特別な人

鏡由良

文字の大きさ
上 下
159 / 552
特別な人

特別な人 第158話

しおりを挟む
 助手席のドアを開けてくれる虎君に促されるまま、僕は虎君の愛車に乗り込んだ。慶史達も後部座席に乗り込んで、五人乗りの車は定員いっぱいに。
 真ん中に座った悠栖はキョロキョロと車内を見渡すと「マニュアル車だ! めっちゃかっけぇ……!」って目を輝かせていた。
「車、好きなのか? えーっと、天野君、だったかな?」
「! そうっす! 天野悠栖っす! マモとは三年間同じクラスっす!」
「元気だな。部活は体育会系かな?」
 エンジンをかけ車を走らせる虎君に、いつも以上に元気な声で喋る悠栖。虎君の問いかけにサッカー部だと応えるその表情がキラキラしていて、どうしてそんなにテンションが高いのかって僕は内心面白くなかった。
(慶史と朋喜と違って悠栖は虎君に悪い印象持ってないって知ってたけど……)
 虎君が嫌いだとはっきり言い切った慶史と、怖い人だと思っていると言った朋喜。
 そんな二人とは違って悠栖は虎君に対してはっきりとした印象を持っているわけじゃなかった。まぁ間接的に悪印象を持っている可能性はあったけど、今の悠栖の顔を見る限りその可能性は低そうだ。
 本来ならそれを嬉しいと思わなくちゃダメだと思うんだけど、全然そんな風に思えない。むしろ表情を輝かせて喋る悠栖にドロドロした感情を覚えてしまって、僕は自分が凄く嫌な奴になっている気がした。
「やっぱりそうか」
「よく分かりましたね。俺、周りからは『運動部って感じがしない』ってめっちゃ言われるんすけど!」
「そうなのか。俺は運動部っぽいと思うけど」
 楽しそうに喋る二人に、お腹の奥が痛くなる。
(嫌だな……。凄く、嫌だ……)
 学校主催のクリスマスパーティーは市内のホテルの広間で開催されるから、みんなバスと電車を乗り継いだり家の人に迎えにきもらったりして移動する。
 悠栖達も当初はそのつもりだったんだけど、普段の週末もあまり外出せずに寮で過ごすことの多い悠栖達が『パーティは楽しみだけど移動が面倒だ』とぼやいていたのを聞いて、もともと迎えに来てくれる予定だった虎君にみんなも一緒で良いかお願いしたのは他でもなく僕自身だ。
 僕の提案に移動の間気まずいだろうし遠慮するって言ってた三人。あの時、三人が言う『気まずい』理由が分からなくて深く考えずに食い下がったわけだけど、僕は今それを後悔してしまっていた。
 強引に三人に予定を合わせてもらっておいて後悔するとか、僕って本当に嫌な奴だ。
 でも、ちらっと視線を向ければ楽しげに喋ってる悠栖と、悠栖に相槌を打って笑う虎君の横顔が目に入って、その瞬間、ドロドロした感情が大きくなって話を遮るように虎君に話しかけそうになってしまった。悠栖に笑いかけないで。って、言いそうになった……。
 感情のまま酷い言葉を口走りそうになった僕だけど、寸でのところでなんとか理性でそれを抑えつけることができた。
 でも、次抑えられる自信は皆無だ。
 僕が嫉妬に狂ってしまう前に話を終えて欲しいと強く願うものの、全然気づかない二人はなおも楽しげに言葉を交わしている。
 ホテルに着くまでずっとこの調子だったらどうしようって考えて胃が痛くなる僕。
 するとそんな僕に後ろから手が伸びてきて、ビックリしたのも束の間、その手は僕のほっぺたを摘まむとそのまま左右に引っ張ってきた。
「けいひ、にゃにすりゅの」
 引っ張る力は大して強くないから痛くはないけど、ちゃんと喋ることは困難。
 僕は真後ろに座っている親友を振り返ろうとしたけど、首を動かすと摘ままれたままのほっぺたに痛みを覚えるから振り返ることを諦めた。
「葵ってほっぺた凄く柔らかいよね」
 何がしたいのか分からないけど、ふにふにと僕のほっぺたを弄る慶史。
 表情豊かなのはこのほっぺたのおかげかな? なんて尋ねられるけど、ほっぺたが柔らかいと表情が豊かになるなんて話、聞いたことがない。
 僕は慶史にされるがまま身を委ねて時間が過ぎるのを耐える。なおも聞こえる悠栖の楽しそうな声に、僕は窓の外を眺めるように首を回した。虎君の笑顔を、どうしても見たくなかったから……。
 と、ふと目に入ったサイドミラー。そこには僕の後ろに座る慶史の顔が映っていて、鏡越しに目が合った。
(そっか、慶史は気を使ってくれてるんだ……)
 僕のほっぺたで遊ぶ慶史は、どうやらサイドミラーに映る僕の表情に色々察してくれて、気を紛らわせようとしてくれたみたい。その証拠に、目が合った後慶史は声を出さずに『大丈夫?』と唇を動かしたから。
 友達に嫉妬している自分を見られて恥ずかしいやら情けないやらで何も返せなかったけど、慶史は僕のほっぺたを持ち上げるように手を動かし、形だけでも笑顔にしてくれる。
 慶史の優しさにちょっとだけ気持ちが浮上した僕は、形だけじゃなくてちゃんと笑おうと慶史の手に倣って笑顔を作った。
 でも次の瞬間、僕のほっぺたを弄っていた慶史の手が片方離れてビックリした。
「葵のほっぺたが触り心地がいいのは分かるけど、流石に弄りすぎだぞ」
「ちょ、先輩、痛いんですけどっ」
 赤信号に車が止まった直後に起こった出来事に、僕は一体何事かと思った。ギアを握っていた虎君の手は捻り上げるように慶史の手首を掴んでいて、慶史はそれに痛いと悲鳴をあげていたから。
 慶史の悲鳴にも虎君は動じず、むしろ僕のほっぺたから手を離せと慶史に凄んでいて、さっきまでの笑顔は何処にもなかった。
(虎君……?)
 直前まで楽しそうに喋っていた悠栖も虎君の豹変に言葉を失っていて、怯えたような表情が浮かんでいた。
「っ、放した! 放したから!! 手、放してっ!」
 叫び声と同時に僕のほっぺたから離れる慶史の手。それに虎君も慶史の手を解放して、今度は僕のほっぺたに手を伸ばしてきた。
「大丈夫か? 赤くなってるけど、痛くない?」
 ほっぺたにそっと触れる虎君の指。それはとても優しく輪郭をなぞると、今度は掌で頬を包み込むように触れられる。
 僕を見る虎君の眼差しには不安と心配が滲んでいて、僕が痛いのを我慢していたと勘違いしているようだった。
(こんなのいつもの虎君だって、分かってるのに……)
 虎君からすれば普段通りの言動だろうに、僕はどうしてもそれに『期待』を覚えてしまう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ドSな義兄ちゃんは、ドMな僕を調教する

天災
BL
 ドSな義兄ちゃんは僕を調教する。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

処理中です...