169 / 552
特別な人
特別な人 第168話
しおりを挟む
(よかった……。ちゃんと戻ってきてくれた……)
一人で帰ってしまうわけがないと思いながらも、僕と一緒に帰るのが嫌かもしれないって考えてしまっていたから、虎君が戻ってきてくれて本当にホッとした。
「先輩戻ってきたし、また後でね」
「! うん。……辛くなったらいつでも言ってね?」
「それは俺のセリフ。じゃーね」
みんなが浮かれてる空間で喧嘩を吹っ掛けたくないし。なんて言いながら虎君の横を通り過ぎる慶史。
僕はそんな慶史に手を振りながらも、笑顔を見せれたのは一瞬だけだった。
「ただいま」
「おかえり。……遅かったね……」
僕の目の前で立ち止まると、仏頂面したほっぺたに触れてくる虎君。
その手が堪らなく愛しいと思いながら、僕の気持ちを知っているくせに踏み込んでくれない虎君の本心が分からなくて、触れられて嬉しいのに辛いとも感じた。
「どこ行ってたの……?」
「挨拶、かな」
トイレじゃないよね? って意味を込めて尋ねたら、虎君はちょっぴり困ったように笑った。
その顔が隠し事をしようとしている時の顔だってすぐに分かって、不安が体温を奪っていく感覚に襲われる僕。
今までだってこんなやり取りは何度もあった。でも、今の僕には『いつか』を待てるほどの余裕なんてない。
必死に抑え込んでいた不安が、こんな些細なやり取りに堰を切って溢れ出してしまう。
「『挨拶』って、誰に? なんの『挨拶』なの?」
「葵? どうしたんだよ? そんな泣きそうな顔して……」
声が震えていると自分でも分かってる。でも、言葉を止めることができなくて問いただしたら、虎君が見せるのは驚きと心配だった。
でも、それでも僕が欲しい『答え』はもらえない……。
感じるのは明らかな『距離』。次の瞬間、決壊したダムのようのすごい勢いでマイナスの感情が噴き出し、身体と心が呑み込まれ、自制ができない。
気が付けば僕は虎君の手を払い除けていた。
「なんで隠し事するの? なんでっ、……どうしていつも僕のこと閉め出すの……?」
僕は虎君の一番傍にいるはずなのに、今は一番遠くにいる気がする。
大好きな人の心が分からなくて取り乱す僕の目からは涙が零れていて、それを見た虎君は抗う僕を力で抑えつけるように抱き締めてきた。
(虎君っ、虎君、僕のこと、大事だって思ってくれてるんだよね? 大切だって、思ってくれてるんだよね? でも、それって『僕』だから? それとも、『弟』だから……?)
大きな背中にしがみついて胸に顔を埋めて涙すれば、虎君は力一杯抱き締めてくれる。
「ごめん葵。泣かないで……」
「虎君が、悪いんでしょ……僕に、僕に隠し事するからっ……」
辛そうな声に、罪悪感を覚えた。
僕は嗚咽混じりに『淋しい』と訴えた。虎君が遠くに感じて辛い。と……。
「ごめん、葵。本当にごめん……。ちゃんと説明するから、泣かないで……」
息ができなくなるほど力強く抱き締めてくる虎君。僕はもっと虎君の傍にいたいと願う心のまま、ぎゅっと抱きつき返した。
「『挨拶』ってのは、嘘なんだ。……さっき斗弛弥さんから教えてもらってた奴等を見つけたから、お―――いや、話をしてきた」
「? それって誰のこと? 話って何?」
正直に話してくれる虎君だけど、分からないことはまだたくさんあった。
鼻を啜りながらも虎君を見上げたら、虎君は苦しげながらも笑いかけてくれて、僕の目尻に唇を落とすとそのままキスをするように涙を拭ってくれる。
「前に葵を殴った連中だよ。……『二度目はない』って忠告してきた」
唇を放した虎君は額を小突き合わせると「ごめん」って謝ってきた。
僕は虎君が話してくれる『本当』を何度か頭の中で反芻して、ようやく理解することができた。
「もしかして入り口の人集りって……」
「……ちょっとやり過ぎた。ごめん」
まさかと思いながらも虎君を見たら、返ってくるのは苦笑いと謝罪の言葉。
予想外の展開に呆然としていたら、身体から力が抜けてしまう。しがみついていた腕が緩んだことに気づいた虎君は僕を抱き締める腕に力を籠めて、逃げないでって懇願してきた。
「口出しするべきじゃないってことは分かってたけど、でも、葵に何かあったらって考えたらどうしても我慢できなかった」
斗弛弥さんから連中の悪い噂を聞けば聞くほど不安が募ってどうしようもなかったんだ……。
僕の望みと正反対の行動をしてると分かっていたから隠そうと思っていたと言う虎君。ただ葵に嫌われたくなかっただけなんだ。って。
「泣かせてごめん……。ごめん、葵……」
抱きしめる腕は力強くて苦しい。でも、その腕に抱かれた僕は、さっきまでの不安も焦りも恐怖も全部身体から消えてなくなったように感じた。そして消えたそれらの代わりに全身を巡るのは喜びと愛しさ。
僕は今一度虎君の背中にしがみつくと、虎君を呼んでまた泣いてしまった……。
一人で帰ってしまうわけがないと思いながらも、僕と一緒に帰るのが嫌かもしれないって考えてしまっていたから、虎君が戻ってきてくれて本当にホッとした。
「先輩戻ってきたし、また後でね」
「! うん。……辛くなったらいつでも言ってね?」
「それは俺のセリフ。じゃーね」
みんなが浮かれてる空間で喧嘩を吹っ掛けたくないし。なんて言いながら虎君の横を通り過ぎる慶史。
僕はそんな慶史に手を振りながらも、笑顔を見せれたのは一瞬だけだった。
「ただいま」
「おかえり。……遅かったね……」
僕の目の前で立ち止まると、仏頂面したほっぺたに触れてくる虎君。
