上 下
6 / 38

1-6. 醜い黒豚

しおりを挟む
 記憶の持続時間は印象によって変わる。
 感情が大きく動いた出来事ほど、長く残る。

 故に、悪い記憶ほど残りやすい。
 しかしそれは私には当てはまらない。

 悪い記憶ばかりだからだ。
 ちょうど一年前に食べた物を思い出せないのと同じように、私が虐げられた記憶をひとつひとつ思い出すことは難しい。

 例外はある。
 とびきり悪い記憶だけは、今でも夢に見ることがある。

 確か、三歳か四歳の時だった。
 まだ母上さまが健在だった頃、私は草花で冠を作った。

「あら、くれるの? クドは優しい子ね」

 母は笑顔を見せてくれた。
 だから私は、兄上さま達にも同じ物を渡そうと考えた。

 その時こそが始まり。
 私の容姿が醜いことを自覚した出来事だった。

「気色悪い」

 一番上のデューク兄さま。
 私が草花の冠を差し出すと、彼は低い声で言った。

 あの目が忘れられない。

「お前のような醜い黒豚が触れた物など、見たくもない」

 あの言葉が、忘れられない。

「近寄らないで!」

 一番上の姉さまは近寄ることすら許してくれなかった。

「視界に入るな! 目が汚れる!」

 二番目の姉さまは、私が視界に入る度、魔法で火の玉を飛ばして言った。

「汚らわしい」

 これは、誰の言葉だっただろうか。

「醜い」「なぜこのような者が」「本当に王族なのか」「信じられん」「国王は何をしている」「さっさと処分しろ」「目が合った。厄日だ」「臭い」「さっさと死ねば良いのに」「黒豚に食事など必要なのか?」「魔物の死骸でも与えておけ」「国費の無駄だ」「見ろ、黒豚が服を着ている」「歩ける豚だ。舞台で使えるのでは」「冗談は寄せ。客が寄り付かなくなる」「雌の方がくたばったらしい」「清々する」「早く後を追えば良いのに」「来るな!」「声を出すな!」「うぇっ、肩が触れた」「アレに触れるくらいなら、家畜の糞尿に塗れた方がマシだ」「聞いたか。スキルも使い道が無いらしい」「いよいよ国王の子なのか怪しくなったな」「なぜ王室はアレを残し続けているのだ」「エドワードさまは物好きだな」「 」「 」「」「」...

 ──これらは、誰の言葉だっただろうか?

