特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第15話

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「ありがとう、那鳥君」
「なんで礼なんて言うんだ。俺の言ってること理解してるか?」
「してるよ。ちゃんとしてるから大丈夫」
 優しい友達に涙が零れそうだった。
 不服そうな顔をして頭を掻く那鳥君は溜め息を一つ零した後、「ヤバいことになりそうなら絶対に言えよ」と僕の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱してきた。
「うん。分かった。本当にありがとう」
「だから、礼なんて言うな。俺はさっさと借りを返したいだけだ」
 自分が良い人になったみたいで居心地が悪いなんて言ってるけど、那鳥君は十分いい人だと思う。本人的には自分は悪い人間だと言いたいんだろうけど、逆立ちしたって悪い人にはなれないと思う。
「借りって何? 慶史に何かしてもらったの?」
 それ、もしかしたら見返りで無理難題を吹っ掛けられちゃうかもしれないよ?
 そう言って茶化すように笑えば、那鳥君はバツの悪そうに顔を背け、
「お前らのそういうとこ、嫌いだ」
 なんて酷い言葉を呟いてきた。
「え? ご、ごめん。冗談のつもりだったんだけど……」
 慶史のことだから、もし那鳥君に『借り』を作った気でいるなら繰り返し催促してくるだろう。でも僕はそんなやり取りをしているところなど見たことが無いから、慶史は『借り』を作ったつもりはないと思う。
 だから今の言葉は本当にただの軽口。でも那鳥君からすれば悪戯にからかわれた気になっても当然だ。
 配慮に欠けた言葉だったと慌てて謝る僕。すると那鳥君は何とも言えない複雑な表情で「そういうところだよ」って指さしてくる。
「お前らの『恩を売った』と思ってないところ、すげぇ苦手。人生ゲームイージーモードの金持ちボンボン連中は性格ひん曲がっててくれないと俺みたいな凡人、一生太刀打ちできねぇだろうが」
 不機嫌な面持ちの那鳥君。僕は目を瞬かせてしまう。
(えっと……、これって、褒められてる、のかな……?)
 凄く不満顔だけど、内容的に嫌がられてるわけでも怒られてるわけでもないと思う。
 でも確信は持てないから反応出来ずにいたら、「マジで葵が一番狡い」と言われてしまった。
「少しでも俺に申し訳ないと思うならもうちょっと嫌な奴になってくれ。俺の自尊心がボロボロになる」
「えぇ……そんなこと言われても……。そもそも僕、結構―――かなり嫌な奴だよ?」
「は? 何処が?」
「すぐわがまま言うし、すぐヤキモチ妬くし、甘えただし、それに―――」
「いや、それ全部彼氏に対してだろ。俺らに……ってか、俺はそんなところ見たことないぞ」
 自分のキライな部分を指折り挙げていけば、那鳥君は呆れたと言いたげに大きなため息を吐いて「つーか、今言ったのも全然可愛げある範囲だから」と全くもって『嫌な奴』じゃないと言われてしまった。
「そ、そんなことないよ? 昨日も一昨日も友達の幸せを妬んでグチグチ言っちゃってたし……」
 自分はこんなに嫌な奴なんだよ!? って、僕は何をアピールしてるんだろう?
 そして勢いに任せて言い切って我に返る。今余計なことを暴露した気がする。と。
「『友達の幸せを妬んで』って、むしろ葵が妬まれる側だろ。お前の彼氏、葵にベタ惚れじゃん」
 家族にも友達にも恵まれていて更に見てるこっちが恥ずかしくなるぐらい彼氏に溺愛されてるくせに他人の方が幸せだと思うことなんてあるのか?
 そんな疑問を真っ直ぐぶつけられたら、確かにその通りだから否定し辛い。
 家族仲はとても良好だし、優しい友達も沢山いる。そして、惜しみなく愛を注いでくれる大好きな人までいる。
 家族や友達については満たされてる人がきっと他にも沢山いるだろう。けど、恋人に愛されているという意味では僕程幸せな人は早々いないはずだ。
 僕が思いつく限り、自分と同じぐらいかそれ以上に愛した人に愛されていると思うのは母さんぐらいだから。……まだ一方通行、と言う意味では、凪ちゃんもだけど。
(でも、だから他の人を羨まないかってわけじゃないしっ)
 そう。愛されているから抱く不満もあるという話だ。
「ああ。愛が重すぎる、とかか?」
「! 全然違うし!!」
 確かにあの人の愛の重さはヤバいよな。って、誰に何を聞いたのか知らないけど、僕の大事な人を悪く言わないでもらいたい。
 ぷくっと頬を膨らませてしまう僕に、那鳥君は苦笑いを浮かべながら「違うのか」って謝ってくれる。まぁ、形だけの謝罪だったけど。
「ならなんで悠栖が羨ましいんだ?」
「! 僕、悠栖だって言っちゃってた?」
「いや、言ってない。俺が知ってる葵の友達で今一番幸せオーラ全開なのはあいつだったから」
 つまり、カマをかけられたってこと?
 僕は『やってしまった……』と項垂れてしまう。
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