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ドブネズミの申 完全版

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漫画プロット式原作「ドブネズミの申(しん)」
       作家名「三日月(みかづき) 李(り)衣(い)」
あらすじ
佐上申(しん)は漫画家だ。一時は売れっ子漫画家だったが今ではステマ広告漫画を描かないと生活できないほど落ちぶれていた。
申には埼玉で農家をやっている両親と二十五年間引きこもり生活をしている姉の比呂がいた。
比呂は絵とエレクトーンが得意で進学校に通っていたがイジメに遭い、高校を中退して以来引きこもり生活を送っていた。比呂は仕事をせずにアニメ鑑賞やゲームばかりしていた。
比呂にお金をせびられていた申は再び人気漫画家に返り咲きたいと望んでいた。
二〇二三年になり、申に転機が訪れた。申の友達のマンガ家の勧めで大手出版社の神山書店の新マンガレーベルのコンペに参加することになった。
申は人気漫画家に返り咲くために、コンペに出す原作ネームづくりを深夜まで描き続けた。ネームを完成させて、投稿して見事に最優秀賞を獲得した。
申は神山書店に作品を持ち込んだ。神山書店に作品を持ち込みの時に、神山書店の社長の一人娘の神山彩未と出会い、女神みたいな美貌と世界の富豪との繋がりのある神山社長の娘という事で申は猛烈に惚れた。
申は神山社長の娘と資産を手に入れるために人気作を描いてみせると誓った。
毎日作品作りに時間をかけていた申だが、申が大手出版社から仕事の依頼を受けているのを知った比呂に金をせびられて大喧嘩して、姉弟を止めようとした母が巻き込まれてケガをしてしまう。
このままでは、彩未と結婚できなくなってしまう。そう考えた申は比呂をどうやったら簡単に殺せるか、ネットで検索した。
太り過ぎの人は熱中症で亡くなりやすいとネットで知った申はこれだと思い、比呂を熱中症を起こして殺す事にした。
両親にネットで予約した軽井沢のリゾートホテルのネット宿泊券を渡して、両親に少しは羽を伸ばしてと旅行に行かせた。
両親が軽井沢に旅行に行って家には申と比呂だけだ。お盆の猛暑の日、比呂を熱中症にさせて殺せるチャンスだ。
申は比呂に睡眠薬を入れたアルコールを大量に飲ませた。
酔いつぶれた比呂は、部屋でそのまま爆睡した。浴室の電気のバッテリーを降ろして停電させた。エアコンが停止して家の中がマグマのように暑くなった。
蒸し風呂みたいな暑さの家の中で自分の部屋にいた比呂は「のど渇いた、水が欲しい」と呻き声を上げていたが、申は比呂の部屋の中に入り、倒れて苦しんでいる比呂の口を座布団で塞いだ。比呂は口を塞がれて、涙を流していたが、その内息をしなくなった。
息をしなくなった比呂を見捨てて、申は大宮へ遊びに行ってしまった。
次の夕方までホテルに泊まっていた申はそろそろ比呂が死んだかと、思って実家に戻った。
家に帰ると蒸し風呂みたいな暑さの家の中で自分の部屋で倒れている比呂を発見する。
キッチンで倒れていた比呂は意識が無く、体が冷たくなっていた。
死んだか! よっしゃ! と喜んでいた申は冷静に救急車を呼んで意識のない比呂を病院に運んだ。
比呂は熱中症を起こして脱水症状を起こして心不全で死んだ。
比呂が死んで悲しんでいる両親を横目に申は心の中で比呂が死んで良かったと大喜びしていた。
比呂が死んでから数か月後、申は新たな連載作品で大ヒットをさせ、人気漫画家に返り咲いた。
天から降ったチャンスを食いつくために申は必死に連載の仕事をこなしていた。日本の経営者が異世界転生する漫画は面白いと、海外でも話題になった。
多額の印税を手に入れた申は高嶺の花である彩未の心を手に入れ、逆玉の輿の結婚をした。
それから二十年後、神山書店の社長となった彩未の夫となった神山申は妻のブランド力を生かし、精力的に活動していた。息子の光も生まれ、申は大御所漫画家の地位を得ていた。
六本木のクラブでセレブたちと飲み歩いて贅沢な生活を送っていた。さらに申は妻子がいながらもインフルエンサーの愛人の堤マナを囲っていた。
堤マナは日本一金持ちの漫画家の神山申の正妻になりたくて、申に彩未と別れて、とせがむ。男心をそそる容姿のマナの色香に溺れる申はいつかね、と甘い言葉を口にしていた。
仕事と育児で忙しい彩未は自宅にほとんど帰ってこない申を怪しんでいた。神山書店のブランドと彩未の美貌目当てで結婚した申は、彩未と別れたくない。
SNSの裏アカでマナとやりとりしていた。マナから、申には人に言えない事ってあると聞かれて、酒に酔っていた申は「ああ、俺は姉を熱中症にさせて殺したよ」と漏らしてしまう
その裏アカのやりとりが、マナが捨てアカに書き込んでしまい、ネットで拡散して炎上してしまう。
神山申は引きこもりの姉が邪魔で熱中症にさせて殺したと、ネットニュースになってしまい大騒ぎになってしまう。さらに申とマナの不倫関係が暴かれてしまい、さらに火に油を注いでしまう。
自分とマナの不倫を知られてしまった申は妻の彩未から、「この愚か者! 離婚よ!」と、離婚を切り出されてさらに漫画の連載を中止にされてしまう。
マスコミの記者から、連日引きこもりの姉が邪魔で殺したんですかと、質問攻めにされて申はどこかに逃げ出してしまう。
東北の山奥に逃げた申は、川で水を飲もうとした時水面に映った顔が怒りに満ちた比呂の顔だった。
怒りの形相の比呂は、「お前なんか許さない。五億年呪ってやる!」と申に愛憎の言葉を口にしていた。申は開き直り、「比呂なんかおから以下の価値しかねえんだよ! 家畜!」と罵倒した。
さらに山奥に逃げる申は道なき道を走って、足を滑らせて激しい渓流に落ちてしまう。
激しい流れの渓流に落ちた泳ぎが苦手な申は、渓流の流れに巻き込まれて岩に頭をぶつけて死んでしまう。
 三日後、東北の川で男の遺体が発見された。その遺体は頭を岩にぶつけて死んだ申だった。

キャラクター紹介

佐上 申 (三十七歳)
 漫画家 埼玉県出身 身長一七五センチ 六一キロ
黒髪メガネの やせ型
好きなもの 少年漫画 漫画を描く事 お寿司 美人の女
嫌いなもの 姉の比呂 貧乏人
小学生の頃から漫画が好きでゲームの同人誌をコミケで出していた。二十歳の時に漫画出版社の代理原稿で漫画家デビューした。
単行本は七冊出したが、三十過ぎになってから仕事が減り、今ではステマ広告漫画を描いて生活をしのいでいる。
見た目は普通のオタクだが、野心的で金と権力の為なら何でもするという、えげつない男。
農家をやっている両親と引きこもりの姉の比呂が邪魔で仕方ない。特に金をせびって来る姉の比呂が原因でなかなか漫画家業が上手くいかないと思っている。
神山書店の社長令嬢である彩未に一目ぼれして、神山書店のブランドと美貌を手に入れたくて再起を誓う。
彩未と結婚するために邪魔な比呂を熱中症にさせて殺した。

佐上 比呂(四十二歳)
 無職 一五一センチ 一五〇キロ
 埼玉県出身 佐上申の姉
 好きなもの 漫画 ゲーム エレクトーン ピザ ポテチ フライドチキン
嫌いなもの うるさい人 お風呂 痩せてる人
髪がぼさぼさに伸びている。前歯が無い 丸タンクみたいに太っている 足が悪い
オタクで早口で喋る
幼い頃はエレクトーンと絵を描く事が得意で、エレクトーンのコンクールで優勝していたほどの優等生だった。
高校の頃、クラスの女子からイジメに遭い、高校を中退する。それ以降は家に引きこもり、アニメ鑑賞やゲームばかりやっていた。
丸々と太って足が悪い。高校の時のあだ名は「丸タンク」と呼ばれていた。
収入が無いので申のお金をせびっている。
八月の非常に暑い日に申に家の電気を停電させられて、熱中症になって一人で亡くなった。
申の父(七〇歳)
農家をやっている。ずんぐりむっくりした体格。頭が薄い。
保守的な性格で比呂の面倒を見るべきだと、申に押し付けている。申に農家を継いでほしいと思っている。
申の母(六九歳)
ショートカットで白髪。背が低い。
農家をやっている。自分のことを良妻賢母だと思い込んでいる。申が漫画家やっている事に冷たい眼で見ている。比呂を甘やかしている。
神山彩未(二十六歳)
神山書店の社長の一人娘。神山書店の編集者。上智大卒の才媛。
濃い茶髪のロングヘア。滑らかな肌にパッチリとした眼が美しいスレンダー美人。
社長の令嬢らしく上品で優しい女性。末端の社員に対しても優しく社内の評判が良い。
神山書店で作品の打ち合わせしていた申と出会う。仕事熱心な申を心強く想っている。
申は彩未の美貌と神山書店のブランド目当てで近づいた。
漫画とイラストが好きで、自分も描いている。
谷井(三十六歳)
 申の同期の漫画家。連載中の作品が三本も持っている中堅漫画家。
金髪のエグザイル系お兄ちゃん。
小野(三十七歳)
 申の後輩の漫画家。連載中の作品が二本持っている中堅漫画家。
猫目でほっそりしている。
奥さんも漫画家。
神山太郎社長(六十歳)
一九〇センチもある東大卒
怪物みたいにでっぷりしている風貌。神山書店の社長で資産総額九五〇〇億円ほど持っている超富裕層。
野心家で金儲けのためなら何でもする。
財界人との人脈が豊富な社長。
神山美子(六十歳)
 神山書店の社長の妻で、同じ東大卒。
上品なマダムの風貌。悪口を言わない優しい女性。一人娘の彩未を愛している。
盛山(二十六歳)
神山書店の漫画編集者。上智大卒。
背の低い猿みたいなルックス。漫画と猫と心理学が好き。
彩未とは幼馴染で神山書店に入社してのちに社長になった彩未の右腕となった。
八馬樹(三十二歳)
身長が一八五センチもあるモデルみたいなルックスのイケメン漫画家。
父親が日本画家で、三歳から日本画を描いていて自身も東京芸大卒のサラブレット漫画家だ。
性格は物静かで礼儀正しく、万人受けのいい男。
芸大卒のネームバリュー通りに確かなデッサン力と、白黒のバランスのいい画面作りの漫画が得意。
樹と出会った申は、樹の豊富なコネを利用しようと近づいた。
堤マナ(二十四歳)
高卒
オタクインフルエンサー活動している。
ボブカットのベビーフェイスでオタク受けのいい容姿の女性。
漫画やアニメが好きでネットでインフルエンサー活動している。グラビアアイドルとして雑誌の表紙に飾るほどの人気がある。
承認欲求が強い。漫画家として大成した申のことが好きで愛人になった。
申の妻の彩未が大嫌い。
SNSの裏アカで申との不倫を自慢している。それが原因で大炎上してしまう。
神山光(十四歳)
申と彩未の息子。茶髪で目がパッチリしている。母親似のイケメン。申とは全く似ていない。
名門私立中学に通っている。
心優しい性格で争いごとが苦手で、父の申とは上手くいっていない。動物好きで獣医になりたい夢がある。
















「ドブネズミの申(しん)」
           三日月 李衣
第一話「俺は自由になりたい!」

〇 二〇五三年 東京都港区内にあるタワーマンションの一室

窓から東京タワーが見える部屋。ペンや液晶タブレットなど漫画道具が整理されて置かれている机。漫画の資料に関する本が一万冊ほど置かれている本棚。
クローゼットには書いた原稿を書類ケースに入れて保管している。
机にあるパソコンを前に一人の白髪混じりの中年男が頭を抱えて苦しそうだ。
申(しん) 何だよ。なんで俺の過去を暴こうとするんだよ 
男はパソコンの画面を見て、苦しい声を上げていた。
パソコンの画面には、ネットニュースの見出しに『人気漫画家が過去に殺人を起こしていた! 愛人に裏アカで暴露され大炎上!』と大きく書かれていた。
大手出版社で活躍している人気漫画家の神山申は、過去に引きこもりの姉を熱中症にさせて殺したと、インフルエンサー活動していた愛人に裏アカで暴露されて大炎上している。
漫画家の神山申は二十年以上引きこもり生活していた姉のせいで漫画家活動に支障をきたしていたと、周囲に漏らしていたと記事に書かれていた。
 申 黙れよ、黙れよぉ。あいつを殺さなければ漫画家続けられなかったんだよぉ
ネットニュースのコメント欄には『やっぱりオタクはクソだな』、『漫画家だからって何でも許してもらえると思っているの?』、『人殺しする漫画家なんて死んでくれよ!』、『今までやらかした漫画家の中でも擁護できへんな』とか罵詈雑言のコメントが書き込まれていた。
申 お前らに何か俺の気持ちなんか分かんねえだろ? この天才漫画家に誹謗中傷するな!
申は罵詈雑言に書かれているコメントを見て、歯をむき出しにして怒っていた。
しかし、ネットニュースのコメントの中には、『佐上先生はお姉さんを介護したくないって気持ちわかるかも。自由に生きたいもんね』、『佐上先生を無罪にして!』、『引きこもりの姉を殺した佐上は英雄だよ!』、『俺だって、引きこもりの家族を介護なんかしたくねー』とか、申を擁護する書き込みもあった。
申 そうだ。そうだ。みんな引きこもりの世話なんかしたくないよな
タワーマンションの窓から見えるマスコミ関係者がぞろぞろと申を取材しようと入り口に集まっていた。
マスコミ以外に申を一目見ようとする一般人達が紛れ込んでいた。
マスコミに申の事を面白がって記事にしようとマンションの入り口に集まっているのを見た申は、偶然に一人のマスコミの記者と目が合ってしまう。
申は嫌悪感で目をギュッと閉じ、窓のカーテンをシャッと力いっぱい閉める。
申 うるさいんだよ! マスコミめ! 俺は金と権力と自由を手に入れるためにあいつを殺しただけだ! それが何が悪い!?
申は口を歪ませながら、忌々しい過去を思い出すかのように、呟いた。

〇 二〇二三年の春 埼玉県西区のとある農家。
 埼玉とは思えないのどかな風景。大きな田んぼがある。田んぼには稲の苗が植えたばかりだ。
田んぼの向こうにある小さな一軒家がある。
〇 申の自宅 二階にある漫画道具と山積みになっている漫画の資料が散らばっている   
仄暗い明りの下に六畳一間の部屋にアラフォーのオタクっぽい男が一人、机で何か漫画作業している。
申 えーと、このレイヤーにトーンを貼って、そこのレイヤーにも別のトーン貼って
漫画家の佐上申はパソコンの画面を見ながら液晶ペンタブレットを駆使しながら漫画を描いていた。
申が今描いている漫画は、ある化粧品のステマ広告漫画だった。
目が大きい可愛い女の子と鼻筋の通ったイケメン男子が化粧品を買って貰えるようにとPRしている
申 この漫画で良い評判を呼ばせて、俺の食い扶持になるんだよ
申はぶつぶつ言いながら、ステマ広告漫画を描いていた。
台詞も入れて、データ入稿を終えた申は、机から降りて体を伸ばした。
申はスマートフォンを取り出して、メールチェックをした。
受信されたメールボックスには、申の友人の谷井からメールが来ていた。

 申へ
こんにちは! 申、元気にしてるか? 
今日の夕方、俺と小野と一緒に大宮駅の居酒屋に飲みに行かないか?
俺達、申に会いたくて今大宮にいるんだ。
俺達がおごってやるから、一緒に飲もうよ。
お前の姉さんにストレス溜まってたんだろ?
愚痴聞いてやるから、一緒に飲もう。
        谷井より
申 あいつら、優しいな
漫画家友達の谷井から飲みに行こうと誘ってくれて、思わず目が潤む。
入稿を終えた申は、ストレス発散のために大宮駅に行こうと財布とスマートフォンを無印良品のリュックに入れて、玄関を出ようとした時、申の背後に不快感ある異臭が漂っていた。
異臭がして、後ろに振り返る申。
古びた廊下に貞子みたいに髪がぼさぼさに伸びてて、前歯が無い丸タンクみたいに丸々肥えた中年女性が立っていた。
申 比呂
 引きこもりの姉の比呂に嫌そうな顔をする申。
鼻がつまっているのか、鼻息が荒い比呂は、三白眼で弟の申を見た。
比呂 (鼻をズーズー鳴らしながら)どこに行くのよ? 買い物?
申 違うよ。散歩だよ
リュックを背負っている申に何か気付いた比呂は鼻息ズーズーと荒くしながら
比呂 ねえ、申。あんたこれからお金入るよね? 私、あの新作ゲーム買って欲しいんだけど 
比呂はオタク特有の早口喋りで申に聞く。
比呂にゲームを買ってくれとせがまれて、申はブスッとした。
申 比呂、ゲームやっている暇あるんなら働けよ。在宅でもいいから
比呂 うるさいな。漫画家のくせに偉そうな事言うんじゃねえ
申 そっちこそキモオタのくせに。働かなねぇ豚はただの豚だぜ?
比呂に漫画家のくせにとバカにされて、ムカついて豚と反論する申。
豚呼ばわりされて、腹が立った比呂は前歯が無い口を歪ませて申を睨んだ。
申はフンと鼻を鳴らした。
申 時間泥棒豚! 
比呂 私を豚って呼ぶな! 
私が引きこもりだからって、好きで引きこもりになったんじゃねえ!
怒りに震える比呂を尻目に早く飲みに行きたい申は比呂を無視して家を出て行った。

〇 指扇駅 改札口

改装された指扇駅から埼京線の電車に乗って大宮駅に向かう申。
夕方の電車の中はフレッシュな学生たちと若いカップル、仕事で疲れたサラリーマンなどが乗っていた。
席に座っていた申はリュックに入っていたクロッキー帳とボールペンで電車に乗っている客をスケッチしていた。
ボールペンをスラスラと客をスケッチしている申は、マスク越しに楽しそうに笑っていた。

〇 大宮駅 東口

夕方の人混みが行き交う大宮駅に着いた申は谷井と小野と約束した豆の木の前で待ち合わせした。
谷井 おーい! 申! 佐上申!
小野 申! 久しぶり!
改札口から大きな声で金髪のエグザイル系のルックスの谷井と背の低い小野が申の元へ走ってきた。
申 おお! 谷井! 小野! 久しぶりだな!
漫画家友達の谷井と小野と久しぶりに再会して大喜びしてジャンプする申。
谷井と小野と再会した申は、大宮駅東口前の居酒屋に向かった。

〇 居酒屋の店内
居酒屋のカウンター席に座る申と谷井と小野。
仕事帰りの客でにぎわう居酒屋で申と谷井と小野は酒を飲みかわす。
申 プハ~! やっぱ生ビールは美味いや!
久々のビールに酔いしれる申。
谷井(ほろ酔いしながら)もっと飲めよ。久しぶりに飲みに来たんだから!
小野 おい、申。泡ついてるぞ
申の鼻の下にビールの泡がついていた。
申 (ブッと吹きながら)あ、そうか
申は鼻の下のビールの泡を指で取った。
唐揚げをパクッと頬張る谷井。
谷井 最近、上手くいっているか?
小野 まあ、連載はきついけど。でも何とか食っていけてる。嫁も描いているし
小野はスマートフォンを取り出し、自分の公式サイトを小野の今連載されている漫画を申と谷井に見せた。
谷井 俺も最近、新しい連載始めた。まあまあアンケートの評判は良い方だよ。単行本も結構売れているし
谷井はスマートフォンを取り出し、自分が連載している漫画のウェブサイトを申と小野に見せた。
漫画のウェブサイトには、ウサギ獣人の女の子と人間の太っちょの戦士がビシッと武器を構えている扉絵を申は見た。
「エレナとカイリ」が読めるのはすくすくマンガだけ! と書かれていた。
申は羨ましそうな顔をした。
申(ゴクゴクとビールを飲みながら)へえ、お前らは結構いい出版社で出来てて良かったな。俺は今、ステマ広告漫画で食いつなぐしかないんだよ
申の自虐に谷井と小野はちょっと心配そうな顔をする。
谷井 お前だって昔は人気漫画家だったじゃないか。単行本の売り上げ年間一位だったこと何年もあったじゃないか? また、人気漫画家に戻れるぞ
申 お前らは良いよ。うんと実力があって、結婚も出来て。俺なんかいまだに結婚できてねえし
申が自虐めいた事を呟いた。
小野が何か感づいたような顔をした。
小野 もしかして、申のお姉さんが原因なのか?
申は小野に申の姉の比呂が原因なのかと、聞かれてただ黙って、ビールのグラスをじっと一点に見つめる。
谷井 大丈夫だろ、申。お前の姉さんもいつかは死ぬんだから、その時まで頑張れよ。
お金稼いで実家を出れば良いじゃないかよ。
谷井にお金を稼いで実家を出れば良いと、励まされているのか、バカにされているのか複雑な表情を浮かべる申。
申 ああ、どっかに金持ちの女いないかなー。一発漫画連載して当てて、金持ちの女のハート掴みてーな
本音がポロッとこぼした申。
小野 じゃあ、こういうのは、どう?
小野が申にスマートフォンの画面を見せた。
申 何々、神山書店の新WEBマンガレーベルラッテコミックネームコンテスト?
申はスマホで大手出版社の神山書店の新レーベルのWEBマンガラッテコミックネームコンテストの画面に食いつく。
新人作家、中堅プロ作家大歓迎! 学歴不問、未経験者OK 新しい漫画原作ネームを募集中! と書かれている。
最優秀賞は賞金五千万円と印税と原作者として連載枠獲得できます! という言葉に申はオオっと唸った。
申 か、神山書店って大手だよな! 新しいWEBマンガのネーム募集しているのか! 
こりゃ、すげえわ!
小野 だろ? お前もやってみなよ。
申はもしかしてすごいチャンスが来たと、思って生き生きとした眼をした。
申 (拳を握りながら)ネームコンテストに出して、最優秀賞かっさらってやる!
谷井 (拍手しながら)そうだよ。お前はドブネズミなんだから、しぶとくやるんだよ!
申 (目をメラメラと燃やしながら)俺はやってやるわ! 賞取って、連載始めて大儲けして実家出てやるぜ!
やる気を出している申をもっとやる気ださせようと、小野はスマートフォンを操作してアニメに出て来るようなお姫様みたいな上品で美しい女の子のSNSの画像を見せた。
申 誰だ? どっかのモデル?
申はスマートフォンのお姫様みたいな女の子の画像を食い入るように見た。
谷井 ああ、この美人の子、神山書店の二代目社長の一人娘だよ。たしか、神山彩未っていう編集者
谷井は神山書店の社長令嬢についてさらに語る
申 神山彩未……
谷井 神山書店の社長は東大卒で、賢くて現代の諸葛孔明って言われてるほどすごい経営者なんだって。確か、あの社長は財界人との人脈も豊富で総資産が九千五百億円も持っている程の超富裕層だぞ。
申 (鼻息荒くしながら)な、な、なあ! こ、こんな美人が編集者やっているなんて!
申は美人の女の子が神山書店の社長の一人娘と聞いて、マジか! と衝撃を受ける。
谷井 ああ、あのお嬢様、神山書店を引き継ぐために小さい頃から英才教育を受けているんだって。上智大卒だから頭いいんだよ。
小野 俺の知り合いの漫画家が言ってたけど、神山彩未さん、すごく気配りが出来て発想力がすごくて有能な編集者なんだって。
それに、理不尽な要求してくるクレーマーに対してもユーモアで返せるところがカッコイイんだ。すごい方なんだよ。
申 そ、そうなのか! こんな良い女があの出版社で働いているなんて。はあ~。
小野 おい、申。まさかそのお嬢様に惚れたのか?
申はSNSの神山彩未の画像を鼻を伸ばして見つめていた。
申は何かを決意したのか、顔を上げてこう宣言した。
申 俺、ネームコンテストに最優秀賞取って、神山彩未さんと結婚する!
谷井 小野 え、ええぇえええええええ~~~!
谷井と小野は申のネームコンテストで最優秀賞を取って、連載枠を取って、神山書店の社長令嬢の神山彩未と結婚するという、宣言にムンクの叫びみたいに驚いた。
小野 お前、すげえな。有り得ない事を大きな声で宣言できるとは、さすがだな
申 俺、何としてでも勝ってやる! 三代目社長の婿になってやるぜ!
美人令嬢の彩未を手に入れるために、申はめきめきやる気がわいて目に炎を燃やしていた。
谷井 三代目JEISOULBROTHERSかよ!
申の熱く燃えてる姿を見て、引き気味の谷井と小野。
谷井 とにかく頑張りな。俺らは応援するから。
申 ああ! 俺、帰ったら即ネームやるから!
小野 そうか! このネームコンテスト三週間後に締め切りだから、描きまくらないと!
谷井 じゃあ、これで今日の飲み会はお開きにしよう。
新しいネームを描きたくてしょうがない申は帰る準備をしていた。谷井も小野も申の創作活動を邪魔させないようにと、お開きにすることに決めた。
〇 大宮駅前の居酒屋の外
飲み会を終えた申と谷井と小野は解散した。申は大宮駅まで歩いて埼京線の電車に乗った。
〇 電車の中
電車に乗っている申。
@ガサミ ンシ
あー! 絶対にネームコンテストさん最優秀賞とって、神山彩未さんを手に入れてやる!
上級国民の仲間入りしたら、世界中の馬鹿どもから金を巻き上げてやる!
申はスマートフォンで自分のSNSの裏アカで野心まみれの投稿をしていた。
その顔は醜いものだ。
〇 指扇の実家
夜の八時四十五分、申は指扇の実家に帰った。
洗面所で手洗いうがいをしてから、二階に昇ろうとするが、
申の母 お帰り。申。お酒なんか飲んで。
背の低い申の母に声をかけられた。
申は無表情で母の丸い顔を見て
申 別に大人だから良いじゃないか。母さんは心配しすぎなんだよ。
申の母は心配そうな顔をした。
台所から申の父が現れてきた。
申はウザったそうな顔をした。
申 大体、父さんと母さんが悪いんだよ。あんな産廃作りやがって。俺は比呂のせいでどんなに辛い思いしてんのか、分かっているのか?
申の父 そんな事言うんじゃない。お前が漫画家やっているからそうなるんだ。
申の父に渋い顔されて、不満げな申。
申の父 私はお前に農家を継いでほしくて一生懸命野菜育てて、美味しい野菜を売っているのにお前は漫画なんかに情熱かけて。
漫画より農業の方が残って欲しい仕事なのに
申 うるさいな! 俺はネームコンテストにネーム出して、賞取ってまた漫画家として頑張るんだから、黙ってろよ!
父親に反発して、ズガズカと二階に上がっていった申。申の父と母は、はあ、と、ため息をつく。
〇 物で溢れている比呂の部屋。
一方、比呂は床がものに溢れて足の踏みどころがない部屋でパソコンゲームをしていた。
アニメっぽい声が流れているゲームにフガフガと鼻息荒くしてやり込んでいる比呂。
比呂 おい! マリオ! 何やってんだ! もっと、速く走れよ!
比呂がテレビの前でグチグチ呟きながら、ゲームをやっている。ローテーブルの上のあるスナック菓子をボリボリと汚らしく食べている。
比呂はスナック菓子に満足しないのか、スナック菓子の袋をガッと掴んだ。
比呂 この菓子、もう飽きたよ。ったく、あの馬鹿母、もっと美味い菓子買えよ! コノヤロー!
母親への不満をガーッとぶつけて、スナック菓子の袋を壁に向かって投げつけた。
比呂 私をいじめたクズ共は、仕事して金持ってて、良い男と結婚して子供までいるのに何で私だけ、こんな目に遭わなきゃいけないんだよ! さっさと恵まれた人間なんか、死んでしまえよ!
鬼みたいな形相で比呂は恵まれた人間なんか死んでしまえと、狂気的に叫ぶ。
近所中に聞こえるくらいまで叫び続ける比呂。

