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初めての人
初めての人 第5話
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虎君の愛の深さを感じるたび、自分の想いがひどくちっぽけなものに感じてしまう。
自分自身がそう感じるぐらいなのだから、きっと虎君だって自分との思いの差を感じ取っているに違いない。
でも虎君はそれを怒るどころか当然のことだと笑っている。普通なら多少なりとも不安や憤り感じるだろうに、目の前にいる虎君からはそんな感情は全く伺えず、むしろ心底穏やかだとすら思ってしまった。
「怒らないの……?」
「え? 何に対して?」
「だって僕、全然足りてない……」
「? ごめん。何の話?」
落ち込む僕に虎君は慌てたように分かるように話して欲しいと言ってきた。葵のことは全部理解していたいから。って。
僕はお箸を置くと自分が感じた不安と後ろめたさを伝えた。虎君の想いに全然釣り合っていないのにどうして許してくれるのか。どうしてそんな風に幸せそうに笑うのか。
「つまり、俺に『もっと俺のことを愛してくれ!』って言って欲しいってこと?」
「そ、そういうわけじゃ、ない、けど……」
「違うの?」
「…………意地悪」
虎君が言った通り、どうして怒らないのかという疑問を抱くということは、言葉を換えればもっと求められたいと言っているようなものだった。
自分がどれほど馬鹿げたことを言っているか理解した僕は、八つ当たりと分かりつつ虎君を恨めしそうに睨んでしまった。
虎君はそれに楽しげに笑うと、ごめんごめんと謝りながら怒らない理由を教えてくれた。
「長年『葵はいつか他の人と幸せになる』って覚悟してきた身からすると、今葵が俺を愛してくれているって事実だけで十分なんだよ。正直、まだ夢を見てるみたいだ」
「そんな……。僕達、明日で付き合って7ヶ月だよ。それなのに7カ月もずっと信じてくれてなかったの?」
「葵の想いは信じてるよ? ただ幸せ過ぎて現実感が薄いってだけ」
これまでの人生で一番幸せな7ヶ月だったよ。なんて、これで終わりみたいなこと言わないで欲しい。
僕は頬を膨らませてこれからは幸せじゃないのかと突っかかってしまう。
「幸せに決まってるだろ?」
「でも『人生で一番』って言った!」
「その前に『これまでの』ってちゃんと付けただろ?」
これからの人生は今よりもずっと幸せだと思わせてくれるんだろ?
不機嫌な僕を前に、虎君は相変わらず幸せそうに笑ってる。
僕は投げかけられた問いかけに拗ねた表情のまま「当たり前でしょ!」とそっぽを向いた。意地悪な虎君とはこれ以上お喋りしません! と意思表示のつもりで。
「参ったな。幸せ過ぎて緩んだ顔が戻らない」
「! もう! 僕、怒ってるんだよ!」
「分かってるよ。怒ってる葵も可愛いから」
視線を戻せば虎君は愛しげにこちらを見ていて、その視線を受け取った僕は溢れてくる『大好き』って気持ちが抑えられなくなる。怒ってたはずなのに!
「もう! ズルい! そんな顔されたら、僕、虎君のことばっかり考えちゃうよ!」
「それは願ったり叶ったりだな。もっと俺のことだけ考えて?」
「なら虎君も僕のことだけ考えてよね」
「俺は今も昔も葵のことしか考えてないよ。これは誇張とかじゃなくて事実だから」
疑うなら海音か桔梗あたりに聞けばいい。
食事を再開する虎君は、僕のことを想う気持ちが自分の原動力だって言う。
「勉強や運動はもちろん、料理なんかも葵のために身につけたんだから」
「僕のために何でもできるようになってくれたの?」
「葵のためっていうか、少しでも葵に頼ってもらえるように―――いや、好きになってもらえるように頑張ってた」
昔を懐かしんでいるような虎君は「これ以上は舞台裏だから立ち入り禁止な」って笑った。
「僕、虎君のこと大好きなんだけど。本当、凄く凄く大好きなんだけど」
「ああ。知ってる」
「なら、どうして今も朝のランニングとか頑張ってるの?」
勉強は学生の本分だから頑張るのは当然だけど、運動は毎日朝と夜に走りに行くほど頑張らなくていいと僕は思う。習慣かもしれないけど、夜だけで十分だと思う。
(朝起きた時に虎君が傍にいないの、ちょっぴり淋しいんだよね……)
せめてお泊りした日は走りに行かないで欲しいとか、我儘かな……?
「習慣、っていうのもあるけど、体力と身体づくりのためが一番かな。……後、自制とか」
「え? 何? 『自制』?」
それってどういう意味?
