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第2章 王の帰還
月影の国(後編)
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ティザーン共和国王室によるアライス皇太子一家のもてなしぶりは常軌を逸していた。
そう言っても過言ではない。
皇太子一家には宮殿の居室を提供し、旅団幹部には最上級のホテルを、その他の隊員にも上質のホテルを破格の値段で貸与してくれた。
ガルム王国との間に厚い信頼関係があるわけでもない。
それは自由都市サキアスとても同じである。
ましてや、悪名高いティンブル家にそのような好待遇が受けられるような徳などはない。
その上、できるだけ長期滞在することを奨められた。
通常ならば何か裏があるのでは、と勘繰るところであるが、総指揮官シャリルは王室の奨めに応じ、当初三泊の予定を六泊へと変更した。
ティザーン共和国首都滞在二日目の夕方、リリアはシャリルの居室へ向かっていた。
晩さん会向けの青いドレス姿であるが、それが男性の視線を釘付けにしている。リリアが魅力的であることもさることながら、いささか露出の割合が高い。リリアは人とすれ違う時は胸元を隠さねばならなかった。
シャリルの部屋の前に二人の人影がある。
バンス・クランジ軍曹とティム・ライアル伍長であった。
二人はリリアの姿を見たとき興奮を隠そうともしなかったが、すぐに平静を取り戻した。
「お二人とも、こんなところで、どうなさったんです?」
「いえ。何でもありません。リリア様こそ、シャリル殿に何かご用ですか?」
「ええ、晩さん会のことで少し確認したいことがあるので…」
「ちょっと今はお控えになった方が…」
伍長がそういうと、部屋の中から女の喘ぎ声が漏れ聞こえた。
リリアの顔が真っ赤に変わる。
すぐにくるりと背を向けて、逃げるようにしてその場を去った。
伍長が憐れみと共に、その美しい背中を見送る。
「あんなにも可憐な方が、なんてお可哀そうに…」
軍曹も溜息を漏らす。
「やめておけ。お前には高値の花だよ。シャリルにはもったいないのは同意だがな」
リリアは頭の中が真っ白のまま、どこへともなく歩き、気が付くと突き当りの壁の前にいた。
「…」
壁に両肘を置き、うなだれた。
先ほどの出来事を思い出すと、この姿がふしだらにしか見えなくなる。
結婚というものにさほど夢を見たことはないが、よりにもよって、あのような男が相手になろうとは。愛とまでは言わぬまでも、せめて情けを知る人間が相手であってほしかった。
このドレスを用意させたのもシャリルに違いない。
こんなものは一刻も早く脱ぎ捨てて、いつもの軍服に着替えたい。
何よりもこの姿をシャリルにだけは見られたくない。
そう思うのである。
「誰かと思ったらリリアじゃないか。それにしてもすごい服だね。風邪ひくよ」
振り向くと、いつもの軍服姿のレイが立っていた。
いつの間にかレイの部屋の前にいたのである。
「僕に何か用かな?」
「別に…」
レイはあらぬ方向を見ている。ハッとして、慌てて両手で胸元を隠した。
不思議なことに、レイの顔を見たら、心が急に落ち着いてきた。
「ところで、あなた。お部屋に服があったでしょう? 早く着替えないと」
「僕はこれでいいよ。それから、晩さん会には出ないよ。それを誰かに伝えに行こうとしたところだったんだが、君がここにいてくれてちょうどよかった」
「え? どうして? せっかく王様がご招待してくださっているのに」
「ところが、僕は王様のお父様から直々に招待状を賜っていてね。なぜかわからないけれど」
そう言いながら招待状を振りかざした。
「え?」
リリアの表情が曇った。また一人ぼっちになるという不安に襲われた。
「そう、じゃあ、仕方ないわね…」
リリアは肩を落とし、とぼとぼと歩き始めた。
レイの前を通り過ぎる際、
「君も一緒に来るかい? きっと晩さん会なんかより、おもしろい話が聞けると思うんだ。あ、でも君が好きそうな話ではない気もするなあ」
とレイが言った。
「いいの? 私が一緒に行っても?」
「かまわないさ。どこにも、一人で来い、とは書いてないようだし」
