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特別な人
特別な人 第180話
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「……マジで何があったんだよ?」
言葉を返さずただ抱き枕を強く抱きしめて黙り込む僕に、茂斗の声から朗らかさが消えた。
その代わりに真剣さが伝わってくる声は、本気で僕の心配をしてくれているみたいだった。
ギシッと音を立てるベッド。背中に感じる気配がさっきよりも近い気がして、つい警戒してしまう。
茂斗が本気で嫌がる僕に対して無理強いすることは無いって分かってるけど、もし今強引に抱き枕から顔を上げさせられたらきっと僕は耐えられないと思うから。
「葵。なぁ、聞こえてるんだろ?」
髪を撫でてくる茂斗の手は優しい。優しすぎるから、余計に泣きそうになる。
僕は言いたくないと答える代わりに首を振って意思表示を返した。余計に心配させるだけだと分かっていても、どうしても思い出したくなかった。事実だとしても、口に出したくなかった。
『虎君に告白する前に振られちゃった』
そう言って笑えればよかったのに。そう言って失恋したと泣ければよかったのに。
でもこれは僕にとって初めての恋。虎君には好きな人がいるから次にってすぐに気持ちを切り替える方法なんて僕は知らない。分からない。
……ううん。違う。僕は諦めるしかないと分かっていても、それでもまだこの想いが愛しくて手放したくないんだ……。
(虎君、虎君……)
分かってるよ。虎君が姉さんのことをどれほど大事に想ってるか、ちゃんと分かってるよ。
でもね、僕はたとえ姉さんの代わりに優しくしてもらっていただけだとしても、そんな虎君のことが誰よりも大好きなんだよ……。
「虎と、何があったんだ……?」
想いに苦しむ僕の耳に届く茂斗の声は遠慮がちなものだった。
初めから虎君と何かあったと知りながらも敢えて直接聞いてこなかった茂斗が明確に言葉として口に出した。
きっとできることならこの質問を口にしたくなかっただろうな。って思った。
茂斗のその気遣いは腹立たしいぐらいに僕の心に響いてくれて、誰にも言いたくないと頑なだった気持ちが揺らいでしまう。
「な、な、にもない……」
ああ、ダメだ。声が震えてる。それにこの声、明らかに涙声だ。
僕は抱き枕をいっそう強く抱きしめて必死に混み上がってくる熱いものを耐えた。
「こんな風に部屋に閉じこもって塞ぎ込んでるくせに、『何もない』は無理があるぞ」
言葉だけ聞けば、茶化されていると思う茂斗の言葉。
でも、音に乗せられると『茶化されている』というよりも『同じように痛みを感じてくれている』ように思えた。
「葵はさ、今まで何があっても部屋の鍵、かけたことなかったよな……」
僕の髪を撫でながら茂斗が言葉をぽつりぽつり零す。
いくら家族でも、気心知れた相手でも、一人になりたいと思うことはあったはず。
現に一人で部屋に閉じこもったことは何度かあった。でも、それでも一度も鍵を掛けなかったのは、心の奥底で『誰か』と一緒に居たいと思ったから。
そうだよな? と問いかけられる言葉に、僕は分からないと震える声を返す。そんなこと考えたこともない。と。
でもその言葉は嘘だ。
僕は自分でも気づかないうちに『誰か』を……、ううん、『虎君を』待ってた……。
機嫌が悪くて当たり散らす僕を根気強く宥めてくれる優しい人に、僕はずっと昔から『一番』に想われたかったのだ……。
(はは……結局気づいてても気づいてなくても僕はこうなってたってことか……)
虎君がずっと姉さんを好きだったように、僕も自覚してなかっただけでずっと虎君が好きだったようだ。
自分が思っていた以上に根深い想いに気づいた僕は、今まで必死に堰き止めていた感情のダムが決壊したように感じた。
「うっ……うぅっ……」
「葵……。泣くなよ……。俺はお前の涙を止める方法、知らねぇよ……」
感情の渦に成す術なく飲み込まれる。
嗚咽が喉奥から漏れ、身体を震わせて溢れてくる涙を抱き枕に押し付ける僕。
そんな僕に茂斗は辛そうな声を漏らす。泣いてるお前を慰めるのは虎の仕事だ。と。
今にも虎君を呼んできそうな茂斗に、僕はそれは嫌だと抱き枕から手を放して縋りつく。
「おねっ、お願い……、虎君の名前、出さないでっ……」
聞きたくないと泣きながら首を振る僕。
僕を見下ろす茂斗の顔は、今まで見たことが無いほど辛そうだった……。
「っ、分かったよ。もう言わない。……でも、理由だけは教えてくれよ。俺はお前が泣いてると此処が痛くて堪らないんだ……」
茂斗が拳で示すのは、自分の心臓。
双子の片割れの泣き顔を見るのは辛いと感じているのかと思ったけど、それだけじゃないと力なく笑われた。
「双子だからなのか、俺がお前の『兄貴』だからなのか、ハッキリした理由はわからねぇ。でも昔からお前が辛い思いをしてる時、俺の心臓も握り潰されそうなほど苦しくなるんだ……」
まるで辛いと悲鳴を上げる心が、感情が流れ込んでくるように、僕の痛みを自分の痛みのように感じると言う茂斗。年を重ねる毎にそれはマシになってきていたはずなのに今回は昔のように心が痛む。と。
「いや……。昔以上に、だな……。こんな息をするのも辛いって痛みは初めてだ……」