その手が堪らなく愛しいと思いながら、僕の気持ちを知っているくせに踏み込んでくれない虎君の本心が分からなくて、触れられて嬉しいのに辛いとも感じた。
「どこ行ってたの……?」
「挨拶、かな」
トイレじゃないよね? って意味を込めて尋ねたら、虎君はちょっぴり困ったように笑った。
その顔が隠し事をしようとしている時の顔だってすぐに分かって、不安が体温を奪っていく感覚に襲われる僕。
今までだってこんなやり取りは何度もあった。でも、今の僕には『いつか』を待てるほどの余裕なんてない。
必死に抑え込んでいた不安が、こんな些細なやり取りに堰を切って溢れ出してしまう。
「『挨拶』って、誰に? なんの『挨拶』なの?」
「葵? どうしたんだよ? そんな泣きそうな顔して……」
声が震えていると自分でも分かってる。でも、言葉を止めることができなくて問いただしたら、虎君が見せるのは驚きと心配だった。
でも、それでも僕が欲しい『答え』はもらえない……。
感じるのは明らかな『距離』。次の瞬間、決壊したダムのようのすごい勢いでマイナスの感情が噴き出し、身体と心が呑み込まれ、自制ができない。
気が付けば僕は虎君の手を払い除けていた。
「なんで隠し事するの? なんでっ、……どうしていつも僕のこと閉め出すの……?」
僕は虎君の一番傍にいるはずなのに、今は一番遠くにいる気がする。
大好きな人の心が分からなくて取り乱す僕の目からは涙が零れていて、それを見た虎君は抗う僕を力で抑えつけるように抱き締めてきた。
(虎君っ、虎君、僕のこと、大事だって思ってくれてるんだよね? 大切だって、思ってくれてるんだよね? でも、それって『僕』だから? それとも、『弟』だから……?)
大きな背中にしがみついて胸に顔を埋めて涙すれば、虎君は力一杯抱き締めてくれる。
「ごめん葵。泣かないで……」
「虎君が、悪いんでしょ……僕に、僕に隠し事するからっ……」
辛そうな声に、罪悪感を覚えた。
僕は嗚咽混じりに『淋しい』と訴えた。虎君が遠くに感じて辛い。と……。
「ごめん、葵。本当にごめん……。ちゃんと説明するから、泣かないで……」
息ができなくなるほど力強く抱き締めてくる虎君。僕はもっと虎君の傍にいたいと願う心のまま、ぎゅっと抱きつき返した。
「『挨拶』ってのは、嘘なんだ。……さっき斗弛弥さんから教えてもらってた奴等を見つけたから、お―――いや、話をしてきた」
「? それって誰のこと? 話って何?」
正直に話してくれる虎君だけど、分からないことはまだたくさんあった。
鼻を啜りながらも虎君を見上げたら、虎君は苦しげながらも笑いかけてくれて、僕の目尻に唇を落とすとそのままキスをするように涙を拭ってくれる。
「前に葵を殴った連中だよ。……『二度目はない』って忠告してきた」
唇を放した虎君は額を小突き合わせると「ごめん」って謝ってきた。
僕は虎君が話してくれる『本当』を何度か頭の中で反芻して、ようやく理解することができた。
「もしかして入り口の人集りって……」
「……ちょっとやり過ぎた。ごめん」
まさかと思いながらも虎君を見たら、返ってくるのは苦笑いと謝罪の言葉。
予想外の展開に呆然としていたら、身体から力が抜けてしまう。しがみついていた腕が緩んだことに気づいた虎君は僕を抱き締める腕に力を籠めて、逃げないでって懇願してきた。
「口出しするべきじゃないってことは分かってたけど、でも、葵に何かあったらって考えたらどうしても我慢できなかった」
斗弛弥さんから連中の悪い噂を聞けば聞くほど不安が募ってどうしようもなかったんだ……。
僕の望みと正反対の行動をしてると分かっていたから隠そうと思っていたと言う虎君。ただ葵に嫌われたくなかっただけなんだ。って。
「泣かせてごめん……。ごめん、葵……」
抱きしめる腕は力強くて苦しい。でも、その腕に抱かれた僕は、さっきまでの不安も焦りも恐怖も全部身体から消えてなくなったように感じた。そして消えたそれらの代わりに全身を巡るのは喜びと愛しさ。
僕は今一度虎君の背中にしがみつくと、虎君を呼んでまた泣いてしまった……。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男
湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。
何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。
3人の弟に逆らえない
ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。
主人公:高校2年生の瑠璃
長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。
次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。
三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい?
3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。
しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか?
そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。
調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる