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しおりを挟む「これは南方の代景や越、楚の地方で近頃特に喜ばれている運動機能重視の髪型でございまして。 小さなお子様の節句も近いので、時期としても大変に相応しいかと存じます」
適当に結い終えた髪型を意味なく櫛で梳く真似をしながら出まかせを口にする鄭欣に、高椅子に座った女の子は振り返って陰りなく笑いかけた。 ああよせ、そんなに嬉しそうにしないでくれ ─── 子供を騙している気まずさを意識しないように、鄭欣は内心で開き直る。 断っておこう、僕に罪の意識は無い。 これは発明の実験と実践に過ぎない。 君のお姉さんの姿を月光蘭の葉に捉影したいだけだ罪の意識など無い。
「とても変わった髪型ですのね」
妹と手を繋いで微笑みあう嶺鹿が興味深そうに相槌を打った。
「普段の結び方よりも動きやすそうだし、なんだか手入れも簡単に見えます」
そう言って幼い妹の横髪を取り上げた拍子に、赤い輝きが姉妹の目の前で大きく揺れる。 女の子は鮮やかなその光に、きゃっ、と声をあげて喜び、同時に嶺鹿も飾らない驚きを見せた。 髪の房先を束ねる細革の詰め重りとして、紅色の石が使ってある。
「まあっ! 髪結いさん、髪留めまで付けてくださったの」
「節句の縁起物でございます。これをお付けしてもしなくてもお代は同じですので、どうぞご心配なく」
「でもこんな綺麗な石 …… これ、水晶なのでは? 」
はいそうです、洞窟で掘り出しました …… と正直に答えるわけにもいかない。
「いえいえ、長江沿いの湖で大量に取れる赤石が幾年も流れに洗われて角が取れていくと、このようになるのですよ」
罪悪感を軽くするためについつい編み込んでしまった紅央水晶だった。
「ありがとうございます、きっといい思い出になりますわ。 それで、お支払いの件なのですが …… おいくらでしょうか」
懐から少女が抜き出すずっしりとした革袋の存在感が、鄭欣を現実に引き戻す。
よし、あれなら十万銭はありそうだ。 まず千銭程度を要求して、相手が渋るようなら五百に落とす。 百でもいい。 値引きの差額に満足させれば、安く済んだのだから …… と自分の分も髪結いを頼む気になるはずだ …… 。
鄭欣が金額を告げようとしたその時、口紐を弛めようとする少女から 「あ」 と声がもれた。
古びた革袋の縫い目がほつれ、ざらざらと中の貨幣がこぼれ落ちる ─── それを貨幣と呼べるなら、だが。
「あらあら」
「 …… お …… おやおや」
辛うじて同じようにおどけながらも、鄭欣は我が眼を疑った。 卓上に拡がったのはことごとくが歪み、欠け、錆朽ちた前時代の悪銭ばかりである。 すでに商習慣の発達した中原にあっては、物乞いですら見向きもしない代物だった。
「足りると良いのですけど。 実は私たち、お金を使うのは久しぶりで」
大切そうに古びた貨幣を数え揃えていく少女の横顔に、気まずさを見てとる事はできなかった。 過去の残骸同然のこれらの小片から価値がとうに失われている事を、この娘は知らないのだ ─── と鄭欣は察した。
困った。 どうする。 王都の宝物よりも高価な幕舎に住んでいるにもかかわらず、相手は全くの無一文だ。 どうする……?
「ではそちらを …… 今お持ちになっている、その二枚を頂戴します」
嶺鹿の首筋から緊張が去っていく。「良かった」 そこで初めて恥ずかしそうに口元を隠して、ささやくように本音を打ち明けた。
「足りて良かったわ。 安心いたしました」
鄭欣は急いで言い足す。
「ただし、わたくしは髪結いとしてはまだまだ修行中の身ですので、お代の半分はお返しする規則です」
「えっ? そんな、いけません。 半分だけだなんて」
気の毒そうに二枚とも渡そうとする嶺鹿から身を引き、考える振りをした鄭欣が、一拍置いて慎重に切り出した。
「ですがもうお一人分として、あなた様の髪結いをお任せいただけるなら …… 喜んで全額いただきますが」
「でも……」
「お姉ちゃんも」 ためらう嶺鹿をゆさゆさする妹の動きを、鄭欣は心の中で全力で応援した。 「お姉ちゃんも一緒におしゃれしよう」 頑張れ、もっと揺らせ。
「本当に …… お願いしても良いのですか? 」
「もちろんですとも」
そして、いかにも申し訳なさそうに、だが決然と断言する。
「ただし規則ですので、節句のお祝いとして赤石の髪留めを今回お付けできるのは、残念ながら妹の英璉さまのみ ─── 小さなお子様限定、とさせていただきます」
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