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第五章【不測の事態】
第二十七節 誘拐事件
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リベリア公国の将軍――ミハイル・ウェーバーの屋敷は、一国の将軍に相応しいとも言えるほど広大な敷地を有する邸宅であった。
ウェーバー邸の裏庭――その片隅に、人目を避けるように作り付けられた倉庫の扉は、常に厳重に施錠がされていた。
その倉庫には有事の際に使用するための備蓄として、多くの武器や防具が置かれている。
カビ臭さと埃が漂う薄暗い倉庫の中で、ハルは目的である剣術鍛錬用の木剣を探していた。
その倉庫の中には様々な剣や槍に弓、それに扱いが難しく使用できる者が限られていると言われている銃器といった武器。そして、軽装兵用の鎧や重装兵用の鎧、盾一式に至るまで。実に幾種類もの武器や防具が保管されていた。
ハルは初めて足を踏み入れた倉庫に置かれる数々の武器や防具に目を奪われ、それらを目にした瞬間に思わず感嘆の声を漏らしていた。
だが、すぐに目的である木剣を探さなければと、我に返り――焦りを感じながら倉庫の中を見回していたのだった。
(くそ、なんなんだ。この嫌な感じは……)
ハルの中で、先ほどから蠢いている得体の知れない嫌な予感と違和感は、木剣を探している最中にも徐々に大きくなっていた。
――何故、自分の扱っていた木剣の刀身に、気が付かない内に亀裂が入っていた?
――何故、いつもはしっかりとした準備をして訪れてくれるホムラ師範代は、今日に限って予備の木剣を持ってきていなかった?
――何故、ホムラ師範代があの時、いつもとは違う雰囲気で、俺と一緒に来ようとしたビアンカを引き止めた……?
ハルはいくつもの「何故?」という疑問の答えを考えつつ、倉庫内の武器が置かれている一角を重点的に漁っていた。
木剣を探しつつ、答えの行きつかない疑問にハルは歯噛みする。
嫌な予感と違和感――、そして焦りの感情がハルの中を支配し始めていた。
「――あった。これか……」
多くの武器が置かれている箇所の奥の方――、その片隅に漸くハルは目的物であった木剣を見つけた。
ハルは、その奥の方に腕を伸ばして、木剣を一本抜き取る。
それと同時に辺りに埃が舞い上がるが、ハルにはそんなことを気にしている余裕がなかった。
「これなら……、大丈夫そうか」
ハルは手にした木剣に痛みがないかだけ確認をすると、すぐさま踵を返す。
ハルの胸の内に蠢く嫌な予感は消えない。それどころか、増々大きく膨れ上がっていく感覚を覚える。
ハルは焦燥感を抱きながら、足早に倉庫を後にするのだった。
◇◇◇
「あれ……?」
倉庫から剣術鍛錬用の木剣を引っ張り出し、早々にウェーバー邸の中庭に戻ってきたハルは不信げな声を漏らした。
「ビアンカ……? ホムラ師範代……?」
ハルの戻ってきた中庭には、辺りに誰の姿も見えなかった。
つい先ほどまでビアンカとホムラがいたはずの中庭の静かな様子に、ハルは辺りを見渡して訝しげに眉を寄せる。
――嫌な予感が大きくなっていく……、なんなんだ……。
ザワザワと胸中に蠢く大きくなる不穏な感覚に、ハルは服の胸元辺りを強く握った。
そんな中、ハルはフッと先ほどまでビアンカとホムラの二人がいたはずの場所に、一通の封筒が落ちていることに気が付いた。
ハルの目に付いたそれは、白い封筒に赤い封蝋の施された簡素な物だった。
ハルは何も言葉を発することなく落ちている封筒の元に歩み寄り、それを静かに拾い上げた。
そうして、封蝋をされている封筒の封を開け、その中の手紙に目を通す。
「――なんだよ、これ……っ!!」
ハルは手紙に書き綴られた内容に青ざめた表情を浮かべた。
手紙の内容は――、ホムラからミハイル及びウェーバー邸に仕える者たちに宛てられた内容だったのだ。
――『ウェーバー家の令嬢、ビアンカを預からせて頂いた。
無事に令嬢を返してほしければ、供は連れず、ミハイル・ウェーバー将軍一人で指定した場所へ来るべし。
但し、その際には武器及び鎧の携持は認めない。
それが守られない場合は、令嬢の命はないものと思え。
リベリア公国への粛清の時は来たれり』――
手紙には、指定場所を記す簡素な地図と共に、そう綴られていた。
ハルは手紙の内容によって、ビアンカがホムラの手によって連れ去られたことを察する。
(――嫌な予感と違和感の正体はこれか……っ!)
