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第十四章【全ての始まりの地】

第六十九節 神官将ルシト

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 ルシトに左手を引かれ、連行されるかのようにしてビアンカは、ある一軒の家屋に案内された。

 案内をされた家屋は――、里にある他のこぢんまりとした家々より、幾分か立派な印象を抱く建て構えをしており、普通の里の住民が暮らすものとは違う様子を醸し出していた。

 ルシトはさも当然のようにその家屋の扉を開け、ビアンカを中に引き入れる。

「今、あかりを付けるから。ちょっと待っていろ」

 玄関先でルシトは言うと、掴んでいたビアンカの左手を解放した。

 ルシトは暗い室内へ足を運んだかと思うと右手を掲げ上げ、指と指を合わせてパチンッと鳴らす。すると――、真っ暗だった室内の壁に取り付けられていたランプに、一斉に火がともったのだった。

「え――っ?!」

 漸く解放された左手をさすっていたビアンカは、一瞬で室内が明るくなったことで夜闇に慣れた目には眩しかったのか瞳を細めて、驚いた声を上げる。

(今のは……、もしかして魔法……?)

 ほんの一瞬の動作でルシトが室内のランプに火をともしたことに、ビアンカは驚愕した。

 今の時代は、魔法を操れる者の出生率が著しく低下しており、魔法の技術は衰退の一途を辿っていた。それ故に、純粋に“魔法使い”や“魔術師”と呼ばれる者の数は非常に少ない。
 ビアンカの生まれ育ったリベリア公国には――、その魔法を操れる者が存在しなかったために、ビアンカは初めて目にする魔法の力に本心から驚嘆していた。

「ルシトは……、魔法使い、なの……?」

「――“魔術師”、だ。“魔法使い”なんていうガキっぽい呼び方、しないでもらえるかな」

 ビアンカの問い掛けに、ルシトは不機嫌さを隠そうとせずに答える。

 ルシトの言う“魔術師”と“魔法使い”の名称に『ガキっぽい』などという違いがあるのか――と、ビアンカは思いつつ、とりあえずルシトが魔法の使い手であることをビアンカは察した。

(でも――、もう少し言い方とか、あるもんじゃないのかなあ……)

 端正な顔つきなのにも関わらず口の悪いルシトに対し、ビアンカは思わず心中で本音を吐露する。

「とにかく。出入り口に突っ立ってないで、早く中に入ってくれないか?」

「え――。あ、ごめんなさい……」

 思いもかけずにルシトが見せた魔法の力に驚愕と呆気に取られ、家屋の出入り口――、玄関の扉を開け放したままで立ち尽くしていたビアンカに、ルシトは促しの声を掛ける。
 ルシトの促しに従い、ビアンカは慌てて扉を閉め――、室内に足を運んだ。

「あ……」

 あかりに照らされる室内へと足を踏み入れたビアンカだったが、フッと感じた匂いに眩暈を起こしそうになった。

 ――ハルの部屋の……、匂いがする……。

 ビアンカは――、その室内に、ウェーバー邸にあったハルに与えられていた部屋と同じ匂いを感じていたのだった。
 不意に感じた懐かしいと思う匂いに、ビアンカは呆然としてしまう。

「ん? どうかしたのか?」

 室内に入ってきたと思ったビアンカが、突如として足を止めたのを目にして、ルシトは怪訝そうな表情を浮かべる。

「……ここ、ハルの使っていた家なの?」

 ルシトの声掛けに、ビアンカは譫言うわごとのように呟いていた。
 そのビアンカの言葉に、ルシトは眉を寄せる。

「ああ……、そうか。やっぱり……、あんたはから“喰神くいがみの烙印”を継承したんだな……」

 ルシトは赤い瞳を細め、そう口にした。
 ルシトの発した言葉に、ビアンカは肩を揺らして反応を示す。

 ビアンカが譫言うわごととして呟いたハルの名前――。
 ハルのことなど知るはずがないと思っていたルシトが、ビアンカの口から出たハルの名前に思い当たる節がある口ぶりを窺わせたことに、ビアンカは驚嘆の表情を見せる。

