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第4話 『誓い』

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ーガシャンー 

突如すぐ近くで鳴り響いたその音に2人は驚いた。

「な、なんだ?」 

エイジはそう言い、音のした方へ視線を向ける。するとそこには、黒いローブを身に纏った怪しい者の姿があった。高い場所から落下してきたのだろうか、足元には着地の衝撃でできた亀裂が走っている。


黒衣の者は着地の際に屈んだ体勢を起こし、彼の方を向きこう言った。 

「貴様がエイジ・ウィリアム・アイゼンハルトだな?」 

その場に異様な緊張が走る。あまりにいきなりの出来事だったせいで、エイジはその場で固まった。 

その者がなぜ現れたのか、なぜ自分を知っているのか彼には分からなかったが、これから起こることがきっとよからぬ事であるのは容易に予想できた。 

そして、その者の二言目でその予想が的中することとなる。 

「エイジ・ウィリアム・アイゼンハルト。君主の命により、貴様には死んでもらう」 

そう言うと黒衣のものは懐に手を入れ何かを取り出そうとした。 

「カレン…逃げろ」 

驚きのあまり固まっていたカレンにエイジは
そう促した。 

「で、でも、あいつ死んでもらうって」 

「いいからはやく逃げろ!!」 

エイジは彼女にそう大声で怒鳴り付ける。額には脂汗が流れていた。 

黒衣の者が取り出したのは拳銃であった。 

銃口をエイジの心臓に向け、ゆっくりと引き金に指をかけた。 

「死ね」 

「やめてぇーッ!!!」 

カレンの絶叫が辺りにこだまする。
エイジは恐怖でぎゅっと目をつむった。



ーーパァンーー


モール内にに銃声が響き渡った。 

目をつむり身構えていた彼だが、どこにも痛みを感じなかった。しかし、確かに銃声は聞こえたはずだ。 

ぎゅっと閉じた目を恐る恐る空けると、目の前には両手を広げ自分を庇うカレンの姿があった。 

そのまま倒れ込むカレンの身体をエイジは受け止めしゃがみ込んだ。 

「そんな……カレン……あぁ……」 

カレンは胸元に銃弾を受けたようで、着弾部からはドロドロと赤い血が流れ落ちていた。肺には穴が開き、呼吸する度にヒューヒューと空気が抜けるような音がしている。
誰が見ても助かる余地は無いようにみえた。 

黒衣の者は予想外の出来事だったようでしばらく固まっている。 

カレンは何か言いたいことがあるのか必死に声を出そうとするが、喉にたまった血が逆流して吐きだしてしまった。 

「喋るな!傷が広がる!!」 

慌てるエイジの服をぎゅっと掴み、諦めずに声を出して伝えようとする。 

「ぁ…………ぅ……」 

しかし、傷口のせいでうまく喋ることができない。
声にならない声でも、必死に口を動かして伝えようとした。彼女の涙が頬をつたってポタポタと地面にこぼれ落ちる。
ぼやける視界のなか真っ直ぐにエイジの目を見つめ、たった5文字の言葉を伝えるために残った僅かな力を振り絞った。 

「ああ……俺もだ…俺もあいしてる !  ! だから、だからどうか死なないでくれ」 

必死に懇願するエイジの目にも涙が溢れていた。 

彼の言葉を聞き、想いが伝わったのが分かると、カレンは嬉しそうに微笑んだ。 

いつもの彼女の笑顔だ。 

そして、服を掴んでいた彼女の手は力を失い、地に落ちた。尋常ではない痛みと苦しさを感じていたとは思えないほどの、安らかな寝顔だった。 

「…カレン?そんな…嘘だ…うっ」


「うああああぁぁぁッ!!」 

さっきまで一緒に笑いあっていたはずのカレンが帰らぬ人となった。なによりも残酷な現実はエイジの心に深く突き刺さり、彼は泣き叫んだ。


「チッ、無駄に殺しちまった。まあいい、次はお前だ、死ね」 

黒衣の者はそう吐き捨てるとエイジに拳銃を向け、左胸目掛けて立て続けに2回引き金を引いた。 

庇うものがいなくなったおかげで、銃弾は2発ともエイジの左胸に命中した。
2発の弾は、肉をえぐりながら進み、心臓に届いた。 

そして、そのまま後ろに倒れ混むエイジ。 

死にゆく彼の胸中ではいろんな思いが織り混ざっていた。 

妻と二人で、ただただ普通の幸せを分かち合いながら生きていきたかった。
一緒に出掛け、同じアイスを食べ、くだらないことで喧嘩して、仲直りして一緒に笑って。無邪気に笑う君の姿をもっともっと側で見ていたい、それだけだった。
そんなちっぽけな幸せを奪った奴らが許せない。
理由も分からずいきなり撃たれ、それを庇った妻は腕のなかで冷たくなった。
なぜだ、何も悪いことはしてないし多くを望んでもない。
なのにどうしてこんなことが。 

……許さない。絶対に許さない。




怒り、悲しみ、そして憎しみ。あらゆる負の感情が入り乱れていた。


そして、薄れていく意識のなかで彼は誓った。 

もし、自分が生まれ変われたのなら。
その時は、妻の命を奪った者とその主君を見つけ出し、必ず復讐する。例えどれだけの時間を費やそうと地の果てまで追い詰め、自分と妻が味わったその万倍の苦痛を与える。必ず殺す。まるで、命令を受けた機械かのようにその為だけに生きると。 

復讐に生きる機械になると自分に誓った。 

そして、かろうじて残っていた灯火は完全に消え、誓いを胸に彼は息絶えたーー








記憶のなかから現実に引き戻されるエイジ。
彼は全てを思い出していた。


「……そうだ……俺は…誓ったんだ……」


「……思い出したようですね、ご主人様」 

「俺が…俺が守ってやらなくちゃいけなかったのに……俺を庇ったせいでカレンは……」 

医務室には重たい空気が流れていた。
しばらく静寂が続いたあと、少女は喋りだした。 

「これからどうするおつもりですか?」 

「……きまってる……ひとつしかない」


エイジの顔には怒りが浮かび上がっていた。瞳孔は開き、噛み締めた唇からは出血している。その顔には鬼の形相という言葉が一番相応しかった。 

「やつと…やつの言っていた君主とやらを探し出し、殺す。それを邪魔する奴らも全員殺す」 

「何の因果かは分からないが、再びこの世に生を授かった……俺はッ! 俺は生まれ変わったんだッ ! ! 情けも慈悲も全て捨て、あの日の誓いを胸に復讐だけに生きるッ! なってやるさッ! 鉄のように冷たい心を持った鬼にッ!……いや……違う…」



胸の中で燃え盛る業火に、彼はそっと蓋をした。宿敵への怒りを忘れた訳ではなく、目的のためにもっと冷酷に、無慈悲に、理性的になるためにそれが必要だった。

しかし、いくら蓋をしようと、心のすみに追いやろうと、決して火は消えることはない。 

気付かぬうちにじわじわと周りに燃え広がり、大切な感情、思い出、更には自らの身体さえも薪にして燃やし尽くす。

そうして、火が消える頃には黒い煤だけが残る。 

復讐とはそういうものだ。 

だが、今の彼にはそれを知る由もなかった。 

そして、すべての想いを清算し、決意を胸に彼は呟いた。










「俺は…"機械"だ…」
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