強く儚い者達へ…

鏡由良

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そして時は動き出す

そして時は動き出す 第19話

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「それにしても、その話を聞いちゃ、ますますここに長居をするわけにはいかなくねー?」
 夜に姿を変えようとしてる空が窓から目に入る。夜目が効く訳でない烈火は部屋の明かりを灯し、ベッドに座るリムを見た。
 彼の言葉に、リムも、無言で頷く。そんなこと、分かっている。と…。
「でも、ミルク自身が、自分が立ち直れたら、私に"マーメイドの涙"を託すと言ってくれた。…彼女が過去を乗り越えるまで、私は…」
「それ、何時になるんだよ」
 リムの言葉を遮って、少々きつい突っ込みを入れてやれば、彼女は「それは…」と言葉に詰まってしまっている。
 冷酷になれとは言わない。むしろ、罪無き人から力づくで奪うのも気が引ける…というか、やりたくない烈火は八方塞気味なこの状況にお手上げだとジェイクに視線を移す。何か良い案があるかと聞いている様だ。
「個人的にもあまりカスター卿の神経を逆撫ですることはしたくないな…下手したら本当に"DEATH-SQUAD"を動かしてきそうだしな…」
 "CONDUCTOR"の保護を受けている財力Sクラスのこの大富豪の愛娘から"伝説の石"を力づくで奪えば、当然"CONDUCTOR"にその情報は流れるだろう。そうなれば、最悪、"CONDUCTOR"は"DEATH-SQUAD"を動かし、自分達を殺しに来るだろうというジェイクに、氷華は「怖いこと言わないでよ」とため息をついたのだった。
「だからといって、ミルク様が男が大丈夫になるまで傍についてるって、最短でも数年はかかりそうだよね…確かに、この数ヶ月でリムやジェイク、帝、オプトさんには普通に接することが出来てるけど、他の人達には全然だしね~…」
「氷華、分かってる事改めて言うな…へこむ…」
 脱力してしまうのは、リムと烈火。出来れば、早く次の石を探したい。でも、今この場から離れてしまい、連中がこの屋敷に"マーメイドの涙"を求めてやってきたら…と考えるとここを離れられなくなってしまう。
(…スタン…フレア……)
 "DEATH-SQUAD"が管轄している隔離保護地域に危険を顧みず侵入し、自分の人生を踏み躙って行った男達の顔を思い出すと怒りと恐怖がまだ、同時に込みあがってくる…。
 昔、師が言っていた。

―――隔離保護地域に侵入するような連中だ。ここじゃ"CONDUCTOR"や"DEATH-SQUAD"に目を付けられることでも平気でやりそうな奴等だな。

 と。『ここ』つまり、隔離保護地域の外の世界では、連中はもっとめちゃくちゃだろう。と師は言っていた。それを思い出すと、ミルクが第二のヘレナになりそうで、リムは、この場を離れられない…。
「どうしたの?リム…」