「ルシトは……、ハルのことを知っているの……?」

 ビアンカの問いに、ルシトは静かに頷いた。

「――あいつとは、“群島諸国大戦”の頃からの顔見知りだ」

「ぐんとう……?」

「今から三百年以上前にあった群島諸国――、今のオヴェリア群島連邦共和国で起こった大昔の戦争のことだ。あいつがくそ長生きなジジイだったのは知っているだろう?」

 ルシトは口汚い言い方で、ハルが六百年以上を生きてきたことを比喩する。

「まあ……、は、あいつに嫌われていたけどな。特にルシア――、姉があいつの神経を逆撫でする天才だった」

 ルシトの話に対し、言葉を失ったように何も言えなくなっていたビアンカを後目しりめにして、ルシトは鼻で笑うように――ハルのことを語る。
 それは、昔の顔馴染みであるハルのことを懐かしむものではなく――、どことなくハルがルシトにとって面倒くさい存在であったことを暗喩させるものだった。

 そうして、ビアンカはルシトの話を聞き――、一つの疑問に行きついていた。

「ねえ……。それじゃ、ルシトもハルと同じで永い時を生き続けているの……?」

 ルシトの語った“群島諸国大戦”が三百年以上も昔の話だ――と聞き、ビアンカはルシトもハルと同様に永い時を生き続けている存在なのだと。そう察していた。

「さっきも言っただろう。僕は。――魔力さえ枯渇しなければ永遠に生き続けられる存在だ」

「それは、呪いの力とは違うのね……」

「全くの別物だ。僕は……、自分自身のことを自負し、『世界と物語を紡ぐ者ストーリーテラー』と称している奴にであり――、あんたたちみたいな“呪い持ち”の管理や、人間の為すことに介入する『調停者コンチリアトーレ』の役割を担っている」

 ルシトは――、どこか苦虫を噛み潰したような、苦渋に満ちた表情を浮かべていた。
 それはまるで、ルシトが自分自身という存在を快く思っていない。そんな様子をビアンカに推察させる。

「ルシト、あなたは――」

「もう良いだろう。お喋りはここまでにして――、あんたはさっさと休め」

 ビアンカがルシトに言葉を掛けようとしたと同時に、ルシトは強めの口調でビアンカの言葉を遮る。
 ルシトの言葉尻の強い声に、ビアンカは発しかけていた言葉をつぐみ押し黙ってしまう。

「この家は、代々の里長――“始祖”と呼ばれる存在が使用していた建物だ。“喰神くいがみの烙印”の呪いの影響なのか、決して朽ちることのない不思議な力を宿している」

 ビアンカの言葉を強い言葉で遮ったかと思うと――、次には、それに相反する静かな声音でルシトは話を始める。

「この家を割り当てられたということは――。今後、あんたは“喰神くいがみの烙印”の継承者――、新たな“始祖”としてまつり上げられるだろう」

「え……?」

 ルシトの唐突な言葉に、ビアンカは眉を寄せた。

 ビアンカには、伝承の隠れ里の里長――“始祖”の立場に立つつもりなど、微塵もなかった。
 ビアンカはビアンカなりに――、成し遂げたいことがあり、この地に来ることを望んでいただけなのである。

「休みながら――、あんたは。考えておくと良い」

 ルシトは言いながら、口角を上げて意地悪げな笑みを見せた。

(――ああ……、ルシトには私の考えは……お見通しってわけね……)

 ルシトの言葉の意味をビアンカは感じ取り、嘆息たんそくを漏らす。

「僕は――、自らを『世界と物語を紡ぐ者ストーリーテラー』と言っている傲慢ごうまんの意にそぐわないことをしてやりたいと思っている。だから……、あんたには期待をしているよ。ビアンカ――」

 赤い瞳を真っ直ぐにビアンカに向け、ルシトは面白げに言う。
 ビアンカは――、それに黙って頷いていた。

「……食事と湯浴みの準備は里の者にさせてある。この家は、あんたが自由に使って大丈夫だ」

「うん。ありがとう」

 ルシトのささやかな心遣いに、ビアンカは微笑み、礼の言葉を口にする。

 ビアンカの礼の言葉にルシトは目を細め、黙ったまま家屋の出入り口に向かい扉を開ける。かと思うときびすを返し――、再びビアンカに目を向けた。

「明日の朝――、迎えに来る。何度も言うようだけれど、とにかく今は休んで心を安定させろ。明日の里長代理との話し合いで気がたかぶって――、その呪いを暴走させられたら面倒くさいからな」

「分かったわ。――色々とありがとうね。ルシト」

 再度、礼を口にしたビアンカに、ルシトは「ふんっ」――と素っ気ない態度を取り、扉を閉めてその場を後にしていった。
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