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特別な人
特別な人 第205話
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寮父さんの部屋を出て少し歩いたところで足を止めた僕。
先を歩いていた慶史達もそれに少し遅れて足を止め、どうかしたのかと振り返った。
「僕、外部受験止める……」
「! え!?」
「ま、葵君、本気なの?」
驚きを隠せない悠栖と朋喜は僕に駆け寄ってきて正気かと心配してくれる。この一年間誰よりも勉強を頑張ってきたのはゼウス学園に戻るためだったんでしょ? って。
そう。一年前、僕は高等部にはゼウス学園に編入することにした。それはもちろん僕本人がが決めたことで、悠栖も朋喜もそれを知っていた。
だから二人が驚いて止める言葉を口にするのは当然。
でも、僕が何故編入を決めたのか、その理由を知っている慶史は二人とは違う反応をした。
「まぁそういう結論になるよね」
「! 何納得してんだよ! 今のマモは冷静じゃないんだぞ! 背中押すようなこと言うなよ!」
踵を返して慶史に詰め寄る悠栖は、そのまま胸倉を掴んで凄んで見せる。
いつもならその手を払い落として倍返しとばかりに悠栖を苛めるだろう慶史は諦めを含んだ溜め息を落として力なく言葉を続けた。
「葵は先輩の負担を減らすためにゼウスに戻るつもりだったんだよ。だから今の状況を考えたら外部受験を止めるって選択になるのは至極当然の流れでしょ」
「そ、それでも! それでもお前、分かってんだろ!? これは全部マモの―――」
「煩い」
悠栖の荒げられた声が僕の名前を呼んだかと思えば、突然その声が消えた。
何かと思えば慶史が悠栖の口を塞ぐように左手で顔面を鷲掴んでいて、凄み返す眼光は今まで見た中で一番怖かった。
「け、慶史……」
「悠栖の言いたいことは分かってるけど、それって今葵が一番聞きたくない言葉だからね?」
手を離すけど蒸し返したら暫く喋れないようにしてやるから。
そう言って悠栖を解放すると慶史は踵を返して部屋に戻るためにまた歩き出した。
ほんの一瞬、僕に向けられた悲し気な眼差し。
慶史の眼差しの真意は分からないけど、その顔をさせているのは間違いなく僕だと思った……。
「な、なんだよ……。俺は本当の事を言おうとしただけだろ」
「悠栖、止めなよ。僕も慶史君の言う通りだと思うし、不用意なことは言わないでおこう? ね?」
「うぅ……。分かったよ……」
やり場のない怒りを持て余していた悠栖だけど、朋喜の言葉に何とか気持ちに折り合いをつけたようで不貞腐れながらも怒りを昇華してくれた。
悠栖は僕を振り返ると、僕の意思を確認してくる。一時の感情で決めてないか? と。
「マモが今すげぇ辛いってことは分かってるけど、本当にいいのか? 外部受験を止めるってことは、あと三年間、此処に通うって事だぞ?」
「そうだよ、葵君。三年間って長いよ? 本当にいいの?」
「心配してくれてありがとう。でも、三日前から考えてた事だから大丈夫。情けないけど、このまま寮に入って気持ちが落ち着くのを待ちたいんだ……」
ぼんやりと考えていたことが現実味を帯びただけ。そして、迫りくる期日を前に現実にしなくてはならなかっただけ。
僕の意思は三日前に固まっていたはずだから、だから大丈夫。
「葵君……。幼馴染のお兄さんとちゃんと話しなくてもいいの?」
「! そ、そうだ! 一回ちゃんと話した方が良いと思うぞ!?」
勉強を見てもらっていたんだから、外部受験を止めることをちゃんと話すべきだと二人は言う。
僕はそれに視線を落とすだけで『分かった』と頷くことはできなかった。
「……どうしても会いたくない?」
「うん……。ごめん……。もう二度と虎君のあんな顔、見たくない……」
姉さんを想って笑ったあの表情を、どうしても見たくない……。
僕は何処までも弱虫で自分勝手だと自分自身を詰りながらも、仕方ないと言い訳を繰り返した。今虎君の想いに触れてしまったら、僕は二度と姉さんに笑いかけることはできなくなってしまいそうだったから……。
「『あんな顔』って……?」
「! 悠栖、デリカシーなさ過ぎ」
「だってわかんねぇーんだもん!」
一応遠慮がちに聞いてくれた悠栖。本当は聞かない方が良いと分かっていただろうに、好奇心に負けちゃうところが悠栖らしい。
朋喜がそんな悠栖を窘めるために足を踏もうとしたけれど、危険を察知した悠栖は間一髪でそれを避け、サッカー部の足を踏むなと喚いてる。
「分からなくても我慢しなよね。動物じゃあるまいし、理性ぐらいあるでしょ? 葵君は答えなくていいからね?」
「ありがとう、朋喜。……悠栖は、ごめん。まだ言えないや」