「でも、赤の他人を連れ来てもいい、とも書いてないんでしょ?」
「細かいね」
レイは招待状を懐へしまった。
「君がだね、その奇抜な姿を人前に晒したくなくて、悲嘆に暮れてる姿を見てしまった以上、放っておけないだろう? 人情として」
リリアの顔がカーっと赤くなった。
「誰もそんなこと思ってないわよ! 余計なお世話よ!」
「そうかい。じゃ、僕一人でいってくるよ。じゃあね」
レイはそう言うと、さっさと歩きだした。
「待って!」
リリアはレイの左腕を咄嗟に掴んだ。
「私も連れてって」
「ああ、了解した」
二人でホテルのフロントに行き、招待状を見せると、執事風の男の案内で特別な回廊を通り、とある広間へ案内された。そこは質素で落ち着きのある空間であった。
誰もいないテーブル席に着くと、給仕係が二人分のグラスを用意してくれた。
「ほらね。一人じゃなくたって大丈夫だったろ?」
「でも、前の王様が知るとご機嫌を損ねるんじゃないかしら?」
「相手の機嫌なんて知ったこっちゃないよ。こちらは招かれて来てやってるんだから。王様だろうが何だろうが断固抗議してやるまでだ」
リリアはくすくすと笑った。
「あなたはいいわね。悩みなんて、これっぽちもなさそうで」
一時間以上が経って、ようやく前国王が従者一人とともに現れた。
「待たせてすまなんだな」
現れたのは、七十過ぎの質素な身なりをした老人であった。
従者の若者は長男の嫡子、つまり順当ならば将来の王になる者だ、と紹介された。
その将来の王が、晩さん会よりもレイとの会見を優先させられている。
「こちらの方が、よほど、おもしろい話が聞けるじゃろうからな」
前国王はそう言って笑った。
「さて、我が国、いや、我が王家には先祖伝来の訓戒があってな。その中に、ヤシマ人が来たときは出来得る限り手厚くもてなせ、というものがある。ガルム国の皇太子殿からヤシマ人が随行している旨を伝え聞いてな。急遽招待させてもらった。滞在中は毎日こうして夕食を共にしたいと思うがいかがかな?」
「はい、ありがたく存じます。ですが、毎日ですと、陛下がお飽きになるでしょう。私めのことをつまらぬ男だと思いました折は、躊躇なくその旨おっしゃって頂ければ幸でございます」
「心配ない。我が王家全員が、貴殿と親睦を深めたいと思うておるのだ。ヤシマ人が我が辺境の地を公式に訪問することは半世紀に一度あるかどうかじゃ。この一期を大切にしたい」
「私のような卑賤の身の者に対し、過分なお言葉、誠に痛み入ります」
「ところで、ヤシマ人は一人と聞いておったが、その娘は貴殿の妻もしくは許嫁か?」
「いずれでもございませんが、似たようなものです。未来のことは分かりませんが」
「ヤシマ人は嘘をつかない、と聞いておる。嘘偽りではないのだな?」
「ご冗談を。ヤシマ人だって嘘ぐらい言います。ただし、言ってはならない嘘は絶対に言いません。それがどんな嘘か、と問われますと説明がやっかいですが、少なくとも私はこの女を妻に娶りたいと願い、この女もそう願っています。残念ながら、実際にその願いが叶う可能性が現状はとても低い、ということであります」
「二人は契りを交わしたのか?」
「いいえ。契りを交わすことと、互いを思いやることとは、まったく別の問題です。私たちは心で通じ合っています。それで十分ではありませんか?」
「相分かった」
老人は笑っている。
ただ、若者をからかってみただけ、と言ったところであろう。
レイも老人の遊びに付き合って楽しんでいるだけだ。
しかし、二人の玩具にされたリリアはたまったものではない。顔を伏したまま、何も考えられずにいる。怒っているのではない。状況があまりにも理解不能なだけだ。
「ところで陛下、私たち二人の関係は非常に微妙なものです。陛下の御前ゆえ、包み隠さず申し上げてしまいましたが、これが公になれば、私はもはや生きて祖国の土を踏めません。どうかご配慮賜りたく」
「心得た。しかし、シャリル・ティンブルの嫁にするには惜しいのう」
「まったくです。私にさえも過分な娘ですが、かの者よりはマシという点だけは確信しております。かの者には、彼と同じ愚か者、でない、いかなる女性も過分ですがね」
前国王は、かっかっかっ、と笑った。
「リリア・ティンブル殿」
「は、はい!」