〇 申の部屋
 申は作業机でプロットとネーム作業していた。
申 最近、異世界転生が流行っているから、日本の実業家をモデルに異世界転生させようかな
申はボールペンで漫画原作のプロットを作っていた。コピー用紙にキャラクターを作ってから、プロットとネーム作業に取り掛かる。
申 そうだなー。日本マクドナルドの創業者の藤田田を異世界転生させて、つぶれそうな店を再建させる話にしようかな?
申はウキウキした顔で実業家の藤田田を三等身のキャラクター化していた。
申 子供でも分かりやすくするには等身低くするのが一番だな。
三等身キャラのキャラクター票を作って、プロット作業に取り掛かる申。
申 異世界に転生した藤田田は、さびれたカフェに辿り着いた。そのカフェは美味しいけど、売り方が下手だから売り上げが伸びず苦しんでいる。カフェに入った藤田田は……
 チラシの裏にプロットを書いている申の表情は生き生きしていた。
プロットを書き終えて、ネーム作業に取り掛かる申。パソコンを立ち上げて、漫画用ソフトでネームに取り掛かる申。
申 このコマは流れが悪くなるから、消そう。後、理不尽な戦争に反対する藤田田は、王様に戦争をやめる様にと、かっこいいセリフを言わせよう
ペンタブレットでネームを作る申。コマ割りを何度も消したり、足したりした。
印象に残るセリフを作るために何度も書き直したり、コピー&ペーストで移動させたりしていた。
申 最後は王国が平和になり、藤田田はヒロインと結ばれて幸せに暮らしましたとさ、で終わらせよう
申はネームコンテストの締め切りに間に合わせるために、毎日朝から深夜までネーム作業に取り込んでいた。
締め切り三日前、ネームコンテストに出す作品が完成した。滑り止めのためにもう一作品も完成させた。
申 ハァアア。完成した。後はWEB投稿すればOKだ。
最後のネームをチェックして、神山書店のネームコンテストの募集要項に書かれてある応募フォームに作品を送った。
申 ふ、ふ。神山彩未さん。俺、君の為なら何でもするよ。だから、僕の作品を受賞させてね!
申はスマートフォンに入っている神山彩未の待ち受け写真を見つめながら、ネームコンテストに受賞させてと神頼みした。
ネーム投稿してから、三か月後。
〇 深夜の申の部屋の中
布団の上で寝ている申。
布団の上で寝ている申は、夢にうなされていた。
申 おじいちゃん! おじいちゃん!
夢の中で何か賞状を持って学校から帰ってきた申が元気よく駆け付けた。
申の実家の畑で農作業をしている申の父と母と、申の祖父が無邪気に畑の方によって来る申に気付く。
申の祖父 どうした申?
トラクターに乗っていた申の祖父が降りてきて、ハアハアと息を切らす申の元に駆け寄る。
申 おじいちゃん、あのね。実は……
幼い申がもじもじしながら、申の祖父に賞状らしきものを見せた。
申 あのね、ぼく、埼玉の漫画コンクールで優秀賞をとったんだよ!
申の祖父 おお! すごいじゃないか! 
申の祖父に埼玉の漫画コンクールに応募して優秀賞を取った事を知らせた申。賞状を祖父に渡した。
漫画コンクールの賞状を手に取った祖父は、おお! と感慨深い声を上げた。
申が優秀賞を取ったと知って、下がった眼がさらに下がって、大喜びする祖父。
申 うん! おじいちゃんを喜ばせたくて、頑張ってマンガ描いたんだ!
申は自分が賞を取った事を心から喜んでくれる祖父をギュッと抱きしめた。
申の祖父 そうかー。お前は才能あるよ。お前は良い漫画家になれるよ。またお爺ちゃんに漫画を見せてね
申 ありがとう! おじいちゃん大好き!
小学生らしく、無邪気に笑う申。幸せな過去が申の夢の中で甦る。
申が見る夢の世界は更に深くなる。
ムチムチしすぎた体格の比呂のセーラー服姿が号泣して家族の元へ走ってくる姿が見えた。
号泣して走ってくる比呂の顔は、あまりにも笑えるくらいブサイクだった。
比呂 ちょっと! 助けて! 助けてよぉおおおおおおお!
申の母 どうしたのよ。そんなに泣いて
グジュグジュと泣きじゃくる比呂に申と家族は何があったんだと驚いていた。
比呂 私、私……同級生の女にマンガ本借りパクされたんだよ……
比呂は目を赤くしながら、涙を流して高校の同級生の女の子に漫画を盗まれたと家族に訴えていた。
グシグシと泣いている比呂を見ていた申は、何だよという様な呆れた顔をしていた。
申と漫画を読んでいた申の祖父は、漫画本をたたんで、ハアと、ため息をついていた。
申の祖父 ああ、それは大変だ
比呂を好いていない祖父は、さっさとこの場から逃れようと比呂に塩対応で接していた。
祖父に塩対応されて、頭にカチンときた比呂は、祖父をギロッと睨みつけた。
比呂 何だよ! 他人事みたいに言うな! 私の大切な漫画、クレセントノイズの単行本がバカな女に借りパクされたんだよ!
申 あーあー。比呂は寛容じゃねーから、借りパクされたんだよ。
比呂がうざったい申は、早く事を終わらせようと皮肉った。
申に皮肉を言われて、比呂はさらに怒った。
そんな申に比呂は申のトレーナーをグイッと引っ張った。
比呂 申、ふざけた事言うんじゃねえよ!
申 ウワァ!
怒髪天を衝くほど怒った比呂は、申の頭をゲンコツでガンと、頭が割れるほど強く殴った。
頭が割れるほど強く殴られた申は、悲鳴を上げて泣き出した。
申 何しやがるんだよ!
比呂に殴られて、頭にきた申は、比呂に突っかかってきた。申と比呂は取っ組み合いになって殴り合っていた。
ケンカを起こす申と比呂に、温和な性格の祖父の形相が鬼みたいに変わった。
申の祖父 こら! やめなさい! その子はその漫画を読んでみたかったんだよ
激怒した祖父は、取っ組み合いして争っている申と比呂に雷が落ちるくらい怒った。
祖父に厳しく叱られて、申と比呂はビビッてお互い離れた。
イジメに遭っても自分の味方してくれなくて、イライラしていた比呂は、何かに憑りつかれたような顔をして祖父を憎んだ。
比呂 ジジイ。何、私に対して冷たいんだよ。私が女だからか? そうだろ!
申の祖父 比呂、お前は月三万円も小遣い貰っているだろう? そのお金で友達に漫画でも買ってあげたらどうなんだ? 友達は大切な宝なんだと思いなさい
比呂 フン、あいつらは友達じゃねーよ。
タダのパシリだよ。お菓子買って貰うためのね
申の祖父 馬鹿者!
友達を大切な宝だと思わず、タダのパシリとバカにするような比呂に申の祖父は再びマグマが沸騰したかのように激怒した。
祖父は自己中心的な比呂の顔をバキッと思いっきり殴った。
比呂 ウグァ!
申の祖父 いい加減にしろ! 人間は玩具じゃないんだ! 色んな事に力を合わせてやるための同志だろ! 少しは反省しろ!
申 おじいちゃん
比呂 く、クソ……
祖父に顔を思いっきり殴られて、床に転がり込んだ比呂は蛇みたいに恐ろしい祖父に対しても決して屈しなかった。
比呂 もういいよ! お前みたいな頑固ジジイは癌にでもなって死ねばいいんだよ!
自分の行いに顧みない比呂は、祖父に対して酷い言葉を吐いてドスドスと床に響くように足音を立てて、自分の部屋に閉じこもった。
ああもう、と申と祖父は比呂に呆れて何も言えなかった。
それから、比呂は高校をやめて家に引きこもる様になっていった。
家に閉じこもる様になった比呂は毎日自分の部屋の中で漫画を読み、パソコンゲームに時間を費やしていた。
お菓子をボリボリ食べていて、歯磨きをロクにしないで歯周病になって前歯が抜け落ちて、口元がだらしなくなった比呂。
比呂はネット通販にはまり、漫画やゲーム、アニメのDVDを買いあさり、そのお金を申や両親からせびっていた。
お金を出さないと、比呂に暴力を振るわれた申と両親。
高校を卒業してから上京して、ベテラン漫画家のアシスタントを経て、プロの漫画家になった申。
東京でプロ漫画家として活動していた申は、嫌な思いをした地元から離れて新しいものにたくさん触れられる東京生活を満喫していた。
しかし、三十代になってから急激に仕事が減り、仕方なく埼玉に戻った申。
埼玉に帰った申は、実家のあまりのひどさに目を疑った。
家の中は窓のガラスが比呂に何度も割られて、テープで補修していたままだった。
目が死んでいた両親の顔、そしてこの世のすべてを憎んでいる様な形相の比呂がいた。
申は仕方なく実家に頼るしかなかった。
比呂に自分が稼いだ漫画の報酬を比呂にせびられて、比呂を殺したくなるような感情を何度も沸き上がったのを覚えていた。
申 お前なんか、お前なんか……
悪夢にうなされていた申は、布団の中であらがっていた。
申 地獄に落ちろォオオオオオオオオ!
悪夢にうなされて、思わず布団から飛びあがって比呂への憎しみを叫んだ申。
目を覚ました申は、体中にびっしょりと汗をかいていた。
申 ゆ、夢か
真っ暗な部屋の中で、動揺していた申は、枕もとの時計を見た。深夜の三時だ。
また寝て悪夢を見るのは嫌な申は、このまま起きて押し入れにあるTシャツとパンツを取り出し、パジャマを脱いで着替えた。
申 俺はこのままでは終わらない……俺は再び人気漫画家に返り咲いて、上級国民になってやる。そして、俺を馬鹿にしていたような奴に鉄槌を下してやる……!
申はこう呟き、心の奥底のある野心が申の創作活動のエネルギーを感じさせていた。

〇 七月十日 指扇の実家の申の部屋
申はステマ広告漫画の原稿を描いていた。
パソコンで原稿を描いていた申は、暑くて仕方がない。
申 なんで俺の部屋だけエアコンがないんだよ。暑いじゃない。
暑くてイライラしている申。
申 何で比呂の部屋にはエアコンがあって、俺の部屋にはねえんだよ。俺の方が税金払ってるのに!
比呂ばかりいい思いして嫉妬を吐き出す申。
申 谷井も小野も連載で忙しいし、ネームコンテストの連絡はまだかな?
申はスマートフォンを取り出し、ネームコンテストの結果の連絡を待っていた。
ウダウダしている申。その時、一階からゼーゼーとした音が聞こえてきた。
申 何だよ。あいつ今、起きたのかよ。
比呂が昼過ぎに起きたようでイラつく申。
比呂が太り過ぎの体で一階でズシズシと、響く様な足音が聞こえてきた。
比呂に自分の部屋に入って欲しくない申は、比呂を追い出そうと部屋から出る。
部屋から出た申は下へ降りた。
ズーズーと鼻息を荒く一階をうろついている比呂を申は汚物を見るような目で睨む。
申 おい、うろつくんじゃねえ。二酸化炭素が増える
比呂 (ズーズーと鼻声を鳴らしながら)何だよ。私はあんたに頼みごとがあって来たんだよ。
申 断る。お前みたいな丸タンクなんかの頼みなんか聞きたくねえ。
申に頼みごとを聞きたくないと、きつく言われて比呂はブスッとした顔をした。
比呂 少しくらいお金貸して欲しいだけよ。あんた、前に出した単行本の印税はまだ入っているでしょ? 少しくらい私に分けてもらいたいよ。
申 何でお前に貴重な印税をいつまでも分けてやんなきゃならないんだよ!
印税を比呂に分けたくないと、申は怒鳴った。印税を分けてくれない申に比呂は申の右腕をガブッと噛んできた。
申 痛って! うう、何しやがるんだよ!
俺の大事な腕を!
右腕を噛まれた申は、怒って比呂の顔をパンと平手打ちした。
申に平手打ちをやられた比呂は怒りで申の顔を引っぱたいた。
比呂 あんたが恵まれまくっているから妬ましいんだよ!
比呂に憎まれ口を叩かれ、怒り心頭の申は間髪入れずに口でやり返した。
申 恵まれてるだと? 言っとくけど俺は恵まれてねぇ。それは比呂が原因なんだよ。疫病神の比呂のせいで結婚できないんだよ!
比呂 バーカ。お前が結婚できないのはお前が漫画家だからだよ。普通の女なんて金持ちのイケメンが好きなんだよ。お前みたいなキモオタなんか結婚できるか。
申 うるせぇえー! もういい! さっさとあっちへ行け!
比呂にキモオタとバカにされて、ブチ切れした申は、比呂にもう部屋へ帰れと叫んだ。
比呂 何だよ。男だからって何でも許されると思うな
比呂はチッと申に舌打ちして、豚みたいに四つ足にしてから自分の部屋へ帰っていった。

〇 申の部屋
気晴らしに漫画を読んでいた申。呪術廻戦の漫画を読んでいた申。しばらく読んでいた時、スマートフォンの着信音が鳴っていた。
申 何だ? え? え?
スマートフォンを手にした申はある電話番号に釘付けとなった。
申 はい! 佐上申です。ご用件は何でしょうか!?
申は即座にその電話の相手と通話をした。
盛山 こんにちは! 佐上申さんですね。初めまして。私は神山書店のラッテコミック編集者の森山と申します。
実は佐上さんにこの前応募した。ネームコンテストの結果をお伝えに電話しました。
申 か、神山書店の編集者ですか? は、はい。僕は漫画家の佐上申と申します! ね、ネームコンテストの結果ですか!?
神山書店の編集者の盛山と電話していた申は、ネームコンテストという言葉にドキドキしていた。
盛山 はい。佐上さんの今回のネームコンテストの作品はすごく面白くて、藤田田が異世界転生してつぶれそうなカフェを再建するって面白かったです。
キャラクターの真摯な想いがとてもよく伝わりましたよ。うちの編集のみんなもすごく面白くて、これ受賞させた方が良いって!
申 ほ、本当ですか!?
盛山 そうです! 佐上さんの作品が最優秀賞に選ばれました! おめでとうございます!
申は盛山から自分の作品が最優秀賞に選ばれたと、聞いて申の目から涙が溢れてきた。
申 ほ、本当ですか? ぼ、僕みたいなやつ、が、最優秀賞に、え、選ばれるなんて、う、嬉しいです~~~~!
最優秀賞に選ばれてうれし泣きしながら、ガッツポーズを取る申。
盛山  佐上さんの作品は賞金五千万円のほかに連載枠獲得を得る事が出来ました! もう、本当に私達が待ちわびていたダイヤモンドの原石を見つける事が出来て、嬉しいのです! 
うう、ううあ~!
電話越しに盛山がダイヤモンドの原石を申と例えて、うれし泣きしている。
申 ダイヤモンドの原石、僕も小さい頃から憧れていた出版社からお褒めのお言葉をいただけるなんて……! ボクを見出してくださってありがとうございます!
盛山 もう佐上さんにはすぐにでも連載について打ち合わせしたいなと思っております。弊社での漫画家の担当者って二人体制で行っているんですよ。
僕ともう一人担当がいるのですが、神山さんって女性の編集者と二人で佐上さんの活動を支えていきます。
申 か、神山さん!?
盛山から神山という女性の編集者と共に申の担当を務めると聞いた申は、ま、まさかというような顔をした。
申はドキドキしながら、盛山にこう聞いてみた。
申 あ、あの、その、か、神山さんって、神山彩未って名前でしょうか?
もしかしたらと、心をときめかせる申に盛山は明るい声でこういった。
盛山  はい。神山彩未さんって方が佐上さんの担当です。
申 ほ、本当ですか!?
申は思わず大きな声で叫んでしまった。
盛山 お、おおう。そんなにビックリされているとは思いませんでした。
申は目をキラキラと輝かせながら、盛山の話を聞いていた。
神山さんは神山書店の社長の一人娘です。神山書店の跡取りとして漫画編集の仕事一生懸命やっている方なんです。
漫画やアニメだけでなく、ドキュメンタリー映画とか障害者へのチャリティー精神に篤い方なんですよ。
佐上さんの事を前に連載した漫画で知っているそうでしたよ。キャラクターが生き生きして面白いって。
ぜひとも佐上さんのお会いしたいって、神山さんが仰ってましたよ。
盛山から神山彩未が申の作品を元々注目していたと、聞いた申は本当に! と目を丸くしていた。
申 か、神山さんって編集の仕事を誠実にこなしているなんて、な、涙が出てしまいます!
もう一人の担当が神山彩未だと聞いて、感動して思わず昇天しそうになった申。
申 是非とも神山書店へ打ち合わせに伺います。連載開始時期はいつ頃からですか?
出来れば、綿密な打ち合わせを行ってからが良いのですが。
申は電話で盛山と打ち合わせを続けていた。
盛山 WEB漫画の新レーベルラッテコミックでの作品公開予定は今年の十一月に予定しています。他の受賞作の作品も読み切りでWEB掲載する予定です。
申 十一月からですか。四か月後ですね。
早く連載の仕事をしたくてウズウズとしている申。
 盛山 早めに打ち合わせで細かい所を決めた方が良いですね。なら、今週の木曜の一時から弊社へ打ち合わせにお越しいただきます
申 (即決で)ハイ! 予定空いています! 神山書店でお会いしましょう!
盛山 フフフ。佐上さんは返事が早くて立派ですよ。これは期待できる漫画家先生ですね!
申 ありがとうございます! 神山書店に力の限り尽くします! これからもよろしくお願いします!
盛山 では、アクセス先の地図の画像をメールで送りますね。新宿区なので佐上さんは埼京線一本で来れますね。楽しみにお待ちしております。お電話いただきありがとうございました。失礼しました!
申 はい! お電話いただきありがとうございました! 失礼します!
電話を終えた申は最優秀賞を取って、連載枠を獲得できて思わず不敵な笑みを浮かべる。
申 ク、ククク。ハハハハ! やった! やったぞ! 俺に上級国民になれるチャンスが!
大手出版社の社長令嬢である神山彩未に近づけるチャンスが巡ってきた事でギラついている申。
申は部屋にある姿見にオタクっぽいルックスの申が映っていた。
申 神山彩未、大手出版社の社長令嬢を絶対に心と体を掴んで金と権力を手に入れてやる! その為に稼げるイケメン漫画家になってやるぜ!
姿見に映る申の顔は金も権力と彩未を手に入れて上級国民になるという野心をさらけ出していた。

第二話「比呂を殺してやる」

七月十七日 午前十一時の晴れの日。
〇 東京島新宿区新宿駅西口前
 にぎやかな雰囲気の新宿駅西口前。高そうな車が街を走っている。仕事に励む社会人達。華やかな格好で街を闊歩する若い女性たち。
申は久しぶりの東京のゴチャゴチャした空気感を味わっていた。
申 さあ、女のハートをつかむには見た目からだよな
前日に大宮の美容院で髪を整え、パリッとした質感のスーツを身にまとった申。手にはネームのコピーを入れた書類ケースと、十万石饅頭を持っていた。そんな申に街の人は何だという目で見ている。
彩未のハートをつかみたくて、天にガッツポーズをする申。申が所かまわずにガッツポーズをするから、街の人は驚いている。
申は背筋を伸ばして、打ち合わせ先の神山書店まで進んだ。

〇 神山書店本社前 
大きな看板で神山書店と書かれていた神山書店は、二十階建ての立派なビルだった。
申は迫力あるビルを見上げて、キリッとした表情でビルの中に入っていった。

〇 神山書店社内玄関入り口
神山書店の社内は真っ白に磨かれた壁と床がピカピカと光っている。
打ち合わせするのが楽しみで仕方ない申はコンパクトミラーで乱れているところがないかチェックしてから、玄関窓口の受付嬢にさわやかな笑顔を向けた。
申 失礼します。一時に打ち合わせに来ました佐上申と申します。
清楚な容姿の受付嬢は、真っ白な歯を見せて申に向けた。
受付嬢 はい。佐上申様ですね。三階のドアにラッテコミック編集部と書かれたオフィスがありますのでので、そちらまでエレベーターに昇ってください。
申 分かりました。三階ですね。ありがとうございます。
申はエレベーターに乗った。三階のコミック部門のオフィスまで昇って行った。

〇神山書店三階 ラッテコミック編集部オフィス前。
ラッテコミック編集部前に着いた申は胸をドキドキしながら、オフィスのドアを開けた。
〇 神山書店 ラッテコミック編集部オフィス内。
バリバリ編集の仕事をこなす編集者たちが、たくさんいるオフィス。机の上にはアナログ原稿や漫画の資料で埋まっていた。オフィスには人気アニメのポスターや人気漫画のキャラクターパネルがあった。
申は久しぶりの出版社の熱い空気に目を輝かせた。
申 お尋ねしても良いですか? 今日打ち合わせに来た佐上申ですが、盛山さんと神山さんはいますか?
申は入り口にいた若い編集者に尋ねてみた。編集者はおっとした顔で申を見た。
編集者 あー。今日打ち合わせの予定の佐上さんですね。盛山さん! 神山さん!
編集者が大声で盛山と彩未を呼んだ。
デスクで仕事をしていた猿みたいな容姿の盛山が声に気付いた。
盛山 どうしましたかー!?
編集者 佐上さんがお見えになりましたよ!
盛山 ああ! 佐上さんがお見えになったんですか! 今来ます!
盛山が申が来て大喜びで飛び跳ねる様に申の元へ駆けつけてきた。
盛山の隣のデスクでパソコンで仕事をしていたツヤツヤの濃いブラウンの髪をしている上品な二十代の若い女性が顔をあげた。
彩未 佐上さんですか? 今来ます!
上品な若い女性がさわやかな笑顔で応えて、ピンとした姿勢で申の元へ向かった。
申 うわ! あ、あれが神山彩未さん?
申はカッ、カッとハイヒールで颯爽とこっちに歩いてくる美しい女性が神山彩未なのか、と顔を赤らめた。
長い艶のあるブラウンの髪、長い睫毛が魅力的な黒い瞳、赤くぷっくりとした唇に透き通るような肌に高い鼻筋、上質なブランドのスーツが良く似合うほっそりとした体躯の神秘的な女性に目を奪われていた申。
初めて盛山と対面する申。
申 初めまして、盛山さん。佐上申と申します。
盛山 おお! 初めまして! 佐上さん! 僕は神山書店のラッテコミックの編集者の盛山と申します! もう、ダイヤモンドの原石にお会いできるなんて光栄です!
盛山が目を輝かせて、申に挨拶した。
申 こちらもあなたの様な審美眼のある方に作品を評価してくださって、ありがたき幸せです。
申は礼儀正しく対応した。
盛山の隣にニッコリと申に微笑む美しい女性が佇んでいた。
申は美しい女性の微笑みにドキドキして、女性に声をかけてみた。
申 あの、もう一人の担当の神山さんでしたっけ? 初めまして。漫画家の佐上申と申します!
彩未 初めまして。佐上さんの担当の神山彩未と申します。まだ経験は浅いのですが、良い漫画を作るためにお力添えします。
上品な声で話す美しい女性の名は神山彩未という名だった。キラキラ後光が放つ程輝くオーラを放つ彩未に申は心をときめかせる。
申 ほ、本当に神山彩未さんだ~!
申は初めて神山彩未と出会って、目をハートにさせていた。
彩未 盛山さん、応接室で打ち合わせですよね? そちらで雑談でもしながら打ち合わせしましょう。
盛山 ハイ! 佐上さん、あちらの応接室で打ち合わせしましょう。
申はすかさず、手に持っていた十万石饅頭の袋から十万石饅頭の入った箱を取り出す。
申 あ! これ、僕の故郷の埼玉の十万石饅頭です! これ、皆様で召し上がってください!
申は頭を下げて、彩未と盛山に十万石饅頭を渡した。彩未は十万石饅頭の箱を見てフフッと微笑んだ。
彩未 まあ、ありがとうございます。埼玉の名物を頂けるなんて嬉しいです。佐上さんってとても気が利く人なのですね。
盛山 僕、お茶を出しに行きますね。
盛山がお茶を出しに給湯室に向かった。
彩未 では行きましょうか。
申は彩未に連れられて応接室について行った。
〇 応接室
八畳くらいのスペースの応接室。ゴムの木の観葉植物が置かれている。
申は座り心地の良い椅子に座っている。
お茶を持ってきた盛山と彩未が申の前に座っている。
申のネーム原稿のコピーを真剣に見る盛山と彩未。申はネーム原稿の評価にドキドキしている。
申は美しい彩未の顔をチラチラ見ていた。
申は彩未に嫌われないようにきりっとした顔で打ち合わせに臨んだ。
彩未 佐上先生の「藤田田、異世界転生して経営マネジメントを始めた」の作品総評をからやりましょうか
申 (目を輝かせて)はい! お願いします!
盛山 まず、この作品の第一印象は日本の経営者が異世界転生して、つぶれそうなカフェを立て直すという、テーマが面白いですね。
申 (目を輝かせて)はい! 僕はマクドナルドが好きで、藤田田さんを尊敬しているんです! ユダヤの商法を高校の頃に読んで漫画の描き方にも生かしています! 藤田田さんに感謝しているのでリスペクトの為に作品にしました!
彩未 (申の言葉に感銘された表情で)佐上先生も藤田田さんを尊敬なさっているのですか! 私も同じです。藤田田さんはアイデアマンですからね。
申(彩未の笑顔に顔を赤らめて)はい! 今の世の中に彼の様な経営者こそが必要なんですよ。ね!
申の熱意溢れる姿に彩未はニコッと微笑む。申は彩未のこぼれる白い歯に良いなあと、いう顔をしていた。
彩未はネーム原稿のある一ページに食い入るように見ていた。
彩未が三等身の藤田田が異世界に転生して、見た事も無い様な景色に惚れ惚れしているシーンをワクワクしながら読み込んでいた。
彩未 藤田田さんを主人公にした作品なんてあまり見かけた事が無かったから、斬新で良いですよ。日本の経営者を異世界転生ものがあったら良いなと思いましたわ。
申 (目をキラーンとさせて)ほ、本当ですか!?
彩未 (微笑みながら)連載にするにはもっと良くした方が良いと思うポイントを佐上先生に教えますね。
彩未と盛山にキャラクターの設定資料の紙を手に取り、一枚一枚じっくりキャラクターを見ていた。
何かアイデアが浮かんだかのような顔をした盛山に申は反射神経で背筋をピンと伸ばした。
盛山 (ヒロインの設定資料を指差しながら)佐上先生の連載を成功させるには、細かい設定を深めた方が良いと思いますね。
まず、ヒロインは三人いるんですよね。マーヤとセイカ、ミネイヤの三人はユーサ王国のお姫様なんですよね。
申 (カッコいい顔つきで)はい。ヒロインを三人にした理由は、アニメ化の時にアイドル声優を起用しやすいように三人にしたんです。ヒロインって美少女が基本なんで、清楚系と男勝り系と知性派系の三パターン作りました。
自信満々にヒロインの設定を語る申。
盛山 ヒロイン三人にしたのはメディアミックス化の事も考えて、お作りになったのですね! さすが佐上先生!
盛山がヒロインを高く評価してくれたことにニコッと、笑う申。
彩未 (ふうっ、と息を吐きながら)後はヒロイン以外にもライバルキャラももっと魅力的に描いた方が良さそうですね。ライバルキャラって、主役よりカッコイイっていうのが条件ですね。主人公とライバルのエピソードも深く描いた方が良いですね
申 僕もそう思います。ライバルとの絡みを増やしたくて。ライバルの過去も設定資料には結構描いています。
彩未は申が作った設定資料の中のライバルのデンプーテの設定を読み込んでいた。
彩未 連載の中にライバルのデンプーテの過去を描いた方が読者も納得いくと思いますね。どこか憂いのあるキャラクターですし
申 ご指摘ありがとうございます。漫画の展開の中に取り入れます。
応接室の中で申と彩未と盛山はしばらく、打ち合わせをしていた。
打ち合わせが終わって、休憩を取る申たち。
申が持ってきた十万石饅頭をお茶と一緒にいただいていた。
盛山(モグモグと十万石饅頭を頬張りながら) うまい。うまい。うますぎる!
盛山が美味しそうにまんじゅうを頬張る姿を見て、申も嬉しくなった。
申 ですよね! うちの十万石饅頭は甘すぎないのが一番なんですよー! 埼玉は美味しいお菓子が沢山あるんですよー。もっと食べてくださいよ。
申に十万石饅頭をもっと食べてと、勧められる盛山。
彩未 私も十万石饅頭、いただきますね。
申は横目で十万石饅頭を音を立てずに上品に食べる彩未の姿に惚れ惚れしていた。
申 (神山書店の令嬢は食べ方もきれいなんだ……)
申は綺麗にまんじゅうを食べる彩未にデレーッとしているのを彩未はどうしたのと、いう顔をしていた。
十万石饅頭を食べた彩未は、ハンカチで上品に口の周りを拭きながら、
彩未 あの、十万石饅頭美味しゅうございました。今度は埼玉に遊びに来たら、購入したいと思います。
と、柔らかな微笑みを申に向けた。
申 ほ、本当ですかー!?
申が喜んで彩未の顔をじっと見つめた。
申 じゃあ、今度案内しますよ! 僕は埼玉の事詳しいです! 隠れ家的な店も知っているのでぜひ!
彩未 ありがとうございます。連載の人気次第でお願いしたいと思います。
彩未が申に埼玉に来たいので案内して欲しいと、頼まれて上機嫌の申。
申 この大きな仕事を必ず成功させますので、どうか末永くよろしくお願いします!
申は笑顔で彩未と盛山にこの連載をやり遂げてみせると意気込みを見せた。

〇 神山書店玄関口前
打ち合わせが終わり、彩未が申を玄関口前まで見送ると言われて、一緒に玄関口まで降りてきた。
申 (幸せな時間が終わってしまう……)
 彩未と離れたくない申は、寂しい顔をしていた。
彩未 では、七月三十日までにネームの修正お願いします。あなたにはとても期待しております。頑張ってくださいね
申 はい! 神山さんの為なら、火の中水の中でも頑張ります!
申 (まだ、まだ終わっていない。連絡先を聞かないと)
申は彩未の連絡先を聞こうと、彩未の顔をじっと見てから申の書類ケースからスマートフォンを取り出した。
申 あ、あの!
緊張気味の申に彩未はどうしたの? というような顔をしていた。
申 こ、今度メールで神山さんの好きな漫画やアニメ、本などを教えてください! 僕も神山さんに幻の映画作品とか教えてあげます!
彩未 佐上先生
申は美しい彩未の黒い瞳をじっと目を合わせて、彩未にメールのやり取りをしたいと緊張しながら伝えた。申がスマートフォンのメールアドレスを見せられて、彩未は真摯な申の姿に何かを感じ取っていた。
彩未もスマートフォンを取り出した。
彩未 夜に私の好きな漫画教えますね。
でも、スキャンダルとか起こさないで欲しいな。そういうのを避けていただければ良いですよ
彩未は申のメールアドレスをスマートフォンに登録する。
申は目をウルウルさせて、彩未に
申 あ、ありがとうございます! これからもよろしくお願いします!
彩未とメール交換をすることになった申は、嬉しそうにスキップしながら埼玉に帰っていった。
 