脳裏にちらつく、あの夜の出来事。
姉さんを想い笑った虎君の笑顔は、振り払っても振り払っても僕を追ってくる。
先を歩いていた慶史達もそれに少し遅れて足を止め、どうかしたのかと振り返った。
「僕、外部受験止める……」
「! え!?」
「ま、葵君、本気なの?」
驚きを隠せない悠栖と朋喜は僕に駆け寄ってきて正気かと心配してくれる。この一年間誰よりも勉強を頑張ってきたのはゼウス学園に戻るためだったんでしょ? って。
そう。一年前、僕は高等部にはゼウス学園に編入することにした。それはもちろん僕本人がが決めたことで、悠栖も朋喜もそれを知っていた。
だから二人が驚いて止める言葉を口にするのは当然。
でも、僕が何故編入を決めたのか、その理由を知っている慶史は二人とは違う反応をした。
「まぁそういう結論になるよね」
「! 何納得してんだよ! 今のマモは冷静じゃないんだぞ! 背中押すようなこと言うなよ!」
踵を返して慶史に詰め寄る悠栖は、そのまま胸倉を掴んで凄んで見せる。
いつもならその手を払い落として倍返しとばかりに悠栖を苛めるだろう慶史は諦めを含んだ溜め息を落として力なく言葉を続けた。
「葵は先輩の負担を減らすためにゼウスに戻るつもりだったんだよ。だから今の状況を考えたら外部受験を止めるって選択になるのは至極当然の流れでしょ」
「そ、それでも! それでもお前、分かってんだろ!? これは全部マモの―――」
「煩い」
悠栖の荒げられた声が僕の名前を呼んだかと思えば、突然その声が消えた。
何かと思えば慶史が悠栖の口を塞ぐように左手で顔面を鷲掴んでいて、凄み返す眼光は今まで見た中で一番怖かった。
「け、慶史……」
「悠栖の言いたいことは分かってるけど、それって今葵が一番聞きたくない言葉だからね?」
手を離すけど蒸し返したら暫く喋れないようにしてやるから。
そう言って悠栖を解放すると慶史は踵を返して部屋に戻るためにまた歩き出した。
ほんの一瞬、僕に向けられた悲し気な眼差し。
慶史の眼差しの真意は分からないけど、その顔をさせているのは間違いなく僕だと思った……。
「な、なんだよ……。俺は本当の事を言おうとしただけだろ」
「悠栖、止めなよ。僕も慶史君の言う通りだと思うし、不用意なことは言わないでおこう? ね?」
「うぅ……。分かったよ……」
やり場のない怒りを持て余していた悠栖だけど、朋喜の言葉に何とか気持ちに折り合いをつけたようで不貞腐れながらも怒りを昇華してくれた。
悠栖は僕を振り返ると、僕の意思を確認してくる。一時の感情で決めてないか? と。
「マモが今すげぇ辛いってことは分かってるけど、本当にいいのか? 外部受験を止めるってことは、あと三年間、此処に通うって事だぞ?」
「そうだよ、葵君。三年間って長いよ? 本当にいいの?」
「心配してくれてありがとう。でも、三日前から考えてた事だから大丈夫。情けないけど、このまま寮に入って気持ちが落ち着くのを待ちたいんだ……」
ぼんやりと考えていたことが現実味を帯びただけ。そして、迫りくる期日を前に現実にしなくてはならなかっただけ。
僕の意思は三日前に固まっていたはずだから、だから大丈夫。
「葵君……。幼馴染のお兄さんとちゃんと話しなくてもいいの?」
「! そ、そうだ! 一回ちゃんと話した方が良いと思うぞ!?」
勉強を見てもらっていたんだから、外部受験を止めることをちゃんと話すべきだと二人は言う。
僕はそれに視線を落とすだけで『分かった』と頷くことはできなかった。
「……どうしても会いたくない?」
「うん……。ごめん……。もう二度と虎君のあんな顔、見たくない……」
姉さんを想って笑ったあの表情を、どうしても見たくない……。
僕は何処までも弱虫で自分勝手だと自分自身を詰りながらも、仕方ないと言い訳を繰り返した。今虎君の想いに触れてしまったら、僕は二度と姉さんに笑いかけることはできなくなってしまいそうだったから……。
「『あんな顔』って……?」
「! 悠栖、デリカシーなさ過ぎ」
「だってわかんねぇーんだもん!」
一応遠慮がちに聞いてくれた悠栖。本当は聞かない方が良いと分かっていただろうに、好奇心に負けちゃうところが悠栖らしい。
朋喜がそんな悠栖を窘めるために足を踏もうとしたけれど、危険を察知した悠栖は間一髪でそれを避け、サッカー部の足を踏むなと喚いてる。
「分からなくても我慢しなよね。動物じゃあるまいし、理性ぐらいあるでしょ? 葵君は答えなくていいからね?」
「ありがとう、朋喜。……悠栖は、ごめん。まだ言えないや」
脳裏にちらつく、あの夜の出来事。
姉さんを想い笑った虎君の笑顔は、振り払っても振り払っても僕を追ってくる。
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