「いずれ誰かが救い出してくれると信じるのもよいが、どうしても受け入れがたいことは、自らの行動を以て抗うことこそ生きてゆく上で肝要じゃ、とわしは思うぞ」
リリアはまだこの状況をまったく呑み込めてはいない。しかし王が自分の身の上を憐れんでくれていることは十分に感じ取れた。
「はい! ありがとうございます! 私、頑張りたいと思います!」
それから毎晩、レイは前国王と晩餐を共にした。
前国王は終始上機嫌であったが、それはレイも同じである。
二人はともに歴史に造詣が深く、神話から現在に至る、あらゆる出来事について語り合った。
そうなればいくら時間があろうと足りることはない。レイは、自分の頭の中の記録のかなりの部分が上書きできたことに満足した。
リリアは常にレイに同伴したが、ほとんど話についていけなかった。
しかし、たった一つ、リリアの心に強く印象に残った話がある。
それは例のアカラット山の古城が炎上した件である。
王家に伝わる話は、レイが語ったものに比べると、より凄惨な内容であった。
古城に立て籠ったのは貴族ではなく、アズマ人による十数名の傭兵部隊であったという。
その隊長の言葉が王家に伝わっている。
「いずれ来る太平の世に、月の女神の末裔が、ふたたびお家の再興を果たしたならば、ここに我らの墓標を立てるとお約束ください」
隊長は名を語らなかった。ただ、「私はヤシマだ」とのみ言い残し、山を登った。
彼らは三日間の籠城戦の末、自ら巨大な炎を起こして城を焼き、敵兵もろとも全滅した。
ティザーン王家は、彼らの尊い犠牲の上に、かろうじて命脈を長らえることができた。
そして、王家の者たちは、たとえ何百年かかろうとも、いつかこの地で再興を果たす、と天に誓い続けてきた。
数百年が過ぎて、ついにティザーン王国が成った時、時を同じくして古城跡に巨大な石碑が建てられた。約束は果たされたのである。
「隊長さんの言葉は、我らの先祖が生き続ける理由となり、家の再興を我らの責務にした。あの隊長さんのおかげで今の我が国があるのだよ」
リリアは思った。
レイならば、その隊長と同じことが、きっと容易くできてしまうに違いない、と。
その時、私は、はたして彼を止めることができるだろうか。
おそらく、それは叶わないであろう、と。
そう言っても過言ではない。
皇太子一家には宮殿の居室を提供し、旅団幹部には最上級のホテルを、その他の隊員にも上質のホテルを破格の値段で貸与してくれた。
ガルム王国との間に厚い信頼関係があるわけでもない。
それは自由都市サキアスとても同じである。
ましてや、悪名高いティンブル家にそのような好待遇が受けられるような徳などはない。
その上、できるだけ長期滞在することを奨められた。
通常ならば何か裏があるのでは、と勘繰るところであるが、総指揮官シャリルは王室の奨めに応じ、当初三泊の予定を六泊へと変更した。
ティザーン共和国首都滞在二日目の夕方、リリアはシャリルの居室へ向かっていた。
晩さん会向けの青いドレス姿であるが、それが男性の視線を釘付けにしている。リリアが魅力的であることもさることながら、いささか露出の割合が高い。リリアは人とすれ違う時は胸元を隠さねばならなかった。
シャリルの部屋の前に二人の人影がある。
バンス・クランジ軍曹とティム・ライアル伍長であった。
二人はリリアの姿を見たとき興奮を隠そうともしなかったが、すぐに平静を取り戻した。
「お二人とも、こんなところで、どうなさったんです?」
「いえ。何でもありません。リリア様こそ、シャリル殿に何かご用ですか?」
「ええ、晩さん会のことで少し確認したいことがあるので…」
「ちょっと今はお控えになった方が…」
伍長がそういうと、部屋の中から女の喘ぎ声が漏れ聞こえた。
リリアの顔が真っ赤に変わる。
すぐにくるりと背を向けて、逃げるようにしてその場を去った。
伍長が憐れみと共に、その美しい背中を見送る。
「あんなにも可憐な方が、なんてお可哀そうに…」
軍曹も溜息を漏らす。
「やめておけ。お前には高値の花だよ。シャリルにはもったいないのは同意だがな」
リリアは頭の中が真っ白のまま、どこへともなく歩き、気が付くと突き当りの壁の前にいた。
「…」
壁に両肘を置き、うなだれた。