〇 夜 申の実家
一階のダイニングキッチンで夕食を食べる申と両親。比呂は自分の部屋に引きこもっていた。
申の母 お父さん、最近野菜の売り上げが落ちているけど、どういう事?
申の父 しょうがないだろ。野菜の値段を上げないとこっちもやっていけんだろ
申の母 はあ、どこも物価が上がって、トラクターの燃料代だってバカにならないし。最悪だわ
両親がご飯食べながら愚痴をこぼしている姿を見て、申はフッと鼻で笑っていた。
申の母 なあに? 申。何で笑っているのよ
申 (自身気に)父さんと母さんが愚痴っている間に俺は良い事ありましたよ。
申の母 あんたに良い事あったの? 何?
にんまりと微笑む申。申は息を溜めてから
申 (両手を上げながら)ジャジャーン! 実は俺、大手出版社神山書店のネームコンテストで最優秀賞を受賞しましたー!
明るい笑顔で両親にネームコンテストで最優秀賞を受賞したと伝えた。申が最優秀賞を受賞したと聞いた両親は地球がひっくり返った様に驚いていた。
申 最優秀賞を受賞して、賞金五千万円と新連載枠を獲得す事が出来ましたー!
申の母 (目を丸くしながら) う、うそでしょ? 本当に?
申の父 (手を震わせながら)か、神山書店って大手だろ? お前は大手で仕事するのか?
申 (自信満々に)ああ、大手出版の神山書店で連載も決まったんだ。十一月から新レーベルのラッテコミックで連載するんだよ。俺、まだ終わってないよ。天から与えられたチャンスを掴んだんだよ
申の母 まさか、まさか、あんたにチャンスを与えてくれる所があるなんて
泣きそうな顔をする母に申は母の肩を抱きしめ
申 (慈悲深い顔をして)母さん。俺は漫画家になって売れる様になったら、親孝行しようと思って頑張ってきたんだ。ようやくその夢を叶える事が出来た。今まで俺を育ててくれてありがとう。母さん
申の母 (うう、と涙を流す) 申、お前は
嬉しくて泣き崩れる母を申は抱きしめた。
ドカッ、とドアを蹴破る音が聞こえてきて幸せな時間を壊すかのようだった。
ドアを蹴破る何だと思った申はダイニングキッチンの東側の奥の方へ目をやった。
東側の奥の部屋から、ドアを破壊した嫉妬にまみれた瞳をしていた比呂がズーズーと鼻を鳴らしながら、申たちの前に現れてきた。
比呂は申を嫉妬にまみれた目で睨んでいた。申はせっかくの幸せな時間を壊されて、不快な顔を比呂に見せていた。
申 何か用か?
比呂 さっきから調子に乗ってさ。いい気になるな
申 比呂、お前俺に嫉妬してんのか? 俺はただ行動したから、欲しいものを手に入れただけだ。何が悪いんだよ
比呂 何で、何で申ばかりいい思いして! 私より年下のくせに生意気なんだよ!
比呂は申にバカにされたのかと、ムカついていた。申は比呂を、汚物を見るかのような目で
申 俺はこんなクソな生活からオサラバできるんだよ。お前の顔なんか見なくて、済むんだ。俺はこれから幸せになるんだ。邪魔するな!
比呂に年下のくせにと、偉そうな口を聞かれて申は悪態をつく。
申に悪態つかれて、悔しがる比呂。
比呂 このやろ! このやろ!
申の母 ちょっと、あんた! 落ち着きなさい!
申にお前の顔を見ないで済むと、見下されて怒り心頭の比呂をなだめる母。
申の父 申、比呂。お前達はもう大人なんだから、争いごとをするな
比呂 大体、申なんか産むから、私の人生は最悪になったんだ。一人っ子の方が良かったのに、死んだおじいちゃんが跡取りが欲しいって言うから! 母さんのせいだよ!
申の母 そんな、私はそんなつもりで申を……
比呂 おじいちゃんは申が生まれてから、私より申を可愛がって、申の入学祝いに漫画道具とハウツー本なのに、私は砂時計だよ? 何で同じ孫なのにこんなに違うの?
比呂は死んだ祖父への不満を母にぶつけていた。
比呂 あのジジイは男尊女卑だから、私がイジメに遭った時も申の事ばかり気にかけて! 癌で死んで当然だよ!
申 おじいちゃんの悪口言うな! この野郎!
比呂 うるさい! 男尊女卑!
申への嫉妬で比呂がカッとなって、テーブルをバンとひっくり返して大暴れしていた。床に落ちていたものを申に投げつけた。床に落ちていたものを投げつけられて申も怒りの形相だ。
申 うるせぇ! 税金払ってない様な奴にバカにされてたまるか!
比呂に物を投げつけられて、物凄い形相の申が比呂に自分の怒りを叫んだ。比呂に食器をバシッと投げつけてやり返した。
申が投げた食器は比呂の顔にガシャーンと当たって、割れた食器の破片が比呂の顔を傷つけ、痛い! と叫んだ。
火花を散らし合う申と比呂に申の母は、泣きそうな顔をする。
申の母 やめなさい! 代々続く家を壊さないでよ!
泣き叫ぶ申の母に比呂はお前のせいだろというような顔をして、申の母の髪をグイッと引っ張った。
比呂 うるせぇ!
世の中の理不尽さに怒りを抱える比呂は、泣き崩れる申の母の耳をガブッと噛みついた。
申の母 いいー、たぁあああああああああ~~~~!
耳を力強くかまれて、あまりの痛さに悶絶する申の母。
申 母さん!
比呂に母の耳をガブリと噛まれて耳から流血して、床が血で染まっていた。
申 おい! やめろ! 母さんから離れろ!
母が耳から血を流して、焦った申は小さい母を丸々と肥えた体で押さえつけている比呂を足でガンと、強く蹴った。
比呂 ウァアア!
申に顔を強く蹴られて、悲鳴を上げた比呂。
申の父 比呂!
 申に蹴られて床にドスンと大きな音を立ててテレビ棚の方に倒れた比呂の元へ駆けつけた。妻より引きこもりの娘の方が大事かと、愕然とした妻は耳を押さえながら、しくしく泣いていた。
申 母さん、大丈夫か? 今、警察呼ぶから
しくしくと泣いている母を心配して母の血を流している方の耳をティッシュで押さえていた。申の母はウッ、ウッと耐え忍んでいた。
テレビ棚に倒れた比呂は、倒れたまま申の母を睨んでいた。
申は固定電話で警察に通報しようとしていた。
申 大宮警察署ですか? 助けてください。実は僕の姉の佐上比呂が僕の母の耳を噛みついて――
申は警察に比呂が母の耳を噛みついてけがをさせたと助けを求めていた。
申が危機感めいた声で警察に助けを求めようとしている姿に、申の父は警察の世話なんかいらない様な顔をして、固定電話を切った。
申 え、ああ。ちょ、ちょっと!
いきなり通話が切られて、動揺する申。申の父が事なかれ主義で首を横に振っていた。
申 父さん、比呂を警察に連れていかなくていいのかよ! あいつは母さんを傷つけたんだぞ!
父に電話を切られて比呂を警察に逮捕させる事が出来ずに、髪が逆立つ程激怒する申。
申は母の方へ目をやるが、申の母ももうやめてくれというような顔をして諦め切っていた。申は引きこもりだからって、その不満を家族に八つ当たりしてきた比呂をそんなに庇うのかと、愕然としていた。
申の父 もう比呂の事はあきらめているんだ。ここで一生を終えるしかないんだ。
父が弱々しい姿で比呂を社会復帰させるのをあきらめていると、呟かれて申は両親の情けなさに憤るばかりだ。
申 ふ、俺は比呂の面倒なんか見てやらないから。
これからの時代は親より子供が先に死ぬ時代だぞ。ゴミみたいなガキなんか神様から天罰下るぞ
比呂ばかり守ろうとする父に対し、申は冷酷な表情で親より子供の方が先に死ぬ時代になると、暴言を吐いた。
申に酷い事を言われたのに、押し黙る父。
申の母は比呂に噛まれた方の耳を押さえながら、涙を流しながら、申にこう言った。
申の母 ……申、ごめんね。すべては私が悪いの。ごめんね
申 謝るなよ。母さんが謝る事ないじゃないか
比呂にあんなに酷い事されたのに、母が謝るなんておかしいと、やるせない申。

〇 申の部屋
申の母のけがの手当てを終えて、自分の部屋でネームを修正している申。
パソコンでネームのセリフを書き直したり、コマ割りを修正している。その時の申の表情は真剣そのものだった。
夜の十一時になり、ネームの修正を終えた申は、そろそろ寝ようと思った。
机から離れようとした申。
申 ああ、比呂のせいでせっかくのハッピーが台無しだよ
比呂が暴れたせいで疲れ切った顔をしている申。本棚にある五歳くらいの無邪気な申と、申を抱っこしている柔和な目つきでシュッとした申の祖父の写真を眺めた。
申は祖父の写真を懐かしそうに眺めながら、
申 おじいちゃんは俺の漫画が好きだったな。両親と比呂は俺の漫画バカにしてたけど、おじいちゃんだけは俺の漫画面白いって褒めてくれたな。こんな時におじいちゃんがいてくれればな
申は自分の味方をしてくれた祖父に会いたいと思った。
申 ああ、おじいちゃんより比呂が死んでくれれば、良かったのにー。チクショー
比呂が死んでくれればいいのにと、本音を呟いたその時、申のスマートフォンにメールの通知音が聞こえてきた。
申は何だと思い、スマートフォンを手にしてメールをチェックした。
メールをチェックしたら、差出人が神山彩未と書かれてあった。
申 え、え? か、神山さんからだ!
彩未からメールが来て、今までの憂鬱な気持ちが一気に晴れた申。申は彩未からのメールの内容を真剣な眼差しで読んだ。
佐上先生へ
 こんばんは。神山彩未です。
 お約束通り、メールをお送りしました。
 夕食はいただきましたか?
 私も夕食をいただきました。
 今日の夕食はご飯と、鮭の塩焼きと、野菜サラダとみそ汁です。和食が好きです。
漫画家は栄養バランスの良い食事をとるのが大事ですよ。食事と運動と睡眠は不規則にならないようにしてくださいね。
彩未から心のこもったメール内容を読んで、優しい彩未にますます惚れてしまう申。
申 こんばんは! 佐上申です。夜分遅くに失礼いたします!
はい! きちんと三食バランスの良い食事とっています!
申は早速メールを返信した。すぐに彩未からメールの返信が来た。
彩未 さっき話していた好きな漫画とアニメの事お話しても良いですか?
私は父が漫画好きという事もあって、小さい頃からよく読んでいました。
岡田あーみん先生の「お父さんは心配性」や、水沢めぐみ先生の「姫ちゃんのリボン」が好きでした。
小さい頃からりぼんの漫画が好きで、友達と読んでました。お二方の楽しいがとても詰まってて思い出深いものでした。
佐上先生はりぼんとか読んだことありますか?
申 神山さんはりぼんの漫画が好きなんだ。
彩未がりぼんの漫画が好きで女の子なんだなあと、感心した。
申もさっそく返信した。
神山さんは純粋な方ですね。僕も実はりぼんを読んでいて、姫ちゃんのリボンはアニメ版のSMAPの歌をカラオケでよく歌っていました。
僕も変身するリボンがあったら、世界一の富豪になりたいですね。大富豪になって、たくさん稼いで世界の経済を回したいですね。
ちょっと強欲すぎですね。申し訳ないです。
しばらく申と彩未のメールでのやりとりが続く。
彩未 大富豪なんて素敵じゃないですか。
佐上先生の漫画がたくさん売れて、お客様の信頼を得て大富豪になればよろしいのですよ。
申 神山さんから素敵なお言葉いただきありがとうございます!
僕もワンピースとかNARUTOの漫画を読んで、辛い時も前を向いてやってきましたから。
僕は絶対に大富豪の夢をあきらめません!
彩未 その意気で、作品作りましょう!
申と彩未はメールで楽しい時間を過ごしていた。
申 神山さんはどんな場所がお好きですか?
僕は公園とか、神社とかお寺が好きでよく散歩に行って写真を撮っています。
写真送りますね。
久しぶりの心からときめく女性とメールのやり取りする申は、メールで申がスマートフォンで撮った大宮区の氷川神社の写真を彩未に送った。
彩未 大宮区の氷川神社ですか。清らかなオーラを感じさせる神社ですね。
私も小さい頃、父に連れられて氷川神社にお参りした事あります。今度、作品のヒット祈願にお参りでも行きましょうか?
申 ぜひとも行きましょう! 大宮の氷川神社は日本一のパワースポットなので、御祈願に行きましょう!
申はさっきの比呂とのケンカを忘れて、ルンルンな表情でメールを打っていた。
彩未 それには第一話の原稿を完成させましょう。
次の打ち合わせまでネームの修正をきちんとして、本格的に原稿制作に励みましょう。
佐上先生は未来の素晴らしい漫画家です。
私は佐上先生の作品作りをお力添えします。
体調にお気をつけて、作品制作しましょう。
申 はい! 優しいお言葉をいただき、誠にありがとうございます!
神山さんもお体にお気をつけてください。
メールありがとうございました。おやすみなさい
夜の十二時まで彩未とメールのやりとりをした申は、今までにない幸福な表情だった。
申 やっぱり彩未さんは、素敵だ……
ポーっとした表情の申は、体をゆらゆらと揺らして夢心地だ。
申 彩未さんは良い女性だ。それに比べて比呂はクソオバンだ
夢心地の申が申ポロッと本音が出て、ハッと目が覚めた。
申はさっきの比呂とのケンカを思い出して、ハッと真顔に変わる。
申 (彩未さんと結婚するには比呂が邪魔だ。大手出版社の令嬢の義理姉が引きこもりのデブスなんて最悪だろ)
申は心の中で、もし彩未と結婚して比呂が彩未の義理姉になるとしたら、引きこもりが義理姉じゃ神山書店のブランドを落とすかもしれないと、考えた。
申 (神山さんは上智大卒だぞ。名門大学の才媛に比呂はかなうわけないじゃねーか)
申は頭の中をぐるぐるさせながら、彩未と結婚するにはどうしたら良いのかと考えていた。
申 (あいつがこの世から消えてくれれば、俺は人気漫画家に返り咲く事が出来る……そして……)
申は比呂がこの世から消してしまえばと、ふと頭に浮かんだ。
申は何か思いついたのか、パソコンを立ち上げてインターネットに接続した。
 申 ええと、熱中症 肥満で調べてみようか。
申はマウスでインターネットで熱中症 肥満で検索してみた。
すると、熱中症 肥満のネット記事がバーと何百点も画面にアップされた。
申は熱中症 肥満に関する記事をしらみつぶしに調べていた。
申 ほうほう、肥満の人は熱中症の症状が重症化しやすいのか。心臓に負担が掛かって心筋梗塞を起こしやすいのか
申は初めて熱中症に関する事を調べて、色んな事が分かったような顔をしていた。
申 肥満の人は体温調節がしづらいので、脱水症状を起こしやすいか。なるほど
熱中症を調べている申はなぜか、ヘへへ、と愉快に笑っていた。部屋が薄暗いのか、一層不気味だった。
申 後、今年の夏は平年並みか高いか。今もかなり暑いよな。比呂も相当暑そうだったし。
パソコンで熱中症の記事を見ながら、へらへら笑う申。
申 あいつ昔から、暑さに弱かったなー。俺が小学生の時の夏休みに家族と京都に行ったなー。京都で比呂が熱中症でダウンしてたんだよなー
中学生だったけど百キロもあったからな。
病院に搬送されて、入院費がバカにならんし、最悪だったよ
申はブツブツ言いながら、さらにネットで熱中症 停電で検索した。
申 そういえば猛暑日に停電とか起きたら、熱中症になって当然だよな?
申は停電が原因でエアコンがつかなくなり、熱中症になって亡くなったというニュース記事を読んでいた。
申 猛暑の夜に停電か。電気の使い過ぎもあるらしいな。熱中症で死んだ奴は、太り過ぎの年寄りか
申はそのニュース記事を深読みしながら、頭の中で考えを巡らせていた。
申 太り過ぎって、体温調節が出来ねえみてぇだな。だからエアコンガンガン冷やすのか
そういえば、比呂もよくエアコンの温度、十八度とかにしてたな。俺の部屋は三十一度でエアコンなしだぞ
申はぶつくさ言いながら、ハッと何か思いついたような顔をしていた。
申はニヤッと笑った。
申 親を旅行とかに行かせて、家に俺と比呂だけにしてその間に家を停電にさせて、比呂を熱中症にさせて暑くなった部屋に一日中家に閉じ込めておけば、比呂を殺せる……!
申は家の電気を停電させて、比呂を暑くなった部屋に閉じ込めて、水さえ飲ませなければ比呂を殺す事が出来ると、思いついた。
申 あいつに大量のアルコールに睡眠薬を混ぜて飲ませて、酩酊しているうちにブレーカーを落として停電させておけば、バレないで済むな
申は一心不乱に比呂を熱中症にさせて殺すための計画をコピー用紙に書き込んでいた。
申 アルコールで脱水症状になった比呂が飲み物を飲ませないために、冷蔵庫の飲み物を全部捨てて、水道の蛇口も止めておかんと
後、浴室を暖房で暑くさせてから停電させておこうか
それから、ネットで睡眠薬を手に入れておかないと
申は黙々と、比呂を殺すための手順をコピー用紙に書き続けていた。
申 そうだ、両親を二泊三日の旅行の予約をしておかないといけないな。サプライズ的に高級ホテルの予約をしておこう
申 うーん。軽井沢あたりにするか
申は両親の為にネットで軽井沢の高級ホテルを二泊三日の予定で予約をとった。幸い、このご時世なのか、すぐに予約が取れた。
申 ホテルの予約のチケットが、来週あたりに届くのか。まあ、賞金が昨日、口座に入ったから、投資という事で!
申はネットショップで強いアルコール飲料を注文した。
それから、申はネットショップで睡眠薬を購入した。
比呂の気を惹きつけるために、ネットで美味しいフィナンシェとマドレーヌを注文した。
申はニヤニヤ笑いながら、比呂を殺す計画を実行に移し始めていた。
数日後、宅配便が来て、申は注文した商品を受け取った。
ダンボールの中身は強いアルコール飲料と、睡眠薬とフィナンシェとマドレーヌが入っていた。
申は睡眠薬が入った袋を手にして、クククと不気味に笑っていた。
申 これであいつを殺せる。誰にも知られずにあいつを殺せる





第三話「実行」

〇 七月二十九日 朝五時半。申の実家のキッチン
片方の耳を包帯で巻いた申の母が、キッチンで朝ご飯を作っていた。
申がウキウキとした表情で、キッチンに入ってきた。
申の手には、この間予約したホテルの予約券を後ろに持っていた。
 申 おはよう! 母さん! 今日もいい日だね!
申が太陽みたいなキラキラと輝きを放ちながら母に挨拶をする。
申の母 あ、あら、おはよう。今日は元気ね。
申がやたら元気よく挨拶する姿に、若干驚く申の母。
申の母が、鍋でみそ汁を作る姿を見て、申はニコッと微笑みながら、
申 母さんの作るみそ汁は他の料理よりずっと美味しいから、楽しみだな~!
申の母 あらそう。嬉しいわ
申の母がご機嫌になり、ヤッターと、心の中でガッツポーズを取る申。
申はそろそろ、母にサプライズをしようと、背筋をピンと伸ばしてこう言った。
申 (白い歯を見せながら)なあ、母さん。いつもありがとう。お礼に母さんに良い物あげるよ
申の母 あら、どうしたの?
申にいきなり良い物あげるとか、言われて申の母はきょとんとした顔になった。
申 いつも家の事やってくれる母さんを休ませたくて……はい!
どうしたのという顔をする母に申は、にっこりと微笑みながらホテルの予約チケットをサッと母の手の上に渡す。
申の母 (ホテルの予約チケットを見て)あ、あら、こ、これ、これは……軽井沢の高級ホテルのチケットなの!? これ、私がもらって良いの?
申から貰った軽井沢の高級ホテルの予約チケットを貰った母は、棚から牡丹餅が落ちたかのように目を丸くして驚いていた。
申 (よっしゃ! びっくりしているな)
申 うん、今度のお盆休みにその高級ホテルに父さんと泊まりに行きなよ。そのホテルは景色も良いし、料理も天上界の料理のように美味しいんだ。露天風呂も貸し切りで予約したんだよ。
申の母 ろ、露天風呂を貸し切りで予約したの? 
申が自信満々にネームコンテストの賞金で露天風呂まで貸し切りで予約したと聞いた申の母は、申に何かあったのか、というような顔をしていた。
申の母 私とお父さんを休ませるために、申はこんな高級ホテルを予約してくれるなんて……
申がこんな素晴らしい親孝行してくれるなんて、と申の母は目頭を熱くさせる。
申 俺はいつか父さんと母さんに親孝行したくて、漫画家やってきたんだよ。このくらいの事はして良いだろ?
申の母 ……ありがとう、申。後でお父さんに教えるね。お盆休みは軽井沢でゆっくりするわ。お前は私の自慢の息子よ
申 (よーし! 計画通りだ)
母が感極まって涙を流しているのを見て、申は心の中で比呂を殺すための計画が進んだことをハハハと嘲笑った。
申は申の父と母が八月十三日のお盆休みに軽井沢の高級ホテルで二泊三日の旅行を楽しむこととなった。
普段は旅行をしない父と母は、久しぶりの旅行を楽しみにしていた。あの申が親孝行の為に軽井沢の高級ホテルに泊まらせてくれるなんて夢にも思っていなかったそうだ。
申は舞い上がる両親の姿を見て、ニヤッと黒い笑みを浮かべていた。

〇七月三十日 神山書店のラッテコミック編集部の応接室の中
応接室の中で作品の打ち合わせをする申と彩未と盛山。
それぞれ真剣な表情で打ち合わせをしている。
彩未 六話の最後のシーンは、藤田田とマーヤの結婚式で終わるんですね。この結婚式のシーンは大ゴマでみんなから祝福されているところが良いですね
申 やっぱり漫画は楽しくないといけませんよ。読んで良かったと思えるようなラストにしたくて
彩未に申が修正したネームを真剣な表情で、的確に評価してくれる姿を見て、申の頬が緩んでしまう。
申 (ああ、現実に彩未さんと結婚してみせる……漫画みたいにみんなから祝福されたい……)
申は頭の中で自分と彩未の結婚式を想像していた。美しい婚礼衣装を身にまとった彩未とタキシードを身にまとった申が、教会で結婚式を挙げているシーンが浮かぶ。
たくさんの人々に祝福されている申と彩未。
二人の薬指にはゴールドの結婚指輪を着けていた。
申と彩未は誓いのキスをする所を申は頭の中で思い浮かべていたその時、
盛山 今の世の中はストレス溜まっているから、スカッとする様なラストにしないとね!
突然、盛山が大きな声で申の漫画のネームの最終回のラストにはスカッとするような展開にしないと、熱烈に口にした。
申 おお!
急に大きな声を出されて、思わず現実に戻った申は、目をぱちくりさせていた。
彩未 佐上先生?
彩未は申にどうしたのと、心配になった。
申 すみません。ちょっとぼんやりして
盛山 佐上先生、お疲れしてませんか? 
彩未 毎日作品作りでお疲れなのですね。クエン酸水お持ちします。
彩未が席を立ち、申にクエン酸水を持っていこうとする。
申 ありがとうございます! 
作品作りで疲れている申にクエン酸水を持ってきてくれる彩未に、申の心はジーンと、感動した。
しばらくして彩未が作ってくれたクエン酸水を飲んで元気をチャージした申は、彩未と盛山で打ち合わせを続けた。
午後三時くらいになり、打ち合わせは終了した。
彩未 佐上先生は、昔の作品からそうだったけど、真っ直ぐで純粋なお心で漫画に取り組んでいるところが素晴らしかったです。
これからも頑張ってください
申 はい! 神山さんの為なら何でもしますよ! この連載を必ず成功させますよ!
彩未から励ましの言葉を受けて、申は上機嫌になる
盛山 (若干申に引きながら) そう! そう! その意気ですよ!
打ち合わせを終えた申は、応接室を出た時、何かに気付いたような顔をする。
編集部室で他の編集者と会話している背の高い眉目秀麗な若い男性を見て申はハッとした。
申 あ、あの男、八馬樹だ! 人気漫画「ネイチャーマン」の作家だ!
眉毛が整っていて、漆黒みたいな深い瞳に、高い鼻筋と厚い唇、背が高く、スラッとした長い脚が魅力的な八馬樹を見て、申はこんな人気漫画家がここで描いているのかと、驚愕した。
盛山 どうしましたか? 
申 盛山さん、盛山さん! (指差しながら)あ、あのイケメン、八馬樹ですよね?
盛山は申が指差している他の編集者と会話しているイケメン漫画家の八馬樹を見て、ああ、というような顔をしていた。
盛山 そうです。八馬先生は数年前にここに移籍して今では世界でも人気がある漫画家になったんですよ。
八馬先生は、日本画家の息子さんで芸大卒なんですよ。礼儀正しくて、素晴らしい方なんですよ。
盛山から八馬樹は日本画家の息子で芸大卒の芸術家系の生まれの漫画家と聞いた申は、
申 げ、芸大卒か。凄いな……
自分の育った世界とはまるで違うのかと頭から雷が落ちて落ち込む申。
ただ、申はこのイケメン漫画家をどうか懐柔させようとか、取り巻きの一人に入れようと怪しげに微笑む。
申 (こいつを味方にすれば、俺の世界が広がる。上級国民の日本画家の父親と仕事できるかもしれないし、上級国民の仲間に入れるかも)
彩未 あなたも負けてはいけませんよ。彼とお互い高め合う仲間なんですよ
申 分かっています。ちょっと話に行ってみたいと思います。
申は編集部のデスクに原稿を持ってきた樹に声をかけようとデスクの方に向かった。
ベテランの編集者の男性が樹の原稿を受け取って、樹の原稿をチェックしている。
申はたつきの原稿を見たくて、一歩一歩近づく。
編集者A 八馬先生。今月も素晴らしい原稿ですよ。本誌が引き締まりますよ
こっそり樹の原稿を覗く申。樹が描いた漫画原稿は、スタイリッシュなキャラクターが悪人を成敗するシーンだった。
コマ割りも見せ場のコマは大きくアクションを描かれていて、銃の細かい書き込みのすごさに申はほおと、声を上げた。
申 (小声で)おお! 人物のバランスが良いな。ベタと白のバランスも良くて、何より背景とか小物の書き込みが凄い……!
樹 ありがとうございます。僕がこうやって漫画界で活躍できるのはあなたのおかげです
あなただけではない、全ての皆様に感謝しています
編集者A 八馬先生はよく頑張ってくれて、うちの雑誌の売り上げがランキング一位なのは、八馬先生のおかげでもあるんです
樹 何を言っているのですか。僕はただ好きで描いているだけですよ。儲かっているからって、偉くなる必要はないんですよ
柔らかい物腰で編集者Aと接する樹の姿を見て申は原稿の書き込みがすごいだけじゃなくて、清廉な人間性にも驚いた。
編集者A(感極まって)八馬先生……
謙虚な樹に優しく接してくれて、編集者Aは感極まって目頭を熱くさせる。
申 (すげぇな。こいつ人の心を掴むのも上手いんだな)
樹の原稿をじっと覗く申に気付いた樹はン? と、申の方に目をやる。
樹 君、どうしましたか?
偶然樹と目が合い、ウッと体を硬直させる申。
樹にじっと見つめられる申は樹の深い漆黒のように暗く澄んだ瞳の美しさに息を呑んだ。
申 (あいつの瞳……なんて綺麗なんだ……あれこそが本当に一流漫画家の目なんだ)
一流漫画家の美しい瞳に見つめられて、申は心の中で
申 (この一流漫画家の心を掴めば、こいつのコネを頼れる事が出来る。何としてでも心を掴むんだよ!)
と、黒い感情が渦巻いていた。
黒い感情を見せないように申は、腰を低くして樹に微笑んだ。
申 こんにちはー。八馬先生~。いやあ、丁寧な原稿をお描きになって素晴らしいです!
樹 は、はあ。
申 僕は漫画家の佐上申と申します! この間のコンペで受賞して連載を始めることになったんです!
まさか、八馬先生にお会いできるなんて、光栄でございますよ!
僕も八馬先生の作品、毎月読んでいるんですよ~
七面相のスパイの夫の漫画、主役がカッコよくて女の子から人気あって、羨ましいなーと思いますもん!
申は恭しく、樹に挨拶と自己紹介をした。そして、樹を褒めちぎった。
樹 ああ、十年前にヒットした漫画いぶりがっコ君の漫画家さんでしたね。
漬物がモチーフで新しいもの感じましたね。
佐上先生の描く女の子は可愛かったのは覚えています
申より五つ年下の樹は、申の漫画を読んだことを静かな笑みを浮かべながら言った。
樹が申の漫画を好意的に読んでくれていると、思った申はパアッと顔が明るくなる。
申 本当ですかー? もう、八馬先生みたいな売れっ子から、お褒めの言葉をいただけるなんて最高ですよー!
樹に褒められて舞い上がっている申に、樹と話していた編集者Aはどうしようか戸惑っていた。
編集者A あの、八馬先生。話がまだ
申と樹の会話に編集者Aに割ろうとしてきた時、申はモーというような顔をしていた。
しかし、樹は違った。
樹 僕は彼とちょっとお話したいですよ
編集者A えー
 樹が申ともっと話をしたいと、編集者に断りを入れた時、申はルンルン気分になった。
申 (よーし。あいつは俺と仲良くしたいようだ。金持ちの息子はピュアだから、騙されやすいな)
樹 なあ、佐上先生。今度、一緒に飲みにでも行きませんか? いいバーがあるんですよ
樹がニコッと微笑みながら、手に持っているスマートフォンのSNSのQRコードを見せて、申と連絡先を交換しようとしていた。
申も即座にスマートフォンを取り出し、連絡先を交換しようとした。
申 はい! ぜひとも行かせてくださいな! 連絡先を交換しましょう!
樹 良いですよ。漫画界の先輩である佐上先生の話を聞きたいので
申 じゃあ、交換しましょう!
スマートフォンのSNSのQRコードをスキャンして連絡先を交換する申と樹。
申 (こいつを利用して、利益を得てやるぜ!)
心の中でガハハと笑う申は、売れっ子イケメン作家の八馬樹を懐柔することに成功した。

〇 八月十三日 申の実家の玄関
大きな旅行バッグを持った父と母。
申の父 なあ、申。お土産はどんなのが良いんだ?
申 お土産より、父さんと母さんが楽しんでくれればそれで良いよ
申の母 お父さん。お財布と携帯電話持った? 
申の父 ああ、持っているよ
申 (微笑みながら)ちゃんとチケットを持った? チケット忘れたら泊まれないから
申の母 分かってますよ。お前は細かいね
申は両親へのプレゼント旅行が比呂を殺す計画だと知ってしまったら、まずいので、とにかく気の利く息子を演じていた。
申の母 じゃあ、軽井沢旅行楽しむわ。旅行なんて久しぶりだから、楽しみよ
申 思う存分楽しんでね! 
申の母 じゃあ、行ってきます
申 行ってらっしゃい!
両親が旅行で家を出た。
申 (フーと息を吐きながら)よし、これで俺と比呂だけだ
これで家の中は申と比呂だけになったので、申はさっそく比呂を殺すための計画を実行した。

