屋に居る。名前は天童龍誠。
 ふぅ、なかなか見つからなくて苦労したぜ。
 本屋とか生まれて初めて入るが、本棚がいっぱいあるし、多分ここで間違いないだろう。しかし銭湯の時にも思ったが、最近は本屋も進化してるんだな。本以外にも漫画のキャラみたいな玩具とか、カードゲームとか、いろいろ売ってやがる。入り口も『animate』とかいう青いオシャレな感じの看板だったし……ここまで工夫しなきゃ生き残れねぇんだな、最近の本屋って。

 まぁ、それはさておき……桃太郎、どこだ?
 モモキュンソードとかいう漫画があったが、明らかに子供向けじゃねぇっつうか、ぱっと立ち読みした感じ男性向けっつうか、なんかパチンコで見たことあるような気がするっつうか……これが一番桃太郎に近いってどういうことだよ!? そもそも子供向けの絵本コーナーがねぇじゃねぇか!

 店員か? 店員に聞けばいいのか?

「おいアンタ、見かけねぇ顔だな」

 また声かけられたぞ。ぱっと見た感じ私服のおっさんだが、店員か?

「何か用かよ」
「そういうわけじゃねぇんだが、珍しくてよ。さっきから見てたが、何を探してやがるんだ?」
「桃太郎だよ」
「……くっ、ははははは」

 なんだ、こいつ。何笑ってやがるケンカ売ってんのか?

「わりぃわりぃ、そう殺気立つな。いやなに、あんまり面白かったんで、ついな」

 やっぱケンカ売ってんだな? そうなんだな?

「ここに桃太郎なんて売ってねぇよ」
「……バカ言うんじゃねぇよ。こんなに本があるじゃねぇか」
「本は本でもここにあるのはオタクおれたちの栄養《さんそ》だ」

 なに言ってんだこいつ、頭おかしいんじゃねぇのか?

「ところで、テメェどうして平日の昼間っから桃太郎なんて探してやがんだ? 仕事は?」
「テメェこそ、平日の昼間っから何してんだよ」
「自営業を営んでいてな、8時までは暇なんだよ」

 夜の店ってヤツか。なんだかキナ臭いオッサンだぜ。

「まぁ、俺もそんなところだ」
「ほぅ、なんて店なんだい?」
「わりぃな、見栄を張った。実は無職だ」
「くっ、ははははは……こいつはいい。アンタ、最高だ」

 俺は知っている。
 嘘を重ねた先には、絶望だけが待っていると。

「なぁアンタ、もし働く気があるならウチに来ねぇか?」
「あぁ? 誰が夜の仕事なんてするかよ」
「なぁに、ただの定食屋だよ」
「居酒屋の間違いだろ。俺は煙草にも近付かねぇと誓ったんだ」
「ほぅ、なら安心しな。うちは全席禁煙だ」

 ……それは、悪くないかもな。いやしかし……。

「なんなら、桃太郎が売ってる店まで連れてってやるぞ?」
「詳しく話を聞こうじゃねぇか」



 果たして、俺は桃太郎を含む数冊の絵本とオッサンに勧められた少女漫画、それから漢字ドリルとノート、筆記用具、辞書を持って帰宅した。

「みさき喜べ、いろいろ買ってきてやったぞ」

 部屋の隅で枕を抱えて虚空を見つめていたみさきは、俺が手に持った本を見ると目を輝かせた。

 ……ふっ、あの顔を見られるだけで、買ってきたかいがあったってもんだぜ。

「……よめない」
「漢字ドリルって書いてあるんだよ。これで漢字の勉強をしやがれ」
「……べんきょう?」
「なんだ、知らねぇのか?」

 こくり。

「マジかよ。ええっとだな、知らねぇことを新しく覚える。この場合なら、みさきが漢字を覚えることを勉強って言うんだよ」
「……いま、べんきょうした?」
「ああ、そうだな。勉強って言葉を勉強したな」
「……ん」

 おお、なんだか嬉しそうだぞ?
 よっしゃ見てろ、やる気を出させるのは得意分野だぜ。

「みさき、俺思うんだよ。漢字読める人って、かっこいいなって……」
「……かっこいい?」
「ああ、超かっこいい」
「……ぎゅって、したくなる?」
「ああ、ぎゅってしたくなる」
「……ん」

 勢いで返事したが、どういう意味だ?
 まぁ、やる気は出たみたいだから、いっか。



 この日、みさきが勉強を始めた。
 ノートの使い方も知らないみさきだったが、教えると直ぐに覚えた。
 熱心な姿でノートに書き込みをするみさきを見ながら、俺はまた、昔のことを思い出した。
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