「私を襲った連中の戦闘力を考えると、おそらく、この屋敷に居る人達では太刀打ちできないまま、ゴミのように殺されていくのがオチだ…。そうなれば、…ミルクの身に危険が……」
 離れられない理由を口に出せば、恐怖に身が竦む。自分でも、連中を止めることは100%不可能だろう。しかし、身代わりになることは、出来る。男の意識を奪うことは、出来る……。例え自分の傷を、こじ開けることになったとしても……。
 連中が自分に気を取られている隙に、オプトかジェイクがミルクを連れて逃げてくれれば、いい…。それが、リムの決意…。
「連中の戦闘力って?」
「師匠が、私を助けてくれる直前に感じた戦闘力から推測するに、最低でもAクラス。下手したら、Sクラスの上位だろうって…」
「ぅわーおぉ……」
 リムの言葉に、烈火は驚きの声を零して黙り込んでしまう。自分達では勝てない連中じゃん。と言いたそうだ。
「Aクラスならジェイクやオプトさんで太刀打ちできるけど…Sクラス上位って…無理だよねぇ…?」
「どうだろうな……本当にSクラスなら、きつい、かな……」
 泣きそうな氷華の視線にジェイクは苦笑しながら正直な感想を述べる。自分はAクラスの戦闘力しかないのだ。Sクラスの下ならまだしも、上に位置する連中に勝つ自信はない。と。
 リムの戦闘力はDクラス。烈火はCクラス。氷華は魔法力だけならBクラスレベルだが、身体能力が劣るため、戦闘力としてはCクラス。唯一連中に対抗できるのは、ジェイクも、きついと言う始末。今、連中がこの場に姿を見せたのなら、リム達は、どうなるのだろうか…?
「ダンナ一人で相手するのは辛いだろう?……俺達のレベルアップが必須だな…」
 烈火の言葉に力強く頷くリム。しかし、その表情は何処か不安げだった。
 元々、強くなりたいと思っていたから、レベルアップを目指すのは異存ない。だが、強くなりたいといってそう簡単に強くなれるのなら、この星で弱者は生まれないだろう。持って生まれた才能というものはどうする事も出来ないと痛感させられる。
「俺達が別行動しようか?リムと氷華はこの屋敷にとどまってて、俺とダンナで他の石を探す。効率的にこれが一番じゃねー?」
「とか何とか言って本当は烈火が早くここから出たいだけでしょ!」
 魂胆見え見えな提案をすれば、案の定、氷華に睨まれた。とりあえず、烈火は「ばれたか」と笑ってごまかしてみる。
 しかし、確かに4人ともが"マーメイドの涙"を手に入れるまで後何ヶ月かかるか分からないこの状況に居るのは非効率的極まりない。もちろん、それはリムも分かっているらしく、うーん…と頭を抱えてしまう。
 そんな3人を微笑ましく思い何もいわずに笑っているジェイクの顔が、真顔に戻り、視線は部屋の入り口へ…。
(……この魔力は…)
 感じなれた魔法力を3つ、初めてのモノが1つ、リムの部屋へと近づいてきている…。
「ジェイク?」
「リム、女と分からないようにプロテクターを…。ミルク様達が向ってきている」
 視線をドアから外さずに、リムに指示を送ると、ジェイクは剣の柄に手をかける。その様子に烈火も氷華も不思議そうだった。
 向ってきているのは、今自分達が仕えている主人、ミルクに他ならないのなら、そんなに警戒をすることも無いだろう。と。リムは急いでベッドサイドに置いてあったプロテクターに手を伸ばして身に着ける。
「!ちょっと待て!これ、脱がしたのって…」
 ふと頭をよぎった疑問に顔を真っ赤にして絶叫する。自分はプロテクターを身に着けていたのに、どうして外されている?もしかして、ジェイクか烈火が脱がしたのか?それとも、襲われた時に…?
「あ、それ、あたし。苦しそうだったから」
「俺やダンナがそんなことするかよ。ばーか」
 氷華の言葉にホッとするリムにケラケラ笑っている烈火。仲間だと思っているのなら、信じろよと言われて苦笑してしまう。
「ああ、ごめん。ありがとう、氷華」
 穏やかに笑うリムに、二人は顔を見合わせ、笑った。リムが自分達を仲間と認めてくれていることは、その笑顔で分かるから…。
「お喋りはそれぐらいにして、いざと言う事態に備えとけ。…一人全く知らない奴が居る…」
 彼の緊張している理由を知り、烈火は瞬時に戦闘態勢に入り、氷華も何時でも魔法の詠唱が出来るように意識を高めてゆく。リムもプロテクターを着けるとコートを羽織り、何時も腰に携えている剣を手に取ると近づく気配に息を飲む。隣の部屋でドアの開閉の音が聞こえると同時に、4つの足音。
 耳に入る声はミルクと、見知らぬ男のもの。今日の護衛は帝とリムに代わりオプト。二人とは、全く違う男の声に、リムと烈火、氷華の緊張が高まる。
 ジェイクは男の戦闘力を的確に分析し、それほど高い戦闘力でないことは分かっていた。それよりも、この星の常識を良く知っているから思いつく様々な状況に対応できるよう剣に手をかける。
 弱い生物を目暗ませに使うことは多々ある。もし、この見知らぬ魔法力の主がそれだったとしたら…?
("伝説の石"を狙ってきたか?それとも…)
 ドアノブが回され、扉が開く。
「だから!ミルク!ちょっとは僕の話を…」