〇 申の部屋
申は机の上で、金槌で何かガチン、ガチンと叩いていた。
申 これを粉々に砕いて、アルコール飲料に入れて、比呂に
申はニヤニヤ笑いながら、睡眠薬を金槌で砕いていた。
睡眠薬をアルコール飲料に入れて比呂に飲ませるつもりだ。
申は金槌でガチン! ガチン! と睡眠薬を粉々になるまで砕いた。
袋に入っていた睡眠薬をすべて粉々になるまで砕いた申の顔に汗が滲んでいた。
申 よし、この睡眠薬を全部、これに入れて
申は不敵な表情で缶のアルコール飲料に粉々に砕いた睡眠薬をすべて入れた。
〇 一階のキッチン
申はその缶を持って、一階のキッチンまで降りて缶の中にあるアルコール飲料をグラスに注いだ。
それから、
申はフッフッフと、複雑な笑みを浮かべながら、一階の比呂の部屋のドアをトントンと叩いた。
申 なあ、比呂。美味しいドリンクあるんだけど、どう?
申は明るい声で部屋にこもっている比呂に声をかけた。
比呂 何だよ。何か用かよ
部屋越しに、比呂が不機嫌そうに言って、ドアを開けた。
申 (しめしめ、部屋から出て来るぞ)
申は比呂がドアを開けて、丸タンクみたいな姿で出てきて申は心の中でやったと、ガッツポーズをとった。
申はお盆に乗せてある美味しいフィナンシェとマドレーヌも比呂に見せた。
申 なあ、比呂。美味しいアルコールドリンクあるけど、どう? 後な、美味しいフィナンシェとマドレーヌもあるぞ! 
申が赤くジューシーで炭酸がシュワシュワ下アルコール飲料と、高級そうな箱に入っているフィナンシェとマドレーヌを見て、比呂の目の色が変わった。
比呂 本当に? 美味しいフィナンシェとマドレーヌもあるのか?
いつも不機嫌な比呂が高級菓子を見て、目の色を変えて、興味津々だ。申は比呂が高級菓子に興味持っているのを見て、フフと優しく微笑んだ。
申 ああ、これ全部比呂にあげるよ
比呂 これ、どこで買ったの?
申 実は神山書店の編集者さんから頂いたんだ。比呂にどうぞって言われて。なかなか高級菓子なんて食えないよ。大事に食べろよな
申は饒舌にこの菓子とアルコール飲料は、神山書店の編集者からいただいたと、言った。
申の話をやたら食い入るように聞く比呂に、申はしめしめと心の中でほくそ笑んでいた。
申 (よし、比呂が食べたがっているから、そろそろだな)
比呂 これ、全部食べていいの?
申 ああ! 食べな! 食べな! これ、親には内緒だから!
比呂 じゃあ、食べるわ
申 良かった! じゃ、今すぐ食べなよ
比呂 あんたには命令されたくないよ
比呂に申が持っているお盆をグイっと取り上げた事には気に食わないが、比呂を殺せるならOKという事にしよう
アルコール飲料と高級菓子を持った比呂は、部屋に戻り、部屋の中でアルコール飲料をがぶがぶと飲んでいた。
申 やった! アルコール飲料、飲んだ!
比呂が睡眠薬が入っているのを知らずに、アルコール飲料をがぶがぶと飲んでいるのをドア越しから聞いた申は、やったぞ! とひそかに喜んでいた。
ドア越しから比呂が、申に向かって
比呂 ねえ、もっとアルコールのおかわりない? 
申 ああ、あるよ。こっちに持ってくるよ
比呂がもっとアルコールが欲しいと、申に頼んできたため、申はフッと不敵に笑った。
申 (もっと泥酔させて、眠らせておくか)
心の中で良からぬことを考える申。申は二階に上がり、申の部屋の押し入れにある段ボールに入っているアルコール飲料の缶を全て、一階の比呂の部屋のドアの前に置いておいた。
申 アルコール飲料すべて持ってきたぞ。全部飲んでいいから
申はやたら気の利く弟のふりをしていた。
比呂はドアを開けて丸々とむくんだ手だけ伸ばしてきた。五個あるアルコール飲料の缶を全て取って、ドアを閉めた。
比呂の部屋の中から缶をプシュッと開けて、ぐびぐびとアルコール飲料を飲み干す音をドア越しから聞いていた申は、やったと、大喜びした。
アルコール好きな比呂は、ぐびぐびと缶を空にして、ウイ~と、顔を二ホンザルみたいに顔を真っ赤にして泥酔していた。
比呂 うい~。何か酔ってきたよ~。ぐがー……
体をフラフラしてそのまま万年床の布団に倒れ込む比呂。布団に倒れ込んだ比呂は、そのままガー、ガーと響く程のいびきをかいて眠った。
申 やったぞ! 眠った!
比呂がいびきをかいて寝ているのを知って、申は思わずガッツポーズを取った。
申 フハハハハ。さて、停電させておくか!
腹黒く笑う申は、洗面所まで向かった。
申 まず浴室を暑くさせるために、暖房を入れておくか
申は浴室の前にあるエアコンの設定を暖房にして浴室を暑くさせた。
ムーッと熱い温風が洗面所まで蒸し暑くなった。
一時間くらい経ち、熱い温風で顔にじんわりと汗をかいた申。洗面所の壁にある温度計が三十五度まで上がっていた。
洗面所に入った申は、洗面所にある棚の上にあるブレーカーに手を伸ばした。
身長が一七五センチある申は手を伸ばせばブレーカーの電源に簡単に届いた。
申 あー。身長があって良かったよ。これだけは親に感謝だよ
ニヤニヤ笑いながら、ブレーカーの電源を切ろうとする申。
申 (迷うな。迷うな。今すぐ、ブレーカーを落とすんだ。俺は間もなく上級国民の仲間入りする。そのためにあいつを……)
申はゆっくりとした手つきで、ブレーカーを落とそうとする。
バチン! と、ブレーカーを落とした申の家の中が、真っ暗になった。
真っ暗になった家の中は冷房も切れているので、暑くなってきた。
申 よーし、家の中が暑くなってきたぞ。そういえば比呂の部屋の中も暑いかな?
冷房が全部切れているため、暑くて顔にじんわりと汗をかいている申は、比呂の部屋の中に入ろうとする。
比呂の部屋は鍵がないため、簡単に入れた。
比呂の部屋の中に入った申は、あまりの部屋の汚さに鼻をつまむ。
申 部屋がホコリ臭いな。二十年以上も掃除してないし。物が多すぎだよ。
ゲームソフトの箱を床に置きっぱなしで、マンガ本も本棚にしまわずに床に放置していた。何十年も洗っていないシミまみれのパジャマがツンとした匂いを放って申は、吐きそうになった。しかも、床にお菓子の食べカスが落ちている。
申 (う、う! ご、ゴキブリ!)
床に落ちていたお菓子の食べカスを食べている小さなゴキブリが歩いていて、申はギョッとした。
申 (こんな汚い部屋で住んでいる様な豚に運気も逃げるわ)
心の中で比呂のゴキブリがうろついている汚部屋を見て、不快感を表す申。
そんな申にお構いなしに、ガーガーといびきをかいて万年床の布団に大の字になって寝ている比呂を申はチッと、舌打ちする。
万年床の布団で大の字になっていびきをかいて寝ている比呂のむくんだ顔に汗がじんわりとかいていた。
申 (比呂が汗をかいているな。後二日くらい停電させて、熱中症にさせて殺そう)
比呂が汗をかいて寝ているのを見て、申はニヤッと不気味に笑った。
申は比呂の部屋から出て行った。
二階に上がり、自分の部屋で漫画を読んでいた申。しばらく漫画を読んでから、原稿に取り掛かる申。
コンセントでパソコンを繋げていたため、充電されているので三、四時間は起動させる事が出来る。
申 ネットは使えないけど、原稿くらいは描けるし、まあ良いか
申はペンタブで漫画原稿を描いていた。ペンタブで枠線を引いて、キャラクターを下書きして、背景のあたりを取っていた。
申 この藤田田とマーヤとの邂逅を印象的に描こう
ペンタブで泉で藤田田とマーヤの邂逅シーンを描いていた。ファンタジックな異世界に転生した藤田田が、泉で水浴びしていたマーヤと運命的な出会いを描いていた。
申 マーヤの肉感的なスタイルにした方が男オタクは食いつくな。フフフ
 申はヒロインのマーヤの肉感的なスタイルをペンタブを駆使して描いていた。
エアコンが無い申の部屋の温度計は三十七度になっていた。
三十七度になっていた部屋の中は暑さと湿気でム~っとしていた。
申の顔に汗がだらだらと流れていた。
申 ああ、暑いな……
申は手で汗をぬぐいながら、原稿を描き続けていた。
三時間くらい原稿を描いていた申は席を立ち、一階へ降りた。
一階へ降りた申は、一階が熱さと湿気でム~っとしていて、また申の顔に汗が流れてきた。
一階がこんなに暑くなっていれば、比呂も熱中症になっているかな。
申はそう呟きながら、比呂の部屋の中に入っていった。
比呂の部屋に入った申は、中のモワッとした暑さにウーッと声を上げた。
窓を閉め切った比呂の部屋の温度計を見ると三十八度もあった。
申 暑いし、何か空気が臭くて、換気一回もしてないんだろうな
申はブツブツ呟きながら、布団に寝ている比呂の顔をじっと見る。
ガーガーといびきをかいて寝ている比呂の顔は汗がびっしょりとかいていて、真っ赤になっていた。
申 ふ、顔を真っ赤にして寝てやがる。睡眠薬を大量に飲ませておいたから、当分は目を覚まさないだろうな
大量の睡眠薬をアルコール飲料にこっそり入れて、比呂に飲ませたから目を覚まさないだろうと、申はワクワクしていた。
申 あ、そうだ。逃げないようにしないと
申は何か思いついたのか、比呂の部屋を出る。
申は玄関まで来た。そして、玄関にある古めかしい下駄箱の中をゴソゴソと何か探していた。
申 ヒモはどこだ?
ゴソゴソと下駄箱からヒモを取り出そうとする申。
下駄箱の奥の方にハサミとヒモを見つけて、それを外に取り出した。
申 あいつを動けないようにさせておこう
申は比呂の手足をヒモで拘束させようとしていた。申は再び、比呂の部屋へ向かった。
比呂の部屋に入った申は、顔を真っ赤にしてウー、ウーと苦しそうな唸り声を上げて寝ている比呂の姿を見て、
申 顔が真っ赤にさせて、脱水症状になっているな。熱中症の症状だな
比呂が熱中症の症状が出始めているのを見て、申はアハハと、残酷に笑った。
大量の睡眠薬を飲んでいるため、しばらくは起きないだろうと思った申は素早い手つきで、比呂の手足をヒモでグルグルと縛った。
ブクブクと太った比呂の手首と足首を外れないようにギュッときつく縛った。
比呂 ウ、グ、ウウ……
比呂の手足を肉が食い込むくらいきつく縛った申は、ハハハとしたり顔で笑った。
申 これで、自由を奪ったぞ。後は熱中症を悪化させて死なせるか
比呂が熱中症を発症してから何時間か経った。
午後六時になり、暑さがピークを迎えていた。
ムッとする様な暑さの中で、顔を真っ赤にして熱中症を引き起こしてゼーゼーと苦しそうな比呂の姿に助けようともしない申。
申 さて、麦茶でも飲むか
手足を縛られて寝返りも打てない比呂は、太っているせいで体に負担が掛かっていた。
比呂 ハア、ハアア……ク、苦しい……
熱中症にかかった比呂は鼻がつまっているのか、苦しそうな顔をして口呼吸していた。
 熱中症にかかって、ゼーゼー喘いでいる比呂を申は、涼しい顔して麦茶を飲んでいた。
申 あー。麦茶は美味しいですねー。キモイ豚なんかに麦茶やらねーよ
昏睡状態のまま熱中症で苦しんでいる比呂をケラケラ嘲笑いながら、申は比呂を見ていた。
それから、三時間くらい経った。夜の九時になった。
申 良いか、比呂。この世は行動したもん勝ちだ。俺はお前みたいな引きこもりにならないために、漫画家になった。
申は顔を歪ませて、脱水症状に陥り、呼吸を荒くして苦しんでいる比呂に向かって、嘲笑っていた。
比呂 う、ああ、ぐ、ぐあああ、み、みずが、ほ、ほしい……
申 漫画家やり続けるために、上の人間をヨイショして仕事を貰ってたんだよ。お前みたいな媚を売らない奴なんかに、良い思いするとは思うな!
水を飲みたくても飲めずに苦しむ比呂を眺めながら、毒を吐いていた。
 申 お前は男の俺を見下して生きてたから、天罰喰らって当たり前なんだよ!
バ――――――――――――――――カ!
女尊男卑の比呂を思いっきり侮辱した申は、飲み干したペットボトルを息苦しくて、ゼエゼエと喘ぐ比呂の顔にボンと投げつけた。
比呂 お、おみ、おみずを、おみずを……う、ああ、あ
申が投げつけたペットボトルは、比呂の顔にコチンと、そのまま当たった。
申 ハハハ! 歯抜けの豚! ニキビブス! ワキガブス! アーハハハハ!
申はギャハハハと、ふざけ笑いしていた。
そして申は、座椅子にある座布団を手にして体を動けず、ただ横たわる比呂に座布団をボンと、顔に落とした。
比呂 グ、フ、フ、ヴ、ヴ……
申に顔に座布団を落とされて、呼吸が出来なくなった比呂を見て、申はニンマリと笑った。
申 これでとどめを刺してやる!
申はもう後を振り返らない。ひたすら比呂を殺すことに集中していた。申は比呂の顔の上に落とした座布団を足で体重を掛けながら、比呂の顔にギュギュっと押し付ける。
比呂 ぐ、ああ、うう、う……
申に顔を座布団を押し付けられて、苦しくて呻き声を上げる比呂の体がガクガクと痙攣し始めていた。
比呂の熱中症の症状がさらに悪化し始めてきた。比呂の体が痙攣し始めてきて、申は嬉しそうな顔をしていた。
比呂 グ、ウウ、グ、ウウ……
 体をガクガクと痙攣をおこしている比呂の顔を申は更に比呂の息の根を止めようと、座布団に押し付ける力が強くなる。
呼吸が出来なくて、体の自由がきかなくてただ唸ることしかできない比呂をざまあ見ろと言うような顔をする申は、徐々に比呂の呼吸が弱くなっていくのに喜んでいた。
比呂が死ぬまで足で座布団を比呂の顔に押し付けていた申。
次の日の午前三時になり、真っ暗な部屋の中は全くの無音になっていた。
真っ暗な部屋の中で比呂の顔に座布団を押し付けていた申は、サウナみたいな暑さの部屋で酷く汗をかいていた。
座布団を押し付けている腕がきつくなったので、座布団から手を離した申。比呂の顔に押し付けていた座布団が何の音もなく比呂の顔から落ちた。
座布団が落ちて、何の呼吸一つもしない比呂の顔が血色を失って真っ青になっていた。
申 (ど、どうなった?)
申は呼吸すらしない真っ青な顔をしている比呂の顔に手でそっと触れた。
申 (つ、冷て……)
氷みたいに冷たい比呂の顔を触れて、申は思わず比呂の顔から手を離した。
申 (脈はどうだ?)
まさかという、期待と不安に満ちた顔で申はヒモで拘束していた比呂の手足を解いた。
ヒモで拘束された比呂の手首と足首は、ヒモの跡が深く食い込んでいた。
胸をドキドキさせる申は比呂の手首に触れ脈拍を確かめた。
比呂の脈拍を確かめた申は、何か嬉しい事があったかのような顔をした。
申 や、やった……
申の目が急激に輝きだし、ニヤッと笑っていた。
申 フ、フフフフ、ハハハハハー―……!
申は気に触れたかのようにゲラゲラと笑い転げていた。
そして申は息を引き取った比呂に対してこう呟いた。
申 死んでくれてありがとう
比呂が死んだのに、何故かご機嫌な顔をして死んでくれてありがとうと言う申。
残酷な申は比呂の亡骸を足でボンと蹴った。
 夜が明け、黒いリュックを背負った申は、外へ出た。
まだ薄暗い中、申は自転車を倉庫から取り出し、何処かへと走っていった。

〇さいたま市西区内の土手
朝焼けの土手を自転車で颯爽と走る申。比呂が死んで目をキラキラと輝かせていた。
申 リンダ~! リンダ~! リンダリンダリンダーダ! リンダ~! リンダ~!
邪魔な姉を消した事によって、自由を謳歌していた申。狂気にまみれた笑顔の申は、猛スピードで自転車を走らせていた。
そして、申は大宮駅周辺まで走り、大宮パレスホテルへと着いた。

〇 さいたま市大宮区 大宮パレスホテル前
自転車を駐輪場へ置き、大宮ソニックシティの中にあるパレスホテルに入った申。
上機嫌な申は、ホテルの受付で部屋を取り、エレベーターで予約した部屋へと昇って行った。
上質な香りが漂う通路を通り、予約した部屋と入った申。
部屋へ入った申は、今までと違った世界を目の当たりにした。
広く、温かいシルクのシーツと布団、座り心地のよさそうなソファ、そして窓から見える富士山を眺める事が出来る非日常な景色を手に入れたのだ。
申 やった、やった! 今日は羽を広げてエンジョイしますか!
非日常な体験をする事が出来る部屋に泊まれて、大喜びの申。
申は靴を履いたまま、ふわふわのベッドにポーンとダイブした。
ふわふわで雲の上に乗っているみたいで、夢心地の申は幸せそうだ。
申 ああ~! 幸せ~!
ベッドの上で寝転ぶ申の顔は緩みっぱなしだ。
申 ああ、そうだ。裏アカに投稿すっか!
申は、リュックからスマートフォンを取り出し、スマートフォンのカメラを起動させた。
申は窓に映る富士山をバックにし、自撮りした。
申 ふっふ~! 後、ソファとベッドも撮ろうっと!
 いい部屋に泊まれて、ご機嫌の申は見栄を張って、高級なソファとベッドをカメラアプリで撮影した。
写真を撮った申は、編集アプリで絵文字とか書き込んで、SNSにアップした。
@ガザミ・ンシ
比呂を熱中症にさせて死んでもらったおかげで、こんないい部屋泊まれたぜ! 
俺は比呂より、経済を回してるぜ! あんな豚なんか死んで当然だ! 比呂より税金を払っている俺の方が偉いと、世界中のゴミ共に教えてやるぜ! 
比呂、お前みたいな産廃を守ってくれる奴なんかいねえよ! お前なんかおから以下の価値しかねえんだよ! ハハハハ!
比呂を殺して、正常な考えが出来なくなった申は、裏アカで比呂を罵倒する様な書き込みと、自分が高級ホテルに泊まれて凄いだろという様な、写真を貼って投稿した。
しばらくすると、スマホからSNSの通知が沢山来た。
申の裏アカにたくさんのいいねが付いていた。コメントも、好意的な事ばかり書かれていた。
「引きこもりの比呂が死んでくれて良かったね!」、「ガザミさんが自由になってくれて良かった!」、「おめでとう!」
と、申の裏アカには申と同じ思想のフォロワーたちに好意的なコメントを送ってくれて、申はハイテンションになった。
申 イヤホッホーイ! イエエエエエエエー! ギャッシャアー!
申は何かに吹っ切れたのか、初めて自由になって心から奇声を上げて笑いこんでいた。
申 (やっと自由を手に入れた! クソな足かせの比呂が死んで、俺は素晴らしい未来へ走れる! これで神山彩未と結婚できる!)
申は奇声を上げて笑いながら、クルクル踊り回っていた。
比呂という足かせがいなくなって、自由を得た申。
申は恍惚の笑みを浮かべながら、踊り狂っていた。
しばらくして、ホテルのふかふかのベッドの上で横になっている申。ベッドで眠っている申の顔は、何処か苦悶の表情だった。
ベッドの中で眠る申は夢を見ていた。
トボトボとさいたま市西区の指扇駅から歩く申。下に俯いて田舎道を歩く申は、何処か悔しそうな顔をしていた。
申 何で、実家に帰らなければならないんだ。いくら収入が減ったからって……
三十過ぎてから、漫画の仕事が減って生活がままならなくなり、故郷へ帰るしかなかった申。
花の東京で一生を終えたかったが、物価が高い所では生活できないので、両親に漫画家の仕事がまた上手くいくまで、実家に居させてと、頭を下げるしかなかった。
申はさいたま市の実家へ戻った。
申 ただいま
申の母 あら、申! 戻ってきてくれたのね!
外の畑で農作業していた申の母は、手を止めて申の元へと歩いて行った。
申の母 申、大変だったのね。まあ、あんたの漫画の仕事が減って、家賃払えなくて帰ってきたんでしょ?
申 ああ、でもまた仕事が増えたら、東京に戻るけどね。それまでは居させてもらうよ
実家に戻り、母と再会した申の目が笑っていない。
申の母 まあ、うちの仕事を引き継いでくれたら、もっと嬉しいけどね
申 俺は田舎なんかに一生を終えたくないだけだ
未だに農家の仕事を継いでほしいと望んでいる母に対し、申は静かに反論した。
申 そういえば、比呂はまだ家にいるのか?
申は上京してからもう十何年もあっていなかった比呂の事を母に聞いてみた。
申の母は比呂の事を聞かれて、何か沈んだような顔をしていた。申はやっぱりかと、悟った。
申 とりあえず、会いに行くよ
申は乾いた表情で、家の中に入る事にした。
実家に帰った申は、キッチンで冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出し、食器棚にあるコップを取り出した。
麦茶をコップに中にコポコポと注いだ。
テーブルの椅子に座った申は、冷たい麦茶をぐびぐびと飲んだ。
キッチンの奥にある比呂の部屋のドアの表面が傷だらけになっていた。ドアの奥から、ピコピコとゲームの音楽が聞こえてきた。
申はアーと、うざったそうな顔をした。
しばらくして、比呂の部屋のドアの開く音が聞こえてきた。
ドアが開いて、麦茶を飲んでリラックスしていた申はウッと、恐怖に満ちた表情に変わった。
申の目の前に、貞子みたいに黒髪がぼさぼさに伸びて、豚みたいに丸々と肥えて、肌は荒れてニキビまみれの女が現れた。
比呂 フン、東京はどうだった? ここみたいに貧乏人だらけの所より、金持ちと遊べてよかったんだろうな?
比呂に憎まれ口を叩かれて申は神経をとがらせていた。
申 うるせぇ! 俺は漫画家として東京で戦ってきたんだよ。俺はお前より、努力して生きてきたんだよ
比呂 ああ、そうか。良いよね、お前は漫画で稼げるからね。その金、少しは私にくれれば良いのに
申 何だよ。俺は父親に言われてお前の口座に振り込んでやってんだよ。それ以上の文句は言うな
申はイライラしながら、比呂に自分が稼いだ金の一部を比呂の口座に振り込んでいると言った。
申から仕送りを貰っているのに、満足しない比呂は申に強引に詰めた。
比呂 まだ足りねえよ。あと月五百万円はよこせよ!
金をもっとよこせと、キレた比呂は申の顔をバチーン! と、叩いた。
申 うおお!
 比呂に顔を叩かれて、あまりの強さに思わず叫んでしまった申。
申 何しやがるんだよ!
激怒した申は比呂に顔を叩かれた方の頬を手で押さえながら、比呂に食って掛かってきた。
申は足で比呂の運動不足でぶよぶよの腹をバシュッと華麗にヒットさせた。
しかし、比呂の脂肪まみれの腹は、骨まではダメージを受けていない様だ。
比呂 てめえ、お前は漫画家だからっていい気になるな! ちょっと絵が描けるくらいだからって、私を見下しやがって!
申 うお! こ、コノヤロー!
比呂 お前が生まれたせいで、私の人生がめちゃくちゃになったんだよ! 男尊女卑のお前のせいで!
申と比呂は互いん憎悪を爆発させながら、殴り合っていた。
申 それがどうしたっていうんだよ? 良いか! この世は努力したもの勝ちなんだよ! 俺はこんな田舎から出るために、必死になって漫画投稿して、賞取ってアシスタント修行して、漫画家になった!
漫画家になってからも、毎日八時間は原稿描いて、仕事得るために出版社や企業のお偉いさんに手土産を用意して機嫌を取っていたんだ。
お前から離れるために何でもやって来たんだ! 俺は売れっ子漫画家として生きて死ぬ! お前に振り回されてたまるか!
決して比呂に搾取されてたまるかと、申は必死になって比呂に攻撃する。
申に馬乗りされて、殴られて叫ぶ比呂の眼は肉食獣みたいな目つきだった。
比呂 ふざけんなよゥウウウウウ!
申 ウガアア! テメー! 死ねよ!
比呂に爪で腕を引っ掻かれて、呻き声を上げた申はもう許さないと比呂の首を絞めて殺そうとする。
畑仕事を終えた申の両親がキッチンに入ってきた。
申の両親がキッチンでの惨劇に震えあがっていた。
申の父 ちょっと! 申! 比呂!
申の母 やめなさいよ!
申の両親が申と比呂のケンカを止めようと、お互いの体を力一杯引き離そうとする。
比呂 あ! 何するんだよ! こいつとの話はまだ終わってない!
申の父 お前達、近所迷惑になるから静かにしなさい
申 父さん、何で比呂を施設送りしないんだよ? いつまでこいつを家に居させるんだよ?
申の父 それは……この辺にいい施設が無いからだ
申 フン! 俺はこいつの世話なんかしたくねえんだよ! 働きもせずに家でゲームばっかりやって税金一円も払わん奴なんか、家から追い出せよ。何か事件起きる前にな!
比呂 何で私が施設に入らなきゃいけないんだよ。施設に入ったら、ゲームできなくなるから嫌だよ
申 少しは働けよ! 俺は毎日睡眠時間五時間だぞ! 家でダラダラするなら、実家に金を入れろよ!
比呂 嫌だ! キモオタのお前に指図なんかされたくない!
申 キモオタはどっちだよ!? 俺は毎日お風呂入って、月一回散髪にいってんだよ!
申の母 もうやめなさい! 比呂の事はもうあきらめているから!
申 母さん! 俺にこれ以上の負担を掛けさせるなー! 
比呂に罵倒された挙句、申の母から比呂の事はもう諦めきったような表情をして申は近所に聞こえるほどの不満を大声で叫んだ。
申の母 う、うう……
しばらく叫んでいた申は、体の力が一気に抜けて、病んだような顔をしていた。
申 ふ、フン。どいつもこいつも……

申はもう前を向く事をあきらめたような目をしている比呂と、人生に疲れ切ったような顔をしている申の母を見てやるせないような顔になった。
申 ああ、東京からの荷物、二階にあるんだろ? もう二階に上がるよ
この場から離れたくて、申はキッチンから去った。
思い出したくない悪夢にうなされていた申の顔にたくさんの汗をかいていた。
申 もう、嫌だ。嫌だ……
悪夢に苦しんでいた申は思わず右腕を上げた。何か助けを求めているようだった。
申 俺を解放させてくれ……俺はもう、自由になりたいんだ――!
ガバッとベットから飛び起きた申。夢から覚めた申はハアハアと荒い呼吸して、辺りを見回した。高級ホテルの部屋の中は相変わらず品を失っていなかった。
窓の景色を見ると、すっかり夕焼け空に変わっていた。
申 もう夕方か。そろそろ時間だな
 頭を抱えながら、申はゆっくりベッドから起き上がり家に帰る準備をした。
ホテルのチェックアウトを終えた申は、明日の夕方に両親が軽井沢から帰ってくるため指扇に戻らなければと自転車を走らせていた。

