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第一章【友達以上の親友として】
第六節 ハルという存在
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漸く剣術の鍛錬の時間が終わり、剣術師範代のホムラがウェーバー邸から去っていく後姿を見送っていたハルは、フッと自身に向けられている視線に気が付いた。
ハルが視線を向けている主――ビアンカを見ると、物言いたげな翡翠の瞳と目が合う。
「な、なんだよ、ビアンカ……」
ビアンカの何かを訴えかけるような視線に、ハルは一瞬たじろいでしまう。
「ハルが弓を使えたって、初耳なんですけど」
つい先ほどのホムラからの質問に対してハルが答えていた内容に、ビアンカは不満そうな雰囲気を醸し出し口にする。
ビアンカにとって、ハルが旅をしていた頃に弓を使っていたことは初めて聞いた事実であった。
そして――、それを今まで教えてくれなかったことが至極不満だったのだ。
「あー……、今まで聞かれなかったからな……」
ビアンカの問いに、頭を掻きながらハルは返す。
ハルの返答にビアンカは「はぁ……」と、溜息を吐き出した。
「ハルっていつもそうだよね……」
ビアンカは不服な雰囲気を込めた言葉を口にする。
「……こっちから聞かないと、自分のこと何にも話してくれないんだもん」
不満そうな表情を見せるビアンカの声音はどこか寂しげに聞こえるもので――、ハルの心はチクリと痛んだ。
ハルは眉頭を寄せ、心の中で彼女に対し、「ごめんな」――と思う。
ハルは自身の出自に関して、ミハイルに与えられた任務――ビアンカの“友達”として以上の、“親友”のような気の置けない仲になった彼女にも、決して話せないことを隠している。
そのため極力自分自身の話は、ビアンカが聞いてきた必要以上のことを話さないように注意をしていた。
だが――、ハルのその所業にビアンカは気が付いていて、こうして不満を口にしてくる。
ハルは申し訳ないと思いつつも、ビアンカに何も答えることができなかった。
向き合う二人の間に流れる沈黙――。
それは――、ハルにはとてつもなく長いものに感じた。
「――まあ、いいや。言いたくないことの一つや二つ、誰かしら持っているもんだよね」
ビアンカは沈黙を破るように急にあっけらかんとした態度を見せ、くるりと踵を返し、ハルに背中を向けた。
ビアンカのその切り替えの早さに、ハル思わず呆気に取られてしまう。
しかし、ハルは自分自身のことを無理に詮索しようとしないビアンカの性格には、ありがたさを感じていた。
だが、自身からビアンカに壁を作ってしまっていることに申し訳なさを抱き、どこか心苦しさを感じる――。
「時が来たら……、話、するからな……」
ハルは――、至極小さな声で呟きを零した。
「ん? 何か言った?」
しかし、ハルの呟いた言葉はビアンカの耳には届いていなかったらしく、背を向けたままハルへ顔を傾ける。
「いいや、何も言ってないぞ」
ハルは微かに笑みを浮かべ、かぶりを振った。
――聞こえていなかったなら、それでいい。
自分は周りの人々に不幸を撒き散らし、死を呼び込む存在なのだ――。
一つ処に長く留まっていて良い存在ではない自分自身の話をしたところで、ビアンカの得にはならない。
ならば、知らないままの方が、ビアンカにとって幸せなのだろう――と、ハルは思う。
「ところでさ、ハル」
「ん?」
ビアンカは再び踵を返して、ハルの方に向き直る。
「鍛錬の続き、しよう。師範代に棍術の話されたらさ。なんか、久々に棍、使いたくなっちゃったから付き合って!」
「えー……」
ハルはビアンカの言葉に思わず不満の声を上げる。
かれこれ三時間近く剣術の修行として稽古を受けていたので、ハルは剣術の鍛錬に関して、今日はもう終わりにしたいと思っていた。
だが、ビアンカは元気が有り余っているようで、「文句言わないの!」と叱咤してくる始末だった。
「棍、持ってくるからさ。ちょっと待ってて!」
そう言い出すとビアンカは、ハルに有無を言わせず屋敷の中に姿を消した。
ビアンカが屋敷の中に姿を消したのを見とめ――、ハルはその場に座り込み、仰向けに寝転がる。
ビアンカが棍術で扱う棍を持ってくるまで暫しの休憩のつもりなのだが、寝転がりながらハルは自身の革のグローブを嵌めた左手を、スッと真上に持ち上げた。
「――きっとビアンカの棍術のお師匠様の魂を喰ったのも俺、だろうな……」
ハルは左手の甲に目を向け――、誰に言うでもなく小さく呟く。
ビアンカが護身用として昔から習っていたという棍術の師匠であった老師――ゲンカクは一年ほど前にこの世を去っている。
かなり高齢の老夫であったため、高齢故の突然死とされたが――、その前日までは本当にとても元気でビアンカと楽しげに話をしつつ、棍術の稽古をビアンカにしていたのをハルは思い返す。
長年の付き合いがあった老夫の突然すぎる訃報を聞いたビアンカの嘆き様は、ハルの心を大きく傷付けていた。
そんなゲンカクを死に至らしめ、ビアンカを悲しませる原因を作ったのは――、自分自身だろうとハルは思う。