ハルは思い至り、悔しげに奥歯を噛み締める。
ハルは悪い予感を感じつつも、相手が馴染みのある剣術師範代――ホムラであったため、完全に油断していた。
それ故に、自分自身の油断でビアンカの身を危険に晒してしまったことに、ハルは強い後悔の念を抱く。
「くそっ! ――やっぱり無理にでもホムラ師範代の静止を振り切って連れて行くべきだった……っ!!」
ハルは強い怒りと後悔を感じ、その場で声を荒げた。
ハルはすぐさま踵を返し、ウェーバー邸の屋敷の中に駆け込んで行った。
そして、ウェーバー邸に仕えている者たちに、ビアンカが誘拐されたことを大急ぎで伝えるのだった。
ウェーバー邸の裏庭――その片隅に、人目を避けるように作り付けられた倉庫の扉は、常に厳重に施錠がされていた。
その倉庫には有事の際に使用するための備蓄として、多くの武器や防具が置かれている。
カビ臭さと埃が漂う薄暗い倉庫の中で、ハルは目的である剣術鍛錬用の木剣を探していた。
その倉庫の中には様々な剣や槍に弓、それに扱いが難しく使用できる者が限られていると言われている銃器といった武器。そして、軽装兵用の鎧や重装兵用の鎧、盾一式に至るまで。実に幾種類もの武器や防具が保管されていた。
ハルは初めて足を踏み入れた倉庫に置かれる数々の武器や防具に目を奪われ、それらを目にした瞬間に思わず感嘆の声を漏らしていた。
だが、すぐに目的である木剣を探さなければと、我に返り――焦りを感じながら倉庫の中を見回していたのだった。
(くそ、なんなんだ。この嫌な感じは……)
ハルの中で、先ほどから蠢いている得体の知れない嫌な予感と違和感は、木剣を探している最中にも徐々に大きくなっていた。
――何故、自分の扱っていた木剣の刀身に、気が付かない内に亀裂が入っていた?
――何故、いつもはしっかりとした準備をして訪れてくれるホムラ師範代は、今日に限って予備の木剣を持ってきていなかった?
――何故、ホムラ師範代があの時、いつもとは違う雰囲気で、俺と一緒に来ようとしたビアンカを引き止めた……?
ハルはいくつもの「何故?」という疑問の答えを考えつつ、倉庫内の武器が置かれている一角を重点的に漁っていた。
木剣を探しつつ、答えの行きつかない疑問にハルは歯噛みする。
嫌な予感と違和感――、そして焦りの感情がハルの中を支配し始めていた。
「――あった。これか……」
多くの武器が置かれている箇所の奥の方――、その片隅に漸くハルは目的物であった木剣を見つけた。
ハルは、その奥の方に腕を伸ばして、木剣を一本抜き取る。
それと同時に辺りに埃が舞い上がるが、ハルにはそんなことを気にしている余裕がなかった。
「これなら……、大丈夫そうか」
ハルは手にした木剣に痛みがないかだけ確認をすると、すぐさま踵を返す。
ハルの胸の内に蠢く嫌な予感は消えない。それどころか、増々大きく膨れ上がっていく感覚を覚える。
ハルは焦燥感を抱きながら、足早に倉庫を後にするのだった。
◇◇◇
「あれ……?」
倉庫から剣術鍛錬用の木剣を引っ張り出し、早々にウェーバー邸の中庭に戻ってきたハルは不信げな声を漏らした。
「ビアンカ……? ホムラ師範代……?」
ハルの戻ってきた中庭には、辺りに誰の姿も見えなかった。
つい先ほどまでビアンカとホムラがいたはずの中庭の静かな様子に、ハルは辺りを見渡して訝しげに眉を寄せる。
――嫌な予感が大きくなっていく……、なんなんだ……。
ザワザワと胸中に蠢く大きくなる不穏な感覚に、ハルは服の胸元辺りを強く握った。
そんな中、ハルはフッと先ほどまでビアンカとホムラの二人がいたはずの場所に、一通の封筒が落ちていることに気が付いた。
ハルの目に付いたそれは、白い封筒に赤い封蝋の施された簡素な物だった。
ハルは何も言葉を発することなく落ちている封筒の元に歩み寄り、それを静かに拾い上げた。
そうして、封蝋をされている封筒の封を開け、その中の手紙に目を通す。
「――なんだよ、これ……っ!!」
ハルは手紙に書き綴られた内容に青ざめた表情を浮かべた。
手紙の内容は――、ホムラからミハイル及びウェーバー邸に仕える者たちに宛てられた内容だったのだ。
――『ウェーバー家の令嬢、ビアンカを預からせて頂いた。
無事に令嬢を返してほしければ、供は連れず、ミハイル・ウェーバー将軍一人で指定した場所へ来るべし。
但し、その際には武器及び鎧の携持は認めない。
それが守られない場合は、令嬢の命はないものと思え。
リベリア公国への粛清の時は来たれり』――
手紙には、指定場所を記す簡素な地図と共に、そう綴られていた。
ハルは手紙の内容によって、ビアンカがホムラの手によって連れ去られたことを察する。
(――嫌な予感と違和感の正体はこれか……っ!)
ハルは思い至り、悔しげに奥歯を噛み締める。
ハルは悪い予感を感じつつも、相手が馴染みのある剣術師範代――ホムラであったため、完全に油断していた。
それ故に、自分自身の油断でビアンカの身を危険に晒してしまったことに、ハルは強い後悔の念を抱く。
「くそっ! ――やっぱり無理にでもホムラ師範代の静止を振り切って連れて行くべきだった……っ!!」
ハルは強い怒りと後悔を感じ、その場で声を荒げた。
ハルはすぐさま踵を返し、ウェーバー邸の屋敷の中に駆け込んで行った。
そして、ウェーバー邸に仕えている者たちに、ビアンカが誘拐されたことを大急ぎで伝えるのだった。
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