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第十七章【君を想う】

第八十八節 君を想う

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「――また、逢えるよ。昔……、お前と交わした約束と同じように……」

 ハルは、決意の色を宿した瞳でビアンカを見据え――、新たな再会の約束の言葉を口にした。

「うん。ハルがしてくれたように、私もまたハルと逢えるって、信じて待っているわ」

 ハルとビアンカの交わす新たな再会の約束は――、輪廻転生の輪の中に還っていくハルが生まれ変わり、そして再び巡り合うための約束である。
 それは、“喰神くいがみの烙印”が口にしていた通り、限りなく無きに等しい確率であり、果たされるかの確約は皆無と言って良いほどのもの――。

 だがしかし、ハルもビアンカも、いつか再び巡り合えることを信じていた。
 二人は――、互いに約束が果たされることを信じ、その約束を守ろうというかたくなの意思を胸に抱いていたのだった。

「それこそ――、何十年も何百年も……、待たせちまうかも知れないけれど……」

 ビアンカの返答を聞き、ハルは申し訳さなそうに呟く。

 生まれ変わり自体が、未知数の確立に満ちたものであることは、ハルもビアンカも承知していた。
 例え、再び現世に生を受けようとも、広い世界の中でたった一人の人間を探し出すという行いが至難の業であるということを、ハルも身をもって知っている。

 そして――、生まれ変わりをして、前世の記憶を引き継いでいられるのかということが。そのことがハルにとって、一番の気掛かりであった。

(――例え一時いっときでも、ビアンカのことを忘れてしまうかも知れないって考えると。かなり辛いことだよな……)

 ハルは物悲しい思いで、ビアンカを見つめる。

「ねえ、ハル……」

「ん? なんだ?」

 愁いを湛えた眼差しで自身を見つめるハルに、ビアンカは声を掛ける。
 ハルに声を掛けたビアンカは、微かに笑みを浮かべていた。

「例え、生まれ変わったハルが――。今のハルの記憶を忘れていても、私はきっとハルのことを探し出すから」

 ビアンカからの言葉に、ハルは驚いた表情を見せる。
 ビアンカは――、ハルの考えを見透かしていたのだった。

「ごめんな。男の俺が、女の子に自分を探させたり待たせたりするっていうのは――、感心できるものじゃないんだろうけど……」

 ハルはビアンカの宣言にも近い言葉に、眉を下げて困ったような笑みを浮かべた。

「ううん……、良いの。ハルは――、ずっと私を探してくれたでしょ」

 ハルの言葉に、ビアンカはかぶりを振り、言う。

「――だから、今度は私の番よ……」

 ビアンカは翡翠色の瞳をハルに向け、優しげな声音で語り掛ける。
 言葉を綴ったビアンカは、ハルが手に取ったままでいた自身の左手に力を込め、ハルの手を緩く握り返した。

 ビアンカからの言葉を受け、ハルは先ほどの困ったような笑みとは打って変わり、優しく微笑む。

 すると――、ハルはビアンカの左手に嵌められていた革のグローブをおもむろに外していった。

 ハルの取った行動に、ビアンカは不思議そうな面持ちを見せる。
 だが、ハルはビアンカが不思議げにしていることに対して意に介さず、ビアンカの露わになった左手の甲――、そこに刻まれる“喰神くいがみの烙印”の赤黒い痣に、何も言わずに自身の唇を寄せた。

「ハル……?」

 “喰神くいがみの烙印”の痣が刻まれる左手の甲に唇を寄せるハルの行為に、ビアンカは一瞬だけ驚いたように身を強張らせる。そして、その行為に対して首を傾げていた。
 不思議そうな様子を見せたビアンカに、ハルは目を向けて微笑みを浮かべる。

「おまじない、な。俺の魂の気配――、に覚えさせたから……」

 ハルの行った行為は――、“喰神くいがみの烙印”に自らの魂の気配を覚えさせるためのもの。
 いつか生まれ変わり、またビアンカの前にハルの魂を受け継いだ者が現れた際に――、“喰神くいがみの烙印”の呪いが、ハルの魂の気配を察せられるようにする。そのような意味を持つ仕業であった。

