特別な人

鏡由良

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特別な人 第87話

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「おい、いい加減離れろ」
「別にいいじゃない。ねー葵!」
 僕と姉さんを引き離そうとする虎君だけど、姉さんはそんな虎君の手を振り払ってまたぎゅうって抱きしめる腕に力を込めてくる。
 愛してくれてるのは分かるけど、流石にこれ以上力を籠められたら本当に息が止まりそうだから離れて欲しいと思う僕。
 どう伝えたら姉さんを傷つけずに放してもらえるかな? って考えてたら、突然息苦しさがなくなった。
「何するのよ!」
「葵が嫌がってるのが分からねぇのか、姉貴のくせに」
「はぁ? 葵が嫌がってるわけないでしょ? だいたい口で言えばいいものを力尽くって何なの? 余裕なさすぎじゃない?」
 肩に乗った虎君の手を払いのける姉さんは腰に手を置いていつものポーズで虎君を睨んでる。
 姉さんに睨まれてる虎君は、僕と姉さんの間に立ってる。
 どうやら僕を心配した虎君が姉さんを強引に引き離してくれたみたい。
(姉さんには悪いけど本気で窒息しそうだったからよかった……)
 何度か深呼吸を繰り返して息を整えながら睨み合いながらも言い合う二人に目をやれば、不良漫画に出てくるワンシーンのように顔を近づけて威嚇し合う姿。
 本当に仲が悪いんだから……って思う気持ちと、本当に仲が良いな……って思う気持ちが僕の中でもせめぎ合ってて表情に困る。
(僕、どうしちゃったんだろう……。虎君と姉さんに仲良くして欲しいって思ってるのに……)
 喧嘩してても仲良く見えるんだから、ここは喜ぶべきところ。
 それなのに全然嬉しくないし、胸のあたりはモヤモヤするし、正反対の感情に正直戸惑う。
「あんたはそうやって私の事『邪魔』って言うけど、私からすればあんたの方が『邪魔』なの!」
「知るかよ。別に俺はお前にどう思われてようが興味ねぇーし」
 姉さんの声に煩そうに耳を塞ぐ虎君。それに姉さんの表情が更に険しいものに変わって……。
 中等部の頃から『クールビューティー』って裏で呼ばれている姉さんだけど、今のその顔、絶対人に見せちゃダメだと思う。
(『クールビューティー』っていうか、『悪い魔女』みたいだ)
「私だってそうよ! あんたになんて言われようがどう思われようがどうでもいいわ! でもね、忘れないでくれる? 葵は私の『弟』なのよ!!」
「はいはい。そうだな。オネーチャンエライネ―」
「! っ―――、馬鹿トラァァァ!!」
 相手をするのが面倒になったのか、虎君はあからさまに適当な対応で姉さんをいなす。
 その態度に姉さんが怒るのは当然。そして怒ると手が出る姉さんは虎君の顔を狙って手を振り上げた。
「! 虎君っ!」
 動きを見せない虎君。もしかしてそのまま打たれるつもり?
 姉さんに打たれる虎君を見たくないって思った僕は、思わず声を上げ、虎君に手を伸ばしてしまう。姉さんの掌から虎君を守るために。
 でも、僕の手なんて虎君には必要なかった。虎君は打たれる寸前、姉さんの手首を掴んでその攻撃を止めていた。
「放しなさいよ!! ていうか、なんで止めるのよ!?」
「黙って殴られてやる理由がねぇーんだから当然だろうが」
 止めるのは今回だけで次は反撃するからな?
 姉さんを威圧する虎君の顔はここからじゃ見えない。でも、声から想像できてしまう。何度も目にしたことはあったから。
(でも、あんな風に感情露わにするの、姉さんにだけなんだよね……)
 虎君に伸ばした手は、一瞬止まる。このまま虎君に触れていいか、初めて悩んだ……。
(なんだろう……この気持ち……)
 虎君の背中の前で止まった自分の手を眺めながら、大きくなるモヤモヤの正体が分からずに僕はその手を引いてなかったことにしようとする。
 でも……。
「葵、これは喧嘩じゃないからそんな顔しないでくれよ」
 引いた僕の手を繋ぎ止めるのは、虎君の手。
 僕の手を包み込む大きな手に顔を上げたら心配そうな虎君の顔が目の前に。そして、その背中越しに同じように僕を心配してくれる姉さんの姿。
 二人の表情はそろって悲しげで、眉が下がってる。
(……僕の馬鹿。二人が本当は仲が良い事なんてずっと前から分かってたことだし、一歳差の姉さんの方がずっと虎君のこと理解してることも分かってたことでしょ? それなのに、何モヤモヤしてるの? 嬉しいって、笑わないとダメだろ?)
 純粋に僕を心配してくれる虎君と姉さん。
 それなのに勝手に仲間外れにされてる気になって子供みたいに拗ねてる自分が凄く幼いように思えた。
「ごめんね、葵。ただ葵のことが心配なだけなのにいつも虎と喧嘩しちゃって……」
「お前が一方的に喚いてるだけだけどな」
「! と~ら~……」
 謝ってるのに、また喧嘩を始める二人。本当、虎君と姉さんはいつも通り……。
(二人がいつも通りなんだから僕もちゃんと『いつも通り』しないと!)
 胸のモヤモヤは居座ったまま。でも、僕はこのモヤモヤに蓋をして心の奥底に沈めることにした。
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