だからよほどの事があったんだろうと眉を下げる茂斗に、僕は自分の痛みを共有してくれる存在に声を上げて泣いた。
言葉を返さずただ抱き枕を強く抱きしめて黙り込む僕に、茂斗の声から朗らかさが消えた。
その代わりに真剣さが伝わってくる声は、本気で僕の心配をしてくれているみたいだった。
ギシッと音を立てるベッド。背中に感じる気配がさっきよりも近い気がして、つい警戒してしまう。
茂斗が本気で嫌がる僕に対して無理強いすることは無いって分かってるけど、もし今強引に抱き枕から顔を上げさせられたらきっと僕は耐えられないと思うから。
「葵。なぁ、聞こえてるんだろ?」
髪を撫でてくる茂斗の手は優しい。優しすぎるから、余計に泣きそうになる。
僕は言いたくないと答える代わりに首を振って意思表示を返した。余計に心配させるだけだと分かっていても、どうしても思い出したくなかった。事実だとしても、口に出したくなかった。
『虎君に告白する前に振られちゃった』
そう言って笑えればよかったのに。そう言って失恋したと泣ければよかったのに。
でもこれは僕にとって初めての恋。虎君には好きな人がいるから次にってすぐに気持ちを切り替える方法なんて僕は知らない。分からない。
……ううん。違う。僕は諦めるしかないと分かっていても、それでもまだこの想いが愛しくて手放したくないんだ……。
(虎君、虎君……)
分かってるよ。虎君が姉さんのことをどれほど大事に想ってるか、ちゃんと分かってるよ。
でもね、僕はたとえ姉さんの代わりに優しくしてもらっていただけだとしても、そんな虎君のことが誰よりも大好きなんだよ……。
「虎と、何があったんだ……?」
想いに苦しむ僕の耳に届く茂斗の声は遠慮がちなものだった。
初めから虎君と何かあったと知りながらも敢えて直接聞いてこなかった茂斗が明確に言葉として口に出した。
きっとできることならこの質問を口にしたくなかっただろうな。って思った。
茂斗のその気遣いは腹立たしいぐらいに僕の心に響いてくれて、誰にも言いたくないと頑なだった気持ちが揺らいでしまう。
「な、な、にもない……」
ああ、ダメだ。声が震えてる。それにこの声、明らかに涙声だ。
僕は抱き枕をいっそう強く抱きしめて必死に混み上がってくる熱いものを耐えた。
「こんな風に部屋に閉じこもって塞ぎ込んでるくせに、『何もない』は無理があるぞ」
言葉だけ聞けば、茶化されていると思う茂斗の言葉。
でも、音に乗せられると『茶化されている』というよりも『同じように痛みを感じてくれている』ように思えた。
「葵はさ、今まで何があっても部屋の鍵、かけたことなかったよな……」
僕の髪を撫でながら茂斗が言葉をぽつりぽつり零す。
いくら家族でも、気心知れた相手でも、一人になりたいと思うことはあったはず。
現に一人で部屋に閉じこもったことは何度かあった。でも、それでも一度も鍵を掛けなかったのは、心の奥底で『誰か』と一緒に居たいと思ったから。
そうだよな? と問いかけられる言葉に、僕は分からないと震える声を返す。そんなこと考えたこともない。と。
でもその言葉は嘘だ。
僕は自分でも気づかないうちに『誰か』を……、ううん、『虎君を』待ってた……。
機嫌が悪くて当たり散らす僕を根気強く宥めてくれる優しい人に、僕はずっと昔から『一番』に想われたかったのだ……。
(はは……結局気づいてても気づいてなくても僕はこうなってたってことか……)
虎君がずっと姉さんを好きだったように、僕も自覚してなかっただけでずっと虎君が好きだったようだ。
自分が思っていた以上に根深い想いに気づいた僕は、今まで必死に堰き止めていた感情のダムが決壊したように感じた。
「うっ……うぅっ……」
「葵……。泣くなよ……。俺はお前の涙を止める方法、知らねぇよ……」
感情の渦に成す術なく飲み込まれる。
嗚咽が喉奥から漏れ、身体を震わせて溢れてくる涙を抱き枕に押し付ける僕。
そんな僕に茂斗は辛そうな声を漏らす。泣いてるお前を慰めるのは虎の仕事だ。と。
今にも虎君を呼んできそうな茂斗に、僕はそれは嫌だと抱き枕から手を放して縋りつく。
「おねっ、お願い……、虎君の名前、出さないでっ……」
聞きたくないと泣きながら首を振る僕。
僕を見下ろす茂斗の顔は、今まで見たことが無いほど辛そうだった……。
「っ、分かったよ。もう言わない。……でも、理由だけは教えてくれよ。俺はお前が泣いてると此処が痛くて堪らないんだ……」
茂斗が拳で示すのは、自分の心臓。
双子の片割れの泣き顔を見るのは辛いと感じているのかと思ったけど、それだけじゃないと力なく笑われた。
「双子だからなのか、俺がお前の『兄貴』だからなのか、ハッキリした理由はわからねぇ。でも昔からお前が辛い思いをしてる時、俺の心臓も握り潰されそうなほど苦しくなるんだ……」
まるで辛いと悲鳴を上げる心が、感情が流れ込んでくるように、僕の痛みを自分の痛みのように感じると言う茂斗。年を重ねる毎にそれはマシになってきていたはずなのに今回は昔のように心が痛む。と。
「いや……。昔以上に、だな……。こんな息をするのも辛いって痛みは初めてだ……」
だからよほどの事があったんだろうと眉を下げる茂斗に、僕は自分の痛みを共有してくれる存在に声を上げて泣いた。
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