特別な人

鏡由良

文字の大きさ
上 下
452 / 552
初めての人

初めての人 第10話

しおりを挟む
「はやくちゃんと愛し合いたい……」
「俺もはやく葵を抱きたいよ」
 自分の身体をこんなに疎ましく思ったことは無いと言う虎君は僕を抱きしめ、せめて人並みであって欲しかったとため息交じりに呟いた。それなら他人にわざわざ聞かせる必要もなかったのに。と。
 虎君を見上げれば不機嫌な面持ちが目に入る。その表情は独占欲からくるものだと分かっているから、僕は幸せだと笑ってしまうのだ。
「そんな顔しないで?」
「無理だよ。葵を誰にも見せたくないんだから」
 本当ならすべて自分でなんとかしたかったと言う虎君は、自分のものが貧相であればよかったとすら思うなんて言ってる。
 僕はそれに今度は声を出して笑ってしまった。だって、世間の男の人達は自分のサイズをいかに大きく立派にするかで頭を悩ませているのに、虎君は僕を独り占めするためにそんな人達の努力を一刀両断するような望みを口にするんだもん。
 こんなの、可愛いし愛しいし嬉しいに決まってるよ。
「それ、他の人が聞いたら怒っちゃうよ?」
「いや、でかい方が良いって風潮がそもそもおかしい。大きさよりも愛した人と愛し合えることが大事だろ。愛した人と愛し合ってお互いが幸せだって思えるならサイズなんてどうでもいいはずだ」
「そうだね。だから虎君もそんな風に考えないで? 僕は虎君と愛し合えたら絶対幸せに決まってるんだから」
 確かにただ愛し合いたいだけなのに他の人に頼らなければならないのは辛い。それは僕も同じだから。でも、苦労したからこそ愛し合えた時の感動は他の人よりもずっと大きいと思うから、楽しみだと思える。
 そう言って笑う僕は、だから自分の身体にコンプレックスを持たないでとお願いする。虎君が大好きだから、虎君の全部が愛しいから。と。
 すると虎君は「葵も同じなのか?」とちょっぴり驚いた顔で僕を見下ろしてきた。僕はそれに恥じらいながらも小さく頷く。
「僕だって虎君を独り占めしたいんだからね……?」
 誰よりも愛してるからこそ、本当は誰にも相談したくなかったと言う気持ちが分かる。僕自身、慶史に相談に乗ってもらいながらもちょっぴり抵抗を感じているところが実はあるから。
 慶史がそういう意味で虎君を見てないって分かってるけど、それでも虎君の裸を想像されてると思うと物凄く嫌な気持ちになる。虎君は僕の虎君なのに。って。
 それでも慶史に相談するのは、虎君と愛し合いたいから。虎君に僕の全部、愛して欲しいから。
 僕は、虎君を想って焦がれる気持ちも、愛し合いたくて切なくなる身体も、親友に抱く一方的で理不尽な感情も、そのすべてをひっくるめて虎君と身も心も結ばれたいと願っているから……。
「だから、なるべく早く雲英さんに連絡してね?」
「葵……っ、分かった。すぐに連絡する」
 『すぐ』って言いながらも顔中に降ってくるキス。僕はキスの雨を受け取りながら、早く連絡してよと笑った。連絡するためにそそくさと離れられたら悲しくなるくせに、早く! と急かしちゃうなんて他に人から見れば可愛げがないと思われるかもしれないけど、虎君は幸せそうに笑ってくれるから、いいや。
「この時間は寝てるだろうから昼過ぎに連絡する。だから今はキスさせて?」
「もう! メッセージぐらい送れるでしょ?」
「キスした後に送るから」
「ダメ! 送るまでキス禁止!」
 雲英さんはゲイバーのバーテンダーらしいから確かにこの時間はまだ寝てるかもしれない。
 それでも急いでる姿勢を見せてと我儘を言っちゃう僕に、虎君は渋々抱き締める腕を解くと立ち上がり、テレビ台に置かれた携帯を取りに行った。
 虎君は携帯を手に取るとそのまま踵を返し、僕の元へと戻って来る。
 メッセージを送るんじゃないの? って僕が頬を膨らませて見せれば、今から送ると苦笑いが。
 その時、虎君が自分の携帯だけじゃなくて僕の携帯も持っていたことに気づいた。
 なんで僕の携帯まで持ってるんだろう? って思ったけど、手渡されたそれを見て直ぐに理由が分かった。
 ディスプレイには慶史からメッセージが届いていると知らせる通知があって、そう言えばさっき連絡が来てたって言ってたっけと納得した。
 雲英さんにメッセージを送っているだろう虎君の隣で、慶史からのメッセージを確認する僕。
 どうせいつもの意地悪な内容だろうとちょっぴりやさぐれながらもアプリを起動すれば、目に飛び込んできたその文面に僕は思わず凍り付いてしまった。
「う、うそ……」
「葵? どうした?」
 呆然と携帯のディスプレイを見つめていれば、心配そうな声がかかる。
 その声に反応するように顔を上げる僕だけど、きっとその表情は情けないものだったに違いない。
 だって虎君の表情が見る見る青褪めて行ったから……。
「どうした? 何があったっ?」
「とらくん、どうしよ……」
 自身の携帯を放り投げ、僕を心配してくれる虎君は優しい。視線を合わせ、どうしてそんな泣きそうな顔をしているんだと苦し気に尋ねてくるその姿に、本当は無理矢理にでも理由を尋ねたいだろうに我慢してくれていると分かってしまう。
 僕はそんな虎君の優しさに甘えるように抱き着き、届いたメッセージにすごくショックを受けたことを伝えた。
「『メッセージ』って、まさか藤原か? あいつ、何を―――」
「『悠栖の勝ち』って……勝ち負けじゃないのに、勝ち負けじゃないって分かってるのにっ」
 全身の毛を逆立て威嚇する猛獣のように怒りを露わにする虎君に、僕はショックを受けることじゃないって分かっているのにショックだとぎゅっとしがみついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ドSな義兄ちゃんは、ドMな僕を調教する

天災
BL
 ドSな義兄ちゃんは僕を調教する。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

処理中です...