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03.ウチ、幼女と戯れる

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 仲間を増やすと考えた翌日。
 ウチはママと一緒に長い廊下を歩いていた。

「これから客が来ます」
「部屋で待っていれば良いですか?」

 ママは首を横に振る。

「狼になりなさい」

 ウチ、ママの言葉を深読みする。

「客を狩り、力を示せと?」
「違います」

 ママは窓際に立ち、外を見る。
 ちょうど馬車が入ってくるところだった。

「あなたと同じ五歳です」

 五歳……あの子か。
 綺麗な金髪。お人形さんみたいな子供だ。

「なるほど」
「ええ、そういうことです」

 ウチは全て理解した。
 ……子守りミッション、開始!


 *  *  *


 バーグの家は、でかい。
 端から端まで百メートル以上ある。

 形はドーナツみたいな長方形。
 内側には広い庭があって花とか植えてある。

 今、ウチは庭の真ん中に居る。
 幼女と二人で長椅子に座っている。

「……」
「……」

 ぼーっとした子だ。
 さっきから何も言わず、蝶々を目で追いかけている。

 小鳥がちゅんちゅん。風がそよそよ。蝶々がふわふわ。
 平和だ。血反吐を撒き散らしながら訓練している日々が噓みたいだ。

「ねぇ」

 ビックリした。袖を引かれた。
 気配ゼロだったよ。この子、つよい。

「おなまえ」

 無表情なのは緊張してるから?
 いや、何も考えてないだけかな……?

「イーロン」
「い?」
 
 とりあえず名乗った。
 でも伝わってない。ウチはゆっくり言い直す。

「イーロン」
「いーりょ?」

 この名前は難しいっぽい。
 どうしよう……そうだ、あの呼び方なら大丈夫かも。

「イッくん」
「いっくん」
「正解」
「えへへ、いっくん」

 鼻血出そう。
 なにこの生き物。かわいい。
 
「君の名前は?」
「のえる」
「ノエル!?」
「ん、のえる」

 あいつは銀髪。この子は金髪。別人だよね。
 でも……いやいや、よくある名前だよ。偶然に違いない。

「なかよし?」

 仲良くしよう……ってコト?
 大歓迎。ウチ、同年代の仲間募集中。

「うん、仲良しだよ」
「……えへへ」

 鼻血出た。
 なにこの生き物。尊い。

「わっ」

 ビックリしてる。多分、鼻血のせいだ。
 彼女は慌てた様子を見せた後、高そうな服でウチの鼻血を拭こうとした。

「待って待って、大丈夫だから」

 ウチはノエルを避けた。
 こんな高そうな服を血で汚したら後で酷いことになりそうだ。

「見てて」

 ウチは青の魔力を制御する。
 鼻の辺りに青紫色の光が現れ、血は動画を逆再生したみたいに引っ込んだ。

「わっ」

 彼女は小さな口をぽかんと開き、かたまった。

「ふしぎ」

 かわいい。

「もっと」
「……もっと?」

 アンコール的な意味かな?
 ごめん、それはちょっと難しいかも。鼻血って意図して出るものじゃないし。

「……だめ?」

 ウチは拳に赤の魔力を込め、自分の鼻先を殴った。
 幼児の力とか関係ない。魔力を込めた一撃によって、確かな痛みと共に出血する。ウチは再び青の魔力を制御して、それを引っ込めた。

「おー」

 彼女は目を輝かせ、拍手をする。

「まんぞく」
「そっか。良かった」

 緑色の瞳がウチをじっと見つめる。
 そして数秒後、彼女は不意に立ち上がった。

「どうしたの?」

 あんまり遠くに行ったら捕まえよう。
 そんな意識で眺めていると、彼女は適当な花をひとつ、花壇からむしり取った。

「あげる」
「えー、いいの? ありがと」

 受け取る。
 
「えへへ」

 彼女は幸せそうに笑った。
 やばい。また鼻血が出そう。

 知らなかった。
 男の体って、かわいい生き物を見ると鼻血が出るんだ。

「いっくん、すき」
「ありがと。ウチもノエル好きだよ」

 彼女は驚いたような表情をした。

「わかった」

 何が分かったのかな。
 多分だけど、懐かれたっぽい? 

「ノエル、お願い聞いてくれる?」
「いいよ」

 相変わらず、ぼんやりした表情だ。
 五歳ならこれが普通なのかな。そう考えると、今から言うことに大きな意味は無いかもしれない。大人になったら忘れてるかも。でも、積み重ねは大切だ。

 仲間を増やすこと。とても重要。
 ウチは早くも訪れたチャンスに手を伸ばす。

「ウチと、仲良くしてね」
「するよ?」
「ええっと、どうしようかな……」

 ウチは元の世界で孤独だった。でも、周りは優しかった。良くも悪くも特別扱いをしてくれた。そういうわけで、誰かに何かをお願いした経験が乏しい。

 だから分からない。
 どういう言葉が適切なのだろう。

「……」

 五秒経った。答えは出なかった。
 ウチは考えることを諦めて、パッと頭に浮かんだ言葉を伝えることにした。

「助けて」
「たすけ?」
「ごめん今の無し。えっと、なんて言えば良いのかな……」

 助け合い。大事。
 だけどウチは、その言葉が好きじゃない。

 助けられるだけの人生だった。
 それはとても優しくて、ちょっぴり残酷なのである。

 そうじゃない。
 ウチが欲しいのは、もっと……。

「信じて」

 最初は自分の言葉に驚いた。
 だけど数秒後、妙に納得した。

 前世のウチは誰からも信じて貰えなかった。
 どれだけ頑張っても、どうせ君には無理でしょ、という風に扱われた。

 それは、とても寂しい。
 どんなに優しくされても壁を感じる。

「わかった。しんじる」

 うーん、この表情、どうなのかな。
 失敗したかも。信じるとか信じないとか、五歳児には難しいよね。

 その後、ウチはノエルと戯れた。
 ちょっぴり会話したことで緊張が解れたのか、ノエルは口数が多かった。

 仲良くなれた気がする。
 ウチは、とても嬉しかった。

 仲間作り、大成功かもしれない。
 だけど……これが最初で最後の成功だった。

 ノエルが再び顔を見せることはなく、その後に出会った同年代の子とは、どういうわけか打ち解けることができなかった。

 だからウチは全く想像できなかった。
 ──まさか、この会話が「イーロン・バーグ」の未来を大きく変えていたなんて。
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