「いい加減にしてよ!!……《ベリオーズ》、気分はどう?…あら、皆さんおそろいで…」
 自分に纏わりつく男を心底煩わしそうに振り払うと、途端、花が綻ぶように笑顔で目当ての人物に尋ねるのは、ミルク。彼女は部屋に入るや否や、リムの寝室に集まっていたジェイク達の姿を確認すると大声を出していたことに恥じらいを見せた。
「?…どうなさったの?そんな険しい顔をして…」
 彼女の驚きも無理は無いだろう。ジェイクもリムも剣に手をかけ、烈火は槍を片手に普段では見せたことのない形相で自分達を見ていたのだから。
「あ、いや…人の気配がしたから…つい…」
 姿を現したミルク、オプト、帝の様子に変わったところは無い。むしろ、3人とも自分達の様子に何事かと言った感じだった。
 慌てて戦闘態勢を解くリム達に、「良い反応だな」と笑うオプト。ミルクもそれには苦笑を漏らしていた。
 氷華も烈火と顔を見合わせ、気まずそうに笑い合い、緊迫した空気が一瞬和んだ。…そう、一瞬だけ…。
 この空気を壊すのは…。
「………《ケイ》……」
 先程まで大声でミルクに話を聞けと詰め寄っていた男、クリスの言葉。
 彼の声に、リム達の動きが止まる。
「クリス?どうしたの…?」
 不思議そうに《ケイ》って?と首を傾げるミルクに、彼は腰に装備していた剣の柄に手をかけるとそのままその刃の姿を晒した。クリスのあまりにも唐突な行動にミルクは怯えて後づさる。
「クソ!やっぱり"マーメイドの涙"を狙ってミルクに近づいていたのか!!」
「な、何言ってるの…?くり…」
「クリス…」
 ミルクの震える声を遮るのは、リムの呟き。
 信じられないと言いたげにその姿を見入るのは、彼が、何時も怪盗としての自分を追いかけてきた自警団のクリスに他ならなかったから…。
「ミルク、こっちに来い!…その赤髪、忘れるものか!!そいつは"伝説の石"ばかり狙う怪盗・《ケイ》だ!!」
 クリスの怒声に、烈火とジェイクが動いた。
 ジェイクはリムを、烈火は氷華を抱き上げると、そのまま背後の窓ガラスから飛び出したのだ!
 破片が彼等の腕と顔に傷を付け、血が滲む。後ろからなおも聞こえるクリスの声と、オプトの大声。空気の動きに帝とオプトが自分達を追って飛び出したのだと振り向かなくても分かる。
「な、ちょ、ジェイク!!」
 一瞬の出来事に頭がついてこなかったリムは現状に戸惑いを隠せない。5階の高さから飛び降りながらも、軽々と地に足を付けるとそのまま大地を蹴り、信じられないスピードで走り出すジェイク。そして、彼の後ろには氷華を抱いた烈火の姿。
「ジェイク!!」
「黙ってろ。舌噛むぞ!…さすがに早いな…」
 文句を言いたげな腕の中のリムに黙っていろと言わんばかりのジェイクは、苦笑いを浮かべて「もう少しスピードを上げるぞ」と烈火に声をかけると、言葉通り走る速度があげた。しかし、今のリムではありえないスピードで走るジェイクを追いかけるオプトと帝の姿が彼の肩越しに見えた。
 そして、最も驚くのは烈火がそのスピードについてきているということ。戦闘クラスがAクラスのオプトとBクラスの帝が追いかけてくるのは分かるが、Cクラスの烈火がオプトと帝に捕まる事無くついて来ている。改めて、彼の身体能力の高さに驚かされた。
「ジェイク…」
「あのままあの場に居たら間違いなく"DEATH-SQUAD"に引き渡されるぞ。あの少年はクリス・チューレイ・ドゥ・ライラト。カスター卿をしのぐ財力を誇るライラト候の子息だ。ライラト候は"CONDUCTOR"に通じている人物だぞ。知らなかったのか?」
 まさか自分をしつこいぐらいに追い掛け回してた男が、そんな人物だったと思いもしなかったリムは言葉を失った。
(あのクリスが、財力Sクラス以上のライラト候の、血縁者?)
 信じられない。この一念だ。
 まさか、そんな人物が怪盗拿捕の指揮を取っているなんて誰が思おうか?
「ダンナ!無理だ!振り切れない!!」
 ジェイクの隣に並ぶ烈火にまた驚かされる。彼の腕に抱かれた氷華も、「帝さんも結構速いよ」と不安の色を隠せない。
 しかし、戦闘に持ち込むには明らかに不利。オプトと帝の戦闘力はあくまでも推測であり、実力はそれ以上だとジェイクは踏んでいるから…。
「戦うのは絶対に回避する。烈火、そのまま走り続けろ」
「了解!」
 スピードを落とすジェイクを置いて烈火はなおもスピードをあげて走り続ける。後ろからは、二人の男。帝とオプト。
 焦って彼の名前を呼ぶリムに大丈夫と笑って、呪文の詠唱を始める。
「大地に彷徨え…レイツ・テーン【幻術の一種。ある一定の空間を歪ませ、幻の世界へと意識を誘う。上級法術】…これであの二人を足止めできるだろ…」
 再び走り出すジェイクと、背後に迫る帝とオプト。前を走る烈火の姿はもうほとんど確認できない。リムのレベルでは烈火達の魔法力を追うことは不可能。しかし、ジェイクはいとも簡単に男の姿を追う。
 先程よりも速いスピードで走る彼の背後で立ち止まるオプトと帝の姿が視界の端に確認される。
(…凄い…)
 烈火の身体能力と、ジェイクの状況判断能力の高さに、リムは驚き通しだった…。