先ほどの出来事を思い出すと、この姿がふしだらにしか見えなくなる。
結婚というものにさほど夢を見たことはないが、よりにもよって、あのような男が相手になろうとは。愛とまでは言わぬまでも、せめて情けを知る人間が相手であってほしかった。
このドレスを用意させたのもシャリルに違いない。
こんなものは一刻も早く脱ぎ捨てて、いつもの軍服に着替えたい。
何よりもこの姿をシャリルにだけは見られたくない。
そう思うのである。
「誰かと思ったらリリアじゃないか。それにしてもすごい服だね。風邪ひくよ」
振り向くと、いつもの軍服姿のレイが立っていた。
いつの間にかレイの部屋の前にいたのである。
「僕に何か用かな?」
「別に…」
レイはあらぬ方向を見ている。ハッとして、慌てて両手で胸元を隠した。
不思議なことに、レイの顔を見たら、心が急に落ち着いてきた。
「ところで、あなた。お部屋に服があったでしょう? 早く着替えないと」
「僕はこれでいいよ。それから、晩さん会には出ないよ。それを誰かに伝えに行こうとしたところだったんだが、君がここにいてくれてちょうどよかった」
「え? どうして? せっかく王様がご招待してくださっているのに」
「ところが、僕は王様のお父様から直々に招待状を賜っていてね。なぜかわからないけれど」
そう言いながら招待状を振りかざした。
「え?」
リリアの表情が曇った。また一人ぼっちになるという不安に襲われた。
「そう、じゃあ、仕方ないわね…」
リリアは肩を落とし、とぼとぼと歩き始めた。
レイの前を通り過ぎる際、
「君も一緒に来るかい? きっと晩さん会なんかより、おもしろい話が聞けると思うんだ。あ、でも君が好きそうな話ではない気もするなあ」
とレイが言った。
「いいの? 私が一緒に行っても?」
「かまわないさ。どこにも、一人で来い、とは書いてないようだし」
「でも、赤の他人を連れ来てもいい、とも書いてないんでしょ?」
「細かいね」
レイは招待状を懐へしまった。
「君がだね、その奇抜な姿を人前に晒したくなくて、悲嘆に暮れてる姿を見てしまった以上、放っておけないだろう? 人情として」
リリアの顔がカーっと赤くなった。
「誰もそんなこと思ってないわよ! 余計なお世話よ!」
「そうかい。じゃ、僕一人でいってくるよ。じゃあね」
レイはそう言うと、さっさと歩きだした。
「待って!」
リリアはレイの左腕を咄嗟に掴んだ。
「私も連れてって」
「ああ、了解した」
二人でホテルのフロントに行き、招待状を見せると、執事風の男の案内で特別な回廊を通り、とある広間へ案内された。そこは質素で落ち着きのある空間であった。
誰もいないテーブル席に着くと、給仕係が二人分のグラスを用意してくれた。
「ほらね。一人じゃなくたって大丈夫だったろ?」
「でも、前の王様が知るとご機嫌を損ねるんじゃないかしら?」
「相手の機嫌なんて知ったこっちゃないよ。こちらは招かれて来てやってるんだから。王様だろうが何だろうが断固抗議してやるまでだ」
リリアはくすくすと笑った。
「あなたはいいわね。悩みなんて、これっぽちもなさそうで」
一時間以上が経って、ようやく前国王が従者一人とともに現れた。
「待たせてすまなんだな」
現れたのは、七十過ぎの質素な身なりをした老人であった。
従者の若者は長男の嫡子、つまり順当ならば将来の王になる者だ、と紹介された。
その将来の王が、晩さん会よりもレイとの会見を優先させられている。
「こちらの方が、よほど、おもしろい話が聞けるじゃろうからな」
前国王はそう言って笑った。
「さて、我が国、いや、我が王家には先祖伝来の訓戒があってな。その中に、ヤシマ人が来たときは出来得る限り手厚くもてなせ、というものがある。ガルム国の皇太子殿からヤシマ人が随行している旨を伝え聞いてな。急遽招待させてもらった。滞在中は毎日こうして夕食を共にしたいと思うがいかがかな?」
「はい、ありがたく存じます。ですが、毎日ですと、陛下がお飽きになるでしょう。私めのことをつまらぬ男だと思いました折は、躊躇なくその旨おっしゃって頂ければ幸でございます」
「心配ない。我が王家全員が、貴殿と親睦を深めたいと思うておるのだ。ヤシマ人が我が辺境の地を公式に訪問することは半世紀に一度あるかどうかじゃ。この一期を大切にしたい」
