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特別な人
特別な人 第209話
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悪意のない言葉は純粋だからこそ突き刺さる。
改めて僕は家族の中でも平凡というよりむしろ地味なんだと落ち込んでいたら、慶史から突然名前を呼ばれてちょっと驚いた。
「葵、行こう」
「え……? 何処に……?」
寮父さんを押し退け、差し出される手。
頭が混乱しちゃっているせいでこの手が何故差し出されたか分からない。
困惑して慶史を見上げたら、慶史は苦笑しながらも「あんまり待たせすぎると、煩いよ?」って何処に『行こう』なのか教えてくれた。
(あ……。そっか……。茂斗来てるんだった……)
僕は、何故か茂斗が荷物だけ置いて帰って行ったと思っていた。
寮父さんは荷物を取りに来るように呼びに来てくれたんだと思い込んでいたから、今から茂斗に会わなくちゃならないと思うとどうしても気持ちが重くなってしまう。
その心を映すように身体が鉛のように重くなって、結果、差し出された手を取るために手を伸ばすことができなくてベッドの隅に戻って蹲ってしまった。
「ちょっと、葵」
「三谷、どうした? 腹でも痛いのか?」
意気地なしの僕を怒る慶史と、我慢せずにトイレに行くよう勧めてくる寮父さん。
相反する二人の顔に僕は首を振って抱えた膝に額を押し付けた。
寮父さんは事情は分からないにせよ訪問者をこれ以上放置するわけには行かないと困っている様子で、僕にとって最高にありがたい言葉をかけてくれる。
「調子が悪いなら荷物はこっちで預かっておくぞ?」
「! いいんですか!?」
「良いわけないでしょ!! 後で電話攻撃受けるの俺なんだからね!?」
天の助けだと顔を上げるも、慶史がそれを却下して僕の腕を掴むとベッドから引きずり降ろしてそのまま茂斗が待っているエントランスに向かって歩き出してしまう。
当然僕は嫌だと抗うんだけど、寮父さんから「何で嫌なんだ?」って素朴な疑問を投げかけられて、言い訳ができずにそのまま慶史に引き摺られる形になってしまった。
「兄貴と喧嘩でもしたのか? あ! そうか! だから家に居辛くて此処に逃げてきてるのか!」
なるほど理解した!
勝手に結論に至って納得してる寮父さん。僕は訂正するべきか一瞬悩んだけど、訂正したら本当の理由を問い詰められそうだから黙っておくことにした。
でも、僕じゃなくて慶史が少し馬鹿にしたように「貧相な想像力ですね」って鼻で笑って寮父さんの結論が間違っていることを伝えてしまう。
「なんだ、違うのか」
「兄貴と喧嘩して寮に逃げ込んでるのになんでその兄貴が至れる尽くせりで荷物持ってくるんですかー?」
「! 確かにそうだな」
本当、脳筋バカの相手は疲れる。
ため息交じりの小さな声。僕は寮父さんに聞こえたら怒られるよって慶史を窘めるんだけど、当の寮父さんは聞こえてないのか、「ならなんで兄貴に会いたくないんだ?」って無邪気に僕に尋ねてきた。
「寮生じゃない三谷君のプライバシーにまで立ち入らないでくださーい」
「可愛くねぇー奴だな、お前は」
「はは。ヤダなぁ。目が悪いんですか? 俺の何処が可愛くないのか教えて欲しいなぁ?」
嫌味たっぷりな慶史に寮父さんの意識はそちらに移る。
だから僕が茂斗に会いたくない理由はそれ以上問い詰められることはなさそうで、安心。
(慶史には助けられてばっかりだな……)
僕のことを考えてくれる親友の優しさに、さっきとは違う意味で泣きそうになる。
思わず鼻を啜ってこみ上げてくる熱いものを堪えれば、目敏い慶史に心配をかけてしまって、それがまた涙を誘った。
「お願いだから泣き止んで! 絶対茂斗が煩いから!」
「わ、分かってるけどぉ……」
「わーわー! なんで余計に泣くの!? これ以上茂斗の怒りをヒートアップさせないでよっ!!」
泣き止んでと慌てられても、逆効果。
涙を拭う僕は慌てふためく慶史に泣き笑い。
すると、ちょっと気まずそうな寮父さんが場を和まそうとしてか「全然怒ってなかったから安心しろ」って僕の肩に手を乗せてきた。
「むしろ見てて心配になるぐらい覇気が無かったし、本当に三谷が心配なんだよ。お前の兄貴は」
「え、それ、余計に怖いんだけど」
あの茂斗が心配して覇気がないとか、どう考えてもダメな感じじゃない?
