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恋しい人
恋しい人 第51話
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絶対に本心じゃないその言葉を本心のように口にする慶史。僕が感じるのは明確な心の壁。
慶史はまるで自分に言い聞かせているように男は快楽に弱い生き物だと嘲笑を零した。
「そんなこと言わないでよ……」
「『そんなこと』って言われても事実なんだから仕方ないでしょ。……好きじゃなきゃわざわざ『娼婦』って呼ばれることしないよ」
見返りを求めて身体を差し出している自分を自身の身体でお金を稼ぐ女の人に喩える慶史。
僕が反応に困っていれば、朗らかな声で「俺は男なんだからせめて男娼って言って欲しいよね」なんて言葉が続く。
今までこんな風に過去を、そして自分を語らなかったのに、どうして今こんな風に口にするんだろう……。
僕が行き着くのは、慶史の心を乱すある女性の存在。慶史のお母さんだ……。
「ねぇ……何かあったの……?」
違って欲しいと思いながらも尋ねれば、慶史は薄く笑って「まぁね」と肯定の言葉を返してきて……。
「実はさ、入学式の日にちを明日って伝えといたんだ」
「! なんでそんな嘘―――」
「母さんだけなら、ちゃんと教えたかもね」
薄く笑ったままの慶史の言葉に僕の呼吸は一瞬止まった。
お母さん『だけ』ならきちんと入学式の日にちを教えたということは、入学式に行くと言ったのはお母さんだけじゃなかったということだ。
慶史の家族はお母さんと、お母さんの再婚相手の継父。そして、慶史をとても可愛がってくれた亡くなった実のお父さん方のお祖母さん。
僕は一瞬お祖母さんが入学式に行きたいと言ったのかと思ったけど、それなら慶史が嘘を吐くはずがない。
慶史が嘘を吐いたのは、お母さんの再婚相手が入学式に行きたいと言ったからに違いない。
(許せない。どれだけ慶史を苦しめる気なの……)
小学生の慶史から無邪気さを奪った人は、逃げ出して必死に過去と戦っている慶史をこんなにも簡単に昔に戻してしまう。
湧き上がってくるのは、紛れもなく怒りだ。
僕は唇を噛みしめ、口汚く相手を罵りそうになるのを必死に耐えた。この怒りを吐き出して楽になるのは僕だけだから。
「昨日電話して日付間違えて伝えてたって言ったら母さんから呆れられたよ」
「そう……」
「源藤さんも俺に会いたかったって言ってて、本当、笑えた」
「! 話したの……?」
「うん。母さんが電話かわるんだもん。参ったよ」
話を聞いただけの僕ですら苦しくて辛いと感じた。当事者の慶史はどれほど苦しかっただろう? どれほど辛かっただろう……。
僕は声だけを朗らかに話す慶史の手をぎゅっと握り締めた。
「いい加減『源藤』姓を名乗って欲しいってめちゃくちゃ真面目にお願いされるし、本当、散々だよ」
「それ、なんて答えたの……?」
「んー……。まぁ、いつも通りかな。『父さんのことを忘れたくないからごめんなさい』って」
今の慶史の苗字は戸籍上は『源藤』。
でも、お母さんが再婚したのが確か初等部に入ってからですでに藤原姓で学校生活を送っていたから、源藤慶史になった後もずっと藤原慶史で生活をしていた。
中等部に進学して『源藤』姓に正すことはできたけど、僕がそれを止めるよう言った。自分を傷つけた人の苗字を名乗り続けるなんて、絶対にダメだ。と。
慶史はお母さん達の言葉よりも僕のお願いを聞いてくれた。それは何があっても慶史を守ると僕に決心させるに十分な出来事だった。
「源藤さんは納得したようなこと言ってたけど、母さんからは怒られた」
慶史が悲し気に瞳を伏せるから、僕の怒りは慶史のお母さんにも飛び火した。
自分の子供がこんなに苦しんでいるのに、護るどころか更なる苦しみを与えている。僕は慶史のお母さんを『母親』と認めたくないとすら思ってしまった。
「……ねぇ、慶史―――」
「言わないよ。何度も言ったでしょ? 『母さんは何も知らないままでいい』って」
お母さんに全て話そうと提案しようとしたら、先回りされ、言葉を奪われてしまった。
同意できないと訴えるように慶史を見つめれば、慶史は僕に視線を向けて笑った。
「俺が黙ってたら母さんの幸せは保たれる。母さんが幸せでいるなら、俺はそれでいい……」
「慶史……」
「ごめんね、葵。でも、俺の母さんは母親である前に一人の女の人なんだよ」
僕には慶史の言っている言葉の意味が理解できない。
