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3話

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 アオナは猫をなでる。猫は寂しそうなアオナの表情を眺め、『にゃぁ』と鳴く。
『……アラシさんがいなくなってもうすぐ1ヶ月。私にはあなただけよ』
 アオナは猫にキスをした。すると突然猫が人の姿になり、アオナは驚く。さらに驚いたのは、その猫がずっとアオナが探し求めていた、亡くなったと思っていた恋人だったからだ。
『今まで黙っててごめん。俺、ちゃんと近くでアオナのこと見てたから』
 アオナは泣きながらアラシに抱きつく。
『あなたに会いたかった。無事でよかったわ』
『猫でも?』
『猫でもいいわ』
 アラシはアオナに熱烈なキスをする。アオナはアラシのキスに応えるように舌を絡める。
 アラシはアオナをずるずるとベッドに押し倒し、ボタンを一つ一つ外していく。
 アラシは久々に恋人と繋がれることに興奮する。
『可愛いよ。アオナ。君とはやく繋がりたい』
『私もよ。アラシさん。……きて』
『アオナ♡♡♡』
『アラシさん♡♡♡』
 ギシギシ……♡♡♡
 パコパコ……♡♡♡
 

 
『やっぱりアラシさんとは価値観が違うわ』
 アオナはハンカチで涙を拭う。
『アオナ…話し合おう…』
『やっぱり猫は嫌なのよ‼︎』
『そ、そんな‼︎』
『さよなら、アラシさん』
『待ってくれ、アオナ‼︎‼︎』
 
 
 
 
「なんですか。これは」
 上杉は新作の官能小説の原稿を読み、怒りでぷるぷると手を震わせていた。大体オッケーを出してくれる上杉だが、原稿を読み、いつもよりも眉間のシワが深くなった。
「新作だけど」
「なにがアラシとアオナですか⁉︎ このモデルあなたと一ノ瀬くんですよね?」
「そうだけど」
「一ノ瀬くんがあなたに犯されてるみたいで不愉快です。却下」
「えっ!」
 上杉は原稿をシュレッターにかけた。
「ひ、ひどい!」
「酷いのはあなたです。最近の不調ぶりはなんですか」
 新は葵にフラれてから恋愛小説が書けなくなっていた。どれもこれも失恋モノばかりで、失恋モノが好きな一部のファンからは好評だがハッピーエンドを期待する読者には不満を訴える者もいる。
「現実がフラれたからって、本まで失恋させる必要はないと何度言ったら分かるんですか」
「書いても上杉ダメって言ったじゃん‼︎」
「これは不愉快です。それに誰も一ノ瀬くんをモデルに書けなんて言ってません」
「葵以外誰をモデルに書けっていうんだよ」
「メンヘラの次は失恋モノばかり…。作品と私生活がリンクし過ぎなんですよ」
 リンクもするだろう。新はこの歳でこんなに夢中になれる相手に出会ったのは初めてのことだった。運命の番だとしり、意識はし始めたが、好きになったのは番うんぬん関係ない。
 20歳の青年にここまで振り回される日が来るなんて、人生なにがあるかわからないものだ。
「落ち込む暇があるなら手を動かして下さい」
「……失恋モノしか書ける気がしない」
「いい加減割り切ってください」
 メソメソ…。シクシク…。大の大人が失恋ごときでウジウジしている。心がジメジメしていて、そのうちキノコでも生えてきそうだ。
 葵は相変わらず普通に接してくれるが、新の気持ちが追いつかない。葵を見るたびに好きだと思ってしまう。
 葵は自分のことを欠陥品というけれど、そんなことはない。葵は葵だ。発情期がこなくたって、子どもが産めなくたって、それでもいいと言っているのに葵はへんに頑固な一面があり、素直に頷いてはくれない。
 ハッピーエンドが見えない。
 カタカタとパソコンに文字を打つが、いつの間にか主人公はフラれてしまう結末ばかりを書いてしまう。まさにスランプである。今までこんなことなかったのに。
 今までアイディアがわかなかったときは甘いもの食べれば大丈夫だったのに、今回はいくら甘い物をたべても治る気がしない。
「ねぇ、上杉。散歩行ってきていい?」
「いいですよ。ちゃんと帰ってきて下さいね」
「わかってるよ」
 新はコートを羽織り散歩に出かけた。とことこと歩き、向かったのは近くのコンビニである。そこで新はお気に入りのチョコレートを買い、近くの公園のベンチに座りチョコレートを食べる。
「はぁー」
 もうため息しか出てこない。好きな人にはフラれ、仕事は不調だ。上杉は失恋ごときというけれども、失恋したことがない人間からすると初めての失恋は心臓が破裂するのではないかというほどつらい。
 今まで近づいてきた相手とフラフラ遊んでいたバチが当たったのだろうか。
 そのとき、目の前を見覚えのある猫が通った。小麦である。猫が向かう方向は新の家で、きっと葵に会いに行くのだろう。
「小麦」
 新が小麦の名前を呼ぶと、小麦は歩みを止め、新を見た。しかし、なんだお前か、というようにプイと前を向き新の家の方へ歩き出した。
 猫にすら相手にされない。
「……猫になりたい」
 小麦は今から葵に膝枕されて、撫で回されて可愛がられるのだろう。いいな、と心の中で呟く。
 そろそろ帰らないと上杉が怒りそうだ。新はベンチから立ち上がり、家へと歩き出した。
 しばらく歩いていると見慣れた後ろ姿が見えた。見間違えるはずがない。葵だ。
 好きな人の後ろ姿にきゅっと胸が締め付けられ、新はたまらず小走りで葵の元へ駆け寄り、背部から抱きしめた。
「……急にごめんね。葵。この前、フラれちゃったけど、僕、やっぱり葵のことが……」
 新は抱きついている人物の顔を見てギョッとした。
 葵だけど、葵ではない。葵はこんなにガラも悪くないし、目つきも悪くない。その人物は肘で新の腹を殴る。
「ぐえっ!」
 突然腹を肘で殴られて、新はその場に蹲った。
 「おい」と声をかけられ、新は上を見上げる。突然人の腹を殴るなんて何事だと言い返してやろうと思ったが言い返せなかった。なぜなら、男があまりにも葵に似過ぎていて、怒るに怒れなかったからだ。
 腹を押さえながら蹲る新を男はまるで虫けらを見るような目で見下す。葵に似た男は言った。
「そこの変態男。お前、葵を知っているのか?」
「へ?」
「連れて行け」
「どこへ?」
「葵のところに決まっているだろうが。クズが」
 葵に似た男は葵のように優しくはなかった。
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