〇 夜七時 さいたま市西区 申の実家玄関前
指扇の実家へ戻った申は、両親が帰ってきた時に怪しまれないようにすかさず浴室の電気のブローカーを元に戻した。
すると、家の中が急に明るくなった。
明るくなった家の中で、申は比呂の部屋に入った。
比呂の部屋の中は、熱中症を起こし、申に口を塞がれて呼吸困難になって死んだ比呂の遺体が転がっていた。
申は、フッと笑い、比呂が本当に死んだと心の底から喜んだ。
申 誰にも知られずに比呂を殺せた……
表は人の良い漫画家、裏は血の分けた姉弟を容赦なく殺せる残酷な殺人鬼の顔を持つ申はこれで、神山彩未と付き合えると思った。
申はキッチンに向かい、救急車を呼ぶため、一一九番通報をしようとした。
電話のボタンで一一九を押して、着信が来るのを待つ申。
消防本部職員 はい! 埼玉県県央広域消防本部です! 火事ですか? 救急ですか?
消防本部に繋がり、申はうんと、せき込み、通話に応じた。
申 あの、救急です…… 実は僕の姉が部屋で倒れていて……意識が無いんです! 
姉の顔が青ざめていて、脈も止まっていて…… 姉を助けてください!
申は姉想いの弟に見せるため、悲しそうな声で救急車を呼ぼうとした。
消防本部職員 お名前と住所をお願いします
申 佐上比呂です。さいたま市西区西遊馬です。お願いです……僕の大切な姉を助けてください……早く救急車を……!
消防本部職員 分かりました。佐上比呂さんが部屋で倒れていて、意識を失って脈も止まっているのですね。分かりました。
 玄関のカギを開けて、玄関前でお待ちしてください。大丈夫です。必ず来ます
申 ありがとうございます……玄関のカギを開けてお待ちします。どうか姉を助けてください。お願いします
誠実な消防本部職員が救急車で家に来てくれるので、申は泣きそうな声で電話していた。
電話を終えた申は、フーッと長く息を吐いた。
とりあえず、救急車は来るから比呂の保険証を申の二階にある両親の部屋のタンスから比呂の保険証を取り出した。
その後、申の父の携帯にショートメッセージで比呂が倒れた。救急車で病院に診てもらうと、送った。
申はとにかく比呂を殺した事を悟られないようにと、パソコンのネット検索履歴と、睡眠薬を買ったサイトのブックマークを削除したり、証拠を隠滅した。
家の近くから救急車のサイレンの音が聞こえてきて、急いで一階に降りて玄関のカギを開けて玄関前に立つ申。
救急隊員A 佐上比呂さんのご家族ですね。
比呂さんはどちらにいますか?
申 ああ、助けてください……姉が死んでしまう! 
救急隊員B 大丈夫ですよ。僕達に任せてください。比呂さんはどちらですか?
申 うう、うう、ああ、あ、姉はキッチンの奥の部屋にいます
救急隊員C キッチンの奥の部屋に比呂さんがいるのですね! キッチンの奥の部屋へ担架で運びます!
申 うう、くうう、お、お願いします
玄関のドアを開けてきた若い男性の救急隊員三人が泣き叫ぶ申に対して、冷静に誠実に比呂は大丈夫だとなだめる。
救急隊員は素早い足取りでキッチンの奥にある比呂の部屋へと入っていった。
汚部屋の比呂の部屋の中に入った救急隊員は、あまりの酷さに衝撃を受けた。
救急隊員B こ、これは
布団の上で死に絶えた比呂の遺体を目の当たりにして、動揺していた救急隊員。
救急隊員A 脈を感じない。体温も一切感じない……
申 ど、どうなのですか? 姉は助かりますか?
救急隊員が比呂の状態を診ていて、申は比呂を心配して涙を流していた。
しかし、申の目から流していた涙は嘘だった。救急隊員に同情させるために泣いているふりをしているだけだ。
心配する申に救急隊員が倒れている比呂の状態を診て、何処か表情が重かった。
申 なあ! 何だよ! 何黙っているんだよ!
申が重い表情をしている救急隊員に詰め寄った。
救急隊員は、申の目を見れずに重い口を開いた。
救急隊員C あ、あの……申し訳ございません!
 申し訳ございませんとの、一言によって、申の心が嵐のようにざわついていた。
申 え? もしかして、比呂は……
救急隊員C 比呂さんはすでに息を引き取られました……
救急隊員A 本当に申し訳ございませんでした。これから病院の方に搬送して、先生に診てもらって、死亡確認をしてもらいましょう
申 そんな、嘘だ。うう、あああ……
申は比呂が死んで大泣きした。
申は心の中で比呂が本当に死んだのだと、実感した。
比呂の遺体を救急車へ運び、指扇病院へと搬送された。

 〇 次の日の朝 指扇病院 霊安室
 例の感染症が流行っているため、死亡診断書を先生に書いてもらった後、すぐさま比呂の遺体を火葬して骨壺に収めた。
骨壺に入れられた比呂の骨は、ほとんど外に出ていないのか、骨が衰えていてほとんどなかった。
申は霊安室の中にある比呂の骨壺をじっと見つめていた。
申 (これで良いんだ)
申は心の中で比呂が死んでくれて良かったと、呟いていた。
その時、比呂が倒れたと申から連絡を受けた父と母が急いで軽井沢から帰って、病院に駆け付けた。
霊安室に案内された父と母は、比呂の変わり果てた姿にワア、と号泣した。
比呂の骨壺を抱きしめて小さな眼からたくさんの涙を流す母の後姿を見て、
申 (何泣いてんだ。母さんだって、比呂にひどい目遭わされたんだろ。食事代が減って良かったと思えよ)
母に同情する気もなかった。
比呂の死亡診断書には、死因が熱中症による脱水症状と呼吸困難と書かれていた。
とりあえず、アルコールと睡眠薬に関しては検出はされたが、申が比呂がこっそり通販で購入して常用していたと、嘘ついた。
申が比呂の口を塞いで呼吸困難にして殺した事は誰にも気づかれなかった。申は比呂を殺した事は一生の秘密にしようと決意した。
比呂が死んで二日後には葬儀が行われ、家族葬だった。比呂には生前、学生時代の同級生や先生と一切連絡を取っていなかったため、家族のみでの葬儀だった。
僧侶がお経を読む中、大切な娘を失って、悲しみに暮れる父と母。
申はそんな父と母の事なんか、どうでもいいような表情で見ていた。
申 (父さんと母さんはバカだ。引きこもりなんか社会のお荷物だ。これから引きこもりの奴の方が先に死ぬ世の中になるんだよ)
申は心の底から引きこもりを憎んでいた。
比呂が死んでくれたお陰で、申は自由になった。申にはこれからラッテコミックで連載の仕事を始まるし、新しい世界へと走り出していた。
そう、申は輝く未来への希望を胸にしてニコッと微笑んでいた。


第四話「上級国民の仲間入り」
比呂が死んで、四か月になった。
比呂が死んで自由を手にした申は、十一月から神山書店のWEBマンガレーベルのラッテコミックで、数年ぶりの連載作品を発表された。
申の新連載作品のタイトルは「藤田田、異世界転生して経営マネジメントを始めた」だ。
 連載第一話は藤田田はハンバーガーショップのマクドナルドの経営を始めてから数十年が経ち、幸せな人生を送っていた。
しかし、銀座で交通事故に遭ってしまった田は、その衝撃で異世界セレスティアに転生してしまう。
ファンタスティックな異世界のセレスティアに転生した田は、見た事も無い様な生き物や景色に戸惑う。
未知数の異世界に迷い込んでいた田は、セレスティアのライラック王国の三姉妹の王女マーヤとセイカ、ミレイヤと出会い、ライラック王国の城下町の潰れそうなカフェを再建を命じられて、田はこの世界で生き残るためにカフェを再建することを誓うというストーリーだ。
申の新作漫画は、SNSなどで一気に話題になった。日本の経営者が異世界転生するという、斬新な話にみんな虜になった。
〇 東京都 赤羽区にあるアパートの一室
綺麗に整理整頓された部屋。申の机には漫画道具が一式に並べられていた。
指扇の実家を出て、東京で一人暮らしをしている申は、毎日コツコツと原稿を描いていた。毎日朝四時に起き、朝五時から原稿に取り掛かって夕方四時まで描いていた。
久しぶりの連載を開始した申は、デジタルアシスタントも三人雇った。
デジタルで描いているので、アシスタントとのやり取りもデジタルで行っていた。
コツコツとパソコンで原稿を描いている申は、久しぶりにこんな充実した人生を謳歌している。
夕方五時になり、そろそろ作業を一段落しようとしたその時、申のスマートフォンにメールの受信音が聞こえてきた。
申 誰からだろう?
申は机の上にスマホスタンドに置いてあったスマートフォンを取って、メールボックス内にあるメールを確認した。
申 え、か、神山さんだ……!
彩未からメールが来て、あまりの嬉しさに大泣きして喜んだ。申は何か脈があると思って、すかさずメールを確認した。
彩未 こんにちは。神山書店ラッテコミック編集部の神山です。
佐上先生の新連載「藤田田、異世界転生して経営マネジメントを始めた」がWEBで公開してからあっという間に五百万PVも閲覧されて、口コミでも広がって大好評なんです。
偉大な経営者の藤田田がまた再注目されて、マクドナルドや藤田田の関連書籍などの売り上げがアップしたって、ネットでも注目されているんです。
佐上先生の誠実な筆力とアイデアのおかげです。佐上先生はもっと自信をもって作品を書き続けてください。
私の父も佐上先生の漫画を読んで、これは面白いって太鼓判を押してるくらいなんですから。
申 あ、彩未さん……! 神山社長が俺の漫画が好きってメールしてくれた……!
申は彩未からメールの内容を見て、まさか神山書店の社長である神山太郎が申の漫画が面白いと言っている事に感激した。
申は更に彩未から送られてきたメールを読む。
彩未 そういえば、新連載のヒット祈願に大宮の氷川神社にご祈願したいっておっしゃっていましたね。
私の出版社、土日が休日なんです。今度の土曜か日曜あたりにご祈願にしに行きませんか?
申 こ、これは! 一世一代の大チャンスだ!
申は彩未から今度の土日あたりに大宮の氷川神社にヒット祈願したいというメールの内容に、申は思わず熱を上げた。
申 佐上申です。ご連絡いただきありがとうございます。
今回の連載は絶対に成功させたいので、大宮の氷川神社にヒット祈願に参りたいと思います。
今度の日曜の午前十一時に大宮駅の豆の木で待ち合わせしてから、氷川神社に参拝しましょう。
その後に、大宮のレストランで食事でもしましょう。
神山さんにご馳走してあげたいのです。
それまでに体調を整えてきます。
今度の日曜の午前十一時の大宮駅の豆の木でお会いしましょう。
では。今日はどうもありがとうございました。
ご連絡お待ちしています。
申はすかさず、彩未にメールを返信した。
申 よ、よし! 彩未さんにプロポーズするチャンスだ! 指輪も用意して、ご祈願が終わったら、レストランでプロポーズする!
氷川神社でのご祈願の後に、彩未に結婚申し込んで結婚に踏み切れるチャンスが降ってきたと、申の彩未への熱い想いが一気に噴き出した。
申 絶対にプロポーズ成功させて、上級国民の仲間入りしてみせる……! 神山彩未の婿におさまれば、みんな俺にひれ伏すだろう……! ハハハハハハハー!
申は絶対に彩未の心を掴み、結婚して金と権力を手に入れると野心を露わにした。
それから、申は彩未にプロポーズするために指輪を購入するためにさいたま市大宮区にあるそごうにあるジュエリーショップでダイヤモンドの指輪を買った。
申はとにかく一番高いダイヤモンドの指輪を買って、プロポーズの準備をした。
 それから申は、上手くいくプロポーズのやり方をネットの動画サイトで必死に見て練習した。
ネットで大宮区内で評判の良いレストランを予約した。チャペルのあるフレンチレストランだ。
後、美容院で髪をカットするのと、顔のシェービングをして清潔感のある男に変わっていった。
とにかく申は、彩未を手に入れるためならどんな努力もする。申の野心に満ちた顔が自宅にある鏡に写っていた。

〇 十一月二十日 大宮駅 豆の木前
季節は秋深く、大宮駅の中は秋の装いをして街を闊歩する人々でにぎわっていた。
申 ついに本番だ
髪を整え、かっちりとしたスーツを身にまとった申が豆の木の前で佇んでいた。
緊張気味の申は、スーツの胸ポケットの中に彩未にプロポーズするための指輪の箱を入れていた。
申 (真剣な表情で)必ず成功させてみせる。俺は金と権力を手に入れてみせる。その為に神山書店で連載の仕事をやっているから
と、申は小声でつぶやく。
申が彩未を待っている中、駅の構内で長く濃い茶髪をキラキラとなびかせ、赤いシャネルのワンピースをスラッと着こなしてモデルの様にカッコよく、スレンダーな女性が手を振って歩いてきた。
申 は、あ、彩未さん!
彩未が手を振りながら申の元へ歩く姿を見て、申は後光を放ちながら歩く彩未に思わず、声を上げた。
彩未 おはようございます! 佐上先生! お待たせしました!
 彩未がキラキラと輝く笑顔で申の待つ豆の木前までやって来た。
申 おはようございます!
申は大喜びで彩未に駆け寄る。
彩未がオシャレな装いで来てくれるなんて、申は嬉しくて仕方ない。 
申 僕は神山さんと氷川神社にご祈願に一緒に行けるなんて、幸せなんですよ~!
一緒に氷川神社に行けると、幸せな気持ちを彩未にさらけ出した。
彩未 まあ、佐上先生ってとても前向きですね。嬉しいですわ
申 僕の地元に来ていただけるなんて、嬉しいんですよ
申は自分の地元の大宮に来てくれる彩未に感謝していると頭を下げた。
彩未 私も神社が好きで、大宮の氷川神社に佐上先生とご祈願に行けるなんて、嬉しいですよ。なかなかそういう漫画家さんいなくてね
申 僕も神社が大好きですよ。このままおしゃべりしてたら、レストランの予約時間が来てしまいますよ。早く行きましょう
彩未 じゃあ、早速氷川神社に参りましょう
申と彩未は大宮駅東口から出て、氷川神社の方へと歩いて行った。

〇 大宮氷川神社 鳥居前

大宮氷川神社の鳥居を申と彩未は参道を端の方に寄せて鳥居をくぐった。
氷川神社はまだ午前中だが、散歩に来る老人や幼稚園の先生が無垢な園児たちをカートに乗せて参拝に来ていたり、外国人もチラホラ来ていた。
申と彩未は空気の澄んだ神社の境内をゆったりとした足取りで拝殿の方へ向かった。

〇 大宮氷川神社 祈祷殿内
申と彩未は、申の漫画連載のヒット祈願するためのご祈祷が始まろうとしていた。
祈祷殿内に背筋を伸ばして椅子に座っていた。張り詰めた空気の中、太鼓の音と共に祈祷が始まった。
祈祷殿内で神職の老齢の男性が参拝者の申と彩未の穢れを払う修祓が行われた。
神職の男性が短い祝詞を読み、祭具でお祓いされた。
お祓いされた申は初めてのご祈祷に緊張していた。
申 (ああ、緊張する。彩未さんと一緒にご祈祷するなんて、めったに無いよ)
修祓が終わり、神職が神様に願い事を伝えるために祝詞奏上が行われた。申と彩未は頭を下げたまま、神職が行う祝詞奏上に挑んだ。
祝詞奏上が終わり、神様への感謝を伝えるために巫女がフワリフワリと、軽やかな舞を見せた。
頭を下げたままの申は、チラリと巫女の軽やかで神秘的な舞を見て、ハアッと感動していた。
次は玉串奉奠が行われた。玉串を神前に捧げる儀式だ。申と彩未は榊の枝に紙を付けた玉串を神様に捧げた。
申と彩未は厳かな儀式を真剣にかつ謙虚にご祈祷を行った。
ご祈祷を終えて、お札とお守りと撤下品を受け取った申と彩未は、これで申の連載のヒットは確実だという充実感を味わっていた。

〇 大宮公園周辺にある 高級レストラン
申は あらかじめ予約した大宮公園周辺にある高級レストランに彩未と共に向かった。
申が予約したレストランはフランスの三ツ星レストランで修業したコックが作るフレンチ料理は一口食べると一気にフランスに行ったような気分になるほど美味しいと評判だ。
深い緑が生い茂る中に、外国の教会みたいな建物のレストランで、申はロマンティックな建物を見て、彩未が嬉しそうな顔をしているのを見つめていた。
 彩未 佐上先生、こんな素敵な建物のレストランを予約なさったんですか? 嬉しいわ
彩未がときめく表情で教会みたいなファンタスティックなレストランを予約してくれた申に嬉しいと微笑んだ。
申 神山さんの為なら、何でもしますよ。さあ、入りましょう
申は紳士的な振る舞いで彩未をエスコートした。
この広大な敷地内にあるレストランにはチャペルが温かな雰囲気で佇んでいた。
 温かな木造チャペルをじっと見つめる申は、覚悟を決めた表情をしていた。
申 もう、後に引けない。俺はここで彩未さんに
彩未 佐上先生? どうしました?
彩未が心配そうに見つめられて、申はドキッと顔を真っ赤にして
申 ああ、早くお昼を食べましょう! あらかじめ予約していますので、さあ!
申ははやる気持ちを抑えながら、レストランの受付に走って、ランチの予約を確認した。
解放的なテラスで、ランチをする申と彩未は、スパークリングワインを飲み、オマールエビデクネリゾンを味わった。
申は初めて食べる高級フレンチに舌鼓した。
申 オマールエビって日本のエビより、味が濃くておいしいよ。一生忘れられない味だよ
申は美味しいフレンチを味わえて、幸せそうな顔をしていた。
彩未 まあ、佐上先生ってとても素直ですね。美味しいものを美味しいって言える人は素敵ですよ
彩未が上品な笑みで、申が素直で素敵と褒めてくれて申はキラキラとした笑みを彩未に向けた。
申 本当ですか? 嬉しいです!
彩未 私の為にこんな素敵なレストランを予約していただけるなんて、貴方はジェントルマンですよ。今度何かお礼しますね
彩未が申にお礼したいと、にこやかに伝えられて申は、よし、よし、とほおを緩ませた。
 デザートのケーキを食べて、ランチを終えた彩未はうっとりとした表情で申に
彩未 今日は美味しいフレンチを頂き、誠にありがとうございました。また、機会があればもう一度ここのレストランでディナーにも一緒に行ければ幸いです
申はそろそろ彩未をチャペルに案内して、プロポーズしようと、決意していた。
絶対にプロポーズを成功してみせると意気込む申は、席を立とうとする彩未に
申 あ、あの! ちょっとチャペルにでも見に行きませんか?
緊張気味にチャペルの方に指差して、チャペルを見に行こうと誘う。
申 (これはサプライズである事をバレないようにしなければ)
どうしたのという顔をしている彩未に対し、申は心の中でこのままプロポーズまで持っていこうとしていた。
彩未 は、はい
きょとんとしている彩未に申はニコニコと微笑みながら、
申 せっかく、こんな素敵なチャペルがあるなら中に入ってみましょうよ。僕は一回も教会に入った事なくて、漫画の資料として写真を撮りたいなと思いまして、ね?
漫画の資料にチャペルの写真を撮ってみたいとお願いした。
彩未 まあ、チャペルに行くのはなかなか無いから、良いでしょう
彩未がチャペルの方を見つめながら、申の願いを叶える事にしようと一緒にチャペルに行く事にした。
一緒にチャペルに入れると、申は感動してガッツポーズを取った。
彩未 早く行きましょう
申 あ、待ってください! すぐ行きます!
申は先にチャペルへ行こうとしている彩未から早く行きましょうと、軽く叱られて慌てて彩未の後を追った。
チャペルの中に入った申と彩未は、懐かしい木造のチャペルの雰囲気に思わず笑顔が綻ぶ。
彩未が光り輝く祭壇を目にして、うっとりとロマンティックな気分だ。
申は彩未がこの温かみのあるチャペルを気に入ってくれたみたいで、申はスーツの胸ポケットに入っている指輪の箱に触れる。
申 素敵な大人の男になるんだ。繊細な女性を優しく包み込み大人の男になるんだ
申の顔はキリッと大人の男の表情に変わって、祭壇を眺めている彩未に声をかけようとする。
申 彩未さん。実は僕は……
彩未 はい? どうしました?
大人の男の表情をしている申に彩未はちょっとドキッとした。
彩未 あの、漫画の資料として写真は撮らないんですか?
申の変化に戸惑う彩未は、申の真剣な表情は顔を赤らめている。
申は、体を下に屈め、王女に敬礼する騎士のような姿勢をとった。
申 彩未さん、よく聞いてください。僕は今まで暗闇の世界に居ました。漫画家として再び輝くために神山書店のラッテコミックのネームコンテストに血が吐くほど描いて応募しました。最優秀賞をとりました。
何故頑張って描いた理由は、彩未さんに振り向いて欲しいからです
申は胸ポケットから指輪の箱を取り出し、指輪の箱をゆっくりと開ける。
申 僕は彩未さんと初めて打ち合わせした時から、あなたの事を愛しています。
僕は生涯彩未さんをこの身が滅んでもあなたを愛し抜きます!
彩未 佐上先生
 申は箱の中から、光り輝くダイヤモンドの指輪を彩未に差し出す。何の不純物も入っていないダイヤモンドの指輪は、神からの献上品の如く輝いていた。
申 僕は神山彩未さんを愛しています! この指輪を受け取って下さーい!
誠実な姿で彩未にプロポーズする申は、真剣そのものだ。
急に申にプロポーズされる彩未は、誠実な目で彩未をじっと見る申に彩未は、少し考えるしぐさをとった。
申 お願いします。必ず幸せにします
彩未のプロポーズの返事を目を潤ませて申の姿はいじらしいものだった。
彩未……佐上先生。あなたの誠実な想いはとても伝わりました。ありがとうございます
彩未が顔を赤らめて、申が手に持っているダイヤモンドの指輪を上品に受け取った。
彩未 私はあなたのお気持ちを受け取ろうと思います。私も佐上先生みたいな方と出会えて良かったです
申 あ、彩未さん
 彩未がダイヤモンドの指輪を自分の左手の薬指にはめる姿を見ていた申は目を輝かせてみていた。
彩未が左手のほっそりとした薬指に指輪をはめて、笑顔で申に向けた。
彩未 佐上先生と結婚したいと思います。でも……
彩未が笑顔で申と結婚したいと、申の愛する気持ちを申に伝えた。言葉の最後にはでもという言葉に申はエ? と目を点にした。
申 でもって、何でしょうか?
彩未 私達が結婚するには、佐上先生の身辺調査をしてから、お互いの両親とお食事会で話し合いしてからです
申は彩未の身辺調査という言葉に、エエッとなった。申の顔色が一気に真っ青になった。
 申 何故、身辺調査をなさるのでしょうか?
彩未 私の父はとても厳しい父で、私の結婚相手には変な男ではダメと言われているんです。佐上先生も過去に何か悪さしているのを父に知られたら、結婚できなくなってしまうわ
申 え、ェエエ? 彩未さんのお父様ってそんなに厳しいんですか?
申は悲しげな顔で彩未にそんなに神山社長は厳しいのかと、問いかける。
彩未 今日帰ったら両親にあなたからプロポーズを受けた事を話します。私は佐上先生の事信じていますので。身辺調査次第で
彩未から、申にプロポーズされた事を両親に話して、身辺調査の結果次第で、申と結婚すると厳しく告げられて申は受け入れるしかなかった。
申 分かりました。彩未さんのご両親に従います。それまで
申は彩未に頭を下げて、神山太郎に申の身辺調査に協力することになった。

〇 十二月二十九日 申の東京のアパートの一室
彩未へのプロポーズから一ヶ月、あと少しで一年が終わろうとしている。申は今まで通りに連載の仕事をこなしていた。
最新話のペン入れを終えて、効果線をパソコンで引いていた時、申のスマートフォンにメールの着信音が鳴った。
申はスマートフォンを手にして、メールボックスに入っているメールの内容をチェックした。
申 あ、彩未さんからだ!
申は彩未からメールが来て、すぐにそのメールの内容を詳しく見た。
彩未 こんばんは。申先生。彩未です。
あなたに大事なことをお話したいと思います。
実は私の父に申先生にプロポーズを受けた事をお話しました。父は先生の事、「佐上先生はうちのワガママな娘を好きになるとは相当度胸ある男だ!」
と、大笑いしてました。
申 へえ、俺が度胸ある男かー。それで?
まさか神山社長から、申の事を度胸ある男と褒められて申はちょっと照れてしまう。
彩未 それから父は申先生の事をラッテコミックで連載してから、先生の作品を毎日読み込んで、もうセリフを全部覚えたってくらいです。
そのくらい先生の事気に入っているんです。
話は変わりますが、申先生の事を身辺調査の結果を報告して欲しいと、父から言われてて。
身辺調査の結果ですけど、地元やアシスタント先や、同業の漫画家さんとかから特に女性問題とか、人身事故などを起こしていないってことが分かりました。
ただ、ご家族についてなんですけど、お聞きしても良いですか?
 彩未からメールで家族のことについて、聞かせて欲しい事があると、聞かれた申は一瞬動揺した。
申 まさか、まさか……
まさか、比呂のことについて何か怪しんでいるのかと、申は寒い冬に冷や汗をかいた。
申 比呂の死になにか、疑問でもあるのか。
あいつは熱中症で死んだだけだ! バカ野郎!
比呂の事を思い出して、カッとなった申はスマートフォンに向かって、大声で暴言を吐いた。
彩未 私の両親が申先生とご両親にお会いしたいと申してまして。一度食事にでもどうでしょうか?
そこで、申先生のご家族の事を確かめてOKが出たら、入籍しましょう。
もし、ご家族、ご親戚の方々に犯罪歴とかあったら、この話はなかったことにします。
私は心の底から笑える家庭を作りたいのです。私の願いを叶えてくれるのなら、聞き入れていただけませんか?
申は迷っていた。もし、申が比呂を熱中症にさせて殺した事を知られたらどうしようと迷っていた。
申 優しい嘘を付けばいいんだ
何とかして、誤魔化さないといけない。優しい嘘を付けば、許されるという話を聞いたことがあるから、神山家に優しい嘘を付こうと、申は腹黒く笑った。
申 こんばんは。佐上申です。
分かりました。今度、彩未さんのご両親と僕の両親で食事にでも行きましょう。
そこで僕の家族の事をお話します。僕に偽りない事を証明させていただきます。
それまでに問題を起こさないように過ごしますね。
メールありがとうございました。
おやすみなさい
申は腹黒く笑いながら、彩未にメールの返信をした。
数分後に彩未からメールの返信が来た。
申は彩未からのメールの返信を読んだ。
彩未 メールありがとうございます。彩未です。
あなたのお気持ちはよく分かりました。
では、来年の一月十日のお昼の上野のレストランを予約していきますね。申先生のご両親にお会いできるのを楽しみにしております。
では、来年もよろしくお願いします
申 くぅウウウウ~ハ~~~~~!
彩未からの返信をくまなく見た申は、ハーッと物凄いエネルギーが消耗したような声を上げた。
申 (よし、来年まで耐えろ! 絶対に彩未さんと結婚してみせる! ファイト! 申!)
来年に結婚できるまで、絶対に耐えてみせると宣言した申は、残りの仕事を終えるために作業に戻った。

