特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第29話

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「見過ぎじゃねぇ?」
 身体を洗い終えた茂斗が濡れた髪をかき上げながら振り返ると、浴槽に身体を預けてた僕に「視線が痛い」って苦笑いを浮かべる。
 僕はそれに「茂斗が悪い」って恨めしそうに睨んでしまう。いきなり乱入してきて何も言わずに身体洗い始めて意味が分からないのは僕なんだよ? って。
「『乱入』って、別にいいだろうが。男同士だし双子だし」
「よく言うよ。僕が一緒に入ろうって誘っても一度も『うん』って言ってくれなかったくせに」
 お化けが怖いって泣いて頼んでも一人で入ってこいって突き放したのは何処の誰だよ。
 ここぞとばかりに僕が積年の不満をぶちまけたら茂斗は困ったように頭を掻いて、「それは悪かったよ」って謝ってくれる。
 でも、僕が欲しいのは謝罪の言葉じゃない。僕は、諸々の理由を知りたいだけ。茂斗が今此処にいる理由を含めて。
「とりあえず入っていいか?」
 なおも睨む僕に茂斗は少し遠慮がちに湯船に浸かってもいいかって聞いてくる。
 湯冷めして茂斗が風邪を引いたら流石に可哀想だから、僕は不機嫌ながらも湯船に預けていた身体を放して『入れば』って意思表示をして見せる。
「で、葵は何が知りたいんだ?」
「……なんで茂斗が来たの? 僕と一緒にお風呂入るの嫌なんでしょ?」
 肩を並べて湯船に浸かる茂斗に、僕は顎までお湯に浸かりながら尋ねる。今此処にいる理由を。
「別に葵と風呂入るのが嫌ってわけじゃねぇよ」
「嘘吐き。別々に入ろうって言い出したの茂斗じゃないか」
「嘘じゃねぇーよ。……俺は葵が嫌なんじゃないかって思ったからそう言っただけだ」
 天井を仰ぐ茂斗の言葉に、僕は意味が分からないと顰め面をしてしまう。
 僕が『いつ』、『どこで』、『だれに』そんな話をしたって言うのか全く見当がつかなかった。
 確かに小学3年生頃から母さんや姉さんとお風呂に入りたくないとは思ってた。クラスメイトから『葵はまだまだ子供だな』とか、『赤ちゃんみたいだな』って言われるのが凄く恥ずかしかったから。
 でも、茂斗に対してそんな風に思ったことは一度もない。茂斗は男同士だし、何より僕達は双子。一緒にいるのが当たり前だって思ってたから。
 だから、茂斗に別々で入るって言われた時、一方的に距離を取られたみたいで僕は凄く悲しかった……。
「僕、そんなこと言ってない……」
「分かってるよ。俺が勝手にそう感じただけだ」
 不貞腐れ続けてる僕に、茂斗は「マジでごめん」って謝ってくれる。傷つけるつもりは全くなかった。って。
「あの時さ、俺、精通があったんだよ」
「! そ、なんだ……?」
 茂斗の突然の告白に僕の顔は一気に熱くなる。予想外過ぎて。
 でも動揺してるって思われたくないから何とか平静を装って返事をしてみたんだけど、声に動揺がそのまま出てしまった。
 だから僕は、きっと茂斗は茶化してくるんだろうなって思った。まだまだお子様だなってからかわれると思った。
 でも……。
「そー。まぁぼんやりとした知識はあったからそれには対して驚かなかったけど、でも、その頃から身体もどんどん変わっていってて、誰にも見られたくなかったんだよ」
 笑いながら話す茂斗に、僕は相槌を返すことができない。
 あの頃の茂斗がそんな風に悩んでるって僕は全然知らなかった。ただそれが悔しかった……。
「だからさ、葵も同じだろうなって思ったんだ。でも葵は優しいから無理してでも俺と一緒に風呂入ろうとする気がしたから、俺が言ってやらないとって思ったんだ」
 だから自分達の為にああ言った。
 そう言った茂斗は、「でも大半が自分の為だけどな」って笑った。いつもみたいに悪戯に。
「そんな顔すんなよ」
「ご、めん。僕、全然知らなくて……」
 茂斗は僕の事を考えてくれていた。それなのに、僕は茂斗に突き放されたって勘違いして勝手に距離を感じていた。
 それに対する謝罪の言葉は、『ごめん』じゃ全然足りないって分かってる。でも僕にはその言葉しか分からないから、『ごめん』って謝った。何度も、何度も。
「謝んなよ。言っただろ? 大半が自分の為だったんだ。……ちゃんと葵の事考えてたらもっと他に言い方とかあったけど、そうしなかった。だから俺も悪いんだよ」
「そんなことないよ! 茂斗が本当は凄く優しいって、僕、ちゃんと知ってるもん!」
 頭に乗せられる茂斗の手。僕は涙目で茂斗を見て、「本当にごめん」ってまた謝った。
「お前は本当、馬鹿だねぇ」
 そう言って笑う茂斗。同じ日に生まれたくせにお兄ちゃん風を吹かせる茂斗。
 僕を見る表情は、僕の事を大事に思ってるってちゃんと伝わってきて本当に泣きそうになる。
「葵、頼むから泣くなよ。俺が虎に殺される」
「な、泣いてないっ」
 必死に涙を耐える僕に茂斗は困った顔で笑う。まだ死にたくないから泣くな。って。
 その言葉に、どうして虎君が出てくるんだろう? なんて思いながらも僕は、泣かない。って、泣いてない。って必死に涙を引っ込めた。
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