「まあ、には、俺の気配なんて……、こんなことして覚えさせなくても一目瞭然なんだろうけどさ――」

 言いながらハルは、どこか照れ臭そうにして笑う。

「……ハルが、したかっただけでしょ?」

 ビアンカはハルの照れ笑いを見て、ビアンカの左手の甲に口付けをしたかっただけだろう――、と。ビアンカは茶化すように、くすくすと笑いながら言う。

「う……。バレると……、恥ずかしいな……」

 ビアンカに自身の考えを見抜かれたハルは、頬を赤く染める。
 そんなハルに、ビアンカは「ふふ……」っと、可笑しそうに笑いを漏らす。

「ビアンカ……」

 頬を赤く染めたハルは――、気を取り直したように、真摯な様相を窺わせる眼差しでビアンカを見据えて口を開いた。
 ハルの呼び掛けに、ビアンカは再び首を傾げる仕草を見せる。

「生まれ変わったら……。今度こそ、一緒になろうな」

 ハルは――、真っ直ぐにビアンカを見つめ、そう口にした。
 ハルの赤茶色の瞳は、優しく――、そしてかたくなの想いを宿す。

「――うん。約束、ね」

 ハルからの告白とも言える言葉に――、ビアンカは照れたように笑みを浮かべ、頷きと共に返事をする。

 ビアンカからの返事に、ハルは気を良くしたように笑い――、手に取ったままでいたビアンカの左手に自身の両手を添えた。

「――良い時も悪い時も、富める時も貧しき時も……」

 ビアンカの左手に手を添え、ハルは瞳を伏せがちに静かに言の葉を紡ぎ始める。
 ビアンカは、そのハルの言葉に――、黙したままで耳を傾けていた。

「病める時も健やかなる時も。――例え、……。ビアンカ、お前を愛し慈しむことを――、俺は誓うよ」

 ハルは囁くように、誓いの言葉を紡ぐ。
 誓いの言葉を口にしたハルは、手に取ったままのビアンカの左手の薬指に――、そっと口付ける。

「ふふ……。結婚式みたいね」

 ハルの誓いの言葉は、ビアンカが口にしたように、結婚式の誓いの言葉と類似していた。
 ただ、通常の結婚式で使われる誓いの言葉の文言もんごんと違うのは、『』という、“死別”を意味する言葉のみ――。

 ビアンカの言葉を聞いて、ハルはビアンカに返事を促すような眼差しで彼女を見つめていた。そのことに気付いたビアンカは、やや間を置き、恥ずかしそうに笑う。

「――私も、ハルを愛し慈しむことを。ここに誓います……」

 ビアンカは言うと、ハルにならい――、ハルの左手に嵌められていた革のグローブを外し、その左手の薬指に唇を寄せる。

 ビアンカが言葉と行動と共に応じてくれたことに、ハルは満足げに瞳を細めていた。

 さようにして――、互いに取った行いに対し、ハルとビアンカは顔を見合わせ、くすくすと笑う。

「いつかは――、に生まれ変わるよ」

 ハルの言葉は――、永久とわを生きることとなるビアンカと共に歩める存在。ことを約諾やくだくするものであった。
 その可能性は極めて低いものであろうが――、全くあり得ないものではないと。ハルは、理由などはないが、心のどこかで確信していた。

「だから、それまで――、待っていてくれ」

 ハルの決意を滲ませる赤茶色の瞳を見て、ビアンカは頷く。
 それは、ハルが約束を違える人ではない――と。ビアンカが信じているが故の返事だった。

 頷くことで応じたビアンカを、ハルは優しく抱き寄せた。
 温かさを感じるビアンカの身体を抱き寄せたハルは、次にはビアンカの頬に手を添え、上を向かせると――、その唇に自身の唇を重ねていた。
 ハルからの優しい口付けに、ビアンカもそれを受け入れ、仕合せそうに応じる。

 暫しの間――、抱き合い口付けを交わす二人であったが、どちらともなく唇を離し、互いを見つめ合う。

「……愛しているよ、ビアンカ。ずっと、お前のことを想っている」

「うん……、私も。ハルのことを愛しているわ。ずっと――、ハルのことを想っているから」

 ハルの優しくも真剣な眼差しで綴られた言葉に、ビアンカも同意の言葉を返す。

 ビアンカの返答を聞き、ハルは嬉しそうに頷いた。

、じゃないからな。、ビアンカ――」

「うん。――……」

 抱きしめていたビアンカの身体を離し、ハルは微かに笑った。

 そうして――、ハルの姿は徐々に霞み、まるで蛍が飛び去るような光の粒となって、その場から消えていった。
 その様子を、ビアンカは愁いを帯びた翡翠色の瞳で見送る。

 ハルの姿が消えていった場所には、いくつかの桜の花弁が舞っていた――。
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