〇 二〇二四年 一月十五日 東京都 上野駅近くのレストラン前
レトロな雰囲気の漂う高級レストランの前で、おめかしした申と申の両親が彩未と彩未の両親が待つレストランの中へ入っていく。
申の母 こんな高級なレストランで申の婚約者とそのご両親に会うなんて、足が震えるわ
彩未の両親と初めての体面に顔をこわばらせている申は、久々におめかしした母に向かって
申 母さん、俺の姉の事を引きこもりだって知られないように、在宅勤務してたって伝えて欲しいよ。
と、申は姉の比呂が引きこもりだったことを知られないように、在宅勤務していた事を彩未たちに言えと釘を刺した。
申の母は仕方なさそうに、申に向かってこう指差した
申の母 分かってますよ。あんたがすごいお嬢様と結婚するんでしょ? あんたがヘマしないで欲しいわ
申の父 比呂が急に死んで、口座を調べたら五千万円もあったことに驚きだったがな
申 そ、そー! あいつはアニメとゲーム以外ほとんど金使わなかったんだから、それなりに残っていたよ! アハッハハ!
申は妙に引きつった笑いで、何とかなると両手でグッドサインをした。
申が妙に比呂の事を引きこもりであるのを神山家に知られたくないのか、父と母は疑問を抱いていた。
レストランの受付で、予約確認をした申と申の両親は、指定された席へと向かった。
彩未 申先生! おはようございます!
申 彩未さん 只今来ました
指定された席にはすでに白い清楚なワンピースを身にまとった彩未がいた。申は彩未に挨拶した。清潔感のあるショートヘアの上品なマダムが席に着いていた。
申 彩未さん、僕の両親です。農家を頑張っているんです
彩未の清楚なワンピース姿に照れる申は彩未に両親を紹介した。
申の母 初めまして。申の母です
申の母が女神のような美しさの彩未の姿を見て、惚れ惚れしながら挨拶した。
彩未 まあ! 申先生のお母様って、優しいお顔ですね! 申先生にそっくりですわ
申の母 まあ、彩未さんにそうお褒めになられるなんて、夢みたいです
彩未に優しい顏と褒められた申の母は、まあと、喜んでいた。
彩未 私の両親を紹介しますね
彩未が申を連れて、上品なマダムに顔を合わせた。
彩未 お母様、こちら佐上申先生
申が上品なマダムにペコリと頭を下げて、挨拶した。
申 初めまして、ラッテコミックで連載している佐上申と申します。お母様にお会いできて光栄です。
美子 初めまして。佐上先生。私は神山太郎の妻で彩未の母の神山美子(よしこ)と申します。いつも彩未がお世話になっています
彩未の母の美子が、バラの花の様な華やかなオーラを放ちながら、申を迎え入れた。
美子 彩未がこんなハンサムな方からプロポーズされるなんて、思いもしなかったですよ さあ、席に着いて
美子に促されて、席に着く新都心の両親。
初めて、良家の顔合わせをする申は緊張気味な顔をしていた。
美子 太郎さん。彩未の婚約者の佐上申先生よ
太郎 ほお。佐上先生! よくぞ来た!
私は神山書店の二代目社長の神山太郎だ。
よろしく!
熊みたいな巨体と、マフィアみたいな恐ろしい風貌と、高級なオーダーメイドのスーツを身にまとった男がドンと堂々と申に挨拶した。
申 は、初めまして! 僕は漫画家の佐上申と申します! 神山社長にお会いできて光栄です! 
何か危険なオーラと覇気あるオーラが入り混じった神山太郎という、男に申は圧倒されていた。
鋭い目で申を見る太郎に申は緊張で背筋がピンとしっぱなしだった。
太郎 そんなに緊張するな。私はずっと前から佐上先生に会いたかった。君は良い顔をしている。流石、彩未が選んだ男だけであったな
申 あ、ありがとうございます! 
太郎 君は本当に彩未のことが好きなんだな。そう顔に書いてある
申 もう、彩未さんへの愛はつい、顔に出てしまって
太郎がどっしりとした表情で申が彩未を愛しているのが顔に出ていると、見抜かれて申は恥ずかしくなった。
美子 彩未から聞いたけど、佐上先生はよく打ち合わせのたびに神山書店の皆様に十万石饅頭を差し入れてくれると聞いて、私もこの間通販で買いましたのよ
申 十万石饅頭を頂きになられたのですね! 嬉しいです! あの饅頭、あんこの甘さが控えめで美味しいんですよね!
美子 そうなのよ。編集者の皆様も十万石饅頭好きって。お得意様になろうと思って フフ
そう申たちが雑残をしている中、シェフが出来立ての料理を持ってやって来た。
シェフ お待たせしました! 戻り鰹(がつお)と野菜のテリーヌです!
前菜の戻り鰹の野菜のテリーヌがテーブルに並べられた。
太郎 さあ、食べなさい
申 はい
申の母 まあ、こんな料理は今まで一度も見た事ないわ
 申 田舎臭い事言うなよ
 田舎暮らしが長い母が初めて見るフレンチに目を丸くしていたため、申はやれやれと言うような顔をしていた。
早速、戻り鰹と野菜のテリーヌをナイフとフォークを使って申は初めて食べてみた。
申は初めての味に目の中が星でいっぱい輝く程、美味しいと喜んだ。
彩未 まあ、申先生がこんなに喜んでいただけるなんて
申 こんな夢みたいな料理を食べれるなんて……
申は夢みたいな料理を味わって、あまりの美味しさにほおが緩んでいるのを太郎に
太郎 ハッハッハ! 君は正直だ! 漫画家は正直な方が良い! これは嬉しいな!
と、太郎に大笑いされて申は照れた。
コース料理のメニューを次々出されて、それを舌鼓する申たちは楽しく会食していた。
太郎 フフフ。ここのレストランは上野駅に残る旧貴賓室を活かしたレストランなんだ。
私が子供の頃、父によく連れられて一流の人間は一流の人間と付き合い、一流の食事をするものだと教えられた。
ファストフード店で食事するのは三流のする事だと教えられて、一度も行った事が無い
佐上先生は、こういうレストランに来た事は無いか?
申 いやぁ。漫画家デビューの頃にアシスタント先の師匠に銀座のレストランに連れてってくれた時以来ですね。また、漫画家として復活したらこういうレストランで食事をするって決めてたんです
太郎 そうか、ではこれからもここで食事するか。その前に、君の事を調べてきたんだが
太郎が黒毛和牛ホホ肉の赤ワイン煮込みを食しながら、鋭い視線で申を見る。
申は太郎のオオカミみたいな鋭い視線に、まさか、まさかと冷や汗をかいていた。
太郎 彩未と結婚する相手が何か過去に不祥事を起こしていないか、身辺調査していた。
佐上先生の父方と母方の家系は共に農家の家系という事が分かった。
卑しい血筋の者ではなくて良かったが。
まあ、女性問題とかパワハラ問題は起こしていないと分かった
太郎にギラギラとした眼で探偵を使って、申の事を調べた結果は卒業校や同業者の間で女性問題やパワハラ問題は起きていなかったと、太郎に告げられて申は、胸をドキドキさせていた。
申 そ、そうでしたか……僕は無視も殺せない様な小心者でして……
蛇みたいにギロッと睨みつける太郎に申はビクビクしてカエルみたいに縮こまっていた。
太郎 うちの一人娘は、幼い頃から神山書店の次期社長として、帝王学や語学留学と慈善活動を進んで学んでいた。
君は神山書店の次期社長の婿になるんだ。
それなりの品格と才能が必要なんだ。分かるか?
神山書店の次期社長の婿になる、太郎の言葉に申はハッと顔を上げた。
太郎 君は独特の発想力もあるし、周囲に気づかいできる男だ。ご両親からの教育の賜物もあるようだしな
申の父 あ、ありがとうございます! そうお褒めになられて、私も嬉しい限りです
太郎 ハハハハ! そうかそうか!
申の父がやたら太郎に恭しい態度を取っているのが、申は気に入らなかった。
太郎がグラスに入っている水を一杯呑んだ後、まだ腑に落ちない様な顔をして申にこう言った。
太郎 ただ、佐上先生。君にはまだ私達に話していないことを話してもらおうか?
申 え?
太郎 身辺調査しているうちに、佐上先生には四歳上のお姉さんがいたそうだが、去年の夏に亡くなっていると聞いたが
太郎の口から申に四歳上の姉の比呂がいて、去年のお盆に亡くなっていると、聞いた彩未と美子は、え? と初めて聞くような顔をしていた。
彩未 申先生ってお姉様がいらっしゃってたんですか? なぜ、今まで……
彩未にどうして今まで姉の比呂の事を話してくれなかったのかと、問い詰められる申は言葉を詰まらせる。
申の父 申はあまり家族を自慢する様な子じゃありませんので……
申 父さん!
申は張り詰めた表情で申の父をピシャリと、黙らせた。
今まで彩未に比呂の事を話さなかった申は彩未に申し訳ないような顔をして、重い口を開いた。
申 ……じ、実は僕の姉は去年のお盆に熱中症にかかって、亡くなってしまったんです
僕が家を空けている間に姉が熱中症にかかってしまって、僕が家に着いたときには姉がすでに亡くなっていて……
彩未 お姉様が熱中症で、確かに去年は埼玉で四十三度もありましたからね
申 姉は暑さに弱い体質で、去年の夏の暑さに堪えられなかったんですよ
彩未 そうだったのですか。申先生、改めて亡きお姉様にご冥福をお祈りいたします
申 あ、ありがとうございます。姉を想っていただいて
何とか逃げ切れると、微笑んでいた申に目の前にいる太郎が、何か凄みのある顔をされて申は体をビクッとさせた。
太郎 いや、そうではない。もっと大事な事だ
申 も、もっと大事なことですか?
太郎に厳しい目線を浴びせられて、申はまた顔に冷や汗を流した。
太郎 君のお姉さんは何故、二十年以上も実家暮らしだったんだい? 君は確か高校卒業後は、他の出版社の漫画賞を受賞してアシスタント修行のために上京して、デビューした。
君は十年以上も東京で漫画家としてバリバリ仕事していた。
しかし、君のお姉さんを調査してみたところ、高校中退後はずっと実家で暮らしていたんだが、お姉さんは実家で何をしていたんだい?
申の父 そ、それは比呂は、家でうちの畑の手伝いをしていたんですよ
申 父さん! 俺がすべて話すから!
申はガッと怒って、申の父に太郎に余計な事話すなと、強く制した。
彩未 申先生
美子 あなた、佐上先生は何か隠している事あるんじゃないんでしょうか?
太郎 ハハハ。私はこの男が面白い。この男が私達に忠誠を誓えるか、試している
彩未 お父様、あまり申先生を追い詰めないで
太郎 おい彩未、申先生を信じるか? 
太郎が不敵な顔で彩未に申を信じるかと、問われて戸惑っている姿に申は神山書店のトップである神山太郎という男は相当一筋縄ではいかない男だと、慄く。
申は彩未に不安そうな顔で見つめられている姿を見て、カエルの様に縮こまっていた申は諦めてたまるかと、自分の両頬をパンと強く叩いた。
申 神山社長!
申は顔を上げて、覇気ある眼で太郎の鋭い眼を合わせた。
申 確かに僕の姉の比呂はずっと実家に暮らしていましたが、在宅で広告代理店のデータ入力の仕事をしていました! 姉は働いて得た収入を家に入れていて、毎月、アフリカの子どもを助ける慈善団体に寄付していました!
申は太郎に凛々しい顔で、比呂が今まで在宅勤務をしていて稼いだお金を家に入れていて、アフリカの子どもたちに寄付していた事をスラスラと話した。
申を疑っていた太郎の頑な表情が少し解けてきた。
申は硬かった太郎の表情が少しずつ解け始めているのを見て、これはチャンスだと笑った。
申は死んだ比呂の事を想うような顔をしていて、
姉は利他的な人で、いつも僕の幸せを願っていました。天国にいる姉は僕と彩未さんの結婚を願っている事でしょう
と、自分と彩未が幸せになることを願っていると主張した。
太郎 そうか、佐上先生。君のお姉さんがデータ入力の仕事していて、ちゃんと仕事はしていたのか
申 はい。真面目に仕事してました。姉は真面目だけが取り柄なんで
太郎 なら、お姉さんの生涯年収は幾らなんだ?
申 そ、それは確か通帳には五千万円くらい会社から振り込まれてましたね! 埼玉の広告代理店で働いてたんで、それなりにありましたね
申がポケットからスマートフォンを取り出し、スマートフォンのフォトアプリを起動させた。写真の一覧から比呂の通帳の写真を太郎に見せた。
申 個人情報もあるので会社の名前はちょっと明かせませんが
申が太郎に見せた比呂の通帳の写真には、毎月五十万円ずつ通帳に記帳されていた。
最終的には五千万円記帳されているのが分かった。
実はこの振り込まれたお金は申が漫画描いて得た原稿料や単行本やグッズなどの印税を比呂の通帳に振り込んでいただけだ。
太郎にバレない様に、昨日の夜にフォトアプリなどで申の名前をボカシていた。
どうやら、太郎には気付かれていない様だ。
申はそれをバレない様に平然と振る舞っていた。
太郎 相当の高給取りだな。君のお姉さんは大学とか出てないが、相当優秀だな
太郎が申に気を許していそうなところで、申は急に涙を流した。
申 まさか、亡き姉が神山社長からお褒めのお言葉が出されるなんて……
申が感極まって男泣きして、慌てる申の両親だったがそんな申の両親に太郎はハハハと気高く笑っていた。
太郎 ハハハハ! この男は面白い! どんな時も素直で純粋な男だ! 決めた!
美子 決めたって、彩未とこの男を結婚を認めるってことですか?
まさか、まさかと申の未来を決める大きな一歩を進めるのかと、申は彩未と結婚できるのかと、心臓がざわついた。
太郎 そう! 佐上先生、彩未との結婚を認める。 君ならきっと彩未の良い夫になるだろう! 君は次期社長の婿になる。そして、君と彩未の子が神山家の跡取りとなるのだから
太郎が大笑いしながら、彩未と結婚しろと稲妻が落ちてくるような衝撃を受けた申の顔が一気に明るくなった。
太郎 君はこれから神山申となる。君は生涯、神山家に忠誠を誓うことになる。
神谷家を裏切るようなことはするなよ。
それが条件だ
彩未 ほ、本当ですか!? 申先生!
彩未がパッと明るい笑顔で申に笑顔を振りまいていて、申は夢じゃないと、彩未の顔を合わせた。
申は彩未と結婚できると、夢が現実になって思わず大泣きしてしまう申は、ナイスガイの笑顔を振りまく太郎にこう言った。
申 ありがとうございます! 必ず彩未さんを幸せにします! そして、神山家に絶対たる忠誠を誓います!
しっかりとした態度で太郎に頭を下げる申は、神山書店のネームコンテストに受賞してよかった、そして比呂を殺して良かったという純な男の顔と、不純な男の顔が入り混じった笑顔だった。
こうして申は望み通り、神山彩未と結婚する事が出来た。
たくさんの嘘をうまく隠し切れた申は、何とか彩未を手に入れて、上級国民の仲間入りになれたと、自宅に帰った後で高笑いしていた。

〇 九月九日 さいたま市大宮区 大宮公園周辺にあるレストランのチャペル
申と彩未は、前一緒に食事したレストランのチャペルで結婚式と披露宴を挙げた。
温かな木造のチャペルで白いタキシードをまとった申は、真っ白で美しいウェディングドレスを身にまとった彩未を見て天上界にいる女神のような美しさに惚れ惚れしていた。
チャペルの神父から新郎新婦の申と彩未に
神父 神山申さん。汝は神山彩未さんの夫としてすこやかな時もやめる時も生涯愛する事を誓いますか?
 と、言葉をかけられた。
 申 はい、誓います
 申は清々しい笑顔でこう誓った。
  神父 神山彩未さん。汝は神山申さんの妻としてすこやかな時もやめる時も生涯愛することを誓いますか?
彩未 はい、誓います
彩未も晴れやかな笑顔で誓った。
そして、申は花嫁の彩未に誓いのキスをした。そして、チャペル中に誓いの鐘が鳴った。
両家の両親と、学生時代の友達、同業者達やお世話になっている企業の重役達や政治家などが申と彩未の結婚を祝福していた。
申 (やったあ……俺は彩未さんと結婚できたー……! なんと言っても俺は上級国民の仲間になれた―――……!)
皆から祝福されて満面の笑顔を見せる申は、心の中で自分が神山彩未を手に入れるために必死に作品作りをして、売り込んで、遂に彩未を手に入れた。それと同時に上級国民の神山家の仲間入りをした。
申 (絶対にこの権威と金を絶対に離すもんか! その為に何でもしてやる! アーハハハハハハハハー!)
心の中で申は野心に満ち溢れた欲望を露わにしていた。大企業の令嬢である神山彩未という権威と金を絶対に離さない、その為なら神山家に忠誠を誓っているのだから


第五話「俺は上級国民だ!」
二〇四四年の秋の東京は、もともとあった格差がさらに広がっていた。
富める者は更に富み、貧しい者は更に貧しいという悲惨なものだった。
神山彩未の婿となった申は、神山家の一族としてのコネを活かし、申の漫画作品の人気はさらに加速した。
藤田田の異世界転生の漫画で有名になった申は、アニメ化と映画化で人気漫画家として再び返り咲いた。
申は偉大な実業家の異世界転生もののシリーズ化させて、松下幸之助や渋沢栄一などの偉人を異世界転生させて、異世界でビジネスを始める漫画を連載し続けた。
人気漫画家となった申は、多くのメディアで注目されて、サイン会やファンクラブイベントで国内外からの人気を興した。

〇 二〇四四年 秋の夜遅い東京六本木にある高級クラブのラウンジ
申 おーい! もっとシャンパンをよこしてくれ!
五十八歳になった申が、ラウンジの高級なソファーで豪快にシャンパンを飲んでいた。
申と同席する樹と谷井と小野と、大手IT実業家の美樹本と一緒に飲み明かしていた。
谷井 イヤー。申は本当にすごいよ。今回の連載漫画で世界の漫画賞を受賞して、手塚治虫もびっくりだよ!
小野 そうだよ。あんなに落ちぶれていた申が、再び売れっ子漫画家に返り咲いて、美人の奥さんをゲットしてセレブ生活送れるなんてすごいよー!
申 そうだ! 谷井! 俺は今、世界一の漫画家だよ! 世界のシン・カミヤマだ!
申は相当酔っているのか、テンションも有頂天になっている。

樹 ちょっと、申。少し飲み過ぎだよ
申 何だよー。樹ー。大きな仕事が終わったんだから、少しくらい良いじゃないかー
あまりにも酔っている申にこれ以上飲むなと樹が制するが、申は更にシャンパンを注文する。
申と共にシャンパンを飲んでいる顔の輪郭がベースボールみたいな老齢なる実業家の美樹本が申に媚びる様に
美樹本 神山先生、あなたはうちの会社のグッズのデザインを神山先生が書いてくれたお陰で八百億円も売れましたよー! こっちもウハウハです!
と、申を褒め称えた。
申 美樹本社長ー! お褒めの言葉いただきありがとうございます!
美樹本に褒め称えられて、申の顔は口元がだらしなくなり、隣にいる二十代くらいの艶やかなホステスの肩を優しく抱いた。
申 そうそう! 俺は世界の経済を回してんだよ! な?
ホステス 神山先生は、本当のハンサムで、私達の生活に潤いを与えてくれるなんて最高ですわ!
美人のホステスに褒められたついでにシャンパンをお酌してくれて、申はホステスにニコニコだ。
美樹本 神山先生を景気づけるために飲もうじゃないか!
申 ガッハハハハハ! さあ、飲め! 今日は仕事終わりだから飲もうや!
 申は仕事が終わると毎晩夜の店で、仲間たちと六本木の高級クラブで飲み歩いていた。
若くて美しいホステスたちを侍らせ、シャンパンをぐびぐびと何杯も飲み干していた。
申 ぷは~! 飲んだ! 飲んだ!
シャンパンをニ十杯も飲んで、顔が赤くなっていた申は、申のスラックスのポケットに入っていたスマートフォンの着信音が鳴っていた。
申 ん? 何だ?
申はスマートフォンを取り出し、SNSのアプリをチェックした。
申 ふ、フフ。あの子だ
@ナマナナナナナナナナナ
申~! 起きてる?
明日の旅行、楽しみにしてるよ!
もう、二人で旅行いけるなんて夢みたい。
 仙台の牛タン早く食べたいなー!
 絶対に楽しもうね
@ガサミ ンシ
おお! マナちゃん! 二人だけで旅行いけるんだよ。内緒の仙台旅行。
凄い良いホテルで愛し合おうよ!
じゃ、明日楽しみにしてな!
申はにやついた顔でスマートフォンを操作していた。申がニヤニヤしながらスマートフォンを眺めているのを樹は、ん? と疑った。
樹に冷めた目で見られて、申は素早くスマートフォンをポケットに入れた。
申 何だよ。八馬先生。猫の写真を見てただけだよ
樹 ならいいけどね
樹が席を立って、帰る準備をしながら、呟いた。
樹 そういえば、ネットで今年の人気インフルエンサーランキングで、一位になった女性インフルエンサーいたね
申 え? そんなのあったんだ
樹 世界で一番影響力のあるインフルエンサーランキングの記事があってね。これだよ
樹がスマートフォンで世界で一番影響力のあるインフルエンサーランキングのネットニュースの記事を申に見せた。
申 へー。一位の子は誰かなー?
その記事に興味津々の申が樹にネットで影響力のあるインフルエンサーランキングの記事をじっと見た。
影響力のあるインフルエンサーランキング一位のインフルエンサーを見て、
申 お、おおお! 
と、思わず目を大きく開けた。
樹 ど、どうしたんだ?
申が興奮してスマートフォンを見ているのを樹はちょっと引き気味だ。
申 ま、まさか、堤マナちゃんが一位だなんて!
樹 そ、そうだけど。僕も一応知っているけど、申先生も知っているの?
一位のインフルエンサーは二十四歳のオタクインフルエンサーの堤マナだ。
堤マナは幼い頃からアニメと漫画が好きで、高校生の時にSNSにアップしたコスプレで世界中に話題になった。
オタク受けの良い黒のボブカットに透明感のある肌とベビーフェイスにスレンダーな肢体に似合わぬ爆乳が魅力的な堤マナは、SNSがきっかけで芸能界デビューした。
マナはアニメや漫画のイベントや、雑誌のグラビア、コラムなどで活躍していた。
申 へー。まさか、あの堤マナちゃんが世界一のインフルエンサーになるなんて感慨深いなー
谷井 この子可愛いんだよ。俺の知り合いのアニメ会社の人がイベントで共演してたけど、ホントに足が長くてさー。俺らと同じ人間かと思ったよ
申 俺も会いてーな。こんな可愛い子が隣にいたら、俺一発で昇天しちゃうよ
申がマナの画像を見て、頬が緩んでいた。
申 さあて、家帰って取材旅行の荷物作りしないと
申は何事もなかったかのように、クラブを後にした。
樹と谷井と小野は、申が何か秘密隠しているのかと、怪しんでいた。
実は申は妻子がいながらもインフルエンサーの堤マナと不倫関係だった。妻の彩未に内緒で、マナとそれぞれの鍵アカでやり取りしているだけでなく、取材旅行と称してマナと不倫旅行していた。
若くて男受けするルックスのマナの魅力に溺れて、申は密かに堕落していった。
申とマナの関係は誰にも知られていない。
申には善人の顔と悪人の裏の顔があるのを他の皆は知らない。
申はタクシーで港区にある自宅へと帰っていった。
タクシーに乗る申は、窓の外を眺めた。
窓から見える凍える冬の温かなオレンジの朝日が昇っていた。
〇 朝 港区内 豪華な一軒家前
タクシー運転手 ハイ、三千五百円です
タクシー運転手に料金をカードで支払い、申はタクシーから降りた。
売れっ子漫画家に返り咲いた申は港区に豪華な一軒家を購入した。豪華な家で彩未と暮らし、息子も生まれた。
しかし、申はまだ欲を満たし切れていない様な顔をしていた。普通のオタクっぽい容姿だった申は、神山彩未を手に入れるために漫画をひたすら描いていた。
そのために姉の比呂を熱中症にさせて殺した。比呂の死の真相を誰にも知られないまま、二十年が過ぎていた。
申は豪華な自宅の玄関のドアを開けた。
玄関で靴を脱いで、洗面所で手洗いうがいをした。
〇 申の自宅のダイニングキッチン
木のぬくもりあるダイニングキッチンで、申はダイニングキッチンで朝食をとっている彩未と中学二年生の息子の光に明るい笑顔で、
申 ただいまー。
と六本木で飲んでいた事を悟られないように振る舞った。
彩未 おかえり。遅かったね。
上品にコーヒーを飲んでいる彩未はビシッとしたスーツ姿だった。
彩未 少しは家の事やって欲しいわ
申 ごめん。昨日まで連載作品のグッズのイラストを描いていたんだ。来週も大手企業のコラボの仕事もあるんで
彩未は三年前に高齢で隠居した太郎の後を継ぎ、神山書店の三代目社長となった。
彩未は神山書店の経営と家の家事と息子の光の育児を一人でこなしていた。そのため、細かった彩未の体はストレスと運動不足ででっぷりと肥えて、申とすれ違いの生活を続けていた。
光 お父さん、今度の日曜に動物園に行きたいよ。少しは休みなよ
天使みたいな中学生の光が、父親の申に動物園に行きたいと甘えた。
申 光。ごめんなー。お父さん、今度の日曜も仕事しなきゃいけないんだー。また今度な
申が困った顔して、光に仕事で忙しいから動物園に連れていけないと謝った。
光はシュンとした。
光 また今度って、前も同じこと言ってたじゃん
彩未 光! お父さんを困らせるんじゃありません!
そんな夫と息子のやり取りに、彩未は心の中に溜まっていたものを爆発させた。
彩未が爆発させている姿にビックリした申は、体を縮こまらせた。
申 彩未さん。怒るなよ。俺達は働かなきゃ、光を育てられないだろ。光は来年受験だろ。海外留学もさせたいし、学費稼がないと
彩未 分かってますよ。私は世のため人のために出版社で働いています。光の将来のことも考えています。でもね
つい強気になって、申に辛辣に当たる彩未に申もどうすれば良いのか困った顔をしている。
彩未 どこか違うの。暖かさが無くなってしまったわ
申 暖かさが無くなったって
彩未 あなたが私達に対する愛情が何処かに行ってしまった事よ。
あなたは私と一緒に仕事し始めた時は、あなたは太陽の様に純粋に接してくれた。結婚して光が生まれた時も彩未は素晴らしいと褒めてくれたのに、でも段々家に帰らなくなって寂しいのよ
申 仕事が忙しくて、家に帰れないのはすまないと思っているよ
彩未 あなたは嘘を付いているわ
申に辛辣に当たる彩未の顔には、彩未が望む理想と剥離している現実に直視できずに、苦しむ感情も渦巻いているのを申は感じていた。
彩未 あなたの本心は暖かい家族なんていらないって思っているんじゃないかってね……
申 違うよ! 俺は彩未と光が必要なんだ! 二人がいなくなったら、俺はこの世に生きられないよ!
光 お父さん
彩未 そうならいいけどさ。ただ、私に隠し事だけはしないでね。私は嘘を付く人嫌いなんだから
嘘を付く人が嫌い、彩未からそう釘をさすように言われて、申は一瞬、体の血の巡りが止まってしまう程動揺した。
動揺した申は、彩未に自分が何か隠しごとしているのを悟られないように、ハハッと笑い飛ばした。
申 さあて、取材旅行の荷物作りしないと! 彩未さんも今日も仕事だろ? 
申は何もなかったように、ダイニングキッチンから去ろうとした。彩未は不満げな顔をして、仕事の準備をした。
そんな両親の関係に複雑な思いを寄せる、天使みたいな美少年の息子の光は、愛を欲しがっていた。
彩未が神山書店にメルセデスベンツで出勤した後、光も中学校に登校した。
申も仙台に取材旅行に行く準備をする為、部屋でバックパックを出して、デジタルカメラと着替えと、クロッキー帳と筆記用具、貴重品をバックパックに詰めた。
午後に家を出て、東京駅まで向かった。

〇 東京駅 構内
たくさんの人で賑わう東京駅に着いた申は、何処かそわそわしていた。誰かを探している。
申 あ! マナちゃん!
申が駅の中にある本屋で本を探しているボブカットでバックパックを背負っているフェミニンなワンピースを着ている若い女性に笑顔で声をかけた。
申の呼びかけに気付いて振り返った女性は甘く可愛らしいベビーフェイスに、透明感のある肌、スラッとしたスタイルが魅力的な女性がインフルエンサーの堤マナだ。
マナ 申先生!
マナがとびきり可愛らしい笑顔で申を迎えた。少女の様に愛らしいマナに申はデレデレだ。
申 マナちゃん。待たせたね。もう早く君に会いたくてたまらなかったよ。
マナ 本当に? 彩未社長に気付かれなかった?
申 ああ、取材旅行って伝えてあるから、そう簡単に見抜かれないよ
マナ 早く行こうよ。新幹線に乗れなくなるよー?
マナが申の腕を組んで、申にくっついていた。腕がマナのふくよかな胸に当たって、申はニヤついていた。
申 君は本当にかわいいな
申が無邪気な甘い言葉を囁く。マナもさらに申の体にくっつく。
申とマナはお互いの腕を組みながら、歩いて行った。
 申とマナが新幹線に向かって歩く中、パシャッとカメラのシャッター音がどこからか聞こえてきた。
申がカメラのシャッター音に気付いた申は、ハッとしてあたりをキョロキョロと見回す。人混みで賑わう駅の構内に紛れるカメラを持った週刊誌の記者らしき男がササーッ、とネズミみたいに素早く走り去っていった。
申が記者の男に気付いたときには、もういなかった。
申 全く、週刊誌の記者はうるさいな
申はむすっとして、早々と新幹線に乗った。
新幹線に乗った申とマナは、仙台へ向かった。
今回の新幹線は比較的早い新幹線で、四時間くらいで仙台に着いた。
申とマナは誰にも内緒の不倫旅行だ。
〇 宮城県 仙台駅
仙台に着いた申とマナは、お互いの腕を組みながら仲良く歩いていた。
秋の仙台は山の紅葉が美しく、マナの白い肌に映えるほどの紅く鮮烈だ。

〇 宮城県 仙台城
申とマナは仙台城を歩いていた。石垣を眺めたり、先代の市街地を見渡せる展望台で写真を撮ったりしていた。
汚らしい東京から離れて、開放的になっている申とマナは楽しんでいた。
そんな申とマナを狙う怪しいネズミみたいなカメラマンの男がウロウロして、申とマナが楽しく戯れているところをカメラで撮ろうとしていた。
申 うわあ、久しぶりだな。相変わらずいい景色だなー
展望台で仙台の市街地を眺めている申は、十年前に家族で行ったきりの仙台を楽しんでいた。
マナ 私、仙台城から見る景色なんて初めてよ。私、ずっと東京育ちで修学旅行も海外だったし
申 えー。修学旅行、海外だったの? 良いなあー。俺なんか京都だもん。京都って寺とか神社ばっかで友達なんかゲーセン行きたいって言ってたくらいだもん
マナ そうなんだ。でも、私と行けば京都旅行も楽しいよ
マナが上目遣いで申をじっと見つめていて、申はマナの長い睫毛に触れたくなってしまう
申 じゃあ、いつか京都に行こうかー。今は金持っているし、美味しいもの沢山食べさせてやるぞー!
申はマナの細い体をギュッと抱きしめた。
マナ もう、先生ったら。ウフフ
申に抱きしめられたマナは、ウフフと恥ずかしがり、申を翻弄させた。
申とマナが抱き合っている最中、その数メートル先にいたカメラマンが申とマナを撮ろうとしていた。
カメラマンはカメラでパシャッと写真を撮った。
申とマナは二人で戯れているところを写真に撮られているのを全く知らずにイチャイチャしていた。

〇 夕方 仙台市内の高級ホテルの一室
申とマナは申が予約した高級ホテルにチェックインして、豪華な和室で夕食を食べた。
それから二人は、ゆったりとした露天風呂に入り、旅の疲れを癒していた。
露天風呂から上がった申は、先に待っていたマナと合流した。
マナ 今日の露天風呂、いい景色よ。私にこんな素敵なところ連れていってくれてありがとう
艶やかな浴衣姿のマナは、風呂上りで頬をほんのりと赤くて艶めしかった。
申は艶やかな浴衣姿のマナに良いなあと、心をときめかせていた。
申 さ、部屋で俺と一夜を楽しもうか
申はマナの肩を抱いて部屋へと戻っていった。
ほのかな明かりが光る中、申とマナは一糸まとわぬ姿で抱き合っていた。
お互い座り合う体位で申とマナは、行為を行っていた。
マナの細い体に似合わぬ豊満なふくらみがたゆんたゆんと揺れて、申がそのたわわな白桃をいやらしく食う。
申は若い色香を放つ女に申はそのマナの秘密の花園に何度も精を出しまくっていた。
お互いの体が熱く汗がじんわりとかいて、激しい喘ぎ声が暗い部屋の中で響いていた。
二人の情事が終わった後、眠りについた申は布団の中でウーン、ウーンと苦しんでいた。
申 や、やめろ、俺を追い詰めるな……
申は夢の中でうなされているらしい
申 比呂、お前は何で俺の邪魔をするんだ……俺はお前の道具じゃねえ! お前なんか、ただの産廃のくせに偉そうな真似するな……!
申は夢うつつの中、比呂の名を呻いていた。
申 お前なんか、おから以下の価値しかねえ癖に、俺に逆らうなー!
悪夢にうなされて、顔に汗でびっしょりとかいていた。
申 さっさと消えろ!
申が大きな声を上げて、ガバッと布団から飛びあがった。
申 は、ハア、ハア……
マナ どうしたのよ~。こんな早い時間に
悪夢から覚めて、呼吸を荒い申は、隣で寝ていたマナを起こしてしまった。
悪夢に脅かされていた申は、手で顔の汗をぬぐった。窓の外の景色を見るともう夜明け前だった。
申 何で、また同じ夢を見るんだよ。思い出したくないクソ姉がいつまで俺を追っかけてくるんだよ……
マナ え? お姉さんが夢に出てきたの? あの酷いお姉さんが?
マナに不思議そうに聞かれて、申は無言で頷く。
申 比呂は一回も納税せずに、部屋でゲームばかりやって菓子を食いまくってブクブクと太って死んだくせにまだあいつは成仏してねえのかな?
マナ そうよね。申って太っている人嫌いなんだよね。だから彩未社長も嫌いなんでしょ? だったら、社長と別れて私と結婚しようよ?
マナの豊満な胸に抱かれて、比呂の呪縛から解けずに苦しむ申はマナの豊かなふくらみに癒しを求めた。
申 ああ、そのうち彩未さんが死んだら結婚しようか。あいつは相当肥えて、女子レスラーみたいになって抱きたくなくなったしな
マナ アハハ! 私の方が良いんだよね! 私、痩せてて良かった!
ありがとう! 申!
申にいつか結婚しようと、囁いたら、上機嫌のマナに唇を重ねられた。申はご機嫌だ。
しかし、申の心の内は
申 (いつかマナちゃんと結婚したい。でも、彩未さんとは別れたくない。彩未さんと別れたら金と権力と人脈が無くなる。俺は人気漫画家で上級国民だ。その立場を奪われるのは嫌だ)
と、神山書店の社長である彩未と別れたくない想いと人気漫画家の権威を失いたくない想いが入り混じっていた。
 