ハルの身に宿る人の魂を喰らい死に至らしめる呪いは、ハルの周りの人間を徐々に死に追いやってきていることを実感させていた。
ハルは上げていた左手を自身の額を覆うように落とす。
そして、大きく重苦しい溜息を吐き出した。
ハルが視線を向けている主――ビアンカを見ると、物言いたげな翡翠の瞳と目が合う。
「な、なんだよ、ビアンカ……」
ビアンカの何かを訴えかけるような視線に、ハルは一瞬たじろいでしまう。
「ハルが弓を使えたって、初耳なんですけど」
つい先ほどのホムラからの質問に対してハルが答えていた内容に、ビアンカは不満そうな雰囲気を醸し出し口にする。
ビアンカにとって、ハルが旅をしていた頃に弓を使っていたことは初めて聞いた事実であった。
そして――、それを今まで教えてくれなかったことが至極不満だったのだ。
「あー……、今まで聞かれなかったからな……」
ビアンカの問いに、頭を掻きながらハルは返す。
ハルの返答にビアンカは「はぁ……」と、溜息を吐き出した。
「ハルっていつもそうだよね……」
ビアンカは不服な雰囲気を込めた言葉を口にする。
「……こっちから聞かないと、自分のこと何にも話してくれないんだもん」
不満そうな表情を見せるビアンカの声音はどこか寂しげに聞こえるもので――、ハルの心はチクリと痛んだ。
ハルは眉頭を寄せ、心の中で彼女に対し、「ごめんな」――と思う。
ハルは自身の出自に関して、ミハイルに与えられた任務――ビアンカの“友達”として以上の、“親友”のような気の置けない仲になった彼女にも、決して話せないことを隠している。
そのため極力自分自身の話は、ビアンカが聞いてきた必要以上のことを話さないように注意をしていた。
だが――、ハルのその所業にビアンカは気が付いていて、こうして不満を口にしてくる。
ハルは申し訳ないと思いつつも、ビアンカに何も答えることができなかった。
向き合う二人の間に流れる沈黙――。
それは――、ハルにはとてつもなく長いものに感じた。
「――まあ、いいや。言いたくないことの一つや二つ、誰かしら持っているもんだよね」
ビアンカは沈黙を破るように急にあっけらかんとした態度を見せ、くるりと踵を返し、ハルに背中を向けた。
ビアンカのその切り替えの早さに、ハル思わず呆気に取られてしまう。
しかし、ハルは自分自身のことを無理に詮索しようとしないビアンカの性格には、ありがたさを感じていた。
だが、自身からビアンカに壁を作ってしまっていることに申し訳なさを抱き、どこか心苦しさを感じる――。
「時が来たら……、話、するからな……」
ハルは――、至極小さな声で呟きを零した。
「ん? 何か言った?」
しかし、ハルの呟いた言葉はビアンカの耳には届いていなかったらしく、背を向けたままハルへ顔を傾ける。
「いいや、何も言ってないぞ」
ハルは微かに笑みを浮かべ、かぶりを振った。
――聞こえていなかったなら、それでいい。
自分は周りの人々に不幸を撒き散らし、死を呼び込む存在なのだ――。
一つ処に長く留まっていて良い存在ではない自分自身の話をしたところで、ビアンカの得にはならない。
ならば、知らないままの方が、ビアンカにとって幸せなのだろう――と、ハルは思う。
「ところでさ、ハル」
「ん?」
ビアンカは再び踵を返して、ハルの方に向き直る。
「鍛錬の続き、しよう。師範代に棍術の話されたらさ。なんか、久々に棍、使いたくなっちゃったから付き合って!」
「えー……」
ハルはビアンカの言葉に思わず不満の声を上げる。
かれこれ三時間近く剣術の修行として稽古を受けていたので、ハルは剣術の鍛錬に関して、今日はもう終わりにしたいと思っていた。
だが、ビアンカは元気が有り余っているようで、「文句言わないの!」と叱咤してくる始末だった。
「棍、持ってくるからさ。ちょっと待ってて!」
そう言い出すとビアンカは、ハルに有無を言わせず屋敷の中に姿を消した。
ビアンカが屋敷の中に姿を消したのを見とめ――、ハルはその場に座り込み、仰向けに寝転がる。
ビアンカが棍術で扱う棍を持ってくるまで暫しの休憩のつもりなのだが、寝転がりながらハルは自身の革のグローブを嵌めた左手を、スッと真上に持ち上げた。
「――きっとビアンカの棍術のお師匠様の魂を喰ったのも俺、だろうな……」
ハルは左手の甲に目を向け――、誰に言うでもなく小さく呟く。
ビアンカが護身用として昔から習っていたという棍術の師匠であった老師――ゲンカクは一年ほど前にこの世を去っている。
かなり高齢の老夫であったため、高齢故の突然死とされたが――、その前日までは本当にとても元気でビアンカと楽しげに話をしつつ、棍術の稽古をビアンカにしていたのをハルは思い返す。
長年の付き合いがあった老夫の突然すぎる訃報を聞いたビアンカの嘆き様は、ハルの心を大きく傷付けていた。
そんなゲンカクを死に至らしめ、ビアンカを悲しませる原因を作ったのは――、自分自身だろうとハルは思う。
ハルの身に宿る人の魂を喰らい死に至らしめる呪いは、ハルの周りの人間を徐々に死に追いやってきていることを実感させていた。
ハルは上げていた左手を自身の額を覆うように落とす。
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