 何も感じない。山に住む者が草木の揺れる音を聞くように、罵声を聞くことが私にとっての日常だった。

 容姿が醜い。
 ただそれだけのことが、あまりにも残酷だった。

 これは呪いだ。
 生まれながらに背負った呪い。

 きっと前世で何か罪を犯したのだろう。
 ならば今生で償うしかない。母の遺言を守り、善行を重ねるしかあるまい。

 私が幸せを手に入れることはできない。
 せめて他人を不快にさせないように、息を殺して生きるしかない。

 それ以外の生き方は有り得ない。
 醜い私は、虐げられながら生きるしかない。

 ずっと、そう思っていた。
 ほんの一時も疑わなかった。


 ──故に。


「ぁ、は」

 ──美醜感覚の逆転。

「ぁ、はは」

 その「存在」を認識した私は笑った。

「あははははは!」

 これまで笑うことなど滅多になかった。
 だから慣れない筋肉が使われていると分かる。

 痛い。腹が痛い。喉が痛い。
 目の下が熱くなり、枯れたはずの瞳が潤っていく。

 それでも止まらない。
 笑い声が止まってくれない。

 誰だ、これは。
 誰の声だ。これは。

 ……私だ。

 ああ、なんて愚かなのだ。
 何が呪いだ。何が絶対に変えられないだ。

 変わるではないか。
 ほんの少し、生きる場所を変えるだけで。

「あは、ははは、あはははははは!」

 私は笑い続けた。
 不慣れな音を吐き出す度、自分が壊されるような感覚があった。
 
 ──お前は醜い。
 物心ついた時から言われ続けたことだ。

 理不尽だと思っていた。
 絶対に変えられない呪いだと思っていた。

 しかし、そうではなかった。

 美醜の感覚など、絶対ではない。
 人が変われば基準が変わる。そんな当たり前のことを知った。

 当たり前だったのだ。
 ほんの少し視野を広げて──もしも幼い私が知っていれば、母と共に国を出るだけの力を持っていれば、今とは全く違う未来があったはずだ。

 私は知らなかった。
 知識だけではない。力も足りなかった。

 故に失った。
 何もかも失って、空っぽになった後で気が付いた。

 今さら遅い。
 何もかも終わった後だ。

 だから私は笑った。
 無様な過去を嘲笑った。

 そして。
 ひとしきり笑った後、振り返る。

「奴隷商人、取引だ」

 唖然とした様子で立っていた彼は、怯えるような反応を見せた。

「この少女を買う」

 しかし私が告げると急に笑顔を見せた。現金な男だ。

「カードとやらを渡せば良いのか?」

「いや、あの、少々お待ちを!」

 彼は慌てた様子でどこかへ走っていった。
 恐らく、取引に必要な物を取りに行ったのだろう。

 ふざけた話だ。
 奴隷を紹介しておきながら、取引の準備すらしていなかったということになる。

「……ねぇ」

 その声に振り返る。

「なんだ?」

 彼女は、まるで狂人でも見るような目をして言った。

「正気?」

 私は軽く息を吐いた。
 実に、絶妙な質問だと思った。

「さて、どうだと思う?」

 ぼかした返事をする。
 彼女は嫌そうな顔をして、

「私の言葉、覚えてる?」

「どの言葉だ?」

「私を抱ける?」

 最初は唖然として何も言えなかった言葉。
 私はそれを頭の中で「愛してくれる?」と置き換えた。

 だから、次のように返事をした。

「分からない」

「……は?」

「私は、他人を愛したことが無い」

「……何よそれ」

 彼女は掠れた声を出して俯いた。

「もっと言えば、愛されたことも、ほとんど無い」

「ふざけないで」

 事実だ。私は母以外の愛を知らない。
 しかし、説明したところで彼女は信じないのだろう。
 
「私からも質問しよう」

「……何よ」

「あなたは、私を愛せるか?」

 彼女は呆れたような顔をする。
 それから薄桃色の唇を小さく開き、ハッとした様子で横を向く。

 そこに何かあるのかと目線を追いかけると、

「……もちろんよ」

 と、その風のような声で呟いた。
 不思議な仕草だった。彼女の故郷における作法なのだろうか?

「私はクォディケイド。クドで構わない。あなたの名前は?」

「……レイア。ただのレイアよ」

「そうか」

 私は膝を曲げ、彼女に向って手を伸ばす。

「よろしく頼む」

 彼女は呆然とした様子で私を見ていた。

「なんだ、知らんのか? 握手だ。手を握れば良い」

「……そ、それくらい知ってるわよ」

 彼女は吐き捨てるようにして言って、そっと右手を挙げた。
 しかし握手は成立しない。彼女の手は不自然に震え、どこか怯えているかのように進んでは戻るを繰り返している。

 だから、私の方からその手を強く握った。
 彼女の手が強く震えた。きっと反射的に引こうとしたのだろう。

 もちろん、逃さない。

 最初の仲間は彼女にする。
 この見知らぬ土地で見つけた鏡と共に、私は生まれ変わる。

 今、そう決めた。
 ──こうして、醜い黒豚と蔑まれていた私は、新たな人生を歩み始めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる

シンギョウ ガク
ファンタジー
※2019年7月下旬に第二巻発売しました。 ※12/11書籍化のため『Sランクパーティーから追放されたおっさん商人、真の仲間を気ままに最強SSランクハーレムパーティーへ育てる。』から『おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる』に改題を実施しました。 ※第十一回アルファポリスファンタジー大賞において優秀賞を頂きました。 俺の名はグレイズ。 鳶色の眼と茶色い髪、ちょっとした無精ひげがワイルドさを醸し出す、四十路の(自称ワイルド系イケオジ)おっさん。 ジョブは商人だ。 そう、戦闘スキルを全く習得しない商人なんだ。おかげで戦えない俺はパーティーの雑用係。 だが、ステータスはMAX。これは呪いのせいだが、仲間には黙っていた。 そんな俺がメンバーと探索から戻ると、リーダーのムエルから『パーティー追放』を言い渡された。 理由は『巷で流行している』かららしい。 そんなこと言いつつ、次のメンバー候補が可愛い魔術士の子だって知ってるんだぜ。 まぁ、言い争っても仕方ないので、装備品全部返して、パーティーを脱退し、次の仲間を探して暇していた。 まぁ、ステータスMAXの力を以ってすれば、Sランク冒険者は余裕だが、あくまで俺は『商人』なんだ。前衛に立って戦うなんて野蛮なことはしたくない。 表向き戦力にならない『商人』の俺を受け入れてくれるメンバーを探していたが、火力重視の冒険者たちからは相手にされない。 そんな、ある日、冒険者ギルドでは流行している、『パーティー追放』の餌食になった問題児二人とひょんなことからパーティーを組むことになった。 一人は『武闘家』ファーマ。もう一人は『精霊術士』カーラ。ともになぜか上級職から始まっていて、成長できず仲間から追放された女冒険者だ。 俺はそんな追放された二人とともに冒険者パーティー『追放者《アウトキャスト》』を結成する。 その後、前のパーティーとのひと悶着があって、『魔術師』アウリースも参加することとなった。 本当は彼女らが成長し、他のパーティーに入れるまでの暫定パーティーのつもりだったが、俺の指導でメキメキと実力を伸ばしていき、いつの間にか『追放者《アウトキャスト》』が最強のハーレムパーティーと言われるSSランクを得るまでの話。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~

椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。 しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。 タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。 数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。 すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう! 手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。 そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。 無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。 和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...