〇 夕方 東京都港区 申の自宅
申は夕方に自宅に戻った。お土産も買ったし、風景写真もたくさん撮った。
自宅のリビングで、くつろぐ申はスマートフォンをいじっていた。
@マナナナナナナナナナナ
申先生。旅行楽しかったよ。美味しい牛タン食べれたし、あなたに抱いてもらって嬉しかったよ。
大好きだよ。申先生
@ガサミ ンシ
俺も旅行楽しかったよ。マナちゃんと二人きりの時間過ごせてよかったよ。マナちゃんのおっぱいは良いね。後、アソコもすごくキュウキュウして俺、食いちぎられそうになったよ
申はいやらしい顔でマナとSNSの鍵アカでやり取りしていた。
@マナナナナナナナナナナ
もう、申先生ったらエッチなんだからー。
そういえば、申先生のお姉さんって、何で死んじゃったの? 病気?
マナのSNSのDMから突然、申の死んだ姉の比呂がどうして死んだのかと、聞かれて申はスマホを操作する指が止まった。
申 何だよ。いきなり
@ガサミ ンシ
どうしてそんな事聞くんだい?
@マナナナナナナナナナナ
申先生ってあまりお姉さんの事、公に話さないよね
@ガサミ ンシ
俺は家族のプライベートを切り売りしない主義だけど
@マナナナナナナナナナナ
 良いじゃない。私だけに話してくれればいいよ。お姉さんはどうして死んじゃったの?
@ガサミ ンシ
誰にも言うなよ
申はマナのSNSの鍵アカに誰にも言うなとDMを送った。
すぐにマナから返信が来た。
@マナナナナナナナナナナ
うん。誰にも言わないよ
申はハハッと乾いた笑いを浮かべながら返信した。
@ガサミ ンシ
実は俺の姉の比呂は、熱中症で死んだってことになっているんだけどな
比呂に睡眠薬入りのアルコール飲料を飲ませたんだよ。比呂をこん睡状態にさせた。
それから俺が家の電気を停電させて、家の中を暑くさせて比呂を熱中症にさせてやったんだよ。
あいつすげえデブだから、顔を真っ赤にさせてブヒブヒと息苦しそうにしてさー。
笑ったよ。あいつがこん睡状態の間に俺が比呂の口に座布団を足で塞いで窒息させたんだよ。
@マナナナナナナナナナナ
ほ、本当なの?
@ガサミ ンシ
そう。それで比呂の口を塞いで何時間かしたらあいつ呼吸困難で死んでさー。そいつの死に顔はすげえマヌケでさー。指輪物語のオークみたいにキモかったよ!
@マナナナナナナナナナナ
うっそー! その顔見たいなー!
申先生のお姉さんって本当に筋金入りのデブスだったんだね!
申はマナもデブスが嫌いで、自分に共感してくれて嬉しくてへへへと笑った。
申は更にマナにこう打ち明けた。
@ガサミ ンシ
そいで、救急車を呼んで救急隊員に姉を助けてくださいと泣いて、俺は姉想いの良い弟演じたんだぜ。救急隊員は俺の涙に騙されて、比呂を心臓マッサージ一生懸命やってたんだよ バカみたいだろ?
申は泣きながら体が冷たくなっていた比呂を助けてくださいと、救急隊員に懇願していた時も本当は、申に騙されている救急隊員を心の中で嘲笑っていた事をマナに明かした。
@マナナナナナナナナナナ
うわー。救急隊員さんって本当に優しいね。
あんなデブスを助けようとするなんて、馬鹿みたいだね
@ガサミ ンシ
だろ? あいつの司法解剖の時にアルコールと睡眠薬が体内から検出された時に、俺は元々比呂が常用していたって嘘ついたんだ。
本当は俺が通販で買ったのを比呂にこっそり飲ませていたんだよ。
@マナナナナナナナナナナ
すごいね! 完全犯罪じゃん! 
@ガサミ ンシ
そうだよ。後は火葬されればもう誰にも追及されなくなるから。葬式も家族葬で行ったし。誰にも怪しまれなかったよ。
比呂が死んでくれたお陰で俺は神山彩未と結婚できた。上級国民の神山家の一員となった俺は、その後ろ盾でトップ漫画家となった。
俺の過去を暴こうとする奴がいても、俺は漫画家だから暴けない。
報道におけるタブーの中に、漫画家に関するスキャンダルは大抵もみ消せるんだ。
俺みたいな売れっ子漫画家を守るために出版社と他の大手メディアがもみ消すんだから
申はだんだん傲慢さが見えるDMをマナに送っていた。
DMを送る申の顔は自分はどれだけ凄いかと、汚らしい笑みを浮かべていた。
@マナナナナナナナナナナ
そうなんだ。なら私の目に狂いはなかったね。私、申先生といつか一緒になりたい。
その為なら、何でもするよ。
愛してるよ。申先生
マナに愛してると、DMを送られて申はフヘヘと、ニヤつく。
申 マナちゃん~。俺も愛してるよ~!
申はデレデレした顔でスマートフォンにキスしようとしたその時、玄関のドアがキィー!と、開く音が聞こえてきた。
申は玄関のドアが開く音が聞こえて、ハッと慌ててスマートフォンをポケットにしまった。
光 ただいまー!
彩未 ただいまー
彩未と光が会社と学校から帰ってきた。申は何事もなかったかのようにルンルンと上機嫌に玄関に向かった。
申 おかえりー!
彩未 あら、旅行はどうだった?
申 まあ、色々いい資料写真撮れたよ。お土産あるよ
光 お父さん、お土産あるの? どんなの?
彩未 (何か疑うような顔をして)後で領収書見せてね。税理士に渡すから
申 (とぼけた顔して)え? 領収書? もう捨てちゃったよ
申はマナと不倫旅行しているのがバレるのが嫌で、ホテルなどの領収書はもうとっくに捨てているととぼけた。
彩未ははあ? とあきれるような顔をした。
彩未 どうして? あなたは取材旅行に行く時、よく領収書を捨ててさー? おかしいわ
彩未に凄みのある顔で、迫って来て申は不倫がバレるのが怖くて彩未と目を合わせられない。
申 だって俺、別の税理士にお願いしてるし、君には関係ないだろ
彩未 別の税理士に頼んでいるの? へえ、そうなんだ
彩未が一瞬黙って、そうなんだと笑っていて申は彩未が怖くて逃げたくなる。
彩未 (にっこりと微笑みながら)ならそうしてもらうけど。脱税騒ぎとか起こさないでね
それが条件よ
彩未は一見にっこりと笑っているが、どこか怒っているところがあると、申はビクビク震えていた
申 う、うん! ちゃんとした税理士を雇うね! お、俺明日から仕事頑張るか、ら!
申は目を泳がせながら、明日から仕事頑張ると彩未に作り笑いしていた。
無理やり笑顔を作る申に彩未は申の手をぎゅっと握った。
彩未 じゃあ、今夜の夕飯あなたにまかせるわ
 彩未はフワッとした笑みで申に今夜の夕飯を作って欲しいとお願いされて、申はうん、うんと高速で頷いた。
良い夫を演じなければと、申はサッとキッチンに立ち、夕飯の準備を始めた。
申は久しぶりにキッチンで料理を作っていた。申は元々一人暮らしが長かったため、料理の基礎的な事は出来ていた。特に問題なく、申はササッと夕飯を作り上げた。
夕飯が出来て、申と彩未と光は久しぶりに家族で食事をとった。
今日の夕飯は、ハンバーグとかぼちゃの煮物と五目御飯とみそ汁だ。
光 美味しいー。お父さんの作るハンバーグは美味しいよ
光が喜んでハンバーグをモリモリ食べててくれて、申は嬉しかった。
申 また、今度作るよ。次のハンバーグは照り焼きハンバーグにしようか?
光 本当に? じゃあ約束だよ
申 ああ、約束だ。
申 光 (一斉に)指切りげんまん、嘘ついたらはりせんぼん、のーまーすっ!
申は光に約束の指切りげんまんした。
申と光が仲良くしているところに彩未はフフッと微笑んだ。
彩未 (幸せそうな顔をして)久しぶりにこんな時間が来るなんて、あなたを信じて良かったわ
申 彩未さん
彩未 今週は本当に忙しくてさ、母の介護もしなきゃいけないし、きつかったわー
申 あ、彩未さん
彩未 あなたも時々は夕飯作って欲しいわ。
あなたの亡くなったご両親もそう思っているわよ
申 う、うーむ
申は十年前に亡くなった両親の顔を思い出していた。
申の両親は十年前に立て続けに亡くなっていた。光が生まれた時には両親はヨボヨボになっていて、彩未の提案で東京の高齢者マンションに入居した。
指扇の実家と畑を売り払って、申の両親は東京の高齢者マンションで暮らして、老衰で亡くなった。
申 (父さんと母さんは死ぬまで比呂の事悔やんでいたからな。さっさと死んでくれて良かったけどな)
申は両親が早めに亡くなって、良かったと安心していた。
彩未 出来れば、光が独立するまでに生きて欲しかったわ
申 そうだね。でも仕方ないね
申も光が独立するまでは両親が生きて欲しかったと、惜しんでいた。でも、それは表面的なものだ。
家族三人の食事を終えて、食器を洗ってお風呂から上がった申は、自分の寝室にいた。
結婚当初は彩未と一緒の寝室だったが、ここ数年はお互い別々の寝室になっている。
ベッドで横になった申は、天井を見上げた。
申 さあ、明日から仕事だ。バリバリ働いて光の学費を稼ぐぞ!
申は明日から仕事を頑張ると口にして、眠りについた。
〇 次の日 東京都港区内のタワーマンションの一室
申は自宅で彩未と光と一緒に食事をとってから、自宅から数分でこれる仕事場のタワーマンションで仕事していた。
広いタワーマンションの部屋は、シックなデザインのインテリアで揃えていた。
申の仕事部屋のデスクはデスクトップのパソコンと液晶ペンタブレット、資料を取り込むスキャナーとプリンターが置かれていた。
本屋さんみたいな大きな本棚には、漫画本と漫画に関する資料、小説やノンフィクションの本とかが並んでいた。
クローゼットの中には完成した漫画作品の原稿を衣装ケースに入れて保管していた。
申は机で、企業のコラボイラストの原画をパソコンで描いていた。
ベテラン漫画家の申の筆のスピードは相変わらず流れる様な筆遣いで、衰えているところが無かった。
食事以外、机で作品作りに時間を使う申は、情熱的に描き続けていた。
午後四時になり、申は完成したコラボイラストをクライアント先にデータで作品を送信した。
申 ふー。今日の仕事が終わったー
 仕事を終えた申は、気持ちよく背伸びした。
気分転換に動画サイトを見ようと、申はパソコンの動画サイトを開いた。
申は動画サイトで猫動画を見ていた。
可愛らしい猫が、クルクルと動いているだけの動画だが申はこの動画を見て癒されている。
次の動画を見ようと思い、おすすめ動画を探していた申は、オオッと、息を呑んだ。
申 こ、これはマナちゃんかい?
なんと、マナがアニメのセクシーなキャラクターのコスプレして、妖艶に踊る動画を発見した。
申 こ、これ見なきゃ!
マナのセクシーなコスプレに申はにやーっとした顔で早速マナの動画を見た。
マナが露出度の多い衣装で、セクシーに踊る動画はさすが人気インフルエンサーと言われてて、動画の閲覧数は四億回も再生されるほどだった。
動画のコメントも「可愛い」、「萌え~!」、「マナちゃん、今度は脱いでよー!」とか男性ファンからのコメントが多かった。
申 さすがマナちゃんは、世界一セクシーなインフルエンサーだよ
申はマナのセクシーな動画を見て、すっかり頬が緩んでいた。
申がニヤニヤと動画を眺めていたその時、ピンポーンと、玄関のインターホンの音が聞こえてきた。
申 何だよ。せっかくいい所なのに
申はせっかくいい動画を見ているのにと、渋い顔をして玄関に行った。
申 はい。え、ええ?
申は玄関のドアを開けて、驚いた顔をしていた。
記者A こんにちは。神山申先生のお部屋ですか?
申 な、何だよ
申の前にネズミみたいな卑しい顔の男が立っていた。
記者 私ー、週刊美神の記者の竹本と申します。神山申先生にお聞きしたいことがあって来ました
申 お前に用なんかない
申はツンとした顔で、記者に塩対応をとった。
記者B 神山先生! 最近、家に帰らずに六本木で飲み歩いているそうですけど、その理由は何ですか?
芸能リポーターC 神山先生は、奥さんと上手くいっていないそうですね。神山先生には隠れて不倫している噂があるそうですけど、どうなんですか?
申 うるさいな。そんな事してねーよ
記者A いやいや。六本木のクラブのママさんやお客さんが、何人か神山先生が高級な酒を何百万円分も飲みまくってるって言ってましたよ。
しかもそのクラブのママさんに甘い言葉囁いているって、ネットでも書かれてましたよー
申 それはただ、スマイル営業してただけだ。深い意味はない
芸能リポーターC 本当ですか?
ネズミみたいな顔の記者だけでない。他に若いショートカットのビシッとしたスーツの女の記者や高そうなジャケットを着ている年老いた芸能リポーターがわらわらと出てきて、申にプライベートなことを聞き出そうとしている。
申は自分のプライベートなことを聞き出す人間は嫌いだ。申は礼儀知らずのマスコミ関係者を追い払おうと、わざと不機嫌な顔をした。
申 俺は何も変な事してない。お前らに構っている暇はない。帰れ!
記者B じゃあ、何で私達に冷たくするんですか? 何かやましい事ありますね?
申 ねーよ! さっさと帰れ!
申は自分が六本木で飲み歩いていて、ほとんど家に帰っていないのは事実だ。自分は人気漫画家だから、マスコミも深入りする事は無いだろうと思い、あえて冷たい態度を取っていたが、マスコミはそれでも申にグイグイスキャンダルを暴こうとしていた。
芸能リポーターC ええ? でも、ネットでは神山先生が、仙台で女と歩いていたって、噂になっていますよ? しかもその女、人気インフルエンサーの
芸能リポーターCがスマートフォンを取り出し、スマートフォンのフォトに申とマナが仙台城で抱き合っている写真を申に見せた。
申は一瞬、ウッと声を詰まらせるがマナと不倫旅行してた事を隠し通すために、動じずにドンと構えた。
芸能リポーターC この二人間違いなく神山先生とインフルエンサーの堤マナさんですよね? 今週の木曜日にこの写真に関する記事を掲載する予定なんですよ
申 フン。こんなのピューリッツァー賞にも選ばれんな! もっと巨悪の悪事を撮れ!
申は自分がマナと不倫していたのを撮られても、決して動じなかった。
記者B あなた、マナさんと仙台の高級ホテルに泊まったんでしょ? この写真を見てどう思いますか?
記者から申とマナが仙台の高級ホテルの一室で裸で抱き合っている写真を見せられて、申は一瞬表情を曇らせたが、怯むことなくマスコミ関係者にガンを飛ばした。
記者B しかも、マナさんはSNSの裏アカであなたとの関係を投稿してたそうですよ。
これ見てください
記者Bがスマートフォンを操作して、SNSのアプリを開いた。
そのSNSのフォロワーの一人のアカウントを調べている。
記者BはマナナナナナナナナナナというアカウントのSNSの投稿を申に見せた。
申 (スマートフォンの画面を見せられて)う、う……そ、そのアカウントは
申は見覚えのあるアカウントに胸をざわつかせた。
そのアカウントは間違いなくマナの裏アカだった。
@マナナナナナナナナナナ
今日は申先生と一緒にバーでお酒飲んだよ。申先生って優しくて、初めての私を気持ち良くしてくれるなんて素敵だわ
マナの裏アカの投稿には、申と数年前に二人きりでバーで飲みに行った事を裏アカのフォロワーのみにプライベートを明かしていた。
申はそういえばと、思い出したかのような顔をしていた。
申はなぜ、マナは秘密の関係を他の人間に明かすのかと、絶句した。
@マナナナナナナナナナナ
申先生って、痩せている女が好きなんだって! だから、申先生のお姉さんはデブで嫌いなんだって!
彩未社長も最近すごくデブになって、抱きたくないって申先生が言ってたんだって!
私は痩せているから好きだって。申先生は彩未社長の事早く死んでほしいんだって。
私も早く彩未社長死んでくれないか、願っているもん
@マナナナナナナナナナナ
大好きだよ。申先生。あなたとセックスするととても幸せな気持ちになれるの。
早く申先生の正妻になりたい。愛してる。愛してる
@マナナナナナナナナナナ
昨日の仙台旅行楽しかったな。仙台城に行けたし、ホテルのご飯美味しかった。
何より、申先生に抱かれて中出ししてくれて最高だったよ。
マナの裏アカの投稿には、申とマナが情事を終えた後の写真があった。
申 へ、ええ? あいつ何でこんなのを
芸能リポーターC やっぱり、マナさんとセックスしてたんですね?
申はウッと目を疑った。一糸まとわぬマナのあられもない姿を写真を撮った事を思い出す。
まさか、まさかマナが自ら不倫をばらすなんて、申には信じられなかった。
彩未社長なんか、太っているから申先生に中出しさせてくれないんだろうな。
早く申先生と結婚して、申先生の子供産みたいな
申 お、おい……やめろ!
申は自分とマナの関係をネットを介して世間に知られている事を知って、狼狽えそうになる。
申がプライベートを知らされて、狼狽えている所を撮ろうとしている記者の顔は脂ぎった顔でウハウハと卑しく笑っていた。
記者B どうやら、マナさんとの不倫は本当の様ですね。
申 い、イヤ! ち、違う! 俺は清廉潔白の男だ!
記者A 嘘を付いても無駄ですよ。神山先生には過去に不倫より重い罪を犯していたのをマナさんがネットで晒していたんですから
申 どういう事だ?
記者A まあ、彼女のSNSの投稿をすべて見てくださいよ
記者Aがニヤニヤしながら、更に申に不倫より重い罪を犯したと、マナがネットで晒していると告げられて、申は手を震わせながらマナの裏アカの投稿を見てみた。
@マナナナナナナナナナナ
申先生が東京のクラブの個室で申先生の秘密を教えてくれるって、言ってたよ。
フォロワーさんだけに教えるね。
申先生って、実はお姉さんがいたんだって!
すっごくデブスで、歯抜けで二十年以上引きこもりだったんだよ!
申先生のお姉さんは、金稼げないデブスって申先生が喋っていたんだよ。
申先生が神山書店でラッテコミックのネームコンテストに出品したのは神山太郎の娘の神山彩未さんと結婚する為だったんだって!
すっごいねー!
申は姉の比呂の生い立ちの事は彩未や光に話していない。比呂が引きこもりだったことは誰にも言いたくなかった。
申 あいつ、どうして
@マナナナナナナナナナナ
申先生がネームコンテストに最優秀賞受賞して、連載枠取って再ブレイクしたんだけど、申先生は彩未さんと結婚するためにお姉さんを殺す事にしたんだって。
申先生は申先生のパパとママにお盆の日に軽井沢に旅行行かせて、お姉さんを熱中症で殺す計画を立てたの。
申先生は通販で睡眠薬と強いアルコール飲料を買って、パパとママがいない間にお姉さんに睡眠薬を混ぜたアルコール飲料を飲ませてこん睡状態にさせたの。
お姉さんを眠らせてから、申先生は家の電気のブレーカーを落として停電させて、家の中を暑くさせたんだって!
お姉さんはデブスだから、暑さに弱くてすぐ熱中症になったんだって!
それから申先生は熱中症で苦しむお姉さんの顔に座布団を落として、お姉さんの口を足で塞いだんだって!
申 何だよ……
申は頭がくらくらしそうになった。
@マナナナナナナナナナナ
それから申先生はお姉さんの口を足で何時間も塞いだんだよ。そしたらお姉さんの呼吸が止まったんだって!
お姉さんの顔は真っ青になってたんだって。申先生はお姉さんの真っ青な顔見て、ヤッターと喜んだんだって!
申先生はアリバイ工作のために大宮ソニックシティのパレスホテルで一休みしてたんだって。
夕方になって帰ってきたら、お姉さんは死んでて、申先生は救急車呼んだの。
申先生は倒れているお姉さんを助けてくれと、泣いて演技してたんだよ。救急隊員さんすっかり申先生の演技に騙されて申先生の心の中では救急隊員はアホだなと、馬鹿にしてたのよ
救急車でお姉さんを搬送して、医師からお姉さんは熱中症による脱水症状と呼吸困難で死んだって告げられたんだって
本当は申先生が殺したんだよ。
医師も葬儀屋も申先生に騙されてたんだよ。
引きこもりのお姉さんが邪魔で、申先生が殺したんだよ。
引きこもりなんてお荷物だよ。
申先生が言ってたけど、引きこもりの家族なんて誰にもバレない様に殺せば良いんだって! すごい名言だよ!
申先生は完全犯罪を犯したんだよ。人気漫画が殺人犯したって誰にも知られずに漫画家やっていけるんだよ。
お姉さんを殺した申先生は、新作がブレイクして彩未さんと結婚したんだよ。
申先生は上級国民の仲間だから、誰にも攻撃できないんだよ。凄いでしょ?
だから、申先生を攻撃しないでね。
引きこもりのお姉さんがかわいそうだから殺しただけなんだから
申は過去にマナに話した比呂が邪魔で熱中症にさせて殺した事をSNSでバラされて恐怖で体が震えていた。
申 あの女、誰にも言うなって言ったのに! このー!
記者A 神山先生ってお姉さんがいたのをなぜ隠していたんですか? 引きこもりだったから隠していたんですか?
芸能リポーターC 神山先生は彩未社長と結婚するためにお姉さんが邪魔だから、熱中症にさせて殺したんですよね? そんな事をしなくても施設に入れるとかすれば良かったでしょうに?
マスコミ関係者たちに比呂の事を根掘り葉掘り聞きだそうとしてきて、申は嫌で、嫌で耳を塞いだ。
申 うるさい!
記者A 本当に引きこもりのお姉さんを殺したんですか? 本当なら漫画界に衝撃のニュースになってしまいますよ。あなたは逮捕されますよ!
申 黙れ! お前らには関係ない!
マスコミ関係者に自分の私生活を暴かれたくなくて激怒した申は自分の犯した罪をもみ消すために、記者の顔を拳でガッと強く殴った。
記者A ウギャアア!
申に拳で思いっきり殴られ、記者Aの前歯がバキッと折れた。
芸能リポーターC 大丈夫ですか!?
記者A うう、ああ、は、歯が
芸能リポーターCが申に殴られた記者Aに駆け寄り、心配する。
マンションの住民 キャア! 何してるんですか!
申とマスコミ関係者たちが大声で争っているところにタワーマンションの住民たちが何が起きたのかと、集まってきた。
申はマンションの住民たちが集まられて、この場をどう逃げ切るか、顔に汗が流れていた。
マンションの住民 だ、大丈夫ですか?
買い物袋を持ったマンションの住民のうちの一人が、申に歯を折られて地面にうずくまる記者Aに声をかけた。
すると、記者Aはこれはチャンスだというような顔をして、マンションの住民に
記者A (泣きそうな顔をして)た、助けてください! この漫画家に殴られたんです!
と、助けを求めた。
マンションの住民からえ? と、驚かれた申はまずいと思い、思わず目をそらす。
マンションの住民 か、神山さんに殴られたんですか?
芸能リポーターC そうだ! この神山が、こいつを殴ったんだよ!
芸能リポーターCは自分達は悪くなくて、申が悪いと責任転嫁させていた。
マンションの通路で住民たちに申の事を軽蔑する様な眼差しで見られて、申は悔しさで歯ぎしりしていた。
記者Bが申が歯ぎしりする姿に目が喜んでいた。マンションの住民たちがマスコミに同情している姿を見て、
記者B 早く警察に通報してください! 傷害罪で訴えてやるんだから!
と、マンションの住民に警察を呼ばせようとしていた。
申 おい! 俺は悪くないぞ!
警察に通報させようとする記者に申はさらに怒りが増し、もう一人の記者の腹を足でドカッと蹴り飛ばした。
記者B ウグォオオ!
記者Bが申に腹を足で蹴られて、目が飛び出るほど痛くて叫んだ。
その時、パトカーのサイレンの音が鳴り響いて、五人くらいの屈強そうな警察官がやってきて、申を取り囲んだ。
警察官に取り囲まれた申は、チッと舌打ちした。
警察官に暴れる事無く、取り押さえられた申は、そのままパトカーに乗せられた。

第六話「申、大炎上された」
〇 東京都内の警察署取調室
取調室の椅子に座る申は、仏頂面だ。
ベテランの刑事が、ただ黙る申の冷たく無感情な眼を合わせていた。
刑事 神山さん、あなたはどうしてマスコミの記者に暴行なさったんですか?
刑事の質問に申は仏頂面のままだ。
刑事 いくら理不尽な事聞かれても乱暴な事をしてはいけませんよ。神山さんが乱暴な事したから警察のお世話になるんですから
申 俺が悪いんじゃない。マスコミが俺のプライバシーを侵害する様な事を尋ねてきたからだ。
申が殺意を込めた瞳で、刑事を睨みながら呟いた。
刑事がはあ、と困った顔をしていた。
刑事 とりあえず、あなたは一週間は留置所にいてもらいます。マスコミの記者たちは神山さんを起訴はしないで欲しいと仰っていましたので。
 しばらく反省をする様に
 刑事から一週間留置所に拘留すると厳しく言われて、申は黙ったまま刑事に頭を下げて謝罪した。

〇 警察署の留置所の中
暗く狭い留置所に正座して座る申は、ずっと目を閉じて時が過ぎるのを待っていた。
警察官が時々申の様子を見に来ていたりしていたが、申はずっと正座して目を閉じていた。
夜眠る時までずっと正座で目を閉じている拘留生活を一週間続けていた。