そう青褪める慶史はさっきよりもずっと強く泣き止んでって言ってきた。
僕も、今の茂斗が覇気を失くすぐらい心配しているなら、確かに僕が泣いてたら何が起こるか分からないかも……。って目尻を擦って涙を拭って何とか誤魔化そうと試みた。
でも、その努力は無用のものだった。
だって、エントランスに着いた僕の目に飛び込んできたのは茂斗の姿じゃなくて、虎君の姿だったから……。
改めて僕は家族の中でも平凡というよりむしろ地味なんだと落ち込んでいたら、慶史から突然名前を呼ばれてちょっと驚いた。
「葵、行こう」
「え……? 何処に……?」
寮父さんを押し退け、差し出される手。
頭が混乱しちゃっているせいでこの手が何故差し出されたか分からない。
困惑して慶史を見上げたら、慶史は苦笑しながらも「あんまり待たせすぎると、煩いよ?」って何処に『行こう』なのか教えてくれた。
(あ……。そっか……。茂斗来てるんだった……)
僕は、何故か茂斗が荷物だけ置いて帰って行ったと思っていた。
寮父さんは荷物を取りに来るように呼びに来てくれたんだと思い込んでいたから、今から茂斗に会わなくちゃならないと思うとどうしても気持ちが重くなってしまう。
その心を映すように身体が鉛のように重くなって、結果、差し出された手を取るために手を伸ばすことができなくてベッドの隅に戻って蹲ってしまった。
「ちょっと、葵」
「三谷、どうした? 腹でも痛いのか?」
意気地なしの僕を怒る慶史と、我慢せずにトイレに行くよう勧めてくる寮父さん。
相反する二人の顔に僕は首を振って抱えた膝に額を押し付けた。
寮父さんは事情は分からないにせよ訪問者をこれ以上放置するわけには行かないと困っている様子で、僕にとって最高にありがたい言葉をかけてくれる。
「調子が悪いなら荷物はこっちで預かっておくぞ?」
「! いいんですか!?」
「良いわけないでしょ!! 後で電話攻撃受けるの俺なんだからね!?」
天の助けだと顔を上げるも、慶史がそれを却下して僕の腕を掴むとベッドから引きずり降ろしてそのまま茂斗が待っているエントランスに向かって歩き出してしまう。
当然僕は嫌だと抗うんだけど、寮父さんから「何で嫌なんだ?」って素朴な疑問を投げかけられて、言い訳ができずにそのまま慶史に引き摺られる形になってしまった。
「兄貴と喧嘩でもしたのか? あ! そうか! だから家に居辛くて此処に逃げてきてるのか!」
なるほど理解した!
勝手に結論に至って納得してる寮父さん。僕は訂正するべきか一瞬悩んだけど、訂正したら本当の理由を問い詰められそうだから黙っておくことにした。
でも、僕じゃなくて慶史が少し馬鹿にしたように「貧相な想像力ですね」って鼻で笑って寮父さんの結論が間違っていることを伝えてしまう。
「なんだ、違うのか」
「兄貴と喧嘩して寮に逃げ込んでるのになんでその兄貴が至れる尽くせりで荷物持ってくるんですかー?」
「! 確かにそうだな」
本当、脳筋バカの相手は疲れる。
ため息交じりの小さな声。僕は寮父さんに聞こえたら怒られるよって慶史を窘めるんだけど、当の寮父さんは聞こえてないのか、「ならなんで兄貴に会いたくないんだ?」って無邪気に僕に尋ねてきた。
「寮生じゃない三谷君のプライバシーにまで立ち入らないでくださーい」
「可愛くねぇー奴だな、お前は」
「はは。ヤダなぁ。目が悪いんですか? 俺の何処が可愛くないのか教えて欲しいなぁ?」
嫌味たっぷりな慶史に寮父さんの意識はそちらに移る。
だから僕が茂斗に会いたくない理由はそれ以上問い詰められることはなさそうで、安心。
(慶史には助けられてばっかりだな……)
僕のことを考えてくれる親友の優しさに、さっきとは違う意味で泣きそうになる。
思わず鼻を啜ってこみ上げてくる熱いものを堪えれば、目敏い慶史に心配をかけてしまって、それがまた涙を誘った。
「お願いだから泣き止んで! 絶対茂斗が煩いから!」
「わ、分かってるけどぉ……」
「わーわー! なんで余計に泣くの!? これ以上茂斗の怒りをヒートアップさせないでよっ!!」
泣き止んでと慌てられても、逆効果。
涙を拭う僕は慌てふためく慶史に泣き笑い。
すると、ちょっと気まずそうな寮父さんが場を和まそうとしてか「全然怒ってなかったから安心しろ」って僕の肩に手を乗せてきた。
「むしろ見てて心配になるぐらい覇気が無かったし、本当に三谷が心配なんだよ。お前の兄貴は」
「え、それ、余計に怖いんだけど」
あの茂斗が心配して覇気がないとか、どう考えてもダメな感じじゃない?
そう青褪める慶史はさっきよりもずっと強く泣き止んでって言ってきた。
僕も、今の茂斗が覇気を失くすぐらい心配しているなら、確かに僕が泣いてたら何が起こるか分からないかも……。って目尻を擦って涙を拭って何とか誤魔化そうと試みた。
でも、その努力は無用のものだった。
だって、エントランスに着いた僕の目に飛び込んできたのは茂斗の姿じゃなくて、虎君の姿だったから……。
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