それが顔に出たのか、慶史は苦笑を漏らし、言葉を続けた。
「母さんの生きる意味に必要なのは『子供』じゃなくて『夫』なんだよ」
と。
慶史はまるで自分に言い聞かせているように男は快楽に弱い生き物だと嘲笑を零した。
「そんなこと言わないでよ……」
「『そんなこと』って言われても事実なんだから仕方ないでしょ。……好きじゃなきゃわざわざ『娼婦』って呼ばれることしないよ」
見返りを求めて身体を差し出している自分を自身の身体でお金を稼ぐ女の人に喩える慶史。
僕が反応に困っていれば、朗らかな声で「俺は男なんだからせめて男娼って言って欲しいよね」なんて言葉が続く。
今までこんな風に過去を、そして自分を語らなかったのに、どうして今こんな風に口にするんだろう……。
僕が行き着くのは、慶史の心を乱すある女性の存在。慶史のお母さんだ……。
「ねぇ……何かあったの……?」
違って欲しいと思いながらも尋ねれば、慶史は薄く笑って「まぁね」と肯定の言葉を返してきて……。
「実はさ、入学式の日にちを明日って伝えといたんだ」
「! なんでそんな嘘―――」
「母さんだけなら、ちゃんと教えたかもね」
薄く笑ったままの慶史の言葉に僕の呼吸は一瞬止まった。
お母さん『だけ』ならきちんと入学式の日にちを教えたということは、入学式に行くと言ったのはお母さんだけじゃなかったということだ。
慶史の家族はお母さんと、お母さんの再婚相手の継父。そして、慶史をとても可愛がってくれた亡くなった実のお父さん方のお祖母さん。
僕は一瞬お祖母さんが入学式に行きたいと言ったのかと思ったけど、それなら慶史が嘘を吐くはずがない。
慶史が嘘を吐いたのは、お母さんの再婚相手が入学式に行きたいと言ったからに違いない。
(許せない。どれだけ慶史を苦しめる気なの……)
小学生の慶史から無邪気さを奪った人は、逃げ出して必死に過去と戦っている慶史をこんなにも簡単に昔に戻してしまう。
湧き上がってくるのは、紛れもなく怒りだ。
僕は唇を噛みしめ、口汚く相手を罵りそうになるのを必死に耐えた。この怒りを吐き出して楽になるのは僕だけだから。
「昨日電話して日付間違えて伝えてたって言ったら母さんから呆れられたよ」
「そう……」
「源藤さんも俺に会いたかったって言ってて、本当、笑えた」
「! 話したの……?」
「うん。母さんが電話かわるんだもん。参ったよ」
話を聞いただけの僕ですら苦しくて辛いと感じた。当事者の慶史はどれほど苦しかっただろう? どれほど辛かっただろう……。
僕は声だけを朗らかに話す慶史の手をぎゅっと握り締めた。
「いい加減『源藤』姓を名乗って欲しいってめちゃくちゃ真面目にお願いされるし、本当、散々だよ」
「それ、なんて答えたの……?」
「んー……。まぁ、いつも通りかな。『父さんのことを忘れたくないからごめんなさい』って」
今の慶史の苗字は戸籍上は『源藤』。
でも、お母さんが再婚したのが確か初等部に入ってからですでに藤原姓で学校生活を送っていたから、源藤慶史になった後もずっと藤原慶史で生活をしていた。
中等部に進学して『源藤』姓に正すことはできたけど、僕がそれを止めるよう言った。自分を傷つけた人の苗字を名乗り続けるなんて、絶対にダメだ。と。
慶史はお母さん達の言葉よりも僕のお願いを聞いてくれた。それは何があっても慶史を守ると僕に決心させるに十分な出来事だった。
「源藤さんは納得したようなこと言ってたけど、母さんからは怒られた」
慶史が悲し気に瞳を伏せるから、僕の怒りは慶史のお母さんにも飛び火した。
自分の子供がこんなに苦しんでいるのに、護るどころか更なる苦しみを与えている。僕は慶史のお母さんを『母親』と認めたくないとすら思ってしまった。
「……ねぇ、慶史―――」
「言わないよ。何度も言ったでしょ? 『母さんは何も知らないままでいい』って」
お母さんに全て話そうと提案しようとしたら、先回りされ、言葉を奪われてしまった。
同意できないと訴えるように慶史を見つめれば、慶史は僕に視線を向けて笑った。
「俺が黙ってたら母さんの幸せは保たれる。母さんが幸せでいるなら、俺はそれでいい……」
「慶史……」
「ごめんね、葵。でも、俺の母さんは母親である前に一人の女の人なんだよ」
僕には慶史の言っている言葉の意味が理解できない。
それが顔に出たのか、慶史は苦笑を漏らし、言葉を続けた。
「母さんの生きる意味に必要なのは『子供』じゃなくて『夫』なんだよ」
と。
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