〇 一週間後の早朝の留置所の中
まだ薄暗い留置所で警察官が留置所の鍵を開けていた。
薄い布団で眠っていた申は、鍵をガチャガチャと開ける音を聞いて目をこすりながら起きた。
眠そうな顔をする申は、警察官の顔を見ながら、
申 ど、どうしたんだよ?
と、尋ねた。
警察官 神山申。君を釈放しに来た。
君の奥方の部下が迎えに来ている。出ろ
釈放という言葉に、暗く沈んだ申の顔が一気に精気が宿ってきた。
申 (目を輝かせながら)本当か? 俺はもう家に戻って良いんだよな?
警察官 ああ。神山書店のラッテコミックの編集長の盛山さんが君を迎えに来る
申 良かった……
警察官から盛山が申を迎えに来てくれると聞いた申は、目からポロッと涙がこぼれた。
警察官 ただし、外にはマスコミの記者たちが集まっている。盛山さんは裏口に向かっているから、君も裏口に歩くんだ
申(大きく口を開けて)え、ええ? 外にマスコミの記者が集まっている?
警察官 美神書店の週刊美神というが君に関する記事でマスコミは騒いでいる。君は顔を出して歩けない
週刊美神という週刊誌に申に関する記事でマスコミは騒いでいるという、警察官の言葉に申はまさかと、顔が青くなった。
警察官 今は、その事を考えるな
警察官にとにかく裏口に行けと言われて、申は渋々警察官に連れられて裏口まで歩いた。
〇警察署の裏口前
警察署の裏口から出て、久しぶりに晴れた青空を見た申は、まさか自分が週刊誌の記事にされてるなんて、という不安で喜べなかった。
幸い裏口にはマスコミの記者が集まっていない。しばらくして、シルバーのワゴン車がやって来た。
シルバーのワゴン車が申の前に止まった。
ワゴン車のドアから作業着を身にまとった大きなダンボールを持った男三人が申の前に現れた。
申(眉をひそめて)お、おい。誰だ?
作業着を着た三人の男の内の一人が、キャップから顔をのぞかせた。
盛山 神山先生。私です。盛山です!
キャップを被った盛山が、申を迎えに警察署にやって来た。
申(目をパチクリさせて)も、盛山編集長!
 何でそんな格好しているんだ?
盛山(指でシーッとしながら)あなたを仕事場のマンションまで連れていきます
申(口をぽかんと開けて)ど、どういう事?
もう二人の作業着を着た若い男たちが、ワゴン車から巨大なダンボールの箱を運んでいた。
編集者金田(申の腕を掴んで)こっちの段ボールに入ってください!
申(金田に腕を掴まれて)お、おい!
申は編集者金田に腕を掴まれてそのままコタツくらいの大きさの段ボールの箱にポンと放り込まれた。
申 ちょっと! 俺は大御所漫画家の神山申だぞ! こんな所に閉じ込めるなよ!
編集者速水 大人しくしてください! マスコミから先生を守るためです!
今しばらくの辛抱を!
真っ暗なダンボールの箱に入れられた申は、何だと混乱した。申を段ボールの箱に入れて盛山と編集者金田と速水に重そうに運ばれてワゴン車に入れられた。
真っ暗なダンボールの中で体を丸めている申は、色んな事を頭によぎっていた。
ワゴン車が発車して、ガタガタと揺れる中、申はどうして自宅に戻れないのかと、その理由を頭の中で探っていた。
申 まさか、週刊美神とかに記事にされたんじゃ……
誰にも聞けない中、申は彩未との結婚生活も終わるのではないかという、不安で申の顔に汗でびっしょりと濡れていた。
東京都港区にあるタワーマンションの駐車場
ワゴン車に乗せられて三十分くらいで、港区にある申の仕事場のタワーマンションに着いた。
ワゴン車が停車して、申はようやく出れると思った。
盛山 (小声で)そのまま仕事場まで運びますから
ダンボールの外から盛山が小声で申を仕事場の中まで運ぶと言われて、申はどういう事だと、困惑していた。
盛山 (小声で)今、マンションの入り口にはマスコミの記者で溢れています。先生は一切出てはダメです!
申 (小声で)なあ、俺の事で俺は悪い事してない。
ただ自由になるためだ
盛山 (小声で)先生こそ
盛山にちょっときつく言われて、心にグサッときた申は黙るしかなかった。
申は段ボールの箱に入ったまま盛山と金田と速水にマスコミの目から避ける様に仕事場まで運ばれた。
〇申の仕事場の玄関
玄関のドアが開く音がして、仕事場のリビングまでダンボールの箱が運ばれた。
盛山たちが段ボールの箱をゆっくりと降ろした。
申 うわ!
ドスンと、段ボールの中が揺れて声を上げてしまった申は、盛山に段ボールの箱を開けられた。
盛山 もう大丈夫です。マスコミは私達に気付かれませんでした
申は段ボールの箱から出た。いつもの仕事場のリビングで安心した。
しかし、盛山たちの表情は硬かった。
申 なあ、俺の事が週刊美神に記事にされたんだろ? その記事を見せてくれないか?
申は苦しい面持ちで盛山たちに週刊美神の事を聞き出そうとする。盛山は硬い表情のまま、スマートフォンを取り出した。
盛山はスマートフォンでネット検索し始めた。
申は盛山にスマートフォンを見せられて、顔を引きつってしまった。
申 な、何だって!?
申は週刊美神のオンライン記事に神山書店の社長の夫の漫画家が引きこもりの姉を殺害した過去があった! と、目を引く様なタイトル記事に申はびっくりして、声を上げた。
記事には佐上申という漫画家には二十年以上引きこもり生活をしていた姉の比呂さんがいた。
比呂さんは高校でのいじめが原因で中退し、それ以来家で引きこもり生活をしていた。
仕事もせず、ただ家でアニメ鑑賞やゲームばかりして元々肥満体だったからだが更に肥満体になった比呂さん。
仕事出来ない比呂さんは弟の佐上申さんの稼いだお金をたかって生きていたという。
申さんは姉から逃げるために漫画家を目指して、上京したそうだ。
漫画家デビューしていぶりがっこくんの漫画や多くの読み切り作品などで人気を博した申さんは、その稼いだ印税のほとんどは姉に取られたという話が合った。
申 うう、うるさい、うるさい……
申は週刊誌の記事を見て、気分を悪くした。
更に記事にはもうこれ以上比呂さんに搾取されたくないと感じた申さんは、比呂さんを殺す計画を立てたという。
比呂さんを熱中症にさせて殺す事だった。
申さんは両親を旅行に行かせた。比呂さんに睡眠薬入りのアルコール飲料を飲ませてこん睡状態にさせた。申さんと姉だけになった家の電気のブレーカーを落として停電状態にさせた。
停電状態になり、エアコンも切れた家の中はたちまち高温状態になり、肥満体の比呂さんは熱中症になってしまった。
熱中症で苦しむ比呂さんの口を申さんは座布団で足で塞いで呼吸できなくさせた。
高温で暑さと座布団で口を塞がれて、呼吸できなくなった比呂さんは数時間後に息を引き取った。
死んだ比呂さんを病院に搬送させて、死亡が確定した時、申さんは母を失った子どもの様に感情を爆発させて泣いていたという。
しかし、比呂さんを殺したのは申さんだ。
巧妙な手口で比呂さんを熱中症にさせて殺した。申さんの裏アカで不倫のやり取りしていた人気インフルエンサーの堤マナさんとのやり取りの中でそう書き込みがあった。
引きこもりの姉が邪魔で、姉を殺した申さんは再起を誓って描いた藤田田の異世界転生漫画はたちまちヒットし、神山書店の神山太郎の娘の神山彩未と結婚した。
その結婚にも怪しい動機があった。
申さんは神山書店の社長の令嬢である彩未さんに恋をした理由は、神山書店のブランド力だったと、不倫相手の堤マナさんの裏アカの投稿で申がそう言っていたと、書き込みがあった。
申 止めろ、止めろ! 止めろ!
週刊美神の記事を見ていた申は唇を震わせて、スマートフォンに向かって怒りを爆発させていた。
更に記事には神山彩未と結婚した申は、長男の光が誕生して数年後からほとんど家に帰らず、仕事と六本木のクラブで飲むことばかりに時間を費やしていた。
前に書いてあったが、オタク系インフルエンサーの堤マナと出会い、マナの男受けの良い容姿と、申さんに尽くしてくれる所から申さんは惚れこみ不倫関係にハマっていく。
記事には申とマナの仙台城の展望台で抱き合っている姿の写真が大きく乗せられていた。
申 俺を暴くな、俺を暴くんじゃねえよ――!
申の隠したいことがライバル社の週刊誌にスクープされて、申の怒りが頂点に達し、盛山のスマートフォンを乱暴にバシャーンと、強く床に投げつけた。
盛山 先生! 落ち着いてください!
興奮して家具を足で乱暴に蹴飛ばす申を盛山と金田と速水は、申を止めようとする。
怒り狂って家具に八つ当たりする申は盛山と金田と速水に腕をガッと掴まれた。
申 離せよ!
腕を掴まれた申は、どう猛な肉食獣の目で盛山と金田と速水を睨んだ。しかし盛山たちは、怯まなかった。
盛山のスマートフォンに着信音が鳴り、盛山が床に落ちていたスマートフォンを拾った。
盛山 はい! 神山書店ラッテコミック編集長の盛山です!
はい、先生に代わって欲しいのですね
盛山が誰かと電話しているのを聞いていた申は、その電話の相手は誰かと気になっていた。
盛山 先生。社長からです。ビデオ通話でお願いしますって
申 彩未さんからか?
彩未から電話きて、目の色を変えた申は盛山からスマーフォンを渡される。
スマートフォンのビデオ通話には、則天武后みたいな美しくも恐ろしい顔つきの彩未が映っていた。
彩未 あなた。今、仕事場のマンションにいるのね?
申 ああ、実は俺は
彩未 あなたのお姉さんの事、週刊美神で知りました。前にあなたが話していた事とは違うようね
申 ごめん! 僕は君を騙すつもりはなかったんだ!
ビデオ通話で彩未と会話する申は、声を詰まらせながら彩未に謝罪した。しかし、彩未の顔色を変える事は無い
申 僕は君と結婚するために、必死に頑張ってきたんだ。お金目当てじゃない、本当に君が好きだから
彩未 ウソツキ
申 僕を信じて
彩未 実は私の父も一緒にいるのよ。お父さん
彩未が氷の女王みたいな硬い顔つきで、父の太郎を呼んだ。
すると、スマートフォンの画面にすっかり年老いた太郎の姿が映っていた。
太郎 申。お前は何という事をした!
八十代になってもなお、覇気ある声は変わらず、申も思わずヒイ! と、声を上げた。
太郎 良くも私の可愛い娘を騙したな! 
申 お、義父様。そ、それは
太郎が覇王みたいな迫力ある表情で、申に彩未を騙して結婚したのかと責めた。
太郎 申、お前は引きこもりの姉を殺してまで私の娘と結婚したのか? それを隠してまで彩未を欲しかったのか? その理由を答えよ
申 ええ、ええ~。確かに姉はずっと引きこもりのまま死にましたが、俺が殺したんじゃありません。本当に熱中症で死んだんです。
彩未さんの事は本当に好きだから結婚したんです。それは嘘じゃありません
太郎 なら、何故インフルエンサーの卑しい女と不倫していたんだ?
彩未 父はね、他のマスコミの関係者に頼んであなたの事を調べていたのよ。取材旅行とか嘘ついて、マナさんと二人で旅行とか行くなんて、馬鹿じゃないの?
申 ち、違うんだ! マナさんとはただ旅行に行っただけでそれ以上の関係は無いんだ!
太郎 隠しても無駄だ。私は素性を隠してあの不倫相手マナさんの裏アカをフォローして、マナさんの投稿を見て、証拠を集めていた。
私を舐めては困るぞ
まさか太郎がマスコミを使って、申の行動を監視されていたなんて思いもしなかった。
申 その投稿の写真は、俺が写ってなんかいませんよ。フォトアプリで加工してたとかじゃないですか?
申は体中冷や汗かいて、目も泳いで嘘を付いているのが彩未には見抜いていた。
彩未 だったら、何であんな破廉恥な写真を撮られるのよ!
申の不倫報道の記事に怒り心頭の彩未は、申に怒鳴りつける。
申 そ、それは酔っててそうなっただけだよ
彩未 また嘘を付く! 光は今、あんたが週刊誌の報道が原因で学校で噂になっているのよ! 部屋に閉じこもって泣いてんのよ!
太郎 そうだ! お前がわきまえてないせいで、光が可哀そうなことになっているのだ!
申 申し訳ございません。申し訳ございませんでした!
彩未 謝っても許さない!
自分の過ちで我が息子の光にまで迷惑をかけて、申はただ彩未と太郎に頭を下げて謝るしかなかった。
太郎 申。君はもう神山家の人間ではない。
君は嘘を付いてまで、社会的地位を得ようとするのは今ではご法度だからな
申 お、お義父さま! そ、それだけは!
これからはもうしないから! 許してください!
彩未 もう離婚よ。これから離婚調停を行うから。慰謝料と養育費はいりません。だから私と離婚して
彩未に離婚を切り出されて、申の心にグサッとくぎを刺されてしまう。
申 あ、彩未さん。僕は神山書店一筋で漫画頑張ってきたんだ。離婚だなんて
申がしどろもどろな声で、彩未との離婚を回避しようとしたが、離婚の決意を決めた彩未の固い意志を示す表情を見て申はたじろぐ。
彩未 私は人殺しと浮気する人なんか大嫌いです。あなたは神山申ではなく、佐上申ですからね
もう戻りたくない名前にされるなんて、と申は奈落の底の付き落とされてしまう。
彩未 私は今すぐ弁護士に頼んで離婚の手続きを行います。家庭裁判所でお会いしましょう
彩未から、申との離婚の手続きを行うと険しい顔つきでビデオ通話を切られてしまった。
申は自由になるために漫画を頑張って描いて、漫画を出し続けていた。
神山家が引きこもりの家族がいたら、自分を受け入れてくれない恐怖を抱いていたからだ。
まさかの転落に申はどうにもできない感情にこぶしを握り締めていた。

最終話「申は悪魔かそれとも英雄か」
申の姉の比呂を熱中症にさせて殺した事が週刊誌の記事にされてから二週間が経つ。
彩未から離婚を切り出された申は家に戻れず、仕事場のマンションに閉じこもるしかなかった。
マンションの外には、テレビ局や週刊誌の記者が申の姿が現れるのを好奇な眼で待ち望んでいた。
申の週刊誌報道から、ネットニュースでも話題になって大炎上していた。
仕事場のパソコンで申の引きこもりの姉の根も葉もないまとめサイトや、申の不倫相手のマナのSNSで罵詈雑言に書かれていて、申のメンタルはひどく落ち込んでいた。
申 何でだよ。俺はただ、自由になるために比呂を死なせただけだ。安楽死制度だって今年から出来たじゃねえか
申はパソコンでネットサーフィンしながら、ひたすら愚痴をこぼしていた。
マナが裏アカで自分の秘密をネットにばらまいて、承認欲求を得ていた事にも憤りを隠せない申は、マナに電話で文句を言いたいが、マナもこの炎上には黙っているしかないと、思っているかもしれないから電話できずにいた。
申 何でマスゴミ共は、俺みたいな売れっ子漫画家を叩くんだよ!? オタクは底辺だと思ってんのか!?
申は眉間にしわを寄せて、マスコミへの憎しみを募らせていた。
ネットニュースのコメントやSNSのコメントは、『やっぱ、オタクってクソだな』、『申先生はお金持ちの美人が好きなのね』、『殺人鬼漫画家』、『死んで詫びろ!』とか罵詈雑言に溢れていた。
申 だまれ、黙れってんだろ!
申は怒りの感情をむき出しにして、パソコンに怒鳴りつけていた。
それから申は二週間マンションに籠っていて、食事は盛山から送られるカップ麺と弁当とお茶で凌いでいた。
ゴミを捨てられないから、リビングのテーブルはカップ麺の容器と弁当の容器が溢れかえっていた。そこから異様な匂いが立ち込めていた。
申が窓の方を覗くと、テレビ局のリポーターが申のマンションを見て、何か言っているようだ。地上波のワイドショーの取材だろうか。
ワイドショー嫌いの申はイライラして、歯ぎしりしていた。
申 俺は間違っていない。悪いのは比呂だ。あいつがいたから、俺はひねくれたんだよ!
申がぶつくさと、比呂のせいだと突っぱねている時に、ピンポーンとインターホンが鳴る音が聞こえてきた。
申は何だよと、言うような顔をして玄関の方へ走った。
玄関のドアを開けた申は、ウッと声を上げた。
七十代の白髪の男性の芸能リポーターが、申の事をじろじろ見ていた。
芸能リポーターD 佐上申先生ですよね?
あの、神山書店の社長の奥様との離婚の話が出ているとお聞きしましたが
申はこれ以上報道を過熱させないために、申は意を決してハッキリと公の場で話そうとする。
申 ああ、ここでは何だから外で話す
申は頑な表情で芸能リポーターDと共に外で話す事にした。
マンションの入り口まで降りた申は、大勢のマスコミの記者からの強烈なフラッシュを浴びた。
記者F 佐上先生! お姉様はどうして引きこもりになったんですか? いじめとかですか? それともおじい様が原因とお聞きしましたが?
記者L インフルエンサーの堤マナさんとは、いつから不倫関係だったのでしょうか?
先生は奥様に愛が無いってことですね?
ジャーナリストW もうネットでは、先生の作品を買わないとか、ガッカリしたと言われてますが、ファンの方について一言お願いします!
申は的外れな事ばかり質問するマスコミ関係者に、腹立たしくなった。
駐車場にいる申は、自分の所有するトヨタのプリウスの傍にいた。
申は取材対応が終わったら逃げる準備をしていた。
申はマスコミを撒くために、口を開く。
申 ああ、確かに妻や息子、ファンの皆様には申し訳ない事してすいませんでした。
申は深々と頭を下げて、謝罪した。
申は顔を上げてマスコミに反論を仕掛けた。
しかし、俺だって理由がある。
俺の姉の比呂は高校の頃にイジメに遭って中退した。それ以来死ぬまで引きこもりだった。
姉はイジメに遭ったのはかわいそうだとか言うけど、姉がクズ過ぎたからイジメに遭ったんだ!
俺は友達が多かったから、姉に嫉妬されてイジメられたんだ
テレビ局の記者 お姉様がすべて悪いのですか?
申 俺は引きこもりに姉みたいになりたくないから、漫画家を目指して、上京した。
プロになってからも必死に働いた。
しかし、姉は俺が稼いだ金を奪い続けた。
何年も姉に金銭搾取されて、暴力を受けて俺は追い詰められていた。
そんな時、救いの手が現れたんだ
申は真剣な顔をして、自分が何故姉から逃げる理由をマスコミ関係者たちに語る。
ジャーナリストW それが神山彩未社長でしたか
彩未と出会った事で申の運命に大きく変わったと、ジャーナリストWに核心を突かれて申は頷いた。
申 神山書店のラッテコミックのネーム大賞のコンペを知って、彩未さんの心を射止めれば、人生が変わると思って応募したんだ。
大賞を獲って、実際に彩未さんと仕事するようになった
彩未さんの真摯に仕事する姿に心惹かれて、俺も彩未さんに尊敬されるような男になるために頑張った
記者F ただ、彩未社長と結婚するにはお姉さんが邪魔だったんですよね?
申 大体、引きこもりの家族がいる奴が上級国民と結婚するには、そんな家族がいたら困るだろ?
記者F そんな事はありません。あなたがお姉さんの事をきちんと神山家の皆様にお話しておけば良かったじゃないですか!
テレビ局の記者 今では行政に頼めば、施設とか紹介してもらえます。人を殺すくらいだったら、恥晒してでも行政に助けを求めればよかったじゃないですか!
リベラル系のマスコミの記者から正論めいた事を問われた申の堪忍袋の緒が切れた。
申 黙れ! 比呂みたいな生ゴミ以下のデブスがいたら、俺は仕事も結婚も上手くいかなくなるのが嫌だったんだよ!
だから、家の電気を落として比呂を熱中症にさせたんだよ!
申は顔を真っ赤にして、マスコミに本音をブチ撒き始めた。
申 俺が漫画家として成功するには、邪魔な引きこもりの比呂を消して上級国民の仲間になるために神山彩未と結婚した!
神山家の力を利用して俺は漫画家として再ブレイクした。
でも、彩未さんがだんだんデブって、比呂を思い出すのがトラウマで、堤マナに乗り換えたんだよ!
記者B いくら肥満体のお姉様を思い出すからって、別の女に乗り換えるのは如何かと思いますが!
申 うるさいんだよ! オタクを舐めんな!
マスコミに怒りの質問の洪水に飲まれそうになり、はらわたが煮えくり返った申はマスコミに中指立てながら、自分の車に逃げ込んだ。
マスコミにわらわらと車を囲われた申は、車をギュイーンとアクセルを鳴らした。
申の車が急発進されて、マスコミの記者の数名をキィィイイイイィイイン! と、強く跳ね飛ばした。
記者B ウワアアアアア!
ジャーナリストW ウギャアァアアアア!
申が運転する車にパーン!と、跳ね飛ばされたマスコミの記者たちは、悲鳴を上げて宙に舞って悲惨に地面にたたきつけられた。
テレビ局の記者 貴様! 何をする!
申 マスゴミ共よ! お前らこそ天罰を受けて死ね!
車の窓を開けた申は、憎らしい顔をして暴言を吐いた後、ビューン! と車を飛ばして何処かへ逃げて行った。

〇 高速道路
マスコミから逃げる申はビュウウウウウンと、百五十キロ近いスピードで車を走らせていた。
カーナビのテレビのニュースでは、申がマスコミの記者たちをひき逃げした、というニュースで騒ぎになっていた。
このニュースがきっかけで、更に炎上して申の漫画連載が打ち切りとなり、申が手掛けたアニメ作品の再放送禁止と配信禁止という、大きな痛手を受けていた。
神山書店では、申が行方不明になって色んな所への対応で終われていた。
申は、自分は悪くない、悪いのは比呂だと言い聞かせながら車を走らせていた。
カーナビのテレビのワイドショーのニュースでは、申がマスコミ関係者たちをひき逃げしている事を責任を感じた彩未が、急遽記者会見を開いて、盛山と共にメディア関係者たちに青ざめた顔で謝罪している姿があった。
申は彩未が申し訳なさそうに謝罪している姿を見て、少し声を詰まらせる。
もう彩未が苦しむ姿を見たくないと感じた申はカーナビのテレビを切った。
申は高速道路を寝ずに何日も車を走らせた。
数日が経ち、高速道路を降りた申はそろそろ車のガソリンが切れそうになり、ガソリンスタンドで給油をしたいところだが、申はマスコミと警察に追われている身。
思うようにいかなくて歯ぎしりする申は、ガソリンが切れるまで車を走らせるしかなかった。
〇東北の山奥。
東北の山奥まで車を走らせていた申は、ほとんど寝ていないのか運転がふらついていた。
ほとんど何も食べていないため、申は飢餓状態だった。
真っ暗な夜道を走る申は、明かりが無いウネウネとカーブ続きの山道でハンドルの操作を一瞬誤り、車がスピンしてガードレールにグァッシャーン! と衝突した。
車のフロントが衝撃で見事に破損した。ガソリンが切れたのか、アクセル踏んでも動かなくなっていた。
あーっと頭を抱える申は、幸いガードレールの向こうの崖に落ちなくて良かったと不幸と幸運を味わった。
申 あー。どうしよう。マジで道に迷ってしまった
東北のどこか知らない山奥に迷い込んだ申は、真っ暗な山道をトボトボと歩くしかなかった。

〇 東北の山奥の森の中
申は深い森の中で布団も包まずに眠っていた。
朝日が昇り、樹々の茂みから朝日が差し込んできた。
申 ん、ん、ん~
眠っていた申は朝日の光を浴びて、ゆっくりと目を開けた。
誰もいない森の中で、目覚めた申は初めてこんな自然の中にいる事に安らぎを感じていた。
申は水を求めて、近くにある泉まで歩いた。
申は泉からあふれる清水を飲もうと、手で水をすくった。
手ですくった清水をごくごくと飲む申は、美味いと心から呟いた。
申 はあ、何でだろう。何で俺の人生は思い通りに行かないんだろうか……俺はただ、幸せになりたいだけなんだ。どうしてみんな俺を否定するんだよ? 俺は何も悪い事なんかしてない!
泉に映る申の眉間にしわが寄り、すっかり白髪になった年老いた姿に絶望感でいっぱいだった。
申 ああ、初めからあいつが生まれてこなければ、俺はもっと恵まれた人生を遅れってこれたんだよな。母さんはあいつを中絶してくれればよかったんだよ!
申は未だに死んだ姉と母を恨む様な言葉を叫んだ。
申の叫びは山中にこだまして響いていた。その響きは悲しくも消えていった。申は悔しくて涙を流した。
申の悔し涙は、清らかな泉にポツンと落ちていった。
清らかな水面が波紋を呼び、何か顏らしきものが映っていた。
比呂 お前はもうすぐ死ぬよ。私がお前を地獄へ連れてくるからな
申 ひ! そ、その声は!
泉の水面に映る見覚えのある顔と声が聞こえてきて、申は恐怖で顔を歪ませた。
比呂の醜く豚の様な顔面が見えて、申を恨む様な事を呟いていた。
比呂 申、お前ばかりいい思いばかりさせないよ! 私はお前に殺されてから、ずっとあの世で恨んでいたよ! 申は神山書店の会長の娘と結婚して、漫画もヒットして人気漫画家になったからいい気になるな!
比呂の恨みつらみをぶつけられて、申は自分の中に残っていた嫉妬と憎しみが再びよみがえってきた。
申 う、うるせぇ!
比呂 お前は良いよね。男だから何でも許してくれてたんだよな。でも、今はそんなの出来ねえんだよ! 私の願いがようやく叶ってくれて良かったよ!
申 ね、願いだと? ふざけるな!
比呂 私はあのクソジジイも父親も、お前が大嫌いだったんだよ! 男のくせに偉そうにしやがって! 女の私を見下してきたツケが来たんだよ! アーハハハハハ!
比呂の残酷な笑いが申の耳にだけ響いてくる。申は比呂の忌まわしき怨念に気が狂いかけてきた。
申 ひ、比呂。お前は権利ばかり求めていたくせして、何もしなかったから何者にもなれなかった。さっさと成仏しろ!
申は比呂によって正気と狂気の狭間に居ながらも、比呂に反論する。
それでも比呂のおぞましい黒い瘴気が申にまとわりついて来る。
比呂 死ね! 死ね! 死ね!
申 やめろ! 俺はお前の奴隷じゃない! 自由に生きる一人の人間だ!
比呂の瘴気に取り込まれそうになり、それを手でバタバタと払いのけた申は、生きる気力を保とうとした。
申は比呂の怨念に向かって、覇気ある表情でこう叫んだ。
申 お前なんか、おから以下の価値もねぇんだよ―――――!
申は地面にある手のひらサイズの石を拾い、比呂に向けってブン! と勢い良く投げた。
申は比呂から逃げる様にけもの道を走り去った。
けもの道を走る申は、顔が汗で濡れていた。
服も泥まみれになって、みすぼらしいものだった。
もうかつての栄光に戻る事が出来ない申は、ひたすら比呂から逃げるしかなかった。
申 あ!
申は足を滑らせて、体勢を崩して転げ落ちていく。山から転げ落ちた申は、崖の方まで転がって急流に落ちていった。
申 ウワァアアアアアアアアアアア―――……!
体が激しい急流に落ちていく申は、顔を歪ませて悲鳴を上げていた。
申 助けてぇええええええー! 誰か助けろよ!
申は激しい悲鳴を上げながら、ドボンと激しい流れに落ちていった。
急流に飲まれて、申はバタバタと泳いで抵抗しようとするが、自然の恐怖にはかなわない。
ゴボゴボと溺れる申は、激しい流れの川から上がれず、涙を流す。
泳ぎが得意でない申は、激しい川の流れに飲まれて洗濯機の洗濯物みたいにグワングワンと、体が回転される。
申 ゴボゥ、ゴボォ……た、助け……
勢いよく流される申は、息が出来なくて意識が朦朧とする中、手を伸ばした先に微笑む彩未の姿がおぼろげに見えた、
おぼろげに見える彩未の顔が突然、プイッと申から顔を背けてしまった。
申 い、イヤ、だ! あ、あ、あや、み、おいて、いか、ない……
彩未に助けを求めて、手を伸ばす申だったが、彩未の姿が徐々に消えていくのにショックを受けたままガン! と大きな岩石に頭を激しくぶつけた。
頭を激しくぶつけられて、申の頭部から赤い血が川の流れと共に流れていく。
頭から血を流す申はそのまま意識を失い、下流に向かって申の体が流されていく。

それから三日後、家に籠っていた彩未は家の固定電話が鳴り、すぐに受話器を取る。
彩未 はい。神山ですが
睡眠不足気味なのか、彩未の声に張りがなかった。
警察官D 宮城県警です。神山申さんのご家族ですか? 実は神山申さんについてなのですが
彩未 はい。申さんに何があったのですか?
警察官D 神山申さんが……宮城の海岸に遺体となって発見されました……
警察官からあの申が、死んだと聞かされて彩未の持っていた受話器が落ちた。
申の死を聞かされて、彩未の体の力が急激に抜けて床に崩れ落ちた。
その次の日のニュースは、大御所漫画家神山申死すという、ニュースで持ちきりだった。
マスコミ関係者たちを轢いて逃亡した申は、最後に流れ着いたのは東北の山奥で、崖から急流に飛び込んだという内容だった。
どうやら自殺という憶測もある中、申がヒット作を出し続けてくれたお陰で経済を潤わせてくれた功労者と労う声もあった。
しかし、引きこもりの姉を殺した疑いと、金と権力目当てで彩未と結婚したクズと罵る声もあった。
申がなぜ死んだのかは、理由は不明のままだ。
申の急死に彩未はマスコミに一切反応しないようにした。大事な息子の光を守るためだ。
申の急死の報道は一週間ほどで落ち着いた。
彩未の自宅に遺骨をなった申が骨壺に入れられて届いた。過去に起きた例の感染症の事もあってか、遺体を早くに火葬したそうだ。
死んだ申を彩未が喪主となり、家族葬であの世へ送った。申の葬儀には戦友の申を失って悲しむ小野と谷井、樹が参列してくれた。
彩未は亡き夫を慕ってくれた三人に涙ながらに礼を言う。
申が東北の川に落ちて死んでから三年が過ぎた。
ヒットメーカーの神山申の急死により、神山書店の業績が急激に落ちて、経営が上手くいかなくなって経営者としての責任を感じた彩未は社長を辞任した。
神山書店は大手ライバル出版社の美神書店に吸収合併され、美神書店の子会社となった。
申に裏切られ、会社を失い彩未の心はズタボロになっていた。
申との不倫スキャンダルを報じられたマナは、申が死んでからネットとマスコミから過激なバッシングを受けて、逃げる様に日本から去った。
彩未が出版社社長を辞任され、祖父から受け継いだ出版社を失った太郎は体調を崩して今年の春に亡くなった。
代々続く神山書店を失い、東京を離れた彩未と光は、長野県の田舎町にひっそりと暮らしていた。
〇 長野県の田舎町にある一軒家のリビング。
中古物件らしいレトロなリビングでパソコンでネットサーフィンしている彩未は、安いマグカップのコーヒーを取った。
 彩未は前より少しやせて、シュッとした体型になった。しかし、年のせいかアゴはたるんでいたままだ。
彩未はネットサーフインしているうちに週刊美神オンラインにアクセスしていた。
彩未は週刊美神オンラインの記事をじっくりと読みふけっていた。
彩未はある記事をじっと見た。
「引きこもりの姉を殺した神山申は、悪魔かそれとも英雄か」、という刺激的なタイトルの記事だった。
彩未 まだあの人の事話題にしたいんだね
彩未は疲れた顔をしながら、その記事に目を通してみた。
彩未 佐上申は小さい頃からお姉様にイジメられていたのね。
彩未は習慣の記事に目を通しながら、疲れた顔で呟く。
彩未 彼はお姉さんから、自由になるために殺したのね
跡取りとして祖父に可愛がられた申は、姉に嫉妬されてイジメられていたから、自由になるために漫画家を志したのかと、彩未は初めて気づかされた。
漫画家になっても姉から金銭搾取されて、結婚も出来ずに悩んでいた申は、彩未との出会いで大きく変わった。
大手出版社の社長の娘で、高学歴で美しい彩未に惚れて申は高い社会的地位を手に入れるために、姉の比呂を熱中症にさせて死なせたのかと、彩未は知った。
彩未と結婚してから、二十年間はヒットメーカーとしてもてはやされた申はブクブクと太った彩未の姿を見て、憎き姉の比呂を思い出してイヤな気持ちになったため、痩せてスタイルの良いマナに惚れて、親密な関係になったと書かれていた。
彩未 私の太った姿見て、お姉様を思い出していたのね。悲しいわ
テーブルの上にある鏡を見て、たるんだ二重アゴの彩未の顔が写っていた。彩未は鏡に写る顔を見て苦々しい顔をした。
記事には引きこもりの姉の世話をするのが嫌だった申を「佐上申は自由を選んでくれて良かった」、「介護疲れの事件が多いから、彼の事件を知って救われた」、「佐上先生は英雄だ」と、称賛するような言葉が書かれていた。
彩未は申を称賛する様な記事に嫌気を指していた。
彩未はパソコンの電源を落として、席を立った。
確かに申は、引きこもりの姉の面倒を見るのに限界が来て、姉を熱中症にさせて殺すしかなかった。今は九〇六〇問題事件が多発している。
今日も名も無き人が引きこもりの家族を殺してしまったニュースがテレビで放送される。逮捕された親を批判と同情の声が入り交ざった世間があった。





















 










































 


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