*



「…逃げられたか…」
 やるせないため息が口から零れる。こげ茶色の髪を掻き揚げ、もう一度、ため息。
 目の前には黒の濃い灰色髪の男が施した上級法術の跡…。わざと分かるように跡を残して自分達を足止めしたのだろうとやるせなさに歪んだ空間に片手を入れる。
「あの短時間でここまで完成された幻術を残していくとは……あの《ディック》と名乗っていた男は相当高い戦闘センスを持っていたみたいだな…」
「本当ですね……うわぁ…綺麗に歪んでますね…おまけにこの魔法力…幻惑まで施されてる…本物の上級幻術ですね…」
 帝は今まで見たことが無いくらい空間に綺麗に掛けられている幻術にただただ感動していた。
「まさか…《ベリオーズ》がミルク様を裏切るとは…」
 歪んだ空間から手を抜くと、重々しいため息と共に頭を抱える。…ようやく、裏切りと男の卑劣な行為から立ち直ろうとしていた大切な主人が、また、闇に囚われてしまう…。
 先程まで自分に見せてくれた笑顔を思い出すとため息を止めることが出来ない。
「オプトさん…」
「…すまない……4人をこれ以上追っても無駄みたいだ…帝、屋敷に戻るぞ。ミルク様も心配だ」
 短く息を吐くと気持ちを切り替えてきた道を再び走り出したオプトを見送るのは、帝。彼がもう一度歪んだ空間に目をやると、歪んだ空間が次第に元の姿を取り戻す。
「本当にすごいな…法術の時間指定はほとんど不可能に近いのに…」
 制御するためには非常に高い魔法レベルが必要な上、要求される魔法センスの高さも難なくクリアしているジェイクの残した幻術に驚嘆を零す。
 視界を前に戻すと、オプトが自分を振り返り、足を止めているのが目に入った。
「すみません。今行きます」
 苦笑いを浮かべて地を蹴ると、俯き、口角を持ち上げ、笑みを象る。何か、企んでいるかのような笑みが印象的で…。
「…さて、邪魔者は消えましたし、そろそろ『お仕事』、させていただきますか…」
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