ボソッと呟かれた言葉に過敏に反応する僕に虎君は驚いた顔を見せる。聞こえると思っていなかったのか、それともこんな風に反応されると思っていなかったのか。
「いや、……まぁ、煩悩退散、的な意味かな……」
教えてとせっつく僕に、虎君は空笑いを浮かべながらもちゃんと答えてくれた。
自分自身がそう感じるぐらいなのだから、きっと虎君だって自分との思いの差を感じ取っているに違いない。
でも虎君はそれを怒るどころか当然のことだと笑っている。普通なら多少なりとも不安や憤り感じるだろうに、目の前にいる虎君からはそんな感情は全く伺えず、むしろ心底穏やかだとすら思ってしまった。
「怒らないの……?」
「え? 何に対して?」
「だって僕、全然足りてない……」
「? ごめん。何の話?」
落ち込む僕に虎君は慌てたように分かるように話して欲しいと言ってきた。葵のことは全部理解していたいから。って。
僕はお箸を置くと自分が感じた不安と後ろめたさを伝えた。虎君の想いに全然釣り合っていないのにどうして許してくれるのか。どうしてそんな風に幸せそうに笑うのか。
「つまり、俺に『もっと俺のことを愛してくれ!』って言って欲しいってこと?」
「そ、そういうわけじゃ、ない、けど……」
「違うの?」
「…………意地悪」
虎君が言った通り、どうして怒らないのかという疑問を抱くということは、言葉を換えればもっと求められたいと言っているようなものだった。
自分がどれほど馬鹿げたことを言っているか理解した僕は、八つ当たりと分かりつつ虎君を恨めしそうに睨んでしまった。
虎君はそれに楽しげに笑うと、ごめんごめんと謝りながら怒らない理由を教えてくれた。
「長年『葵はいつか他の人と幸せになる』って覚悟してきた身からすると、今葵が俺を愛してくれているって事実だけで十分なんだよ。正直、まだ夢を見てるみたいだ」
「そんな……。僕達、明日で付き合って7ヶ月だよ。それなのに7カ月もずっと信じてくれてなかったの?」
「葵の想いは信じてるよ? ただ幸せ過ぎて現実感が薄いってだけ」
これまでの人生で一番幸せな7ヶ月だったよ。なんて、これで終わりみたいなこと言わないで欲しい。
僕は頬を膨らませてこれからは幸せじゃないのかと突っかかってしまう。
「幸せに決まってるだろ?」
「でも『人生で一番』って言った!」
「その前に『これまでの』ってちゃんと付けただろ?」
これからの人生は今よりもずっと幸せだと思わせてくれるんだろ?
不機嫌な僕を前に、虎君は相変わらず幸せそうに笑ってる。
僕は投げかけられた問いかけに拗ねた表情のまま「当たり前でしょ!」とそっぽを向いた。意地悪な虎君とはこれ以上お喋りしません! と意思表示のつもりで。
「参ったな。幸せ過ぎて緩んだ顔が戻らない」
「! もう! 僕、怒ってるんだよ!」
「分かってるよ。怒ってる葵も可愛いから」
視線を戻せば虎君は愛しげにこちらを見ていて、その視線を受け取った僕は溢れてくる『大好き』って気持ちが抑えられなくなる。怒ってたはずなのに!
「もう! ズルい! そんな顔されたら、僕、虎君のことばっかり考えちゃうよ!」
「それは願ったり叶ったりだな。もっと俺のことだけ考えて?」
「なら虎君も僕のことだけ考えてよね」
「俺は今も昔も葵のことしか考えてないよ。これは誇張とかじゃなくて事実だから」
疑うなら海音か桔梗あたりに聞けばいい。
食事を再開する虎君は、僕のことを想う気持ちが自分の原動力だって言う。
「勉強や運動はもちろん、料理なんかも葵のために身につけたんだから」
「僕のために何でもできるようになってくれたの?」
「葵のためっていうか、少しでも葵に頼ってもらえるように―――いや、好きになってもらえるように頑張ってた」
昔を懐かしんでいるような虎君は「これ以上は舞台裏だから立ち入り禁止な」って笑った。
「僕、虎君のこと大好きなんだけど。本当、凄く凄く大好きなんだけど」
「ああ。知ってる」
「なら、どうして今も朝のランニングとか頑張ってるの?」
勉強は学生の本分だから頑張るのは当然だけど、運動は毎日朝と夜に走りに行くほど頑張らなくていいと僕は思う。習慣かもしれないけど、夜だけで十分だと思う。
(朝起きた時に虎君が傍にいないの、ちょっぴり淋しいんだよね……)
せめてお泊りした日は走りに行かないで欲しいとか、我儘かな……?
「習慣、っていうのもあるけど、体力と身体づくりのためが一番かな。……後、自制とか」
「え? 何? 『自制』?」
それってどういう意味?
ボソッと呟かれた言葉に過敏に反応する僕に虎君は驚いた顔を見せる。聞こえると思っていなかったのか、それともこんな風に反応されると思っていなかったのか。
「いや、……まぁ、煩悩退散、的な意味かな……」
教えてとせっつく僕に、虎君は空笑いを浮かべながらもちゃんと答えてくれた。
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