「私のような卑賤の身の者に対し、過分なお言葉、誠に痛み入ります」
「ところで、ヤシマ人は一人と聞いておったが、その娘は貴殿の妻もしくは許嫁か?」
「いずれでもございませんが、似たようなものです。未来のことは分かりませんが」
「ヤシマ人は嘘をつかない、と聞いておる。嘘偽りではないのだな?」
「ご冗談を。ヤシマ人だって嘘ぐらい言います。ただし、言ってはならない嘘は絶対に言いません。それがどんな嘘か、と問われますと説明がやっかいですが、少なくとも私はこの女を妻に娶りたいと願い、この女もそう願っています。残念ながら、実際にその願いが叶う可能性が現状はとても低い、ということであります」
「二人は契りを交わしたのか?」
「いいえ。契りを交わすことと、互いを思いやることとは、まったく別の問題です。私たちは心で通じ合っています。それで十分ではありませんか?」
「相分かった」
老人は笑っている。
ただ、若者をからかってみただけ、と言ったところであろう。
レイも老人の遊びに付き合って楽しんでいるだけだ。
しかし、二人の玩具にされたリリアはたまったものではない。顔を伏したまま、何も考えられずにいる。怒っているのではない。状況があまりにも理解不能なだけだ。
「ところで陛下、私たち二人の関係は非常に微妙なものです。陛下の御前ゆえ、包み隠さず申し上げてしまいましたが、これが公になれば、私はもはや生きて祖国の土を踏めません。どうかご配慮賜りたく」
「心得た。しかし、シャリル・ティンブルの嫁にするには惜しいのう」
「まったくです。私にさえも過分な娘ですが、かの者よりはマシという点だけは確信しております。かの者には、彼と同じ愚か者、でない、いかなる女性も過分ですがね」
前国王は、かっかっかっ、と笑った。
「リリア・ティンブル殿」
「は、はい!」
「いずれ誰かが救い出してくれると信じるのもよいが、どうしても受け入れがたいことは、自らの行動を以て抗うことこそ生きてゆく上で肝要じゃ、とわしは思うぞ」
リリアはまだこの状況をまったく呑み込めてはいない。しかし王が自分の身の上を憐れんでくれていることは十分に感じ取れた。
「はい! ありがとうございます! 私、頑張りたいと思います!」
それから毎晩、レイは前国王と晩餐を共にした。
前国王は終始上機嫌であったが、それはレイも同じである。
二人はともに歴史に造詣が深く、神話から現在に至る、あらゆる出来事について語り合った。
そうなればいくら時間があろうと足りることはない。レイは、自分の頭の中の記録のかなりの部分が上書きできたことに満足した。
リリアは常にレイに同伴したが、ほとんど話についていけなかった。
しかし、たった一つ、リリアの心に強く印象に残った話がある。
それは例のアカラット山の古城が炎上した件である。
王家に伝わる話は、レイが語ったものに比べると、より凄惨な内容であった。
古城に立て籠ったのは貴族ではなく、アズマ人による十数名の傭兵部隊であったという。
その隊長の言葉が王家に伝わっている。
「いずれ来る太平の世に、月の女神の末裔が、ふたたびお家の再興を果たしたならば、ここに我らの墓標を立てるとお約束ください」
隊長は名を語らなかった。ただ、「私はヤシマだ」とのみ言い残し、山を登った。
彼らは三日間の籠城戦の末、自ら巨大な炎を起こして城を焼き、敵兵もろとも全滅した。
ティザーン王家は、彼らの尊い犠牲の上に、かろうじて命脈を長らえることができた。
そして、王家の者たちは、たとえ何百年かかろうとも、いつかこの地で再興を果たす、と天に誓い続けてきた。
数百年が過ぎて、ついにティザーン王国が成った時、時を同じくして古城跡に巨大な石碑が建てられた。約束は果たされたのである。
「隊長さんの言葉は、我らの先祖が生き続ける理由となり、家の再興を我らの責務にした。あの隊長さんのおかげで今の我が国があるのだよ」
リリアは思った。
レイならば、その隊長と同じことが、きっと容易くできてしまうに違いない、と。
その時、私は、はたして彼を止めることができるだろうか。
おそらく、それは叶わないであろう、と。
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